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第60話 扱えるか? ヒナお前さんに

「おかわりございませんね」


 光東は客人を通した部屋で、その客人に対し憧れの瞳を向けていた。

 その客人は光騎士団にいるものなら誰もが知る人物。

 ともに竜を走らせたことはなくても、口承で後世にまで名を残す光騎士。

 すでに騎士をやめて数十年たつというのに、その老人は騎士であった頃のように、気迫に満ちていた。

 そんな偉大な老人は光東の言葉に尊大に頷いて、もじゃもじゃした髭を撫でながら、窓から見える白亜の宮の庭園を眺めていた。


「わしが騎士団長であった最後の年に完成した建物じゃが、古びた様子はないのう。変わっておらん」


「ええ、そうですね。景色はかわりませんが、中は色々と変わりました」


 すると皺に埋もれた老人の目がチラリと左右に動かされる。

 光東の隣にかつては天敵であった暗黒騎士がいたからだ。


「確かに」


 老人はそういいながら、少し冷めた何も入っていない珈琲を一口飲み込んだ。


「かつてはこんな風に並ぶこともなかったからな。お前のじいさんとはよく張り合っていたものだ」


「ええ、祖父から光悦様のことは聞き及んでおります」


 暗守は表情を見せる訳ではないけれど、祖父からよく話を聞いた人物にということで、構えることもなくどこか親しげに答えて軽く頭を下げた。


「確かに時代はかわったな。あのボン達がもう国王やこの国の重鎮となっているんだから。そしてこの国を変えている。嬉しいことじゃないか」


 扉が開いて、光東と暗守は姿を見せた人間に頭を下げる。

 そこには平素、服を着流しだらしなくしている国王がきっちりとローブを羽織って立っていた。

 大国の王でありながら、おごることなく剣の師匠の前では年長者を敬う気持で溢れていた。


「こんな老人を働かせて何をするつもりだ?」


 けれど王の様子を見ると、一度頷いた。


「そうか、お前は声を失ったか」


 王が向いに座ると同時に、少し遅れて姿を見せたのは王の親友、西方将軍数馬だった。

 けれど待たされた老人はどれほど権力者であろうが、媚びることはない。

 どこまでいっても弟子は弟子だった。


「数馬、お前、太りすぎだろう。ちょっとは運動せい!」


「光悦先生、お久しぶりです。およびだてして申し訳ありません」


 数馬が腹回りの肉を気にして下腹に手を回しながら、早速本題を口にした。


「南の士気を高めに行っていただきたいのです。光悦先生のお名前できっと南の兵士の士気があがるでしょうから」


「こんな老いぼれを狩り出すほど、この国は逼迫しているのか?」


 すると数馬は顔を緩めて首を振った。


「いいえ、先生に手紙を出してから危機は回避されたのですが、まだどうやら、危機状況であるように演じなければいけないようでね」


「演じる。またお前は面倒なことを」


「いいえ、私の考えではないのですがね」


 数馬は笑みを返して、首をかしげる光悦の反応を窺っていた。


「珍しい。お前が人の策にのるなど。分かった、南に行く予定があるのでな」


「ありがとうございます。南には光騎士団の副団長が随行いたします。その際には……」


 微かな物音とともに部屋にいたものたちの視線が扉口へ注がれる。

 そこには大きな瞳が四つあった。

 国王に良く似た瞳と、ほんの少し垂れた瞳。

 

 お前達、そこでなにしてるんだ

 

 誰もがそう思った。

 大切な客人を迎えて、国防に関する話をしているときに、空気を読まない四つの瞳。

 けれどその瞳は光悦を確認すると部屋の中へと飛び込んできた。


「あ、やっぱり! おじいちゃん!」


「じいちゃん、ここ来るの遅かったね、もう南にいったんだと思ってた」


 目を合わせて頷き合う若者達を見て、光悦もまた目を輝かせた。


「まさか、お前さんたちがここにおるとはおもわんかったわい。竜仙に行ってたんだろうて。しかし、ここでヒナに会えたのはよかったわい」


 光悦は嬉しそうに目を細めると、自慢げに後ろに置かれた包みを差し出した。

 誰よりも光悦の瞳が輝いていた。


「お前さんに渡すのを本当に楽しみにしておったからの」


「何? おじいちゃん、これ」


「お前さんに渡した剣は少し重かったからのう。馴染みの刀剣商が手に入れたとの情報を聞いて、早速買ってきたんじゃ。きっと、お前さんにはちょうどいいさ」


 光悦から紫の包みを受け取り開けると、そこにあるのは双振りの剣。

 すらりと伸びた刀身の一つには亀裂の模様、一つには波紋の模様が入っていた。

 その二振りの剣は何にも汚されることのない少年のような白い輝きを放っているように見える反面、角度を変える世の中を知り尽くした隠者のようなどこか妖しげな光も宿していた。


(絶対、これ高いだろ。下手したら、あの家、買えるぐらいつぎ込んでるぞ。じいちゃん)


 受け取ったヒナは、そして国王、騎士団長二人は突然目の前に現われた剣に暫く見とれていた。

 説明がなくとも、この剣は普通ではないと気付いていた。

 そしてヒナは剣に目をやりながら、口だけ光悦へと向ける。


「おじいちゃん、……これが、私の剣?」


「そうじゃ、ヒナに前教えただろう。剣には持っていた人間の心がこもっていると」


 ヒナはゆっくりと頷いた。


「その剣、干将(かんしょう)莫耶(ばくや) という。正直、いわくつきの妖剣じゃ」


 その剣の名前を聞いた途端、武人達の目の色が変わった。

 彼らはそれがどういったものなのかを知っているのだろう。

 けれどヒナは知らないようで、その名を何度か呟いた。


「それを打った人間は欲した王に殺され、その恨みで王は殺された。それからその剣は転々として、今回お前さんに相応しい剣を探していた私の手元にやってきた。正直、可愛い女の子の扱う剣ではない。だが、扱えるか? ヒナお前さんに」


(王殺しの剣。そんなものをいずれ王になるこの国の跡継ぎが持つのか?)


 けれどヒナは物怖じすることもなく、鞘に戻すと光悦の顔をじっと見ていた。

 贈り物を喜ぶわけではなく、その思いを受け止めた顔で光悦へと頭を下げる。


「ありがとう、おじいちゃん。私、この剣とちゃんと向き合うよ。それでこの剣に認めてもらえるようになりたい」


「そうか、よかった、よかった。ヒナはワシの気持の通じる子で。ワシから孫への贈り物じゃ。優菜は剣をもてんからな、わしの宝刀は全部可愛いヒナにいずれはやるからの」


(そうだ、ヒナのこと言っておかないと)


 優菜はヒナをまだ孫として愛する光悦にヒナとは双子ではなく実は美珠姫だと説明しようとした。

 が、光悦は嬉しそうにあごひげを撫でた。


「しかし、並ぶと良く似ておるのお。あの美人の教皇に似たのなら、随分良かったろうに。可哀想にのう。こんな奴と似てしまうとは。しかし、その顔のお陰ですぐに分かったぞ」


「え? じいちゃん、知ってたの?」


「あたりまえじゃ、孫の顔くらいすぐ分かるわい」


 するとヒナはどこか寂しそうに光悦に抱きついた。


「ごめんなさい、おじいちゃん。私もおじいちゃんの孫がよかった。『おじいちゃん』っていう存在はおじいちゃんしか知らないんだもの」


「何言ってるか、こいつの娘ならワシの孫と同じじゃ。な」


「じいちゃん」


 優菜も祖父の大きさに嬉しくなってしがみついた。

 ゴホンと咳払いしたのは数馬だった。

 光悦は優菜と頬をくっつけて数馬へと目をやった。


「先生、もう一度ご依頼させていただきます。南へいってくださいませんか? それが優菜ちゃんの作戦だそうです。この国は危険だと他国に思わせておくことが」


「何?」


 光悦の視線を感じて優菜は頷いた。


「じいちゃんがいってくれるなら、安心だよ。南に北晋国の圧力が掛かってる、行って欲しいんだ」


「仕方ない。ほかならぬ優菜の頼みなら。そして、この国を守るためなら」


「ありがとうございます。先生」


「ありがとう。おじいちゃん」


 そして光悦は腰をあげた。


「そうときまれば、さっさとマーマにあって、南に行くか」


 途端ヒナの顔が輝き出した。

 優菜はマーマという名前をさっきヒナたちが繰り返していたような気がして嫌な予感がした。


「私も行く! そうか、分かってなかったけど、おじいちゃんの奥さんはマーマ先生なのね! そういえば、前にマーマ先生の旦那さんは光騎士団長だったってきいてたわ! それにあそこには、珠利がいる! 会って、私が元気だってこと、伝えるの! 私の大切な珠利にあえるのよ!」


(おいおい、俺ら今から北へいくのに、方向、逆)


 振り返ったヒナの顔は優菜にもう文句を言わせない顔だった。


(はああ、少しずつ遅れていく。大丈夫か? これで)


「よし、行くか! 優菜、ばあちゃんに会うのは何年ぶりだ?」


「え? ばあちゃん?」


 珠利という人間は知らなくてもおばあちゃんと言われてしまえば確かに会いたくなった。

 そこへ優真をつれてやれなかったのは悔いが残るが、光悦とヒナはそんなことお構いなしに完全に盛り上がっていた。


「さあ、行こう! おじいちゃん! じゃあ、行ってきます! お父様、皆さん」


「じゃあなあ、お前達! さらばじゃ!」


 ヒナと光悦は目を糸の様にして、微笑むと意気揚々と肩を抱きあったまま出て行った。

 優菜はその後ろで小さくなって、部屋に残された人々に頭を下げた。


「じゃあ、行ってきます! あの、ご心配なく、ヒナはちゃんと守りますから」



       *



 優菜たちが桂を見送った同じ頃。


「ほら、貸せって、俺が暇そうな奴みつけて頼んできてやるから」


「う、うん。でも、やっぱり」


「いいから!」


 昂は優真から手紙をひったくると、走っていった。

 優真が一生懸命書いた父への手紙を届けてやるために。


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