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第61話 小姑か、こいつ!

 国境は密かに美珠の帰還で持ちきりだった。

 多くの者が何度か美珠らしい女性を目撃していたからだ。

 一月程前、北へとひっそりと向かったのを最後に、帰ってこなかった姫。

 多くの騎士達がそれから数日して北へと向かい、土に汚れ消沈して帰って来た。

 北で何があったかは全く語られなかった。

 その間に紗伊那と北晋国との関係は一触即発にまでなっている。

 戦争不可避の状態にまで。

 どこかから、まことしやかに姫死亡説が流れるのは仕方のないことだった。

 

 そんな中、事情を知らない軍人達は噂を吹き飛ばすかのように突然現われた姫の姿に喜んでいた。

 国を救った姫は何か秘密裏に動いているのだろうかと。

 だからこそ、皆その姫を探していた。

 けれど姫の死に直面した騎士達は不安でしかたなかった。

 皆で姫を助けにゆき、そこでちぎれた姫の死体を目撃したのだから。

 その国境にはまだ今回の美珠姫の生存は知らされていなかった。


「団長、今頃なにしてるんでしょう」


「さあ。同じ顔だからと誘惑にまけられねばいいが」


 国王騎士副団長国廣と国明と国王騎士 杜国(もりくに)は北の国境の天幕の中で、団長を思っていた。

 自団の団長はあの姫にそっくりな女とともに北へと向かい、砲台を潰した。

 作戦は成功だとは聞いたが、そのあとの彼自身からの連絡はなにもなく、彼自身国王への報告のため王都に戻ってしまったからだ。


「確かに、団長はあの手の顔に弱いから」


「だが、結局は」


 国廣の言葉に杜国は黙りこむ。

 国王騎士、杜国は国明と同期入団ながら、何の役にもついてはいない平の騎士だった。

 それが遅れをとっていたわけではない。

 国明の昇進速度が尋常ではなかっただけなのだ。

 そして国明が団長に就いたこと自体、温厚な杜国は喜んでいた。

 自分の同期がこの国の歴史を変えたのだと。

 そしてそんな同期はこの国を、彼にしか使えないという技で守り、姫の隣に立った。

 国明の下に来ては、ただの少女のように振舞う姫を見ていれば、それまで遠くにしか存在しなかった存在を近くに感じることもできた。

 いずれ、自分と同じ釜の飯を食った仲間がこの国の頂点につくのが、楽しみでならなかった。

 けれどそんな誇りにしていた国明は人が変わってしまった。

 とある女の出現が彼を変えたのだ。

 国明はあれほど幸せそうに見守っていた姫も、他の騎士団長からの信頼も全て捨て去った。

 それは杜国にとって、とても悲しいことだった。

 それに彼はもうひとつ疑問を持っていた。

 国明の妻となった女性。

 その妻はこの大陸で賞賛される女だった。

 貴族の御曹司であり、この国の英雄が妻に選んだ相手として納得できる人間。

 世界の歌姫、それが国明の妻の呼び名だ。

 そして国明との間にすでに七歳になる子供がいるという。

 それが事実であったら、国明も杜国も十五の時の話だ。

 二人が出会う前、騎士になる前の話だった。

 杜国は国明を知らないし、国明が杜国を知る前の話。

 だから、その頃のお互いの生活がどんなものなのかなど想像もつかない。

 国明の財力と容姿なら確かに、少年期から遊んでいたっておかしくはない。

 けれど杜国は納得ができなかった。


「団長と歌姫って本当に夫婦なんでしょうか」


 ポツリと杜国はもらした。

 国廣は北の山を見ながら静かに頷く。


「と、団長は言っている。しかし、あの馬鹿団長がその女を愛しているかと言われると疑問は残るがな」


「過去の責任を取った、ということ。それだけで夫婦になったんでしょうか」


 杜国は暫く思案した後、国廣の前で頭を下げた。

 

「あの、副団長。このような事態だというのは分かっているのですが、少し休暇をいただけませんか?」


「休暇をして何をしたいんだね?」


「少し、あの世界の歌姫と、玲那(れいな)と話をしたいんです。実は、彼女はもともと私の父の治める街の出身で、幼馴染なんです。国明の、団長のこと、本当なのか聞きたいのです」


 暫く国廣は間をおいたが、やがて首を縦に振った。


「私用など今は認めるときではないが、団長に、士気に関わることなら仕方あるまい。飛竜を使え」


「ありがとうございます」


 出て行った杜国を見て国廣はため息をついた。

 そして天幕の奥へと目を向けた。


「本当に玲那はこの国の情報を北晋国に流しているんだろうね」


 そこにいたのは藤堂秀司の腹心の部下、ほくそえむ春野だった。

 彼は涼しい顔でそこに立っていた。


「ええ、彼女は北晋国で取り立てられて、世界の歌姫と称されるようになった。そこには上皇様の力が働いています。あの愚王の実母である上皇様には彼女は逆らえませんから」


「なら断罪しなくてはな。そうすれば国王騎士団長も倒れる。あの若造さえいなくなれば、私の出番か」


「ええ。しかし、こちらも玲那の情報をお渡ししたのですから、ここは一つ」


「分かっている。あの姫そっくりな少女を姫として担ぎあげた後、それが偽者であることを公表すればよいのだろう。姫は死んだと、国は我々を偽っていると。まかせておけばいい」


 すると春野は頷いて風呂敷包みから、金の延べ棒を差し出した。


「この世で金以外に信じられぬものはないな。人の心などあてにはならないから」


 国廣は躊躇いなく、金を掴むと、懐へと仕舞いこんだ。


 国王騎士団長国明が国境に戻ってきたのはその日の深夜だった。



       *



「優菜のおばあちゃんって、マーマ先生だったんだね」


「う~ん、正直、あんまり会ったことないから、記憶にないなあ。ヒナはあったことあるの?」


 時を前後して、優菜とヒナは王都の南にあるという孤児院、マーマガーデンへと向っていた。

 妙に精力的な光悦と、妖艶な男から愛らしい黒犬の姿に戻ったワンコ先生とともに縁の飛竜の背中に乗って。

 光悦は後からくる光騎士団と合流し、そのまま南下。

自分達はそこから北上し上皇様の元へ送ってもらう手はずとなっていた。


「うん、マーマ先生とは一度だけ。マーマガーデンっていう孤児院を運営してらっしゃるの。そこが私の幼馴染の珠利の出身地だったから、寄ったことがあるんだけど、とても素敵なおばあさんだった」


「そうなんだ……おばあちゃんか」


 細い人だった記憶がある。

 優真が生まれたときに、ただずっと抱き上げてたことだけは覚えているがとりたてて、それ以外記憶にはなかった。


「ああ、マーマは本当によくできた妻じゃった。まあ気がきついのが玉に傷じゃけどなあ。今いる孤児院がもともとの家じゃったが、離婚するときに奪われての」


(そりゃあ、気が強そうだ)


 日が暮れる前にマーマガーデンの敷地に降り立つと、子供達が目を輝かせて走り出てきた。

 絵本でしか見たことのない飛竜が目の前に現われたのだから、当然の反応だ。

 そしてその子供達の後ろから現われたベールをかぶった老婆は眉間に皺を寄せた。


「マーマ! 元気じゃったかの?」


 光悦の弾んだ声をきいてこれ以上ないという程、相手を睨みつける。


「静かに死なせてもらいたいものですね」


 けれどその後ろにいるヒナと優菜に気がつくと、首をかしげた。

 彼女の視線は孫、優菜よりもヒナへと向いていた。 


「あなた、この前」


「ええ、あの、マーマ先生! ここに珠利は?」


「ああ、奥の部屋にいますよ。あの子、酷い怪我で。でも、なおそうという気力もなくて、どうしたの? 前はあんなに輝いていたのに」


「珠利! そんなにひどいの?」


 ヒナは挨拶もなく、さっさと建物へと走り出していた。


(行ったよ、あの本能で動く姫様は)


 優菜は半ば呆れたままヒナを見送って、それからマーマという老女へと目を向けてみた。

 ただの老女というよりはどこか崇高な目的を持った聖職者ともいうべき人だった。


「おばあちゃん、久しぶり」


 優菜の言葉にマーマは顔を上げて、暫く優菜という存在を眺めていた。


「あら……、あなたもしかして、優子ちゃん」


「おばあちゃん、優菜だよ。弟の方」


「まああ」


 マーマは思わず光悦と顔を見合わせ、孫の成長を心の底から喜んでいた。


「優菜なの……まあ、もう、こんなに大きいなんて。まあ、でもどうしてこんな爺と一緒に?」


「色々あって、おじいちゃんに世話になってるんだ、姪の優真も本当はいるんだけど、今は竜仙にいさせて貰ってる」


「まあ、優菜、ゆっくりしていけるの? おなかはすいてない?」


「あんまりゆっくりしていけないけど、少しくらいなら」


 いそいそとついて来た光悦を邪魔そうにしながら、マーマは飛竜を操る縁も中に入れようとしたが、縁は子供達に飛竜を見せると丁寧に断った。

 かわりに優雅に二足歩行でやってきたのはワンコ先生。

 きっともてなされて当然だと思っていたのだろうが、祖母は犬を建物に上げることなく一瞥して扉を閉めてしまった。


(はわわ! 先生! 後で先生に怒られる)


 窓の外に見えた先生はしばらくどうにかしろと優菜を睨みつけていたが、すぐに振り返った。

 悪戯ざかりの子供が先生を見下ろしていた。

 そして尻尾を掴まれる前に先生は庭を走り出した。




「珠利! どこ!」


 ヒナは今にも発狂しそうなほど叫んでいた。

 優菜は目でその姿を追ってみる。

 孤児院というだけあって、部屋はたくさんある。

 一個ずつ開けていたヒナは、やがて小さな部屋の隅に座っていた女を見つけた。

 長い茶色の髪を一つにまとめ、ただ剣を握り締めて小さくなって座りこむ女。

 唇を動かして何かを呟いているようだった。

 ヒナはそんな女の前に駆け寄るとそうっと手を伸ばして絆創膏を貼った頬を撫でてみた。


「珠利?」


 ぼんやりと女は座っていた。

 その唇からでてくる言葉は美珠の名前。

 そんな唇の端にも火傷のひきつった痕があったが、それ以上にヒナが衝撃を受けたのは、彼女に何の光も宿ってなかったことだった。

 美珠姫にとっての珠利はいつでも明るい姉貴分で、どんな困難な局面でも絶対に辛い顔は見せず、笑っていてくれる人だった。

 そんな彼女の無表情。


「珠利? 聞こえる?」


 もう一度両手で頬を撫でてみる。

 傍で笑顔を向けてくれる幼馴染は、守ると誓ってくれた幼馴染は、自分の死でここまでぼろぼろになってしまったのだ。

 ヒナは毀れた涙を拭うと珠利としっかりと抱きしめた。


「私はここにいるよ、ねえ、珠利、美珠よ。分かる? ねえ」


 その名前を聞いて珠利はビクリと体を揺らした。


「私、助けられなかった。傍にいたのに、あんなにいつも偉そうなこと言ったのに助けられなかった」


「大丈夫、私はここにいるの。ねえ、珠利」


「美珠様、ごめんね、ごめんね。苦しかったよね」


 まるで恋人のようにヒナに縋りながら珠利はゆっくりとヒナの頬に触れる。

 やがて、何度か目を瞬かせてゆっくりと美珠の体から自分の体を離した。

 そして目の前にいる涙を浮かべたヒナを見た途端、目からたくさんの涙が溢れてきた。


「そんな、これ、夢? ねえ、夢?」


 女は訴えるように一生懸命ヒナへと言葉を掛ける。

 ヒナは何度も首を振って女へと腕を伸ばして、しっかりと抱きしめた。


「珠利! 私よ、ここにいるの、紗伊那にいるの、珠利の目の前に」


「美珠様、本当に?」


 珠利という女は美珠に頬を寄せる。

 温かさを求めるように。

 

「ごめんね、ごめんね、珠利」


「ねえ、美珠様、顔見せて、ねえ」


 そんな珠利の言葉に反応するようにヒナは涙を拭いながら、笑ってみた。


「本当に、美珠様だ。美珠様、生きてた」


 手を握り合って、珠利の体を労わりながら、ヒナは息を吐いた。


「良かった、本当に。良かった。珠利に会えて、本当に」


「美珠様、私のこと探してくれてたの? こんなところまでわざわざ来てくれたの?」


「当たり前じゃない。珠利のためだったら何でもするよ」


 すると珠利はまた涙を落とした。


「痛い? ねえ、珠利」


「痛くないよ。こんなの。全然」


 そう言っていつものように笑いながら、珠利はヒナの頬を両手で優しく挟んだ。


「美珠様こそ、痛いところない? どこか、おかしいところは?」


「ないよ。元気」


 その言葉が珠利という女性には何よりのクスリになるようだった。

 二人は両手を繋いでお互いを眺めていた。

 けれど扉口にたつ優菜を見つけると、ヒナへと首をかしげた。


「で? 美珠様、そのこは?」


「ああ、紹介するね。こっちは優菜。色々あって、今は私の家族っていうか……恋人」


(おおお! 今、なんかヒナから可愛い言葉が! 恋人って言った? 言った? ねえ、ヒナ)


 すると珠利は途端に眉間に皺を寄せた。


「え? ちゃんとした人なの? この人。ちゃんと美珠様守れるの? 私より弱かったら容赦しないよ」


(うわ、小姑か、こいつ!)


 そんな珠利に笑顔を見せてヒナはあえて怖い顔を作った。


「そんなことより、珠利、怪我しているのに、無理したんじゃないの?」


「だって、美珠様のいない世界で生きてたって私、仕方ないもん。怪我なおしたって意味、ないんだもん」


 そんな珠利の拗ねたような言葉にヒナは言葉を失っていたが、笑みを作った。


「ごめんね……。私、珠利にも相馬ちゃんにも本当に心配かけたね。あと、ありがとう、珠利」


 珠利も涙をこすると笑顔を向けた。

 頬には痛々しいガーゼを当てたまま。


「珠利、私達今すぐでなくちゃならなくて、ゆっくりしていけないんだけど、珠利はここにいる?」


「ううん! 美珠様と一緒に」


 どうみても戦えない。

 優菜はそう思ったが、ヒナはあえてその申し出を断らなかった。


「分かった。行こう、そうだ。その前に珠利……怪我、見せて」


「大丈夫だよ、そんなもん!」


 強く否定する女にヒナは首を振った。

 優菜から見てもその珠利という女が体を庇っているのがわかる。

 暫く目と目で争いをしていた二人の勝負はヒナが勝ったようだった。

 優菜は気を遣って扉を閉めて祖母たちのもとへと戻ることにした。

 


 ヒナは珠利の包帯を取った姿を見て、こみあげた涙を一生懸命引っ込めていた。

 彼女の若い白い背中は半分程度ひきつっていたし、正面も乳房のあたりから腰にかけて肌がとけていた。


「名誉の負傷ってとこかな」


 笑う珠利に笑い返せなかった。

 自分は生きていた。

 けれど、大切な大切な姉貴分はどうしようもない傷をおったのだ。


「国友さんには?」


「何言ってんの? 私達別に恋人でもなんでもないし、見せる必要ないでしょ? 私は美珠様だけがいてくれたら、それでいいんだから」


 珠利のこの笑顔をヒナは知っている。

 諦めるときの顔だ。

 彼女は自分の恋を、諦めてしまったのだ。

 確かに、これが美珠だったとしても、恋をすることも、何もかもあきらめてしまったかもしれない。

 自分に自信だってもてなくなる。


「私、こんなに珠利が苦しんでるって分かってなかった。相馬ちゃんもあんなに思ってくれてたって知らなかった。私は、暢気に旅をしてたの。旅をして、恋をして」


「いいじゃん、美珠様が幸せなのが、私達には一番なんだからさ」


 珠利は包帯をヒナと共に巻きながら、いつものように屈託のない笑顔を見せる。

 その笑顔に悲しみはない。


「まあ、私が思ってたよりも、なんか女の子っぽい子だけど、年相応で可愛いし。で、どこまでしたの? チュウはした?」


 するとヒナは顔を赤らめた。


「あのね、あの、もうえっちまで、あ、紗伊那では何っていったらいいのかな、兎に角お父様がいつも若い侍女の子と裸でするようなことしたの」


 途端、珠利の顔は修羅のようなものに変わった。


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