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第87話 本当に戦争するんだ

 次の日、朝から優菜は北晋国の軍事担当者として、上皇の要請で軍に復帰した老齢の北晋軍の将軍とともに、紗伊那と会議を行っていた。

 そこには紗伊那の将軍や騎士団長、秦奈国の将軍もそろい、王や教皇だけではなく次代を担う若い王女と王子も並んで座っていた。


 会議といってももう憂慮すべき点は無かった。

 北晋国との国境に掛かる橋は優菜たちが国境越えをするときには封鎖されていたが、今は蕗伎と優菜が率いた上皇軍が制圧させたため、通行可能となっている。

 だから大軍を投入することもできるし、その上、今回は紗伊那の飛竜が戦闘支援に回ってくれる。

 そうなれば、こっちの足はとてつもなく速くなり、上空からの攻撃も可能になる。


(敵にまわすとやっかいだけど、こんなに力強い軍、ないよな)


 しみじみと優菜は紗伊那という強国にあらためて魅せられながら、ヒナへと目を向ける。

 ヒナはどこか辛そうな表情を浮かべていた。


(お、おいどうした!)


 こんなに有利でありながら何を憂うのかと、優菜は会議が終ってヒナと目を合わせると外へと出た。

 ヒナはしょんぼりとうつむいている。

 これじゃだめだ。士気にかかわる。


「ヒナ、お茶でも飲む?」


「ああ、じゃあ俺、優菜ちゃんの分もお茶淹れてあげる」


「ああ、いいわ、相馬ちゃん、そんな気分じゃないの。優菜と二人でお話ししてくる」


 ヒナは相馬の申し出を断り優菜の手を引いてあてもなく歩き始めた。

 天真爛漫がとりえのようなヒナが俯いて今にも泣きそうな顔をされていたんじゃ兵士だけではなく優菜自身も気が滅入りそうだった。


「ヒナ、何か心配事でもあるの?」


「本当に戦争するんだと思って。少し怖くなっちゃったの。また人が死ぬんだなと思って。今回の私たちの選択に間違いはないの? 誰かが操られたりしてはないのかしら」


「残念だけど、今回傾国の魔女なんてものはいないよ。いるのは謀略張り巡らすドス黒い男だけだ」


 優菜はヒナの手首をやさしく握って引き寄せる。


「ヒナは後方にいるんだ、絶対だよ。ヒナはこの国の跡取りなんだから、どっしり構えるってことも必要なんだ。それが王族としての仕事だ」


「優菜は前線にでるんでしょ?」


「本当はさ、戦わないっていうのが一番いいんだ。話をしてお互いを理解して、でもあいつにはそれは通じない。俺はあいつだけはどうしても倒さないといけないんだ。国のためだけじゃなくて、自分の為にも。だから戦う」


 ヒナはそうっと顔を優菜の胸に埋めた。


「私も最後まで優菜の傍にいたい」


「心は傍にある。本当は俺、一人で戦うんだって思ってた。でも、ヒナがついててくれてる。だから、俺は強くあれると思うんだ。

 ヒナの為に、ヒナの作る世界のためだったら、何だってできるから」


 するとヒナはいつものように手を繋いできた。

 その指を絡ませてお互いの目を見合う。

 唇がふれようとした時、誰かが優菜のスネをけりつけた。


(空気読め! 誰だ!)


 視線を彷徨わせて、嫌な予感に視線を下げるとそこにいたのはワンコ先生だった。

 けれど今は邪魔をされていたことよりも忘れていたことが申し訳なくなった。

 この犬にどれだけ自分は守られてきたのか。


「ああ、そうだった、先生もずっといてくれた。先生のお陰で俺も強くなれたよ。ありがとうございます」


「私はお前の傍で戦ってやるからな」


「老体に鞭打ってもらうことになるけど、じゃあ、お願いします」


 優菜はヒナと体を離すと先生を抱き上げて、そして軽くヒナの頬に口付けて待っていてくれた縁へと駆けていった。


 ヒナはただそれを見送っていた。

 ほんの少しさみしそうな顔で。


「行ってしまいましたね。今回は良かったんですか、共にいくとごねられなくて」


 いつからみていたのか魔央の言葉にヒナは顔を引き締める。


「前回の戦いのときよりも私は成長したのかもしれませんね。でも、もし私が走り出してしまったら、援護お願いしますね」


「ええ、もちろん」


 ヒナは空に舞い上がる優菜を見送らなかった。

 自分もすぐに戦地へと出立するのだから。

 部屋に戻ると、相馬と珠利が立っていた。

 そして部屋の中央には真っ白い毛皮のコート。


「防寒バッチリだよ、さすが東和商会」


「はい、美珠様」


 珠利に羽織るのを手伝ってもらい、そのコートの下に光悦からもらった剣を二本腰に差すと、扉を開けた。

 そこには紗伊那の姫に劣らず立派な毛皮をつけた深紅の目をした王子の姿があった。


「お互い、命を狙われる暮らしは終わりだな」


「ええ」


 ヒナと祥伽は頷きあうと王の間へと足を運んだ。

 そこにはすでに支度を整えた騎士と騎士団長が整列していた。

 正面には黄金の冠を置き、誰よりも堂々とした紗伊那の最高司令官である王。

 ヒナはその父王の隣に立つと父王の名代として、声をあげた。


「これから私達は北晋国にはいることになります。北晋国では徹底した反紗伊那の教育がなされています。きっと我々に向けられる民の視線は冷たいものがあるでしょう。けれど誇りを持ってください。我々が今から行うのは侵略でも、蹂躙でもありません。これから友となるものたちを救いにゆくのですから。

国が二つに割れ、苦しむのは王ではありません民です。

 私は故あって数か月、身を隠し北晋国で暮らしていました。寒くて、雪ばっかりの国でした。でも、あの国にも沢山の暮らしがあります。たくさんの家族がいます。失われた命に嘆く人々がいるのです。

そんな北晋の民を守るのは北晋国の上皇様です。決して私たちではありません。

 けれど我々が少しの力になれれば、これからの紗伊那と北晋になにかのきっかけを与えられるはず。

これは、未来のための戦いです。皆さん、行きましょう!」


 ヒナの言葉の終わりとともに国王が剣を掲げ、そして地の底を揺るがすような声をあげた。

 声が出せないはずであった王の回復ぶりに騎士達はさらに士気をあげ、そして剣を掲げた。


    *


 いつも仲間にはいれてもらえない。

 優菜もヒナも、ワンコ先生だって、私の存在だけは私のためとかいいながら仲間はずれ。


「お父さん」


 お父さんさえいてくれたらどれだけ安心できるだろう。

 どうしてお父さんは迎えに来てくれないんだろう。


「早く迎えに来て」


 きっとお母さんだってどこかで生きてるかもしれない。

 お父さんがきっと救い出してくれてるに決まってる。 

 お父さんは強いんだから。


「優真ちゃん」


 聞こえた声に振り返る。

 目の前には顔の丸い大人の女が立っていた。

 いつも傍にいてくれる項慶よりも年上なのだと思う。

 

「誰?」


「お父さんに言われて迎えにきたの。一緒にお父さんの所にいきましょう」


「ほんと?」


 顔の丸い女はまた頷いた。

 なんていい人なんだろう。


「じゃあ誰かに言って来るね、項慶か、誰か」


 こんな時にどうして誰もいてくれないんだろう。

 早く行きたいのに。


「大丈夫、お姉さんがちゃんと伝えてあるから」


 お姉さんと呼べるのかどうか難しい年齢な気がするが、でも言ってくれたのならそれでいい。


「お父さんに会いたいな」


 優真はその女が誰なのかも知らないままに手を引かれ白亜の宮から踏み出した。


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