第48話 戦うって決めたから
今回、任務を受ける騎士が全て揃うと、ワンコ先生は進行するように肉球を持ち上げる、すると国明が地図の正面で指示棒を握って地図の一点を指し示した。
そこは優菜の計算により浮上した山の頂上だった。
「砲台を破壊するためにお前達には来てもらった。ここへ来るまでに聞いてはいるだろうが、今回の作戦には五十万人の命が掛かってる。先ほど、元竜騎士竜縁殿を筆頭に何人かの飛竜使いに確認してきてもらった。予想地点の山には確かに軍人が出入りしているそうだ」
(やっぱり)
そこにあるのはほぼ間違いないとは思っていても、確認してもらえたのは優菜にとってもありがたかった。
「今回の実行部隊は数班に分ける。破壊工作が中心になるため、魔法騎士をそれぞれ組み込んだ。そして班は動きやすいように三人から四人」
そして班員が読み上げられてゆく。
そこにはきっと選りすぐりの騎士の名前ばかりが書いてあるのだろう。
けれど最後に呼ばれた一班は事情が違った。
「そして、第七班、優菜さん、ヒナさん、桂さん、そしてワンコ先生」
(お、いつものメンバーだ。うちの魔法騎士がわりはワンコ先生だもんな)
全然知らない人間と組まされるよりは間合いを知った者達と組めるほうがありがたい。
ヒナと引き離されなかったことに優菜は感謝しつつ、すぐに想いを北へと向ける。
「君たちはできる範囲のことでいい。無理はしないでほしい」
国明の言葉にヒナは一歩出て胸を叩いた。
「心配しないで、ヒナがどかんと壊しちゃうんだから」
「頼もしいな。じゃあ、行こう」
どこか苦笑いをしながら、国明は声を上げた。
飛竜が舞い上がる。
闇に紛れながら。
ヒナと優菜は先生とともにフレイの背中にいた。
隣には飛竜がいくつも飛んでいる。
皆、騎士あがりなのだろう、縁のスラリとした飛竜や、一度は引退したのであろう傷を負った老齢の飛竜が入り混じっていた。
それでも彼らは紗伊那のために戦うと決めたのだ。
自分達の家族の汚名を返上するために。
「騎士ってさ、なんか熱いね」
ヒナがどこか嬉しそうに声をあげた。
「確かにな。でもああなったのも、姫様がいたからだ。それまではあそこまで纏まってもいなかった。昔なら騎士は何の情報も共有せずにそれぞれ勝手に戦っていただろう」
(なんて非効率な)
「お姫様ってすごいのね」
ヒナの素直な感想に先生は後ろ足で耳を掻きながら一度頷いた。
「ああ、頑張って生きてたんだよ」
「私だって、頑張ってるわ!」
ヒナが先生にズイッと顔を寄せて頬を膨らませると先生は大きく頷いた。
「そうだな。ヒナもしっかり生きてる。ちゃんと自分を持って生きてる。優菜も桂も、フレイもな。私も今が一番楽しいのかもしれないな。余生を若い奴らと過ごして」
するとフレイも嬉しそうに啼いて空の上で背中に乗っている人間などお構いなしにクルクルと回転した。
たどりついた時、ヒナと先生は我先にと雪の上に寝転がった。
「酔った」
「うう……気持ち悪い」
フレイの狂喜乱舞に巻き込まれ、三半規管を破壊されて一人と一匹は敵と戦う前に猛烈な吐き気と戦うはめになっていた。
申し訳なさそうに桂が竹の水筒を二人に差し出す。
「ヒナ、先生、大丈夫? はい、水、のめる?」
「うう、気持ち悪い」
「ごめんね。二人ともフレイがはしゃいじゃって」
心配そうに眺める桂の傍で、優菜はそんな二人のお尻を叩いた。
「行こう、もう皆入ってるんだから!」
先生はヒナを押しながら何とか立ち上がった。
「世界がグラグラしているぞ」
そしてよたついてそのまま膝をつく。
「うう、優菜、背負って走ってくれ」
(え? おんぶ? 可愛いかも)
「ヒナも頑張る」
ヒナは起き上がって優菜の手に縋った。
優菜は背中に先生を、手にヒナを装備して目の前にある霊峰を見上げてみた。
雪に包まれたこの山深い場所に最新鋭の兵器が隠されているのだ。
有史以来の大量虐殺をする兵器が。
先に行った騎士達の足跡の残る洞穴の前へと来ると優菜は外で待機する桂に目を送ってそして一歩中へと足を踏み入れた。
土臭さや気持ち悪くなるほどの湿気は洞穴だと言うのになかった。
あるのは新しい鉄の臭い。
そして洞穴を進んだところに人工的な鉄の扉があった。
すでに騎士達が開いたのだろう。
大分出遅れたのか、優菜達の前には誰一人いなかった。
(早い、もう誰もいないし。置いてかれたか……ってか、何で、誰もいない?)
優菜はふと足を止めた。
極秘裏とはいえ侵入者がいるのに何の警報も鳴らなければ、警備の姿もなにもない。
「おかしい」
先生も気がついたのだろう、優菜の背中から飛び降りると周りを見回した。
そして鉄の床の上に落ちた液体を見つけ黒い鼻を近づけた。
優菜もその傍にしゃがみこんで液体に指をつけてみる。
深紅のねっとりとした液体だった。
「血」
先生は尚も鼻を動かして、匂いを嗅ぐ。
「何か、おかしいなここは。人工的に掘られた山の中はもともと山自体が含有していた宝珠の魔力で強化されている。ここは、私の魔力も惑わせる。なるほど、入ってみて分かる。この山自体を力として取り込んでいるんだな」
「先生、どういうこと?」
血を眺めていたヒナが顔を上げる。
答えたのは優菜だった。
「ここは北晋国で昔から霊峰としても名高い山だ。その山に存在する自然のとてつもない力をうまく取り込んで、凝縮して砲弾にかえて充填し、人を殺そうとしてるんだ」
「山の力で人を殺すの?」
その間先生は鼻を動かして、血の臭いを辿った。
そして一つの扉の前で止まると、勢いよく扉を開いた。
そこには多くの兵士の死体があった。
詰め所だったのか小部屋中に血まみれの青い軍服を着た兵士が、部屋を血に染め折り重なって小山となって倒れていた。
(死んでるのか?)
寄ると、皆が急所を一撃で仕留められ血を流して息絶えていた。
(何が、起こってる? これが騎士の力なのか?)
「兎に角、進むぞ」
腑に落ちないまま、緊迫した先生の声に優菜たちは走り出した。
暫く走ると別の班と出会った。
「お前達、ここの兵士と会ったか?」
そんな先生の言葉に光東が厳しい顔をしたまま首を振る。
「いいえ、どこも死体ばかりです。まるで、誰かが先に侵入しているような」
(先に、侵入。どこの誰が)
考えこんで立ち止まりそうになった優菜に先生の怒声が飛んできた。
「兎に角、進むぞ」
暫くすると尋常ではない男の悲鳴が聞こえた。
「あっちだ!」
合流した光東達と駆けて行くと、青い軍服を着た少年兵士が騎士に囲まれてしりもちをついて震えていた。
「命だけは助けてください! お願いします!」
(命の保障と引き換えに、叫んでる生き残った兵士から話を聞けば先の侵入者のこと、分かるよな)
そんな優菜の目には緊張のあまり帽子をくちゃくちゃに握り締める少年兵士の横顔が見えた。
まだ自分達と年の変わらない少年。
豆粒みたいなちっさい目と茶色の髪。
幼稚園の頃から見慣れた顔だった。
(何で、ここに!)
「あべっち!」
その言葉に少年は顔を上げた。
そして目を輝かせて、体勢を変えて優菜に手を伸ばしてくる。
「優ちん、ヒナちゃんも! どうして、ここに! 死んだはずじゃ! 俺も死んだのか?」
その手を取って抱えると、まるで子供のようにしがみついてきた。
「あべっち! しっかりしろ。ここで何があった?」
するとあべっちは涙を零しながら何度も首を振った。
全てにおいて混乱しているようだった。
「わ、わからない。俺、町が焼けて、で、徴兵されて、一昨日ここに着たばかりなんだ。そ、それで! さっき、掃除してたら、なんかいきなり警報がなって黒い男達がいっぱい現れて」
「黒い男達?」
(俺達も黒い服きてるけど……)
優菜は自分達を取り巻く兵士に視線を送った。
誰もが彼の口から出る言葉を待っていた。
「戦おうとしたんだけど、でも、でも俺戦えなくて、斬られそうになったんだ。けど、でも、なんかいきなり捕まれて掃除用具入れに突っ込まれて! いいかなって出てきたら、まだ黒服の人いるし!」
あべっちは優菜とヒナ以外、敵にしか見えず半狂乱になっていた。
優菜はそんなあべっちの肩を何度も撫でて、それから背中を叩いた。
「兎に角、あべっちはここを出るんだ! ここ、潰れるから」
「そんな! 潰れる? 二人はどうするの?」
優菜から手を離そうとしないあべっちをヒナが優しく撫でた。
まるで弟をなだめるように。
「あべっち、落ち着いて。ねえ、あべっちなら知ってる? ここの建物の中身」
(そうだ、あべっちなら知ってるかも)
「あ、あんまりしらないけど」
とポケットからくちゃくちゃになった紙を出した。
それを震える手で開けながら優菜の前に指し示した。
「配属されたときにもらったものなんだけど」
優菜はあべっちの手から受け取ると急いで目を走らせた。
「あと、ほかにはなんかなかった? 何時にこの砲台が発射されるかとか?」
けれどあべっちは首を振るばかり。
「砲台? 発射?」
(やっぱり、そこまでまだ聞かされてないか)
優菜は手を引いてあべっちを立たせて、様子をみていた騎士達に見取り図を渡した。
「友達なんです。逃がしていいですよね」
少し騎士達に迷いはあったが、言葉を返してくれたのは光東だった。
「ああ。我々は虐殺に来たわけじゃない」
優菜はそんな優しい騎士団長に頭を下げた。
「ありがとうございます。ほら、あべっち。ちょっと遠いけどここから家に帰れ」
「優ちんも、ヒナちゃんと一緒に、一緒に、街に帰ろう?」
「無理だよ」
ふと優菜の頭の中に平和でしかなかったあの数ヶ月前の景色が思い浮かんだ。
悩みはなくて、家があって、家族がいて、そして学校にいくと親友がいた。
けれどそれははるか遠い夢のようにも思えた。
「優ちん、何で、逃げないんだよ! 一緒にいこうぜ! また学校に行こう、馬鹿なことばっかりやって」
そんなあべっちに首を振る。
「俺……戦うって決めたから」
「戦うって、何と」
きょとんとしたあべっちに優菜は迷いのない笑みを見せた。
「俺は、家が燃えた時、ヒナと優真を守るって決めた」
その言葉にヒナは一つ頷いた。
自分も優菜を守るといった強い顔で。
そんな二人を見ていたあべっちは拳を握って、それから一つ頷いた。
「わ、分かった」
「全部落ち着いたら、また街に帰るよ。その時はまたいつもみたいに馬鹿なことばっかりしよう?」
「うん。優ちんのこと、うちの母さんも心配してた。だから、うちの家を自分の家だと思ってくれていいし。幼稚園の時から一緒にいたんだし」
御陵町のあの街を思い出すと、色々な感情がこみ上げてきたが優菜はその感情を押さえ込むと笑顔を作った。
「うん。俺、あべっちの母さんの玉子焼き好きなんだ」
「よし! 母さんに言っとく」
どこか平静を取り戻したあべっちは優菜を抱きしめた。
幼稚園の時は並んでいたけど、いつの間にかあべっちには身長を追い抜かれていた。
僅かな時間友との別離に費やし、優菜と離れるとあべっちは、何度も何度も後ろを向きながら走りだした。
「優ちん、街で待ってる!」
「あべっち、またな」
けれど背中を向けて走っていたはずのあべっちは一度戻ってきて、そしてポケットの中から、三つチュッパを取り出した。
「これ、差し入れ! 優ちんも、ヒナちゃんも、がんばれよ!」
優菜とヒナの手に一つずつ置いて、一個は自分が持って、そして全速力で走っていった。
そんな背中にヒナが声をかけた。
「あべっちも頑張れ!」
そんな声に軽く手を挙げて走るあべっちを、優菜とヒナは見えなくなるまで見送った。
*
あべっちはこと、安部 憲太は配属された軍事施設を全速力で駆け抜けていたが、入り口へと続く外の明かりが見えたところで一度振り返った。
優菜とヒナが気になってたまらなかったからだ。
幼稚園からの親友はこの数ヶ月で驚くほど顔つきが変わっていた。
「戦う……か。戦うって何だよ! 俺は嫌だ、もう学生に戻りたい。街にかえろう! 兎に角、家に帰って」
母親を思い出しながら、故郷に愛しさを覚えながら洞窟から外へと出る。
すると目の前に軍人が驚くほど沢山いた。
襲撃を聞きつけて援軍が到着したのだろうかと考えながら同じ色の服を着た兵士に声を掛けてみる。
「あ、あの」
「脱走兵には死だ」
「待って下さ!」
ひゅっという音の後、体を持っていかれそうなほどの衝撃を受け安部憲太は胸に視線を落とす。
そこには深々と矢が刺さっていた。
「え? かあ……さん」
安部 憲太は意味も分からず、血を吐いて純白の雪の上に倒れた。
掌には友とわけあったチュッパを握りしめたまま。
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