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第58話 まず、私を信じて下さい

 藤堂秀司は北晋国の王座に着いて思案していた。

 数日前まで、ここでふんぞり返っていた王は今、もうこの都を追われている。

 王都を守るのは藤堂秀司という人間自身に惹かれるか、妻を殺されても国を思う藤堂秀司を支持するものたちばかりだった。

 だからこそ、あの肥えて腐りきった王のもつ兵士達よりも数は劣るが、優秀な兵士といえた。

 王都の民、そして村村に至るまで藤堂秀司が王となることは認められつつある。

 そして北晋をほぼ手中にいれた藤堂秀司の次なる悩みは紗伊那だった。

 姫は死んだ。

 生き延びた手下が胸を貫かれた姫を目撃している。

 紗伊那という大国が、その事実を事実とせず、死んだ姫を生きていることにしてくることくらい、初めから計算に含んでいた。

 それなりの替え玉を用意はしているだろうし、そういう際の計画も姫が産まれた当時から考えられてはいるだろう。

 問題はそれをどうやって最も効果的な時に暴くかだ。


 姫の死と同時に北晋の国境に騎士や兵士が集まってきた。

 北晋王は何もしらず、紗伊那が攻め込んでくると出て行った。

 その王の腰を上げさせたのは裏で政治を操った藤堂秀司だとは、あの愚王は思いもしないだろう。

 そして愚王は国を思う一人の青年に討たれるのだ。

 その青年は新たな北晋王になり、後継者のない紗伊那を善人のふりをしてうまくまるめこむ。

 そのために姫の死は必要な材料だった。


「戻りました」


 髪を結い上げた女が、秀司の前に跪いた。


「よく戻った秋野(あきの)。どうだった? 冬野(ふゆの)はあの下種な王を葬り去れそうか」


「少してこずっているようです。篭城されてしまったため、兵糧が尽きるのを待っているようです」


「だから兵糧攻めだけはするなと言ったのに」


 秀司が渋い顔をして膝を叩くと、隣にいた腹心の部下、春野は少し苦い笑いを浮かべた。

 藤堂秀司は信頼する部下に四天王という意味を込めて季節の名を与えていた。

 それは大佐であったときから有名なことで、春が一番の部下であることを意味していた。

 春野という藤堂秀司よりも少し年下の青年は藤堂秀司の弟弟子だった。

 藤堂優太郎に学び、そして藤堂秀司を追う様に軍に入り、常に右にいた。

 そんな男は一歩前に進み出した。


「少し荷が重かったのでしょう。あれはまだ高校生だった。優菜と同じ学年だ。まだ子供なのですよ。私が行けばよかったのですが」


「冬野にはまだ使い道がある。それに春野、お前には引き続き紗伊那に交渉をしてもらう。あともう一人、強力な仲間を引き込みたい。どうだ、先日あった国王騎士団長は仲間に引き込めそうか?」


 春野は以前国境で会った国王騎士団長を思い出していた。

 感情のない男だった。


「以前の秋野の話では騎士団長の中でも浮いているようですが、もともと国王の寵臣のようですので。難しいようですね。他の切り口を探してみることにいたします。ただ、何かあの男の目を見ていると、どこか私と通ずるところはありそうです」


 少し釣りあがった目をした若い男は、国明の感情のない目を思い出して口を持ち上げたものの、彼の目の前にいた秋野という女と目が合うと首をかしげた。


「何だ?」


「いいえ、私はまだ夢を持っていた頃の国王騎士団長しかしりませんので、春野とあの国王騎士団長の共通点はわかりかねますが」


「そうか。では、私は紗伊那へ」


「ああ。任せた」


 藤堂秀司の言葉に春野は軽く頭を下げて部屋を出て行った。

 そんな春野の背中を暫く見送ってから、目の前にいる女へと目を向けた。

 そこには光が宿っていた。


「秋野、次にお前にして欲しいことがある」


「何なりと」


「上皇様の下へいって、表の世界に引きずりだしてこい」


「簡単におっしゃいますね」


 けれど女は嫌がることもなく、そのまま音もなく去っていった。





 扉を開ける蕗伎と魔宗がにやついた顔で優菜を見ていた。


(こいつら、俺が帰ってくるっての、わかってたな)


 ほんの少し腹がたったけれど、優菜も大人の対応をすることにした。

 静かに二人の前で頭を下げた。


「先生、俺、先生に前に誓ったのに、ビビって逃げようとしてた。すいませんでした」


「お前は弟子だ。私が免許皆伝をやるまではお前を守る義務がある。お前を私は守ってやるさ」


「へえ、先生かっこいい」


 からかうような蕗伎をヒナは睨みつけて、頭をはたくと優菜を引っ張った。


「上皇様の下へは行くよ。でも、その前にしとかなきゃいけないことがある。ヒナ、信頼できる国の有力者、紹介してくれる?」


「分かった」



 程なく、ヒナの一声で数人の人間が集まった。

 国王に教皇、騎士団長、それ以外にあと二人、姫の記憶を取り戻すときにいた中年男二人だった。

 一人は見るからに聡明で、一人は武人らしい風体、二人ともくたびれたところもない、凛々しい男だった。

 すると魔央が優菜に紹介してくれた。


「こちらの方は文官の長、太政大臣の麓珠様、こちらは秦奈国国境を統括しておられる西方将軍数馬様だ。お二方とも王の親友であられて、麓珠様は国王騎士団長国明の父君、数馬様は美珠様の執事である相馬君の父君であられる。そして王やお二方は光悦様に剣術を教わられたそうだ」


 優菜は祖父光悦が国王の剣の師であったことは知っているけれど、その他の弟子もまた権力者であることを初めて知った。


「陛下、(ろく)(じゅ)様、数馬(かずま)様。こちらの優菜は光悦様の孫なんですよ。私も今回ここを留守にして暫くの間、光悦様のもとで勉強させていただきました。美珠様も光悦様の下で研鑽されました」


 世間話に聞こえるけれど、それは優菜の地位を確定させるものだった。

 ただの北晋国の高校生ではなく、この国でかつて力を得ていたものの血縁であり、重鎮に与える印象はがらりと変わった。

 優菜は前に立つと頭を下げた。


「はじめまして、優菜と申します。姫と会うまで、本当につい最近まで北晋国で高校生をしていました」


 二人は頷いて王の隣の席について、どこか和んだ顔で優菜を見上げた。

 先に声に出したのは優菜の顔を眺める麓珠だった。


「そうか、光悦様の。光悦様のお嬢さんは我々とも年が近かった。我々が光悦様にしごかれて倒れると、よく頭から水をかけてくれたものだ。懐かしいな。君はあの人の子か?」


「確かに光悦先生から聞いた話では、娘さんは北晋国へと駆け落ちしたということだったからな。でも相手は随分年上だったと聞いている」


 思いの外、自分の家族は彼らに知られているようだった。

 数馬の言葉に優菜は頷き、控えめに答えた。


「ええ、二十程違いました。もう父と母は亡くなって、年の離れた姉と姪と北晋国にいたのですが、姉も亡くなり祖父のもとに身を寄せておりました」


 それから優菜はどこかしんみりした空気を振り払って顔を上げた。

 

「早速ですが、ヒナ、っと姫の安全を確認するためには、兎に角この内通者をあぶりだす必要があります。相手の得意とするものは情報戦。向こうの本当の武器は兵器ではなく情報です」


 優菜は頭の中で積みあがる考えをだしてゆくために、あえて年上ばかりのこのへやできつい口調で言葉にした。


「だから、我々も情報を使うしかない。その為にあなたにお願いしたいことがあります」


 優菜の正面にいたのは麓珠だった。

 彼は国明ににた切れ長の瞳で当惑することもなく優菜を見上げていた。


「まず、私を信じて下さい」




「これで全てだ」


 麓珠というこの国最高の文官のは優菜の前に最後の綴りを置いた。

優菜は何千頁にもなる超極秘の人事の書類をめくっていた。

 信じてくれといってはみたが、きっと、ヒナがいなければできないことだっただろう。

 ヒナが一緒に、国王とこの最高の文官に頼み込んでくれたのだ。

 そしてそんなヒナも横から顔を覗かせていた。

 優菜は大臣から平の官吏にいたるまで、一枚ずつをただ眺めているようで、けれど、その素性を頭に叩き込んでいた。

 どこの出身で、どこの塾に通い、試験に受かったかなど。

 藤堂秀司とどういった接点がもてるのか、彼につながる情報が欲しかった。

 たまに隣から、


「この人、前に一緒に法案を通したんだよ」


「あ、地理の先生」


 そんな言葉が飛んでくる。

 そんなヒナに返してやれないでいると、ヒナは顔を上げて麓珠に声をかけた。


「あの、おじ様、珠利、どこに行ったかしりませんか?」


「ああ、あの子なら。体中に焼けどを負って、それでも剣を離さなかったから、少しマーマ先生の所に預けしました」


「それは、私のせいですか? 私が死んだと思って珠利……」


「ええ。それは否めません。あの子は心も体も傷ついてしまった。あの子は恋をしていたんでしょう? けれど、本当に酷い火傷を負ってしまった。気にしているのかもしれませんね。あの子だって強がっていても、女の子だから」


 するとヒナは俯き、唇をかみ締めて涙を拭った。

 優菜は話に出てくる相手のことを全く知らなかったし、聞いてもいなかったけれど、ヒナを見ていればどれだけ大切な相手なのか少しはわかった。


「相馬ちゃんとは話はできなかったけれど、でも手を繋いだらすごくうれしそうに笑ってくれた。早く珠利にも大丈夫だよって言ってあげたい、私ちゃんと生きてたって、離れてごめんね、っていいたい」


「ええ、早く会ってあげてください。あと……国明のこと、申し訳ありません」


 ずっと会話に入らないようにしていたけれど、やはりその名前には優菜は反応してしまっていた。

 父親が一国の姫、それも息子の元彼女に何を言うのだろうか。

 優菜の前で仲裁するようなことを言って、ヒナがそれに応じてしまったら。


(目の前でそれだけはやめてくれ)


 願わずにはいられなかった。


「あれも、きっと辛かったと思うのです。完全に人が変わってしまっていた。騎士の道を閉ざされた頃のあの子のように。いいえ、もっと酷いものでした。少し、お話をしていただけるとありがたい。幼馴染の一人として。……これは過保護なあの子の父としての頼みです」


「分かりました。珠利を見つけて、この件が片付いたら」


 どこか躊躇いがちなヒナに優菜はため息をついて、綴りから顔をあげた。


「あの人、昼には国境にもどるんだろ? こっちだってすぐに上皇様の元に行って竜仙にいくことになる。ゆっくり時間は取れないよ? 少し、話をしてきたら?」


「でも……」


 優菜はどこか不安げなヒナの手を握ってみた。

 いつものように。

 するとヒナも反射的に握り返してくる。


「そうね、国友さんのこともあるし。少しお話してくる。それまで優菜、どこにも行かないでね」


「うん、暫く書類、ながめてるから」


「分かった」


 ヒナは一度自分に何かを言い聞かせて、体に力を入れると扉をあけて出て行った。

 残された優菜は麓珠へと視線を送る。

 彼の顔はとても辛そうに見えた。


「本当に国王騎士団長には奥さんと子供がいるんですか?」


「らしいよ。息子は全部自分で決めてから私に言って来たんだ。親としても、子供まで連れてこられてしまえば、何も言えないだろう。……それで、姫を追い払って、私に伝えたいことはなんだい?」


 麓珠の言葉に優菜は目星をつけていた人間の資料を開いた。


「この男とこの男、調べて欲しいんです」


「簡単にいうね。二人とも、この国の大臣じゃないか」


「ええ、こっちの男の人に関しては調べられているという情報を流してください。こっちは極秘でお願いします」


 麓珠はそれ以上何も聞かなかった。

 そして優菜は続けた。


「あと、美珠姫が襲われる少し前から、襲撃で襲われて死亡した城で働いていた人間の資料も出していただけるとありがたいです。最後にわがままをいうと、この国にはきっと、ものすごく大掛かりな諜報機関があるんでしょう? それを少しお借りしたいのですが」


「何をしたいんだね」


「もちろん、こっちも情報を武器にします」


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