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第9話 貴族の御曹司

「優菜、ひょっとして義兄さん嫌い?」


 布団に寝転がって、ただ地図を眺めていた優菜の上に突然、ヒナが降ってきた。

 優菜は別にその重みを嫌がるわけでもなく、先ほど話に出てきた北晋国と紗伊那の国境の地図を指で押さえ静かに返した。


「何で?」


「じゃあ、嫌いじゃなくて苦手なのか!」


 優菜の背中の上で胡坐をかきながら、濡れた髪をタオルでごしごしと乾かしていたヒナは、一人で納得した振りをして、もう一度優菜に目を向ける。

 反応を確かめるように。

 けれど優菜の返事はない。

 顔色も変わらない。

 そのかわりに地図を閉じると、背中のヒナを重石にして腕立て伏せをはじめた。

 衝撃を吸収する布団とヒナ、かなりの負荷をかけているにも関わらず、優菜は規則正しく体を上下させてゆく。

 けれどいつまで待っても優菜が返答することはない。

 答えてもらえないことが肯定だと感じたのか、ヒナは優菜の背中をポンポンとはたいた。


「私の気のせいだったね。変なこと言ってごめん! だよね。優真もお姉ちゃんもすっごく嬉しそうだし。優菜だって嬉しいよね。めったに会えない義理兄さんなんだから。さ、私達は宿題でもしようか!」


「俺はもうやった」


「じゃあ、見せて! 数学大嫌いなの!」


 ヒナは優菜から降りると、優菜の部屋に置きっぱなしになっている自分の鞄から筆記用具を取り出し、お気に入りの苺のペンを鼻と口の間に挟んで教科書を開いた。

 けれど一秒後、悲鳴をあげる。

 

「ぎゃ、この式、意味わかんない! 何で数字の上に数字があるの?」


 そんな悲鳴を聞いて優菜は体を起こすと、悲しそうに教科書を読み返すヒナの隣に腰掛けた。

 そして部屋に来るときに入れたぬるいカフェオレを一口飲み込む。

 妙に甘いカフェオレだった。


「嫌いじゃないと……思いたい。きっと、苦手なんだろうな。あの人は俺が物心ついたときにはすでに父さんの一番自慢の弟子で。父さんはいつも、あの人話ばっかりしてた。お客にも、俺にも。俺の話なんか、一切、人にしなかったくせにさ。あの人のことになると、どんなに優秀か、どんなにすごい才能があるかってのをいつも、いつも嬉しそうに語ってた」


「そう、義理兄さん、そんなにすごい人なんだ」


「きっと、苦手意識の中には俺の僻みも入ってるんだと思うよ。父さんが俺のこと、きっと一回でも褒めてくれてたら俺だって、こんな気持ちにはならなかったのにさ」


 するとヒナは優菜の頭を何度も何度も力強く両手で撫でた。


「何?」


「優菜は私にとっては充分自慢だよ。私だったら、皆に宣言して歩く! うちの弟こんなに優秀なんだからって!」


「お兄ちゃんは、優秀ですの間違いだろ」


 するとヒナは笑って、優菜の頭をもう一度優しく撫でた。


「優菜の嫌な気持ちがなくなりますように」



        *


 激しい炎から塊が堕ちた。

 その塊は土に叩きつけられ羽虫のような火の粉を撒き散らし、やがて黒く変化する。

 それは一晩に幾度となく繰り返される数十万、数百万の燃えさかる、かがり火の息吹。


 そのかがり火の間を早足で通り抜ける人間がいた。

 碧の鎧に鮮やかな青いマントをつけた男。

 そしてたっぷりとした濃い青色の布で組み上げられた巨大な天幕の前へと来ると、同じ碧の鎧を着た衛兵達に目配せをして、中へと声をかける。

 粛々とした声で。


「王都からの定時連絡です」


「ご苦労」


 声に反応して、三十半ばの碧の鎧を纏った男が天幕の中から姿を見せ、差し出された白い手紙を受け取り中へと運ぶ。

 儀式に近いやり取りだった。


 天幕の中には男がもう一人。


 軍事大国、紗伊那の最高司令官である国王から北方を託された男。

 それはまだ二十二の貴族の御曹司。

 ただの貴族ではない。

 紗伊那でもっとも由緒ある貴族出身であり、父親は現在、紗伊那で最も高い位置につく文官。

 

 そして彼自信、国で認められた地位についていた。

 紗伊那国、国王騎士団団長。

 紗伊那に存在する五騎士団の一つであり、傾国の危機から国を守った英雄。

 国民の羨望を一身に受ける男。

 それが今、天幕の中央に座る男だった。


 三十半ばの男はその御曹司の副官だった。

 その副官が手紙を机に置くと、碧の篭手が伸びて、切れ長の瞳がすばやく文字を追ってゆく。

 そしてすぐに、その手紙を机の上に捨てた。

 無造作に置かれた国の指針を見て、副官は顔色一つ変えずただ事務的に声をかける。


「報告は、どのようなもので」


 すると男は一度呼吸をしてから静かな怒りをこめた声で返した。


「暗黒騎士団長がここへ来るそうだ」


「では、あの大怪我からもう回復なさったのですね。あの方が来れば更に士気はあがるでしょう」


 けれど騎士団長の目に喜びは微塵も感じられない。

 共に戦ってきた仲間が戦線に復帰するのに、何の感情もみせなかった。

 そして静かに立ち上がる。

 長身の騎士団長は天幕から出ると、幾万のともし火の向こうに見える北晋国の領土を、その向こうにあるはずの北晋国を凍てついた瞳で見ていた。


「滅びればいい。北晋国など。一人残らず死に絶えろ」


 そんな呟きが聞こえた副官はただ瞳を閉じた


こんばんは!


いつも読んでくださってありがとうございます!


さて、今日は紗伊那側がちらりと姿を見せました。

今までお付き合いいただいている方なら、

これが誰かはおわかりいただけましたでしょうかww


きな臭くなってゆく、白銀の覇者。

今後とも、よろしくお願いいたします!

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