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第81話 これが上皇様の覚悟だ

「どうも、失礼します~」


 重々しい空気に全くそぐわない軽い挨拶だった。

 声の主である黒い服の男はそんな軽い口調と本心を隠すようなにやついた顔で王の下まで進んでくると、そこにいる祥伽とヒナ見つけて大きく両の手を振った。


「よ~、友達」


「お前」


 心底呆れたように呟く祥伽の隣でヒナは目を潤ませる。


「やっぱり生きてた」


 どこからみても美少女にしか見えない少年はいつものように黒い制服に身を包み穏やかな表情を浮かべていた。

 そんな少年の瞳がヒナへと向けられやがて交わると、少年は優しく微笑んで、そして優雅に王へと頭を下げる。


「我々北晋国、上皇の命にて参りました」


 紗伊那国王はその新たなる勢力を歓待することもなくただ眺めていた。

 話を進めろという風に。


 それに気がついた蕗伎は国王の前で顔を引き締めてから一度頭を下げ、ずっと右手に持っていた白い封書を示す。

 黒々とした墨で書かれた毛筆はそこに強さを感じさせた。

 文字は北晋国の言葉。

 討 藤堂秀司 と。


「逆賊、藤堂秀司を討伐の院宣です。北晋国上皇様が発せられました。この事実を踏まえた上でそちらに力を貸していただきたい」


「院宣だと?」


 春野の声が少し震えていた。

 上皇が藤堂秀司の討伐の命を下した、まさか、

 と見開かれた目に蕗伎はわざわざ映り、おちょくったような顔を作って声を上げる。


「うん、なんかさあ、上皇様が立ち上がられたら、こっちに投降する兵士がおおくってさあ、一昨日一万八千人だったのが、今日もう十万こえちゃったんだよね。引き算してみなよ。きっとそっちの方が兵隊すくないよ。きっと、日に日に少なくなるよ」


「しかし、あの上皇に国王を殺す気概は」


 はじめからそんな言葉を予期していたかのように、蕗伎は左手に提げていた黒い風呂敷包みを春野に投げつけた。

 鈍い音を立てて地面に落ちて転がるそれを春野は拾いあげ、ゆっくり開いて小さな声をあげた。

 それはヒナにも人垣の向うから見えた。

 黒くて丸い物体。

 一瞬理解できなかったが、その物体が分かった瞬間あまりのことに慌てて隣の祥伽の袖を掴む。

 それは想像だにしないものだった。


「北晋国王の首だよ。一人息子を国の為に成敗した。これが上皇様の覚悟だ。もって帰る?」


 蕗伎の言葉に春野はその真贋をじっくり確認した後、顔を上げ一つ息をする。


「あまり良い状況だといえないようだ。私は帰らせてもらおうか」


 すると口を挟んだのは今まで黙っていた優菜だった。

 年に似合わない酷く冷静な顔で。


「話がある。まだあいつのところに帰すわけにはいかない」


「何かな、私は忙しいんだ、藤堂さんの手伝いをしないといけないからね」


 春野は優菜を見下したような言葉を吐いて突き放すと立ち上がった。

 そんな春野に優菜は言葉を被せる。


「あんたには協力してもらわないといけないんだ」


 そんな誰もが想像しない言葉に春野は声に出して笑った。


「私は藤堂の第一の部下だぞ。そんなことをするくらいなら、自害し果てようか」


「できるかな。紗伊那の方、この人ともう少し『協議』したいのでお付き合い願います。責任は北晋国上皇軍が全てもちますから縛っちゃって下さい。あと、一応、この人拳法の達人だから気をつけて」


 何をどう考えての発言か、真意をつかめない言葉であったが、その中で一人の騎士が杖を掲げ、春野という男に光の輪をかけた。


「本当に北晋国で責任をとってくれよ」


「兄さん!」


「お帰り、優菜」


 犬から人間に戻り本領発揮といったところの兄弟子と目を合わせて微笑み合うと、静かに上半身を拘束された春野の前に立つ。

 二十代半ばで新生北晋国の重鎮になろうとしていた春野はその扱いに激昂するかとおもいきや、どこか温かい表情を浮かべ優菜の頭から爪先へと視線を動かしていた。


「懐かしいな、その制服。もう何年になる? 十年か……あの頃に戻れたら」


「爺臭い台詞だね。でもそうだね、きっと人生全部うまくいくんじゃない?」


 春野はその優菜の言葉に含まれたものに目を泳がせたが、優菜の関心はもう別のところへと向いていた。

 壇上で目を潤ませるヒナへと。

 そしてヒナは何か叫ぶと優菜へと駆け寄ってそのまま突進した。

 その衝撃とヒナの体を包み込んで全部受け止める。

 抱きしめると細い骨格と花のようないい匂いを感じた。


「ヒナ」

 

「生きてる? 本当に生きてる?」


「うん。生きてる」


 ヒナは涙をながしながら顔を近づけて、そして刺青に触れた。


「これは?」


「ああ、先生に落書きされた」


 その言葉に優菜の足元へと目をやる。

 けれどそこに、求める姿はない。


「先生は?」


「外にいるよ、優真を見つけてね」


「良かった。もう、本当に心配したんだから!」


 何度も何度もヒナは優菜の胸板を叩いて、それから涙を自分の手の甲で拭いて微笑んだ。


「おかえり。優菜」


「ただいま、ヒナ」


 そんな言葉を言える相手がいる。

 家も家族も失ったけれど、得たものがある。

 その言葉を聞いた途端、優菜の中からこみ上げてくるものがあった。


 涙目になった優菜の元へやってきた人間がもう一人。

 優菜の家族ではないけれど、お願いごとをしておいた人だった。

 自分がヒナの傍にいられない間、藤堂秀司からヒナを守るため頼みごとをしたのだ。

 相手はこの国の親ばか代表のような人間だった。


「君の言うとおりに、この国大臣二人、調べさせたよ。君の思ったとおりだ。この国の大臣が内通者だっただなんて情けない」


 誰あろう、文官の長、麓珠は優菜の元へ来ると手を差し伸べた。


「ありがとう、君が私に進言してくれたお陰でこの国の膿がだせた。文官を代表して礼を言う。情報局が調べたところ、あの大臣は藤堂秀司と繋がっていた。北晋国へ大使として派遣されている甥や部下の文官を使い藤堂秀司と連絡をとり、向うから賄賂をもらっていたようだ」


「良かった。あの大臣さんの経歴を見たとき、確か甥が北晋国に大使としていたんじゃないかって思い出して、気になってお願いしたんですが、やっぱり」


「怖いねえ、そんな血縁関係まで覚えている君は、兎に角ありがとう」


 優菜がその手を握り返すともう一人後ろに立った。

 冷たい目をした若き大臣だった。


「全く、私をおとりにするとは、この代償高くつくぞ」


「おや、おとりだと分かっていたのかい」


 吏部大臣の言葉に麓珠は口の端を持ち上げた。


「ええ。貴方が私を北晋国出身だという理由で疑うことなんてありえませんしね。そこまでどうしようもない人ではないでしょう。だから私も姫と同じように高慢な馬鹿大臣のふりをしてみました」


 吏部大臣は優菜の腕の中で自分の言葉を聞いて嬉しそうに目を輝かせる跡継ぎ姫にどこか優しげな笑みを向け、背を向けて歩き出した。



「ねえ、祥伽、俺に会えて嬉しい?」


 蕗伎は近づいていって祥伽の肩をからかうように何度も叩いた。


「ねえ、嬉しいって言って、言ってよお」


 まるで何かをねだる娼婦のような言葉に祥伽は舌打ちして蕗伎の頬を何度も何度も引っ張る。


「この馬鹿が。お前のやることはいつも面倒なんだ」


「イテテテ。ねえ、嬉しいって言って。そうじゃないと俺泣いちゃう。あ、そうだ、いい酒、持ってきたんだ、今回はちゃんと俺も参加で呑むから! ね? 美珠もいっしょに飲むよね」


 能天気な蕗伎の声にムカついて祥伽は頭を殴りつけると、けれど嬉しそうに蕗伎の首に手を回した。


「もうお前と戦うこともないんだな」


 すると蕗伎は鼻の下を擦って満面の笑顔を浮かべた。


「ああ、今度こそ、最高の親友になれるぞ! 俺達。そうだ、お前にも俺のおばあちゃん今度紹介するから、すごく優しい人なんだ、俺のおばあちゃん」


「女など紹介していらん」



   *


 優真は困っていた。

 世界の歌姫の息子、里という同い年の少年と無理やり友達になってくれと大人たちに頼まれた。

 同じ年なのだからといって誰とでも友達になれるわけではないのに。


 母親と引き離されたというその少年は暗い顔で蹲るだけ。

 父親もいないと言うし、どうすればいいか途方にくれているようで、何度も何度も思い出したように泣いていた。

 こんなのを相手にするくらいなら、一人で遊ぶほうがよほど気が楽だった。


 どうしたらいいのかとただ里の背中を見ているしかできない優真の肩を何か柔らかいものが叩いた。

 振り返ると見えるものは黒い肉球。


「ああ! 先生!」


 尻尾を一生懸命ふる黒犬を見つけると優真は両手でしがみつきそのまま抱き上げた。

 長靴を履いた黒い中型犬は嬉しそうにハフハフと息をした後、優真を舐める。


「優真ちゃん。その犬なに? 飼っていた犬?」


 優真と里の世話を押し付けられた項慶はふと目を離した隙に、どこからそんな犬が入ってきたのか周囲を見回して、やがて犬へと目を向けた。

 瞳には誰か呼んで追い払おうと書いていた。

 けれど優真は嬉しそうに先生の肉球をぎゅっと握って艶やかな黒い毛に顔を押し付ける。

 

「ううん、長靴を履いたワンコ先生だよ。私達の先生なんだ」


「え? 犬が? 子供っていうことが可愛いわ」


 噴出した項慶に優真は口を尖らせて先生の体をむんずと掴むと差し出した。


「ほら、先生喋って!」


「やあ、こんにちは。私は長靴をはいたワンコ先生だ」


「犬が喋った!」


 項慶の素っ頓狂な声に振り返った里はもともと動物が好きなのか顔を向けて、それからどこか躊躇いがちに優真へと寄ってくる。


「先生、この子すごく暗いの! ねえ、先生、この子に元気になる魔法をかけてあげて」


「仕方ない。やってやろう。私は大魔法使いだからな」


「さすが、先生!」

 

 そんな笑い声の溢れる隣を春野と魔央が通ってゆく。

 春野は声に一度足を止めて、顔を向け、優真を見つけると少し目じりを下げた。


「あの子はここにいたのか」


「ああ、あの年頃の子には辛い道だったが、今はここにいる。私もあの子の旅にほんの少しだけ付き合ったが、よく頑張った」


 感慨深げに優真を見守る魔央のその表情を見て、優真から母親を奪った父親の腹心の部下春野はその立場と裏腹に顔を崩す。


「優菜も優真も色々な助けがあったようだ」


 ただ静かにそう呟くと、抗うこともなく魔央に引かれていった。


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