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第6話 犬っころ

「部活、部活、って部活って何?」


 放課後、いつもの三人組の陣形の半歩後ろを歩いていたヒナは尋ねてきた。


「拳法部」


「ふうん。けんぽーぶ」


 体育館の扉を開けるとまた横断幕がばっさばさ揺れる。

 そして黒地に蛍光色で彩られたウチワも歓声とともに揺れた。


「これが、けんぽーぶ。私もあの黒い奴をつくって振ればいいの? それ楽しいの?」


 ヒナは全く理解できないといった顔で首を振った。

 優菜は一瞬意味が分からずにいた。

 ヒナがウチワを振ってお兄ちゃんがんばれと応援してくれる気になったのかと思ったが、明らかに顔は違う。


「あ、違う! ヒナ、そうじゃない。もしかして部活の概念わかってない?」


「偉そうに」


「兎に角、ヒナ、すぐに部活はじめるから待ってるんだぞ」


「はあい。早く始めて」


「んじゃ、これ食べてまってて」


 あべっちがそんなヒナにチュッパチャップスをまた渡した。

 いつもチュッパを欠かさないあべっちのチュッパへの気持ちをおもんぱかりながら優菜たちは悪臭のする男子更衣室へと消えた。


 ヒナは貰ったラムネ味のチュッパに目を落とし、そして傍にあった長いすに腰を落とすと、めくりにくい包みを先ほどよりは幾分簡単そうに開けて、口に放り込んだ。

 すると女の子達が走ってきた。

 ヒナは白い小さな棒を持って飴を口から出すと、そんな女子達に目を向けた。


「何?」


「妹さんなんでしょ?」


「あ、何言ってんの? 違う! お姉ちゃん、私は双子のお姉ちゃん!」


「ねえ、優菜様のこと教えて」


「え、あ、うん。いいよ。さ、並んで並んで!」


     *


「よし、皆そろったかな? はじめるか!」


 部の人間は全部で十五人。

 拳法経験者は優菜と山ちゃんだけで、趣味が高じたサークルだったが、最近は徴兵があるという噂から、体を鍛える部活が人気を博し、ついこのまえ、部に昇進した。


 一応、優菜が部長。

 山ちゃんが副部長。


 筋トレの後、型や実戦を行う。


(ヒナ、ちゃんと見てるのかな)


 チラリと目を向けると、女子に囲まれているヒナと目があった。

 そして目が合うと、囲む女子たちに何かを言って、チュッパの棒を口から出しながら静かに長いすにまた座った。

 けれどその手には、女子達から受け取ったのであろうお菓子がしこたまのっていた。


(絶対、俺を売ったな、ヒナ)



 部活を始めて一時間、休憩になるとヒナは周りをみて寄って来た。


「私も少しだけやってもいい? なんか楽しそう」


「おし、掛かって来い」


(やりたくなったのか、全く双子ってのはこう)


 軽い気持ちで受けてやるつもりだった。

 飛んでくるだろうへなちょこパンチを何発か受けてやれば気が済むんだろうと。

 けれどヒナは一度深く呼吸して、手に拳をつくり腰を落とす。

 そしてまずけりを繰り出した。


(やば! 蹴りかよ!)


 へなちょこパンチを想像していたせいで、その勢いに少し体勢を崩す。

 風が目の前を通った。

 それと同時に


「ヒナ! パンツ見える!」


 これは兄としての心配だった。

 男どもにこんな白いパンツ見せたら、どんな感情を抱かれるか分からない。


「うわ、失敗」

 ヒナもスカートを押さえて、数歩下がる。

 そして周りの部員の視線に気がつくと顔を赤らめてまた隅っこへと戻っていった。


(ってか今のシロートの蹴りかよ! 型だって割りと様になってるし。一体、お前でどこで、何してたわけ)


    *


「これが、カレー鍋か。なかなかスパイシー」


 黒い犬はハフハフと肉を冷ましながら食べていた。


(犬肉よりも豚肉のほうが絶対高級だろうな)


 優菜はそんなことを思いながら、肉を更に追加する。

 その隣でヒナも声をあげた。


「うん、おいしい。こんな味はじめてかも! カレーか、おいしいねえ。外すごく寒いから体あったまる」


「もう鍋いや! 明日はハンバーグね」


「はいはい」


 昨日から突然賑やかになった食卓。

 それは心地よい景色だった。


「ヒナ、学校楽しかった?」


「うん、お姉ちゃん! あのね、いろいろしたの、廊下にも立ったし、お弁当も食べたし、部活もした! すっごく楽しかった」


 ヒナは嬉しそうに今日あったことを子供のように語った。


「この後、宿題をするんだ。帰りにものすごく可愛いペン、優菜に買ってもらったの。これで今日から勉強するんだ。絶対はかどるよ」


「ああ、いいなヒナ! 私もその柄欲しい! その苺柄の消しゴム欲しい」


「じゃあ、二個あるから一個ずつね。優真とおそろい、いいでしょ? 優菜」


 すると黒い犬はビールに口をつけて、黒い口のはしを持ち上げた。

 それはまるで微笑んでいるように見えた。


「ヒナ。良かったな」


「うん! 先生!」


 満面の笑顔で笑ったヒナがすごく可愛く見えた。


(さすが、俺の妹可愛すぎる)


        


「ヒナ、自分の部屋あるだろ? そっちで寝ろよ」


「いやあ、このベットのこの固さと、この隅っこ感がいいの」


 ヒナは例のごとく部屋の壁にぺたりと付けられた優菜のベットにグレーのスウェット姿で転がっていた。

 そして暇そうに何かないかと探して、そしてやがて目を留めた。

 とあるシリーズものが全てそろっていたからだ


「『初心者ならこれを読め 政治編』」


 そう呟いて手に取った。

 中には沢山の鉛筆の線や書き込み。


「ああ、それ、父さんが書いた本なんだ。なんだ、ヒナ政治に興味あるのか?」


「え? あ、ううん。なんか偉く年季がはいってるなあって思って。優菜全部読んだの?」


「読んだよ」


 数学の予習から顔を上げた優菜の瞳はずらりと並ぶ本に注がれる。

 兵法、経済、それに政治、法律。

 そしてそれは初級でとどまらず、中級、上級まで全てが並べられていた。

 完全に読破された状態で。


「子供の頃から毎晩、父さんに叩き込まれたから。きっと全部覚えてる。まあ最近読んでないけど」


 ヒナはその後ろで目を通そうとしているのか、眺めているだけなのかペラペラとその本をめくっている。

 そしてパタンと本を閉じた。

 やはりヒナには興味ないのかと予習に目を移したときだった。

 ヒナが一冊の本を差し出した。


「ねえ、これ、ちょっと教えて」


 けれど優菜は黙りこくっていた。


「ん? 分かるんでしょ? だったら、教えて」


「分かった。妹の頼みだもんな。教えてやるよ」


「お姉ちゃん」


 優菜はヒナの隣に転がると、ページをめくった。

 幼い頃の自分の字が姿を見せる。

 毎日、嫌で仕方なかった勉強、勉強の日々。

 周りの友達は学校の勉強だけでよかったのに、どうして自分はこんなに勉強させられるのかと父親に散々文句をいいながら、勉強をした。


「捗ってるかな」


 扉を開けて入ってきたのは黒い犬だった。


(何―!)


 やっぱりいつものように長靴着用の二足歩行で両手にお盆を持っていた。

 そしてその上に置かれた三角のりつきおにぎりと二つと湯気をあげる湯のみ二つ。


(可愛い、可愛すぎる)


「休憩をしてはどうだ? せっかくおにぎりを作ってきたのだ」


 三角おにぎりには憎い心遣い、肉球のあとが垣間見えた。

 優菜とヒナの目はどんどん幸福感に緩まってゆく。


(はうぅ、これ学校もってって、皆に自慢したい)


「先生、握ってくれたの? ありがとう! すっごく嬉しい」


「毛は入ってないから安心したまえ」


「ありがとう、犬っころ」


 優菜がそう言って受け取ろうとした途端、高速で盆が飛んできて額にぶつかった。

 痛みにしゃがみこむと、目の前で盆がカランカランと回転する。


「犬っころ……だ? 私を捕まえて犬だと?」


(見たままいって何が悪い!)


 けれどそのまま犬に馬乗りになられ、肉球で何発かパンチを食らった。


「これから私を呼ぶときは、『長靴を履いたワンコ先生だ』」


「めちゃ長い!」


「嫌なら、いいんだぞ。お前の名前を『妹相手に卑猥な妄想をするキモオタお兄ちゃん』に変えても」


(めちゃくちゃ、イジメー!)


「そんなことしてねえし!」


「さあ、どっちを選ぶ?」


 この黒い犬には妙な迫力があった。

 威圧するような目で見られて、優菜は顔を背け、ポツリ一言。


「長靴を履いたワンコ先生、おにぎりありがとうございます」


「うむ、話の早い子は大好きだ」


 そういうと黒い犬、略してワンコ先生は大きく頷いて扉を前足であけると部屋を出て行った。

 すこしこぶになった額を撫でていると、隣でヒナが大きな目をこっちに向けて、難しい顔をしていた。


「優菜、先生は、めちゃくちゃ強いらしいよ。逆らわないほうがいいよ!」


 ヒナまでが妙に強く説得するので、優菜はこれからはちゃんと先生と呼ぼうと固く心に誓ったのだった。


こんばんは!

今日もお付き合いくださってありがとうございます。


やっとワンコの名前が判明!

これからガンガン出てきます。

可愛がってやってくださいませ☆

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