第49話 お前が国を救うのだろう
「あべっち、いつもチュッパ持ち歩いてるんだね。少し前のことなはずなのに、すごく懐かしい。あ、また苺味だ」
「俺のはコーラ」
「街にいたときと一緒だね、これ、終ったら食べようね」
優しいヒナの言葉に頷く代わりに手を握る。
そして前を向いた優菜の頭の中は別の内容に切り替わっていた。
(あべっちの地図には詳しく書いてなかったけど、昔見た計画書から考えると、どっかに動力部とコントロールする部屋があるはずだ)
よくよく計画書を眺めたわけではない。
数年前に、机上の空論、不可能だと父が投げ捨てたものをチラリと見ただけなのだ。
けれどさっきあべっちが渡してくれた紙には建物の詳細こそ書かれていなかったが、巨大な空白と、別の階に司令室らしき間取りがあった。
きっとあべっちも階級が上がれば教えてもらえたのだろうが、一昨日配属されたばかりの新人においそれと知らせることはないのだろう。
(んでもって、分岐点はこの突き当り!)
「すいません! 俺、この階に書かれていた空白に向かいます! あなた方司令室へ行ってくださいませんか!」
共に走っていた光東と若い魔法騎士の組み合わせに声をかけて、返事が返ってくるまでに進路を右へと取る。
「分かった。上の階だな。君たちも気をつけて」
光東が頷く後ろで華奢な若い魔法騎士はヒナの腕を急に掴んで呪符を一枚握らせた。
「俺では役にたてないでしょうけど、これを持っていてください」
「くれるの? ありがとう」
ヒナは掌に乗せられた墨書きの細長い紙を見てから、握らせた騎士に笑みを見せた。
「貴方も無理しないでね」
「いえ、無理をしてでもここを破壊しなくてはなりません。我々は紗伊那の騎士ですから」
年の変わらない少年だったけれど、芯の強そうな目をした人間だった。
「いくぞ。魔希」
光東の声に少年は頷くとヒナたちの背を向けて、そして走っていった。
ヒナは暫くそんな少年騎士の背中を見送ってから受け取った呪符をブレザーの胸ポケットにしまいこんだ。
「あの若さで選ばれたってことは出来るのかな」
優菜が今の騎士の切実な目を思い返しながら、ヒナの手を握って急かすように走りはじめると、先生は軽く吠えた。
「ああ、あれは優秀な魔法騎士だ。不出来なワンコの弟子だからな。なかなか生意気な奴だが、言うだけのことはできる。姫が死んだ時、最後まで暗黒騎士団長とともに姫の傍にいた騎士だ」
(また姫様の信者かよ。あれ……先生、なんで姫の最後まで知ってるんだ?)
チラリと黒い犬に目を遣るとワンコ先生もチラリと目を向けた。
「何だ?」
「今は四足歩行なんだ」
あえて話題をそらすと先生は鼻で笑った。
「私は何でもできるんだ」
走ってゆく間、多くの兵士の死体を見た。
どこか一室へ押し込められることもなく、その場に横たわる北晋国の死体たち。
彼らの血はまだ新しく、壁に飛び散った血は重力に従って垂れてゆく。
(犯人はすぐ近くにいる)
「ヒナ、先生気をつけて。そろそろだ」
そんな言葉をかけた矢先、目の前に黒い外套の人間を見つけた。
結界を施された扉の前で蹲り、何かの作業をしているようだった。
「こいつかあ!」
先手必勝とばかりにグローブを纏った手に力を入れて殴りかかる。
すると黒い外套はその気を感じたのか身を翻した。
優菜の渾身の一撃は結界で守られた扉そのものに当たり、耳がおかしくなってしまいそうな大音響とともにへしゃげてしまった。
(っち! 外した)
優菜が体勢を立て直し次の攻撃をと構えたその一瞬に黒い外套がへしゃげた扉の隙間から中へとするすると侵入してゆく。
「待てよ!」
優菜が躇うことなく追いかけると、仕掛けられた小さな爆弾が作動し、天井から鉄くずが崩れた。
重い鉄の塊は優菜達の頭に容赦なく降り注いでくる。
慌てて優菜は頭を庇いながら奥へと走った。
「ヒナ!」
「優菜! わあぁぁ!」
ヒナの悲鳴の後、優菜は部屋の中で、一人立ちつくしていた。
(まずい、離れた)
ゆっくりと振り返ると、後ろには六角柱の巨大な透明の水晶。
その人工的な代物は優菜の頭の中にあった計画書と合致した。
(これだ)
そしてその前に黒い外套の男が立っていた。
けれど相手には戦意はないようだった。
そして優菜も戦意を失った。
否、戦えるわけがなかった。
「嘘だ」
黒い外套の男は持っていた鞄を静かに置くと、優菜に害はないと示すように黒い手袋をはめた両手を差し出した。
「一時休戦にしないか? 優ちん」
「何で、何で! 何でここにいるの……山ちゃん?」
確かに目の前にいたのは、高校から友になった山本信二だった。
彼は高校にあがるのと同時に父親の転勤に伴って御陵町にやってきた。
そしてあべっちと拳法部に入ろうかと相談していると加わってきたのが最初だった。
優菜は目の前にある存在がにわかに信じられなかった。
さっきあべっちに会った。
どうして、今日、親友にばかり会うのか。
いつの間にか、幻覚にでも取り込まれてしまったのだろうか。
「山ちゃん、何して、その格好」
「優ちん、俺達は敵じゃない」
「山ちゃん、これどういうこと」
(意味、わかんねえ)
自分はどこからか、何かの罠にはめられてしまったのだろうか。
気を許せば後ろから刺されてしまうのだろうか。
「俺もさすがにこんなところで優ちんとあべっちに会うとは思ってなかったんだけど。俺上の命令でこれを破壊しに来た」
「上?」
優菜は分からずただ言葉を繰り返した。
(俺達、ただの高校生だよな、上ってなに学校の先生?)
呆然と立ち尽くす優菜に山ちゃんは慎重にあたりに目をやって、厳しい顔を作った。
もともと笑うタイプの人間ではなかったけれど、彼のこれほどに厳しい目を見るのも初めてだった。
「兎に角、時間がない。後で話す」
山ちゃんは黒い鞄を開いた。
中には梱包されたダイナマイトや配線などの明らかな爆発物。
(そういえば、山ちゃん科学と物理めちゃ得意だったよな。って、これはその範疇の話か?)
「いいから、手伝って。やりながら、話すから」
*
一方、司令室は最後の砦となっていた。
この襲撃は突然だった。
どこの軍籍か分からない黒い集団が突然、侵入しあっという間にここまでなだれこんできた。
そして、今、司令室と敵を隔てたたった一枚の金属の扉が嫌な音をたてていた。
極秘の基地とはいえ、訓練した軍人も火器も魔法使いも配置してある。
けれど尋常ではない速度で彼らはここまでたどり着いたのだ。
この砲台の司令官である男は、時間より早く砲台を動かそうとしていた。
ここを制圧される前に、どうしても紗伊那の五十万の武人と北晋王を殺すという任務を遂行しなければならなかった。
紗伊那を潰せば、愚かな北晋王を殺せば北晋国にはやっと平和が訪れるのだ。
そうすれば自分はこの計画を考えた人間と一緒に北晋を救った英雄になれる。
それを理解する部下達も必死に砲台を起動させていた。
「あと、どれぐらいだ!」
「あと、一分で、砲台への充填を開始します」
「それまで、もたせろ!」
けれど金属の扉は徐々に形を失いはじめていた。
*
「俺は学生しながら、とある組織にいたんだ。あ、次、赤いコード」
「とある、組織って?」
優菜は鞄の中から赤いコードを取り出すと手を伸ばす山ちゃんに手渡した。
山ちゃんは手際よく壁に取り付けた小箱にコードを取り付けてゆく。
「きっと、優ちんなら聞いたことあるだろうけど、『死神』って組織だよ」
「王直属の暗殺組織だろ? それ」
「そう。次、青」
「で? 組織の上の命令で王の命を救いにきたわけ?」
優菜が青のコードを手渡すと山ちゃんは優菜を見ることなく首を振った。
「そうじゃない。俺の上の命令はこの砲台を潰すことだから」
「だから、潰すことが王の命を助けるんだろ?」
「嫌、違うよ。俺の隊長はそんなこと言わなかった」
「じゃあ、どういう」
一向に的を得ない言葉に優菜が掴みかかろうとした時、優菜の後ろにあった巨大な水晶の柱が唸りを上げて回転を始める。
この霊峰の力を吸い出すために作られた特別な装置が動き始めたのだ。
高速で回転し、上部と下部に稲妻が破裂音とともに姿を見せる。
「やっばい、動き出した」
「充填を開始したみたいだ! 優ちん、兎に角、破壊だ!」
「分かってる!」
山ちゃんは隣でコードの接続を急ぎ、優菜は呼吸を整えて気を高めた。
そんな時、扉が爆発して巨大な鉄の塊が宙を舞った。
「優菜!」
飛び込んできたのは可愛いヒナとワンコ先生だった。
ヒナの手には剣、先生の手には杖が握られているあたり、きっと二人で力をあわせて扉を吹き飛ばしたのだろう。
「ひゃあ、この双子の破壊力は抜群だ。優ちん、兎に角、動力部を壊すぞ!」
「分かってる!」
優菜の後ろにいる黒い外套の男に気がついたヒナは目を丸くして声をあげた。
「え? 何で! 山ちゃん!」
(やっぱ、そうなるよな。でも)
「何でもいい! ヒナ、やるぞ!」
「うん!」
*
「さあて、それ、止めてもらおうか」
「『死神』!」
司令官は扉を破って現われた敵の正体を知り椅子から転げ落ちて逃げ道を求めた。
彼らは名の通り命を奪いに来る者達なのだ。
そしてその名は砲台を起動させていた部下たちを震え上がらせるにも充分な効果を持っていた。
「王の命令か」
「知る必要ないよ。君たち死ぬんだから」
目の前にいる男は殺気もなにもなく笑みを浮かべてさらりと言い放った。
司令官は恐怖から全身で後ろへ後ろへとさがる。
今の彼には英雄になるという考えは消え去っていた。
そんな司令官を見下していた冷たい瞳が一瞬、左に動いた。
「おっと、紗伊那の騎士の登場だ」
その言葉は司令官に更なる混乱をもたらせた。
こんな時に援軍ではなく、別の敵がやってきたというのだから。
足を踏み入れたのは黒服に身を包んだ男達だった。
「君達とはよく会うね」
司令室にたどり着いた国明の目の前にいたのは誰でもなく蕗伎だった。
大切な姫が友だとかつて語った暗殺者。
向かいあうのは愛する姫を殺された者と姫を殺した者。
一瞬にして国明の瞳に殺意が帯びる。
それは溢れそうな怒りではなく、冷たい冷たい怒りだった。
蕗伎はそれを感じたのか、笑みを浮かべてわざとらしく首を振った。
「いやだな。睨まないでよ。先にするべきことあるんじゃないの?」
「お前を殺すことも今すべきことだ」
国明が刀身を不敵に笑う蕗伎へと向けると、蕗伎は手を大きく開いて見せた。
明らかに挑発していた。
「ああ、やだなあ。美珠も結構頭に血のぼっちゃう子だったけど、君達もだなんて」
一瞬後、国明の剣は蕗伎の首に当たっていた。
お互い一歩も動いてはいない。
当代一とされる国王騎士団長の魔法剣。
氷で作られた薄く研ぎ澄まされた剣が数歩離れた首筋にまで刀身を伸ばし、触れた蕗伎の首を切っていた。
そこから鮮血が一筋毀れ落ちる。
「国明……そいつが」
後ろから部屋に入ってきた光東が国明の後ろで足を止めた。
「そうだ、こいつが、こいつが美珠様の命を奪った」
ほんの少し震えた国明の言葉を蕗伎は鼻で笑った。
「いいの? 機械を止めないと五十万人死んじゃうよ? それとも今、君の頭の中にあるのは、突然現われた女の子でいっぱいなの? 美珠のこと重ね合わせてるのかな? 抱きしめたいとか、口付けたいとか思ってるの?」
ピクリと動いた国明を見て暗守が怒鳴りつける。
「国明、落ち着け! お前が奥義を使うんだろう。お前が国を救うのだろう」
国明は目を閉じると固く固く唇を噛んで、蕗伎の首元から剣を外した。
その間にも紗伊那を滅ぼす充填は少しづつ進んでゆく。
「国王騎士団長! 先に、先に僕が破壊します!」
魔希は宝刀を抜くと軍人を魔術で吹き飛ばし、ずらりと並べられていた機械におもむろに突き立てた。
宝刀はすぐに放電を始め、大きな電流を受けた精巧な機械は各所から火花をあげ、毒に感染したように使い物にならなくなってゆく。
国明はその場で感情を押し殺し、深呼吸して両手に剣を握りこんだ。
以前、国を守る為に奥義を放った時、自分の周りにはたくさんの友がいて、愛する人がいた。
今、傍には親友も愛する人もいない。
自分の業が全てを消し去ってしまったのだ。
けれどそれでも成し遂げなければいけないことはある。
愛する人が愛した国を、人々を守らなければいけないのだ。
そうしたら、きっと彼女は少しくらい自分に微笑んでくれるだろう。
「お前ら、はなれてろ」
国明の剣に光が宿り始める。
それと同時に下層から爆発が起こり、部屋揺れた。
「動力部が爆発! これ以上の供給は望めません!」
けたたましい警報と悲鳴の中で焦る指令官の目に発射スイッチがあった。
暗守が斧を振り上げ、スイッチを破壊し、そのまま装置を叩き壊す。
そして光東が尚も逃げようとする司令官を体術で押さえつけながら楽しそうに声を上げた。
「下にいるあのお嬢さんたち、きっと破壊の限りをつくしてるぞ。嬉しそうにな」
そんな姿が容易に想像できて、国明は口の端を緩めた。
「じゃあ、こっちも徹底的に破壊するか」
国明が振り下ろした剣はとてつもない巨大な光を放ちながら鉄の床を溶かし、下へ下へと沈んでいった。
「それ!」
ヒナは両手を振り下ろし、カマイタチで水晶を割り、優菜の拳がその水晶を粉々に砕いた。
そして山ちゃんは水晶から力を抽出していた鉄製の装置を爆破してゆく。
三人はまるで楽しみを見つけた子供のように、そんな単純作業を繰り返していた。
けれどふとワンコ先生が顔を持ち上げて杖で床を叩いた。
「お前達、そろそろ出るぞ。もういいだろう」
「あ、はい」
優菜達が退こうとすると、山ちゃんも鞄を閉じてついてくる。
「え? なんか、かっこいい退場するんだと思ってた。ロープでどっかに降りていくとかさ」
すると困ったように山ちゃんは頭を掻いた。
「え~。俺そんな特殊能力ないし。きっと優ちんに比べたらごく普通の高校生だよ。あ、そうだ、あべっち」
(どこが! ごく普通の高校生だ。高校生が爆弾なんて扱うかよ!)
道をそれて掃除用具いれを覗こうとした山ちゃんの肩を優菜は軽く叩いた。
「あべっちを掃除用具入れに突っ込んだの山ちゃん? 多分、逃げられたはずだよ」
「なら良かった」
「さ、行こう」
共に学校で学んだ男女三人は、先頭をゆくワンコ先生のプリプリしたお尻を追いかけるように走った。
頭上からまばゆく光り巨大な光が施設を飲み込みながら降りてくる。
鉄の塊を飲み込み何一つ遺さないとてつもない光の塊だった。
「随分、派手な奥義だな」
「なんか、巻き込まれたらやばいんじゃないの?」
美しい光だったけれど、優菜達は命の危険すら感じて兎に角走ることにした。
ここまで来てあの光に飲み込まれて跡形なく消されるのは嫌だったから。
何とか光に飲み込まれる前に、施設から駆け出て、外の光へと飛び出た時、優菜に訪れたのは安らぎではなく、動揺だった。
全くこの展開は想定していなかった。
(何で、ここに)
周りをたくさんの北晋軍が囲んでいた。
そしてその一番前にいたのは
「義理兄さん」