トラになったヒロインが悪役令嬢に拾われる話。
「まあ、可愛い!」
そう言って、わたしを拾っていこうとしてくれたのは悪役令嬢でした。
あ、わたし、このゲームにヒロインで転生してきた者なんですが。
なんで悪役令嬢に拾われているかというと、ちょっと長い説明がいるんですけど……
まず、今のわたしはトラです。
いや、ゲームの話は『山月記』じゃないですよ。
でもトラなんです……
元々トラがヒロインなゲームでもないです。
ゲームは普通の、魔法と錬金術を使う乙女ゲームでした。
時期的に、まだゲームは始まってません。
ゲーム開始は五年後くらいですね……
わたしが今、トラなのは、ちょっと魔法で失敗して戻れなくなっているからです。
年齢相応のトラなので、成虎ではないんだけど、仔トラのちょっと成長したサイズってところですかね……
可愛いと言ってもらえるギリギリくらい……?
猫好きだったら成虎でも可愛いのかな。
「こちらへいらっしゃいな」
悪役令嬢様は猫好きだったんですかね。
近づいたらバシッと仕留められたりしません?
「怖くないわよ」
大丈夫です?
「お嬢様……!」
「アデリア様……!」
お付きの人、攻撃しませんか?
「まあ、シーネ、大丈夫よ。この子は賢そうだもの。おまえたち、手を出してはだめよ」
護衛の方々を抑えてくれる発言を聞いて、ちょっとだけ勇気を出して前に出てみる。
トラから戻れなくなっちゃったけど、野生で生きていける気はしないんで……養ってくれる人がいるなら、正直お世話になりたいところ。
「ほら、大丈夫よ」
大丈夫ですか?
ちょっとずつ距離を詰めて、悪役令嬢アデリア様の手の届くところまできて、撫でられた。
よっしゃ。
わたし、無害です!
「いい子ね。可愛いわね。わたくしのお家に来る?」
めっちゃ撫でられてる。
これは猫好きだ。
よろしければ、お邪魔させてください。
魔法が解けないことには家にも帰れないし、仕事場にも行けないんです。
よろしくお願いします――!
◆ ◆ ◆
そんなわけで、わたしはゲームの主人公(女)に転生しました。
いや、これが本当にゲームの世界であるかどうかはわからない。
二次創作の世界ってこともあるかもしれない。
しかし国名とか世界観とか、そういう諸々からして前世で生きてた時にやったことのある、とあるゲームの設定と同じ世界ではあると思うのだ。
一通りプレイはしたし、推しキャラもいて、ゲームの主人公のデフォルトの名前と大家族生まれの設定も憶えていたので、物心ついた頃に前世を思い出したところで「これはあれの主人公じゃないかな……」と気がついた。
しかし元々のわたしが主人公ってメンタルじゃないので、シナリオが始まっても上手くできる自信がまったくない。
あと完結までのストーリーは憶えてはいるものの、イベントの細かいところとかはちゃんと憶えてないし。
それから、こうなった理由はわからないが中身が人生二回目の人になっちゃって、この世界の両親には申し訳ないと思っている。
でもまあ、やっぱりどうしようもない。
神様と「転生させてやるよ」「はい!」みたいなやりとりをした記憶もないし、憶えてないだけだとしても本当にどうしようもないのだ。
前世の記憶のおかげで生まれた時からどこか微妙に怪しい娘だったけど……この世界のこの国の、子育てが割と適当だったのは幸いだったかもしれない。
各家庭が子だくさんで、そのうちの一人が多少様子がおかしくてもあまり気にしない感じだったからだ。
小さい頃は村長さんのところで両親が働いている間、子守を引き受けてくれる近所のお婆さんのところで世話になっていた。
多分、分別のあるおとなしい子だと扱われていたと思う。
生活水準の違いに辟易して、ぼんやり昔を懐かしんでいただけだったんだけどね……
さすがにその時点では自力ではどうにもならなかったので諦めて、慣れたけど。
これが頑張ったら元の世界に帰れますみたいな話なら幼児のうちから頑張ってもよかったけど、それは多分無理で、方法の見当もつかなかったし。
ただ……この世界には魔法や錬金術があった。
そしてわたしが本当に主人公であるのなら、その才能も持ち合わせているはずだった。
レベルやスキルが低いうちは無理だけど、訓練によって快適な生活が手に入る可能性があるのだ。
頑張れば前世近くまではいかなくとも、今よりも文化的な生活が手に入るかもしれない……ということだ。
なので、わたしは他人に怪しまれない最速で独り立ちを目指すことにした。
元のゲームでもこの主人公は、17歳で独り立ちして冒険に出ている。
独り立ち前に、初歩の魔法は覚えていた。
つまり家にいても初期魔法は覚えられるということだ。
そして、この国では早ければ10歳からでも家を出ていっちゃっていいのだ。
家から出て働くのは、食い扶持がかからなくなるので歓迎される。
児童労働万歳とは言わないが、やってもいいというのなら利用するのはアリだろう。
ゲームよりちょっと巻いて初期魔法を覚え、家を出ていくのだ。
この村での独学では初歩の魔法止まりだろうけれど、都会で魔法と錬金術の修行を積めれば、快適な生活を手に入れられるかも……!
仮に強制的にゲームシナリオが始まったとしても、初期のスキルより育っていれば楽もできるはず。
ちなみに女の子の将来としては、器量がよければ年頃になったら金持ちに売……じゃなくて、嫁に出すって道もあるが、わたしはそういうのはちょっと。
嫁に送り出されていく先が本当にいいところだとは限らない。
ここはやはり、独り立ちして働くべき。
ちなみにこのゲームは、拠点を持って、色々研究しながら恋と冒険をするものだった。
乙女ゲームとRPGが組み合わさった感じのゲームだ。
そう、戦えないと話が進まないのである。
乙女ゲーム的な話の部分はそこそこ面白かったけど、それも戦えればこそ……!
ゲームならともかく、リアルでデカブツの狩りとか冗談じゃないんですけど。
そう思えば、そういう道が避けきれなかった時のために先回りしてレベルもどうにか上げておきたい。
まずはどうにか役に立つ魔法を覚えて、住み込みで働く感じで……
そしてわたしは12歳で家を出ました。
12歳で魔法と錬金術の基礎と応用少々まで学んで、地元では天才ともてはやされた。
隣町に住んでる魔女がうちの村まで出稼ぎに来るタイミングで付き纏い、チマチマと魔法と錬金術を習ったのだ。
普通はそんな程度の独学じゃ身につかないらしいけど、おそらく主人公補正のおかげでものになったのだと思う。
そしてその魔女の紹介で、やっと少し離れた大きな港町に住む魔女のところに弟子入りできることになったのだ。
ゲームでは魔女に弟子入りしていたって情報はなかったが、魔法で生計を立てていくつもりなら割と普通のルートである。
ゲームでの独り立ちまで、あと約五年。
ここから五年修行してたら、ゲーム開始時の若葉マークよりはだいぶ成長したところから始められると思っていた。
ゲーム開始前の早回しはできていたんじゃないだろうか。
港の魔女のところまで、ちょっと旅をすることにはなるけれど……と、いうところで、冒頭に戻るわけですが……
これはゲームのルートを外れてしまった罰なのか……
はい。
その旅を安全に速く済ませるのに、トラに変身して走っていったらいいんじゃないかと思ったのが間違いだったと言われると、返す言葉がありません。
それで魔法に失敗して、変身が解けなくなっちゃったんです。
いや、変身魔法は割と魔女の魔法としてはメジャーなんですよ!
魔女にかえるに変身させられた、なんて童話もよくあるじゃないですか!
でも、わたしはまだ若葉マークの外れていない、弟子入り未満の魔女だったもんで……
才能頼みって、駄目ですね。
そんなことで途方に暮れていたところを、ゲームの悪役令嬢アデリア様に拾われました。
王都住みのアデリア様が港町に向かう道を通りかかるとか、これは運命の出会いってやつ……!
アデリア様は流行り的に悪役令嬢って呼ばれてたし、風貌も言動もそれっぽいけど、実質はライバル令嬢ってところの役回りだった。
お金持ちで、現場で争うイベントが発生するスタイルだ。
もたもたしていると先に必要な獲物を狩られてしまうのである。
でも狩りに本人も来てたので、真っ向勝負だった。
まあ……トラの今では、どうでもいいことですね。
拾われたわたしは王都のお屋敷まで連れて帰ってこられて以来、室内飼いのペットとしてアデリア様にお世話になっている。
正直、豪華三食昼寝付きで、もう戻らなくてもいいかな……という気持ちになりつつある。
トラの食事がわかってないせいか、ちゃんと火も通ったお肉と野菜が出てくるのよね。
しかし実家でこんなにいいお肉、食べたことないわ……
「マリアちゃん、おやつよ」
そして三食は使用人の皆さんが運んでくるけれど、おやつはアデリア様が手づから食べさせてくれるのだ。
マリアというのは、元の名前ではない。
アデリア様が命名してくれた、トラのわたしの名前である。
専用のデカいソファの上で寝そべって、アデリア様におやつをもらってモフられる……
……もうほんと、ゲームとかどうでもよくない?
しゃべれないけど、意識がトラになっちゃったわけでもないし。
人間の尊厳がどうこうって言っても、元々あんまり文化度高くなかったから、ぶっちゃけアデリア様に愛でられてる今のほうが清潔な生活だし……服着てないだけだわ。
あ、わたしがトラになった時に咥えてた人間時の荷物は、アデリア様のお屋敷で保管されているらしい。
血で汚れてなかったので、どっかからパクってきたとは思われているけど、わたしが持ち主を殺ったとは考えられていないようだ。
なので持ち主が見つかったら返す……と言っているのを聞いた。
見つからないけどね!
家を出た子が消息不明になるのも割とあるあるなので、うちも上の兄の時と同じなら親兄弟にも探されないだろうしなあ。
「今日も可愛いわね、マリア」
アデリア様もお綺麗です!
しかしわたしをモフりながら、アデリア様が溜息をつかれた。
どうしました?
なにが憂鬱なんでしょう?
わたしに殺れるものなら、行ってきますけど?
「今日はこれから来客があって、マリアと遊べないのよ。残念だわ」
お客様ですか……それはしょうがないですね。
「わたくしが婚約者候補になっている王子殿下なの。でもまだ早いと思わない? マリア」
えっ、そいつはアレですか、攻略対象だったヤツですか!?
駄目です、アデリア様!
そいつ、浮気しますよ!!
浮気相手はここでトラになってますが、浮気する男は相手が変わっても浮気します!
アデリア様の幸せのためには、あの男とは婚約するべきじゃないと思います!!
これは邪魔しなくっちゃ……!
◆ ◆ ◆
「マリアが殿下にどうしても懐きませんの。あんなにおとなしいマリアが人を嫌うなんて、なにかあるのだとしか思えませんわ。マリアを連れていけない結婚はできません、お父様……!」
「ううむ……」
はい!
アデリア様の婚約は、無事破談になりました!
これからはこの責任を取って、アデリア様が幸せになれる男を頑張って見極めますね!
万が一アデリア様を泣かせる男だった時には、わたしが始末しますから……!