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第84話 慎一さん

 次の朝、洗面台で頭ごと顔を洗って水をがぶ飲みして、息を吐く。

 今日話をする相手は一筋縄でいかないことはわかっている。

 藤堂秀司の第一の部下なのだ。

 ただ、その人は答えを持っているはずの人だった。


 王城の高い塔の一室にはもう魔央と光東の姿があった。

 そんな紗伊那の騎士団長二人を前にして、春野はひるむことなく静かに簡素なベットの上に座っている。

 その姿にやはり戦意は感じられない。


「あの、話をさせてもらいたいんですけど」


「私は藤堂さんの一の部下だ。何も話すことなんかないさ」


 拒否されることなどはなから織り込み済み。

 きっと向うも警戒しているのだろう。

 だから優菜は砕けた口調で話をすることにした。


「そう言わないでよ。でも、ここにきたのが慎一さんで正直よかった。あの男と行動する人間の中で一番知ってる人だしね。夏野っていうのが来たら正直話なんて出来ないだろうしさあ」


 慎一という名前に春野はピクリと反応した。

 彼の本名は春野という名前ではない。

 あの藤堂秀司が自分の選りすぐりの部下に称号を与え、彼がその主席の春野という名を貰っただけで、名前は別にある。

 渡辺慎一、彼もまた優菜の父に師事した、いわば優菜の兄弟子だった。


「夏野は話がうまくできる人間じゃないからな」


「藤堂秀司の選りすぐりなんでしょ? 随分お粗末だね。まあ冬野ってのも随分だったけどさ」


「冬野はな……。でも夏野は頭で考える前に行動できるから、逆に重宝するんだ」


「ふうん」


 一つ浅くうなづいた優菜を春野はただじっと眺めていた。

 その瞳に悪意がこめられているかと言われれば違う、むしろ温かい眼差しだった。


「お前が上皇軍の軍師になるなんてな」


「自分でもこんな展開はびっくりだったよ。そうだ今回、慎一さんに拳法を教えてもらったのが凄く役にたったよ。剣は扱えないけど、それなりに戦えたんだ」


「何回か大会で優勝したのは聞いてたさ。でも、ちびっこだと思ってた優菜とこんな風に敵になる日がくるなんて……」


「分かってたでしょ? 藤堂秀司の部下だったんだから。慎一さんもえらくあくどいことばっかりやるようになったみたいだし」


 相手の台詞じみた言葉を遮って少し口調をきつくした途端、相手はあからさまに警戒した顔をになった。

 お前のカードは何だという顔で。

 けれど優菜はまだ外から責め続ける。


「あ、でもお礼もいわなきゃね。姉ちゃんの遺体引き取ってくれたのって慎一さんなんだよね。あのさあ、家の前にすみれの花、供えてくれたのも慎一さん? 姉ちゃん、すみれがすごく好きだったもんね、すぐ分かったよ」


 春野は何も返事せずまっすぐ優菜の顔を見ていた。


「ねえ、なんで慎一さんはあいつについたの? 慎一さん、父さんに師事することやめて、高校でてすぐ軍にはいったんだよね。そんなにあいつが魅力的だった?

 慎一さんは姉ちゃんが死ぬとき傍にいたんだよね。高校の三年間付き合ってた姉ちゃんの」


 優菜もまたまっすぐ春野を見返した。


「あいつに命令されて姉ちゃんを殺したの? 小学校から同級生で恋人だった姉ちゃんを」


 相手もさるもの表情は崩れなかった。

 優菜は手を緩めたりせず、質問をぶつけ続けた。

 知りたいことはたくさんあった。


「春野って名前、ホントに欲しかったの? 慎一さんが優秀だったの知ってる。優しい人だったのも知ってる。でも、今、慎一さんがしてるのって、あいつの後始末ばっかりじゃん」


 彼はただ黙っていた。

 優菜もそれからしばらく黙っていた。

 けれど待てど暮らせど相手が何をいうこともないので、優菜はまた口を開いた。


「あの日、姉ちゃんの死体見たよ。お気に入りのセーター着て、いつもより丁寧に化粧してた。化粧なんていっつもろくにしてなかったのにさ。姉ちゃんは死ぬのが分かってて死化粧をしたのか、それとも慎一さん会うからお化粧をしたのか、どっちなんだろうね」


 姉の最後の姿を思い出し感情的になった優菜と対照的に、やはり春野の表情は崩れなかった。

 それでも口は開かせることはできた。


「藤堂優子をなめちゃいけない。彼女は根性が座ってるんだ。生きてきて、あんなに強い人にであったこと無いさ。一回も勝てなかった。

 さてと、昔話はこれくらいにしよう。これ以上は拷問されても、何もいうことはない」


「拷問? したことないよ。そんなの。騎士はするの?」


 優菜はどこまでも真相を話そうとしない男に苛立ったが、なんとかそれを表に出さないように押さえ込んで押さえ込んで、隣の騎士団長達に顔を向けると様子をうかがっていた二人は静かに頷いた。

 それから思い出したように手を叩く。


「そういえば、先生と兄さんに火であぶられたこともあったかな。……んじゃあ最後」


 優菜は一冊のノートを前に置いた。

 春野の目がピクリと動く。

 狼狽、瞳の奥にその言葉に相応しい動きがみえる。


「どうしてそれ」


「偶然、鞄に入ってたんだよ。あの街から逃げるとき、もう手当たりしだい鞄に投げ込んだから」


 優菜は何の変哲もない大学ノートを開いた。

 見慣れた姉の字と丁寧な慎一の字がノートをびっしりと埋め尽くしていた。


「これ交換日記だよね。姉ちゃんと慎一さんの。声に出して読もうか? うわ、恥ずかしい。なんで慎一さん、ピンクの字で日記かいてんのさ」


「若かったんだよ。俺だって」


 春野の顔は赤らむでもなく蒼白だった。


「ユウコリンへ。今日のお弁当おいしかったよ。最高だった。最近、ずうっと学校を休んで、元気のなかったユウコリンと久しぶりにゆっくりできて嬉しかった」


「優菜、もういい。そういう拷問は」


 声を荒げた春野に従うように優菜は静かにノートを閉じる。


「優菜にはとんでもない弱みを握られてるらしい。まさかあの猛火の中であえて『それ』を持ち出してくるなんて。で、何を聞きたい」


「聞きたいことはないけど、して欲しいことならある」


 春野はそんな言葉が意外だったのか顔をあげた。


「藤堂秀司を潰すことか?」


「潰すのはこっちでやる。でも、証言を変えて欲しい。黒を白に塗り替えられなくても、グレーにはすることができる」


「それで私にはなんの利益があるんだい? 別に命の保障など求めないけれどね」


 それは厳しい男の目。

 優菜の真価を問う目だった。


「そうだな、でもこっちの命の保障はするよ」


 優菜は名前を書いたカードを前に一枚差し出した。

 それを見た春野は言葉もなく項垂れる。


「優菜、お前まであの子を取引の一手に使うのか?」


「言いたいことはわかってる。本当は嫌なんだ。あいつと一緒みたいで。でもこれが一番、慎一さんには効くだろ?」


 そこに書かれていたのは誰あろう、優真の名前だった。


    *

 

「おかえり、優菜、どこ行ってたのよ」


「ちょっと尋問に立ち合わせてもらってたんだ」


 ヒナの部屋ではヒナと相馬がだれていた。

 二人とも机に突っ伏したまま瞳だけを動かして、来訪者の確認を行っていた。


「随分疲れてるみたいだけど?」


 ヒナの頭を撫でて見るとほんの少しだけ顔をあげて口を尖らせる。


「そりゃあ疲れるわよ。考えることがたくさんあるんだもの。でも、騎士が裏切ってるなんてそんなこと絶対考えたくないわ。はあ、どこかに悪魔っていないかしら?」


(はい?)


「国明さんを助けるためなら、珠利や相馬ちゃんをあれだけ傷つけた人間を倒せるなら、私、悪魔に魂だって売るって宣言したものの、その悪魔が見つからないのよ」


(誰に宣言したの? そんなこと)


「あ、それなら最近教会に出るみたいだよ。悪魔、一緒に探してみる? 俺も魂売るなら参加する」


(教会に悪魔……、それって何か、怖い話?)


 取り残される優菜を置いて、姫とその乳兄弟はブツブツと今後について考えていた。


「でも、本当に何かいい方法ないかしら、覆面でもして、藤堂秀司の居場所に乗り込んで暗殺でもしちゃう?」


「じゃあ姫様特攻隊長ね、俺援護するからさ」


「ちょっと! ヒナらしくない。そんなことしたら国は崩壊するよ」


「こんなのもう崩壊したのと同じじゃない、侍女頭も大臣も騎士までも藤堂秀司と繋がっていたなんて。やっと国は一つになったと思ってたのに」


 その事実がヒナの心をどれほど痛めたか。

 きっと自分のせいではないのに、自分を追い詰めているのではいのだろうか。

 天真爛漫だったヒナが暗殺まで考えはじめるなんて。

 そしてその言葉を出した彼女の心をどうしても引き上げてやりたかった。 


「ねえ、ヒナ、じゃあ悪魔が目の前に現われたら、ヒナはどうやって交渉するの?」


「悪魔は何が欲しいのかしら。地位? お金? 体?」


 そう言って暫く考え込むヒナ。


「ヒナとしてはどうなのさ、ヒナなら何あげるの?」


「じゃあ、特別に心と体をあげる。好きにして」


 即答。


(な、なんかエッチっぽいぞ。その表現)


 優菜がちょっと心を躍らせていると、隣の少年も手を上げた。


「わかった。美珠様がそういうんなら、優菜ちゃんにはすごく申し訳ないけど、俺も心と体捧げる、好きにしちゃって」


(なんで俺に謝んだ? おまけに優菜ちゃんって何だよ、こいつ、気持ち悪い)


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