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第50話 藤堂秀司

 義理の兄であり、藤堂の跡取り、そして大好きな姉の夫で、生意気な優真の父親。

 常識的に考えて故郷から去った優菜にとって最も頼れる大人がそこにいた。

 優菜の保護者ともいう立場の人間だった。

 

「おやおや、死神を張っていたのに。お前が出てくるとは」


 悪意のない笑顔だった。

 たまに家に帰ってくると見せていたいつもの笑顔。

 けれど、優菜は全く動かずにいた。

 そして優菜の一歩後ろにいたヒナは警戒するように優菜の袖を掴む。

 そんなヒナを見て、藤堂秀司は更に極上の笑みを見せた。


「ああ、ヒナちゃん、久しぶりだね。君も優菜と逃げられてたのか。確かに、お前があの火災なんかで死ぬわけはないと思っていたからな」


 いつものように穏やかに話す義兄。

 けれど穏やかな空気でないことくらい分かっている。

 お互い生きていたことを祝福し、抱き合う空気ではないことぐらい分かってる。


「お前も愚かな弟だ、よりによって、そんな奴らとつるむとは」


 藤堂秀司の視線の先にいるのは黒い外套を羽織った山本信二。

 義兄には彼の名前や優菜との関係は分からずとも、彼が何に所属する人間かは分かったのだろう。

 優菜はその言葉にピクリと眉を動かした。


「彼はあんたよりも絶対にいい仲間だよ」



 そんな言葉を聞いて藤堂秀司はククッと小さく笑って優菜の前に手を突き出した。

 優菜はその行動に警戒して少し腰を落とす。


「もう少しできる奴かと思っていたが、やはり器は小さかったか。そちらにつくとはな。お前には何も見えていなかった」


 そして掌を開いたそこにあるのは小さなボタンだった。


「起爆スイッチは一つじゃないさ。中は破壊されたようだが、少しは充填しているだろうし、小さな爆発ぐらい起こせるだろう」


「やめろ!」


 優菜は飛び掛っていた。

 施設は破壊した。

 あれだけ破壊されれば当初のような爆発など起こらない。

 けれどそれでも、万が一小さな爆発が起これば、前線にいる人々が幾人か死んでしまう。


(犠牲を一人でも出したら、何の意味もないだろう!)


 兄の指がスイッチを押した瞬間、頭上で強烈な光が起こった。

 

(起動した! 嘘だろう!)


 その光は空の高いところから彗星のように光の尾を引きながらまっすぐ落ちてくる。


(え?)


 見上げた空にあるのは巨大な光る槍だった。


「ふむ、大して強くないワンコめ、竜ごと槍にしたな」


 隣から自慢げな先生の声が聞こえる。


(あの槍は飛竜?)


 魔法騎士の力により鱗を強化し、自らを槍に変えた竜は今、まさに砲撃をしようと膨れ上がっていた砲を切り落とし、そのままの速度を落とすことなく森の中に土煙を上げて消えた。

 それから数秒して砲が優菜達の傍に地響きとともに崩れ落ちた。


「残念で~した」


 優菜は藤堂秀司にこれ以上嫌味な顔は作れないというほど意地悪く笑った。

 すると藤堂秀司は一本取られたという風に頭を押さえて、そして薄く笑った。


「全く、計画がくるったな。王を殺して、紗伊那を潰してやろうとしたのに。お前、ここの施設長を仲間に引き込むのにどれだけ俺が苦心したと思う」


「さあ? 別に言うほど苦労してないでしょ」


「そうだな。まあいいか。思わぬ再会ができたんだからな。そしてお前を殺せるんだから。これもまた絶好の機会だ」


 優菜はその言葉と同時に拳を作る。

 優菜の周りを北晋国の軍服を着た兵士達が囲む。


(ざっと、二百)


「優菜!」


「今は考えるな! 生き抜くことを考えろ」


 優菜はあえて怒鳴った。

 するとヒナは一度頷いて剣を抜き、山ちゃんも両手に鈎爪を出した。


(ヒナの実力は知ってる。山ちゃんはどれだけ戦える?)


 兵士が一歩、地面を蹴った。

 優菜も地面を蹴った。

 それからは兎に角、相手を蹴った。殴った。


(数が多い!)


 少し負の気分に陥りそうになったときだった。

 人らしき残像が見えた。

 そして一瞬後には兵士が倒れていた。


(今の、味方? つ、強い、ってか早い!)


 残像の主は教会騎士団長、聖斗だった。


(さすが紗伊那最強の騎士様)


 見とれていた優菜の傍で剣を振り上げていた敵が倒れる。


「君! ぼうっとしちゃだめだ」


「あ、はい。スイマセン」


 少し責めるような目をしていたのは光東だった。

 ほんの少し前には北晋の兵士がひしめき合っていたが、一呼吸置くと、もう選抜された騎士達の姿が優勢にうつった。


(ってか、やっぱり団長とか、騎士って強いのかも)


「先生、ヒナをお願いします」 


 優菜の目には勝ち誇ったように遠く離れてゆく義兄が見えた。


(まだ勝負は終ってねえよ!)


 優菜が拳を上げて飛び掛ると相手は剣で優菜を防ぐ。

 優菜の気の力で雪を抉り土が舞い上がった。

 それでも藤堂秀司は力ではせり負けてはいなかった。

 優菜を押し返しながら、鼻で笑う。


「全く、ゴミの癖に長生きする」


「何がゴミだ!」


 渾身の優菜の飛び蹴りは空を切った。

 そして優菜を確実に仕留めるための一撃が義兄から突き上げられる。

 優菜は体を反転させると藤堂秀司の手首を押さえ、そのまま腕を取り相手を投げ捨てた。

 優菜よりも体格の良い藤堂秀司が新雪を舞い上げながら雪の上を転がる。


(なんとか戦える)


 しかしふと、藤堂秀司から目を離したその瞬間、優菜の視界に倒れた兵士が入ってきた。

 紗伊那の騎士に倒され、何人もの北晋国の軍人は雪の上で気を失っている。

 そんな一人かと思ったが、彼の手には見慣れたものが握られていた。


(まさか!)


「あべっち!」


 慌てて駆け寄って体を持ち上げると鮮血が雪を染めていた。

 そして雪で冷やされて冷たく冷たくなってしまった体。


「あべっち! しっかりしろ! あべっち!」


 心臓を正確に射抜かれ、殆ど痛みも感じなかったのかもしれない。

 ただ薄く目を見開いていて、その目から落ちたのであろう涙が凍っていた。


「あべっち、なあ!」


「戦いの最中、他のことに気を取られるとは」


 後ろに義兄の気配を感じた。

 ゆっくり振り返った目の前に切っ先が迫っていた。




 義兄の手が止まる。

 白銀の切っ先が止まったのは優菜の目の前、数センチ。

 ただ作為的に止めたわけではない腕に鞭が巻きつき、強制的に止められたのだ。


「全く、妻殺し、弟殺し、王殺しとはどこまでも腐った人間だ」


 優菜の命を救う鞭を持っていたのは姉が死んだとき、傍にいた男だった。

 優菜はこの男が一体何かを知りはしなかったけれど、義兄は充分に知っているようだった。


「王と弟はまだだがな。しかし、そういうことを腐りきったお前には言われたくないぞ、死神」


 義兄が不快そうに剣を左に持ち替え鞭を切り絡みついていた鞭を投げえ捨てた。


「確かに、俺だってろくな人間ではないけれど、きっと君よりはましだ」


「お前は人間でもない。ただの屑だ」


 優菜の命を救った男は友の傍から動けない優菜の腕を掴んで下がらせる。

 そして剣を握った腕を右へとピンと伸ばした。

 そこにはモヒカンの大男がいた。

 優菜の頭上に鉄槌をふりあげて。

 

(なつ)()、しばらくそいつらの相手をしておけ。ここで死ねなかったのが、あとできっと悔やまれるだろうな。優菜」


「まったく」


 藤堂秀司がゆうゆうと去ってゆくのをいらだったように見送りながら、男は呆然としている優菜を蹴っ飛ばして下がらせる。


「この子は覚悟がまだ足りないか? こんなところで戦えなくなるなんて。先生はどんな教育をしたんだ」



 優菜の向こうではまだ戦闘が続いていた。

 けれど優菜はもう戦えず友達の隣に座り込んだ。


「一緒に逃げれば、よかったのかな。一人にさせなかったらよかったのかな」


 最後に頑張れと言ってくれた友の手にはチュッパが握られていた。

 学校にいくといつも持ち歩いていたし、ことあるごとにいつも手渡してくれた親友。

 

「優菜!」


 先生に連れられてヒナと山ちゃんが走ってきて足を止めた。

 先生はすぐに大男の相手をしていた男の方へと駆けてゆく。

 けれど優菜はもうその場から動けなかった。


「あべっち! おい!」


 山ちゃんも慌てて駆け寄ってあべっちを揺すった。

 けれどすぐにもう手遅れだということを知ると、優菜へと顔を上げた。


「誰が……」


 悔しそうに言葉を出した山ちゃんの言葉に優菜は唇を噛んでそして、吐き出した。


「藤堂秀司」


こんばんは!

今日もお付き合いありがとうございます。


さて、早いもので、もう50話を迎えました。

少し緩慢な更新になっておりますが、これからもお付き合い下さいませ。


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