第47話 騎士団長全員
国明の後ろに従って、司令室を覗くと多くの騎士達が長い樫の机を挟んで集まっていた。
「お、優菜」
知り合いの騎士と話をしていた縁は優菜、ヒナを見つけるとすぐに笑顔を向けて傍にやってくる。
「縁さんも参加するの?」
「そうだよ。まあ、いっても現地までのお運びだけどね」
縁は無事にこの空間に溶け込んでいた優菜に微笑んで、よくやったと言わんばかりに優菜の背中を叩いた。
「優真は?」
「ああ、卵に皹が入ってきて、毎日毎日嬉しそうに観察日記つけてる。昂と一緒にうちの母親が見てくれてるから心配ないよ。優真は家事も出来る子だから、母親が喜んでた」
「そっか、よかった」
それは優菜の本心からでた言葉だった。
異国においていかれた七歳の優真が孤独を感じて泣いていないかという不安は優菜の中にはいつもあった。
優真は負けず嫌いだから、無理をしすぎてしまうことがある。
そんな優真を守ることは自分の仕事だと思うのだが、今はそれができない。
それでも優真は自分なりに一生懸命適応して、暮らしているのだ。
「ほんと、ありがとう」
「早く迎えに行ってあげなきゃね、でも、あんたも無理しすぎんじゃないよ!」
縁は微笑んで姉のように優菜の頭を撫でると隣で見守っていたヒナの頭も撫でた。
「あんたたちだって、まだ甘えていい年なんだから」
縁は姉と年が近いこともあってか、一瞬、縁が姉優子に見えた。
立派に自立していて、そして弟のことをちゃんと気にかけてくれる。
彼女もまた立派な姉なのだ。
「ありがとう」
優菜が素直に声に出すと縁は微笑んだ。
そして国明が手を叩いて皆の目を引いた。
「よく来てくれた、紗伊那の騎士達」
天幕の中を沈黙が支配する。
そして一瞬にして天幕の中は戦士たちの闘気で満ちた。
(うわ、なんか空気がピリピリしてる)
優菜も彼らの痛いほどの真剣さを感じて、気が引き締まってゆく。
その中で国明は優菜とヒナへと目を向けた。
「すぐに今回の作戦を伝えたいところだが、先に紹介する者がいる、今回の計画に参加してくれる者を。君たちこっちに」
国明と目があった優菜は臆することなく足を踏み出した。
すぐ後ろにヒナがついてくる。
顔を合わせたことのある人々や今回から新たに参加にすることになった人々、沢山の瞳がこっちへとむく。
二人で壇上にあがってから優菜は一つ息をした。
「北晋国でつい最近まで学生してました優菜です」
「ヒナです」
藤堂という名字はややこしいから伏せておく事にした。
藤堂は北晋国では名門であるが、それは紗伊那に入ってしまえば、逆に余計な詮索を招くことになるからだ。
(そんでもって、あの義兄と同志だと思われたくない)
そして案の定、他の瞳はヒナへとむいていた。
亡き姫と瓜二つの少女へと。
優菜は咳払いを一つして、声をあげた。
「あの、美珠様にそっくりですが、違う人間だと思ってください」
(ってか、そう言うしかないよな)
ワンコ兄さんがここに来た頃、言っていたような言葉を呟いて、壇から降りた。
「国明、あの」
最前列にいた純白の鎧をつけた穏やかな顔の青年が国明に説明を求めたが、国明は静かに頭を振った。
「で? 彼は北晋国の出なのだろう。何故、ここにいる。信用していいのか?」
むしろ睨まれて優菜は静かに目を向ける。
睨んでいたのはこれもまた最前列にいた、銀の鎧に深紅のマントをつけた騎士。
(確かに、そうだよな。俺もここにくるとは思ってなかったんだから)
「何故学生が、ここにいる、何が目的だ」
尚も尋問のような言葉が続く。
(なんて説明しようか、どういったら受け入れられやすいかな)
「知らないわよ。私たちだって平和に暮らしてた街から焼きだされて、色々なところ転々として、何でかここに来ちゃったんだから! こっちの方がなんでこんなことになるのか教えてほしいくらいなのよ! このむっつりすけべ。視線がいやらしいのよ。私のこと、じっとみちゃってさ。言っておきますけど、私、騎士だからってホイホイついてゆく、その辺の安い女じゃないんだから、ベーだ!」
(ヒナ、それ、勘違いだよ、きっとヒナの思い込みだから。ってか怒らせるようなこというなよ!)
言われた本人は面食らったように引いてから、それから信じられないものを見せられたように国明へと目を向けた。
国明は同情するように相手に眉を上げる。
「俺も散々、言われた。愛人が八人いる女たらしにみえるそうだ」
「二人ともひどい言われようだな」
穏やかそうな青年は笑みを浮かべてヒナへと目を向けた。
「俺は光騎士団長の光東だ。こっちのむっつりすけべは教会騎士団長の聖斗。無愛想だけど悪い人間じゃないからね」
(おお、なんかこの人はまともっぽい。ってかこの二人騎士団長だよな)
好感のもてる笑顔に優菜は軽く頭を下げ、ヒナは手を振った。
空気が和んだのも束の間、天幕に何人かが足を踏み入れた。
さっき派手な爆音をたてて復活した魔法騎士団長魔央と、二足歩行のワンコ先生だった。
その後ろには何人かの魔法騎士。
魔央の姿を見た途端、嬉しそうな歓声がどこからともなく漏れた。
優菜にとっても興奮する出来事だった。
(おお! 兄さん実体化してる!)
「やあ、魔央。体はどうだい? 意識が戻ってなによりだ」
光東という青年は嫌味もなく声をかけた。
「ああ、少しなまってはいるが、別に支障はないさ」
そして前列に来ると優菜に片目を瞑って見せた。
一方、二足でやってきたワンコ先生は机の高さと自分の目の高さが一緒だったのだろう、少し伸びをした後、両の耳を下げて悲しそうに優菜を見上げてくる。
(身長、届かなかったのか)
「はいはい」
優菜が抱き上げると腕を組みながら恰好をつけて周りの者へと視線をめぐらせた。
(先生、違和感ありすぎ)
緊張感漂う騎士の中に黒いワンコ。
自慢げに澄まして騎士達を眺めまわすワンコ。
その異様さは逆に騎士達の目を引いていた。
「何だ、その犬は」
(やっぱり、先生の存在は紗伊那の中でも異質なんだよな。だよな! 紗伊那の王都にいたら、喋って歩く犬、いっぱいいるわけじゃないよな!)
優菜はどこか満足しながら先生の返答を待っていた。
一方、先生にそんな言葉をかけた聖斗という騎士団長は何かを思いつめていた。
「何だ、お前、偉そうに、いつからそんな口をきけるようになった」
先生は少し怒ったように言葉を返す。
まだ偉そうに腕は組んだままだった。
けれど話をする犬は少し彼らの常識から外れていたようだった。
「聖斗、落ち着くんだ」
隣の光東は常に冷静になだめていたが、彼の瞳もまた先生を怪しんでいた。
「教皇様が大事にされている花瓶を壊してべそをかいていた時、助けてやったのは誰だ」
(ええ、騎士団長がべそ?)
途端、聖斗は一歩下がって頭を下げた。
「失礼いたしました。あなたでしたか」
(ひいいい! むっつり騎士団長に頭を下げさせた)
呆然と見ているしか出来ない優菜の腕の中で、先生は更に尊大な態度をとっていた。
「わかればいい」
「聖斗」
共に黒い悪魔を倒そうとしていた光東は、突然何かを悟った聖斗に目を丸くしていたが、聖斗はそれ以上何をいうこともなかった。
「聖斗も嫌というほど分かったようだな。この黒い犬の正体を。私もお前も何度この人に苦しめられたか。で? 暗守はどこにいった?」
魔央の言葉に優菜も部屋に目を向けたが、あの体の大きな騎士はどこにもいなかった。
「さっきまで一緒にお話したんだけど」
「え? ヒナが?」
「うん。恋のお話をしてたの。だって、あの人が姫様の恋人だったんでしょ? 素敵な姫様との思い出を話してくれたのよ。本当に素敵な人、じゃあ、私が捜してくる」
(こいつ、絶対いらないこと言ったな。暗黒騎士団長が動けなくなるような爆弾まきまくってきたな)
白い目でみる優菜にヒナは口を尖らせる。
「何よ! 私がどれだけあの人とお話ししたかったかは優菜だってよく知ってるでしょ?」
「知ってるよ。さ、じゃあ、ヒナ。迎えに行ってきてくれるかな」
魔央の大人の対応にヒナはほらね、と言わんばかりに優菜の頬に軽くパンチをかまして出て行った。
(当の本人が、本当の恋人の前で、別の人間を恋人だと思って頬染めて出てったら、俺、発狂するかも)
チラリと目を向けると、説明を求める国明とバッチリ目があった。
(お、俺のせいじゃない、あの漫画が悪いんだよ。勝手に姫の恋人を暗黒騎士に設定してたから)
優菜は視線を反らすと、あまりにも哀れな国王騎士団長を意識の外へと追い出すべく部屋を見回して頭を整理させることにした。
ヒナがあの姫と騎士の物語を買ったときに、自分も買った『騎士団長大解剖』の知識をおりまぜながら。
(これで騎士団長全員か……
碧の鎧に蒼いマント 国王騎士 団長は国明 この国最大の貴族の御曹司
純白の鎧に純白のマント 光騎士 団長は光東 短期バイト先の商社、東和商会の長男。
この二つの騎士団は国王配下の騎士になるんだよな。
そのほか、竜騎士団は今ないが、縁のような騎士あがりの有志の飛竜使いがいる他、軍についても国王が指揮するから、軍事力でいけば国王が強くなる。
そして騎士は国王だけではなく教皇も保有している。
それが残りの三つの騎士団。
銀の鎧に深紅のマント 教会騎士 団長は聖斗 紗伊那の武闘大会優勝者。
白の法衣もしくは黒の法衣 魔法騎士 団長は魔央 一緒に旅をした大して強くないワンコ兄さん。
漆黒の鎧に漆黒のマント 暗黒騎士 団長は暗守 顔はわからない。ヒナが勝手に美珠姫の恋人だと思ってる)
優菜が整理し終えた頃に、ヒナは嬉しそうに暗守をつれて戻ってきた。
他の騎士とは違い暗黒騎士の兜が表情全てを覆い隠しているのが、こういうときには功を奏するのかもしれない。
(実はめっちゃ照れて、顔真赤、だったりして)
それは結局優菜にも、誰にも分からないことだったけれど、一つだけその場にいた全員分かったことがある。
全ての騎士団長が数ヶ月ぶりに全て揃った時、天幕の中には充足した気が満ちていた。