表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/91

第82話 騎士が裏切ってたなんて

「団長がお戻りになったぞ」


 国明は雪の積もる北の国境を歩いていた。

 隣には同じく厳しい顔をした教会騎士団長。

 騎士の声に包まれ二人が天幕に足を踏み入れると、そこには淡々と仕事をこなす副官が座っていた。

 鎧を着てはいるが彼の場合、事務作業が仕事の主だった。


「おやおや、思ったより、遅いお戻りですね」


 国廣は書類を束ね、机の端に避け二人の団長を迎え入れた。

 国明は静かに国廣に視線を送る。

 すると直属の部下である国廣はイジワルそうな笑みを浮かべ国明に視線を返した。


「それで、姫様はいかがでしたか?」


「いかが、とはどういう意味だ?」


 声を出したのは国明ではなく聖斗だった。

 騎士団長の中で最も情も感じさせないその男の厳しい目に国廣は怯えるでもなく瞳を閉じた。


「なにやら嫌な雲行きだ」


 それから国明の出せなかった言葉を吐いたのは聖斗。

 彼が信じられるものは教皇の心だけで、それ以外に心許すものはない。

 だからこそ、騎士が裏切ろうとも心揺らぐことはない。

 嫌悪感を見せることもなく、無表情で口を開いた。


「国王騎士副団長、国廣、お前を反逆罪で捕らえる」


「おやおや、一体何をしたと」


 何を言うこともない国王騎士団長に対し、国廣は大きくため息をついた。

 馬鹿にしたような、呆れたような、諦めたような。


「北晋国、春野との内通、騎士に見られていた。残念だったな」


「見られていましたか、残念です」


 どこまでいっても焦ることもなく、飄々とした男。

 国明はただその男の手首を掴む。

 それは捕らえるというよりも縋るようなものだった。


「誰がこんなこと頼んだ」


「自分で考えて自分でしたのです。貴方には関係のない話だ。見せてもらいましょうか。あなたの騎士団長としての誇りを」


 うすら笑いすら浮かべ国廣は教会騎士団長に従い、天幕から出て行った。


    *   


「本当に国王騎士の副団長が裏切っていたの?」


 ヒナはその事実に固まってしまっていた。

 目の前のフライパンにはやっと会えた優菜に食べさせるための独力で作るパンケーキがあったのだが、焦げた匂いが調理室に充満してゆく。


「あの、ヒナ、凄い匂いがするんだけど」


 優菜はひとまず目の前の仕事を終えて欲しいと願ったのだが、ヒナは目をむいて怒鳴りつけた。


「だって、騎士よ!」


「そうだ、騎士が裏切ったんだ。信じられない。こんなの、騎士が」


 隣から口を開いたのは相馬。

 誘ってもいないのに勝手にフォークとナイフを握り締めにやけた顔で優菜の隣に陣取った。

 そしてヒナに同調して二人でどんどんテンションをあげてゆく。

 目の前で焦げてゆくパンケーキを見守っていた優菜はたまりかねて、そのパンケーキを口に咥えて立ち上がった。


「行くんでしょ?」


「もちろんよ!」


 待ってましたとばかりにヒナはお玉を雑に置くと、後始末もそこそこに白いレースのエプロンを投げ捨てた。

 相馬は目的地を既に把握しているようで姫をうまく誘導してゆく。

 優菜も二人よりも随分落ち着きつつ、二人を見守るように後ろを歩いた。

 

(この二人って波長があうんだな。ってか、こいつがいるから更に猪突猛進?)


 やがて城の一室にたどり着くとヒナは躊躇いもなく思いっきり扉を開けた。

 正面には魔法騎士によって拘束された国王騎士副団長の姿。

 そのほか、部屋には国明、聖斗、そして拘束をかける少年魔法騎士魔希。


「どういうことなんですか! 貴方が裏切っていたなんて嘘でしょう? そんな副団長が! 国明さん、聖斗さん、これは何かの間違いなんです ちゃんと聞いて差し上げて下さい」


 ヒナが騎士達に詰め寄っている後ろでただ優菜は眺めていた。

 この副団長へ悪意はなかった。

 今まで膨れ上がる紗伊那国境を束ねていたのだから。


 そんな男はヒナをしげしげと見た後、目じりを下げて一つ問いかけた。


「本当にあなたは姫ですか?」


 その質問にヒナは悲しげにコクリと頷いた。

 それは分かってもらえていなかったというよりも、そのことが引き金になったことを悲しんでいるのだ。

 すると男は一つ頭を下げて、そのまま息を吐く。


「やはり、貴方は姫でらっしゃったか。私の負けです。さあ、処分をしてください。私が北晋国に全て情報を流していたのです。玲那が北と通じているのも知っていた」


「本当に? 何か弱みを握られているのであれば、おっしゃって下さい」


 どこまでも信じようとしないヒナの言葉に国廣は頭を振る。

 そして見せた顔はとても意地悪いものだった。


「団長が失脚すれば、自然と私に団長の位が落ちてくるでしょう。紗伊那の騎士の団長だ。どれだけその言葉に利益が絡んでくると思うのです?」


「そんなことの為に騎士を、騎士の志を捨てたのか」


 聖斗ははき捨てると、国廣に冷たい視線を向けた。


「あなた方には分からないでしょう? 後から入ってきた若輩者を、団長として敬わなければならいこっちの気持ちは」


「だからって……」


 優菜のすぐ傍で相馬は苦しそうな声を出した。

 ただその中で国明はただじっと国廣を見ていた。


 そして一言。


「お前も俺が騎士団長だったばかりに色々な苦労をさせる」


 そんな言葉を国廣は鼻で笑った。


「もう、馬鹿騎士の世話はうんざりです。さあ、貴方は北にお戻り下さい。北の国王騎士はもう手が付けられないほど混乱しているでしょうから」


 国明は国廣の言葉に頷くと背を向け静かに部屋を出て行った。

 ヒナはあまりにあっさりと引き下がった国明にまだ何か言おうと、慌てて追いかけてゆき相馬も主の尻を追いかけて出ていってしまう。


 ただ優菜は静かにそこにいた。

 そして目が合うと、国廣はただ笑ってまた視線を落とした。

 

    *


「待って下さい! 国明さん、あの方の言ったことをそのまま信じるんですか? ねえ、騎士が裏切っていたなんてこと!」


「そうだよ、国明! 俺たちは、この国を想うみんなで傾国の危機から国を守った。でも、そのともに戦ったはずの騎士が裏切ってたなんて、そんなこと外部に漏れたらまた世論が反騎士に傾くぞ!」


 幼馴染二人の声に国明は何も返さず進んでゆく。

 足の長さが全く違う年下二人は駆け足でそれを追いかけていた。


「国明さん! 聞いてるんですか?」


「おい! 国明!」


 何度二人が声を掛けても足は止まらない。

 そして国境に向う飛竜に乗る瞬間、ヒナはたまらず叫んだ。


「珠以! ちゃんと教えてよ! 待ちなさい! これは命令よ!」


 命令することは好きではないけれど、そんなことを考えている場合ではなかった。

 そして男もまた律儀に命令だけはちゃんと聞いた。


「私は国境に戻らねばなりません。国境の指揮権が乱れてしまいます。他に内通者がいる可能性も否定できませんし」


 やっと引き出せた言葉にヒナは首を振った。


「悔しくないの? ねえ、こんなことになって悔しくないの? 自分の副官までが藤堂秀司の手に落ちていたなんて」


「今回に限っては全く」


「冷たい男だな、お前それでも団長か!」


 即答した国明に相馬は詰め寄って揺さぶった。


「団長であるからこそ、国境にもどります。では」


 飛竜に乗って空に飛び上がった男を少年少女は見送るしか出来なかった。




 優菜が顔を出すと、文官の会議の真っ只中だった。

 議題は先日の戸部大臣の処遇についてだった。

 のぞいていた優菜に気がつくと麓珠は手をあげ、少し待つように指示し、優菜は塀にもたれその時を待つことにした。

 程なくして会議が終ると、顔を見せたのはあの吏部大臣だった。

 文官にしてはガタイのいい北晋国生まれの男は優菜を眺め回し、顎をもちあげた。


「この顔で、男か。もったいない。妻を欲しておったが、男ではな」


 優菜は背筋に冷たいものを感じ、体を震わせると男は顎から手を放す。


「全てがおわれば、一杯付き合え。同じ北晋出身同士」


「あ、はい」


 すこしたじろいだ優菜を鼻で笑って吏部大臣は歩いていった。

 その後ろから姿を見せた麓珠に優菜は軽く頭を下げる。


「どうしたんだい?」


「少し、騎士の資料を見せていただければとおもって」


「それはできない。……といいたいところだが、国王騎士団、副団長のことか?」


「ええ。俺、あんまり騎士とかわかんないけど、なんであの人あんなことしたのか気になって」


 麓珠は頷くと優菜とともに鍵の掛かった部屋へと足を踏み入れる。

 そして厳重に保管されていた分厚い書類を取り出した。


「また国の極秘を私事で見せてしまった。まずいなあ」


 嘆いているのか面白がっているのか、言葉と裏腹な笑顔を向ける男のその隣で優菜は資料をめくる。

 一番最初に見えたのは、国王騎士団長国明の経歴。


「なあ、いい男だと思わないか? なあ、思うだろう? かわいい息子なんだ」


 隣の親ばかを無視して、更に頁をめくる。

 それが国王騎士副団長の経歴だった。

 

 入団したのは十八、出身は紗伊那の穀倉地帯だったが、どうやら両親はもう死んでいて、他に身よりもないようだった。


「副団長は独身なんですよね? もし何か罪を犯しても誰も連帯責任を取らされることもないわけだ」


「うちの可愛い息子に文句ばかりいう嫌な男だときいてはいた。ああ、息子からではないよ。見張りにつけたうちの使用人から聞いたんだ。うちの息子はそんなことをいう子ではないからな。それに国王騎士団長とそりがあわないというのも有名な話だが、しかし、浮ついたところのない実直な男だったと評判だ」


「この人、本当に守るものはないのかな」


 これといった特徴もない資料を閉じて、もとの場所に戻す。


「守るものはあるだろう。騎士なのだから。国を守り民を守る。それが騎士の使命だ」


 麓珠の言葉に優菜は息を吐く。


「なるほど。わかりました。で、あと、さっきの議題のことです」


「ああ、戸部大臣のことかい?」


「藤堂秀司の内通者はいったいこの国に何を望んでいたんですか?」 


「女性の君主など認めない、そんな理由だ」


 国王と教皇の一人娘。

 全てを引き継ぐ一人娘の拒否。


「この国は国王と教皇がそれぞれ役目を分担して成り立っている。それを一つに纏めてしまえば、それは紗伊那ではなくなる、という持論を散々展開してくれたよ」


「まあ、それも一理ありますね」


 武力で国を守る国王と精神的支柱として国を守る教皇。

 それがこの国の特徴の一つだ。

 誰もが諸手を挙げてこの国の跡継ぎ姫に賛成しているとは思えない。

 今回はそれが水面下でくすぶり続け、表面化したのだ。


「それで、功績を作ってしまった姫を公に拒否できず、殺してしまおうとしたわけですか」


「そうなるな。弱い姫ならば先例がないなどと言ってどうとでも反対の声をあげられたのだろうが、姫はこの国の伝説となってしまった」


「可愛い息子さんも一緒に」


 優菜の言葉に麓珠は何度も何度も頷いた。

 そんな男の瞳をまっすぐ見つめて優菜は一つ確認することにした。


「ところで、麓珠様が俺にこういうことを親切に教えて下さるのは俺が剣の師匠の孫っていう理由だけではないですよね」


 答えはない。


「あのヒナにくっついてる相馬っていう人は親友の息子で、汚い仕事をさせるつもりはない。でも、ヒナを、いえ美珠姫をどんなことをしても守る人間が欲しい。どんな状況になっても裏切らない人間が欲しい。都合が悪くなったら切り捨てられる人間が」


 麓珠は優菜の言葉に視線を逸らすことなく頷いた。


「怒ったかい?」


「いいえ、俺はそういう方が性に合ってるんで。でも、そんな俺が姫を妻にするかもしれませんよ」


 大親ばか麓珠はそのことに反論するわけではなく、息子とよく似た口元を持ち上げる。


「悔しいが、それは構わないさ。美珠様も親友の子だ。可愛いうちの子と結ばれることを祈るがね。姫としてではなく女の子として幸せになってもらいたいね。……でも、一つ違うな。君も大切な師匠の孫であり、国を想ってくれる人間だ。切り捨てるつもりはないさ」


 それが嘘であっても優菜には少し嬉しかった。


こんばんは!

いかがお過ごしですか。

今更ながら、また入院してしまい更新が停滞しています。

戻ってきたらまた頑張りますので、その際はお付き合いいただければ幸いです。


読んでくださる方にはご迷惑をかけてしまい申し訳ありません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ