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第5話 宰相 藤堂 優太郎

 二時間目の授業は現代社会。

 優菜は隣のヒナ机をくっつけて教科書を眺めていた。

 けれどすぐにあの眼鏡の言葉が頭を巡り出す。


(七光りとか、あの眼鏡、好き勝手言いやがって!)


「わが国、北晋国の近代化の基礎は上皇様と宰相、藤堂(とうどう) (ゆう)太郎(たろう)氏によって作られた」


 優菜は教科書に載っている肖像画から瞳を反らしていた。

 そこにあるのは実父の肖像画だったからだ。

 髭を生やした目の細い気難しそうな老人の肖像。

 

 三年前に母と共に馬車の事故で他界した父、藤堂 優太郎。

 異国で若い頃修行を積んだ彼は、永久凍土が国土の三分の一を占めるこの国に製糸産業というものを持ち込んだ。

 そのお陰で、雪に覆われたこの国は飛躍的に豊かになった。

 藤堂優太郎はまさにこの国の英雄だった。


 クラスの殆どの人間が、優菜がその息子だと知っている。

 だから、女みたいな顔をした、ただの一少年が王子ともてはやされるのだ。

 きっと彼の息子でなければ、自分などきっと誰も取り合ってもくれないのだと思う。


 けれど優菜は長男であるが、跡取りではなかった。

 現在中央にいる優子の夫、義理の兄が父の跡目を全て継いだ。

 

 全く、息子を認めなかった父。

 義理の息子ばかり可愛がった父。

 どれだけ頑張っても、褒めてもくれなかった父。

 結局、その父は劣等感を持たせたまま、死んでしまった。


 優菜はチラリと右隣に目を向けた。


(そういや、ヒナは父さんのこと知ってるのかな)


 けれど同じ父の血を引くはずのヒナは、そんな父を懐かしむどころでもなくとんでもないことをしていた。

 教科書に載る父の肖像画に落書きを施していたのだ。

 少し薄くなっていた頭はキノコのようになっていたし、気難しそうにへの字になった口は半月状にされ、父はヒナの手によって無理やり笑わされてしまっていた。


「ぶふっ!」


 静まった教室に噴出す音だけが響く。

 必死に堪えようとしたが無理だった。

 肩を揺らして、必死に声を出すのを耐える。

 けれどもう不可能だった。


「おい、こら! 藤堂 優菜! 藤堂 ヒナ! お前ら廊下に立ってろ!」

 


 数分後、二人ぽつんと廊下に立たされていた。


「寒いよ、何で私まで」


「いや、これはヒナのせいだろ、お前が落書きするから」


 微かに教室の窓が開いて手が出た。

 そこにはチュッパチャップスが二つ。

 窓側に座るあべちゃんが先生の目を盗んで二人にくれたのだ。


 優菜は受け取ると、一個をヒナに渡して、めくりにくいねじりまくられた包装をなんとかめくって口に入れた。

 コーラ味だった。

 ヒナもまた両手を使ってさんざんっぱら悪戦苦闘して、やっと桃色と白の二色の飴玉の存在を確認すると口に入れた。


「それ、何味?」


「苺みるくだってさ。おいしい。これ」


 暫く二人はものも言わず飴を口の中で転がしていた。


(父さん、むりやりヒナに笑わされてたぞ)


 確かに孫娘優真には弱いじいさんだった。

 できのいい娘と実の息子よりも親を慕う義理の息子から生まれた孫。

 その孫を見るときには細い目をさらに糸にして可愛がっていた。

 何よりも可愛くて仕方ないようだった。

 

「あ、兵隊さん」

 

 ヒナの声に前を向くと、校門の向こうを行進している軍人達。

 けれど彼らは正規の軍人ではない、寄せ集めの軍人だった。

 

 北晋国は、表向き平和を装っているが正直、危険なところにある。

 南に軍事大国、(しゃ)伊那(いな)があるからだ。

 そんな大国の脅威にさらされ、ここ数年、王命で軍備増強が叫ばれている。

 そして一月前から一定年齢を超えた民間の男性を徴兵するようになった。


(そんな寄せ集めの兵隊であんなでかい国に勝てるわけがない)


 今まで戦ったことのない人間がいざ戦場でなにになるというんだろう。

 そりゃあ、中には才能を開花させる人間もいるだろうけれど、きっと殆どの人間が紗伊那の騎士を見ればビビって逃げ出すに決まってる。


「ねえ、優菜、難しい顔してどうしたの?」


「え?」


「何か、すごい考え込んでた? いいよ、聞いてあげるよ。この『お姉ちゃんが』」


 ヒナは隣で飴をなめながら、適当に聞いてくる。

 優菜は少し黙ったが、飴をまた転がして息を吐いた。


「別に。何にも。今日の夕飯、何にしようかなって」


「お鍋がいい。お鍋好き、皆で食べられるから」


「ま、優真は嫌がるけど、鍋にするか。じゃ、今日はカレー鍋な。部活の後、買い物して……ってか、ヒナ、先、買い物して帰って」


「嫌、私も部活行くもん! 優菜の部活行く」


 そんな時チャイムがなって、早速、あべちゃんが顔を出した。


「よし、部活、ヒナちゃんも行こう。でも兎に角今は弁当食おうぜ、弁当!」


「おっし、行く、行く!」


「弁当って、優菜の作ってくれた奴でしょ? 朝、食べちゃ駄目だって怒られたやつ」


 優菜は教室に戻ると自分の黒い皮の通学鞄から二つお弁当箱を出した。

 青の弁当包みの中で鎮座する年頃の男としてもかなりでかい弁当箱と可愛いキャラクターのついた姪の借り物の小さな二段の弁当箱。

 そして中には


「これ、食べたかったの。はう~嬉しい」


 赤いタコの形のウインナー、ヒナは席に着くとそれを眺めてから、それを避けて食べ始める。


「あ、ヒナちゃん、最後まで好きなもの取っておくタイプだ」


「だって楽しみなんだもん!」


 ヒナはあべっちの言葉に嬉しそうに返しながら、玉子焼きを口に入れて、目じりを下げる。


「お弁当なんて初めて。めちゃおいしい」


「ヒナちゃんは今までどこで暮らしてたの?」


 あべっちの質問に優菜も耳を澄ませてみる。


(そういえば、聞いてなかった。昨日はあの犬に気を取られて。俺もちゃんとしっておかないとな)


「う~」


 けれどヒナは困ったような顔を浮かべていた。


(ま、まさか! とんでもないやつらに攫われて、あんな目やこんな目に! そ、そんなこと人前で言わせるわけには)


 優菜にとってはもう兄として妹を守るしかなかった。


「何かよく知らないけど、父さんの知人に世話になってたらしい。そこには娘がいなかったからって」

 するとヒナも顔を上げて、そうそうと、ただ笑っていた。


(そこ、ちゃんと確認するからな! ちゃんと話せよ! ヒナ!)


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