第42話 黒い悪魔
「王を殺すって……それ、どういうこと?」
誰しも浮かぶ疑問を、最初に口に出したのはやはりヒナだった。
けれど優菜はただじっと、無表情で絶えずながれゆく川を眺めているだけだった。
「もう! 優菜、恰好つけてないで、ちゃんと答えて」
どこか余裕を見せる優菜の態度がよほど腹立たしく思ったのだろう、ヒナが優菜を掴んで問い詰める。
優菜はそんなヒナの手を押さえると、ヒナの丸っこい目を見つめて静かに声を出した。
「そういうことだよ。聞いたままの意味だ。防衛システム起動させる人間の真の狙いは、北晋国の愚かな王とその取り巻き連中を残さず殺すことにある。そしてその攻撃でついでに紗伊那も退却させる」
「ついで? 『ついで』で五十万もの人間が殺されるのか」
自嘲的に笑ったのは茶色のワンコ兄さんだった。
けれど鼻には皺が寄り牙をむき出しにしているあたり、明らかに怒りを宿していた。
「きっと、民にもすぐ噂は流れる。民に重税を課し、苦しめた愚王とその取り巻きは自分達が欲のままに作った大型兵器で身を滅ぼしたと。そしてそれと同時に北晋国の民は救世主の名を知る」
「救世主?」
首を捻ったヒナの言葉に優菜は深く頷いた。
「そう、北晋国を良い方に導く新しい王様だ」
「藤堂秀司」
国明がポツリとそう呟いた。
その言葉を聞いた途端に、優菜は目を見開き、国明へとゆっくり目を向けた。
けれど心の動揺を必死に押し隠し、あえて静かに問いかけた。
「どうしてその名前を?」
「その男の密使が先日ここへ来た。王を殺すから力を貸して欲しいと。もちろん交渉は決裂したが」
国明は何かを隠していそうな優菜をいぶかしむような表情を浮かべていたが、その二人の間に割り込んだのはヒナだった。
ヒナの丸い目は優菜の垂れた目を離さなかった。
「藤堂秀司って、ねえ、優菜」
(空気読めよ、絶対、今ここでいらないこと言うなよ!)
優菜はこの思いついたら即行動娘にを警戒して、ヒナを掴むと、桂に出るぞと、目で合図した。
そして残る司令官たちに一言。
「あとの判断は貴方方の仕事でしょう。じゃあ、俺達、朝飯食べてきますから」
三人が出てゆくと、ゆっくりと暗守がたちあがり、優菜の計算の跡の残る地図へと目をやる。
「さてと、どうするか」
するとワンコ兄さんこと、魔央は喘ぐように声をあげた。
「『ついで』なんかで、お前たちの命など奪われてなるものか、さて、その防衛システム、どうしてくれよう!」
「国明、お前もぐれてないで、手伝え」
暗守の言葉に国明は不快そうに一瞬顔をゆがめたが、立ち上がり結局、地図へと寄った。
「良かった。良かった。性格は捻じ曲がりましたが、いっぱしの正義感だけはお持ちのようだ」
副官国廣の言葉にため息をついて、国明は防衛システムのあると推測される山を眺めた後、軽く声を上げた。
「特攻するか」
すると暗守もどこか楽しげな声をあげる。
「なら、あと二人も声をかけてやらないと、怒るだろう。面白そうだ」
魔央はそんな二人の様子に顔を緩め、犬語で嬉しそうに啼いた。
*
「悪魔の使いを見たことはあるか?」
その言葉を聞いた途端、目の前にいる男までがついに壊れてしまったのかと、純白の甲冑を着た騎士は一瞬視線をあらぬ方向へと向けた。
そして、それからどう答えようかと口をつぐむ。
目の前にいる銀の鎧を身に纏った男は、紗伊那で一番大きな騎士団の団長であり、武術でこの国一位の称号も得た人物だ。
頭ごなしに否定して、その自尊心に傷でもつければ、また一人騎士団長がその職務をまっとう出来なくなるように思えた。
だから、慎重に、慎重に言葉を返すことにした。
「何だい、それ? 暗号かい?」
「違う、黒い悪魔の使いというのがこのところ教会を闊歩してるらしい。教会の人間達が騒いでいた」
純白の騎士は教皇不在の教会がそこまで追い詰められているのかと、正直項垂れそうになったが、正面でぼんやりしている男だけは元気づけてやろうと試みた。
「おい、聖斗! お前までどうした、偉く気弱じゃないか。紗伊那の騎士が泣くぞ」
聖斗と呼ばれだ銀の鎧の男は、二人しかいない白亜の宮の広い居間の深緑のソファに腰掛、首を微かに振った。
いつも感情を押し殺す彼にしては珍しく、目が弱っていた。
「黒い悪魔が遜頌を操っているという。私も一笑に付すつもりだったが、もう何人もその悪魔を目撃している。遜頌には教皇様が弱られている今、どうにかしてもらい時だというのに」
そんな言葉を聞いて純白の騎士、光東は年上の余裕を見せて、聖斗の隣に腰掛けると何度も肩を叩いた。
「黒の悪魔か。そんなもの、お前が倒せばいいじゃないか。俺達は紗伊那の騎士だぞ。そんな弱気でどうする。前線にいる奴らに申し訳がたたんだろう? なんなら俺と二人で退治するか。で、その黒の悪魔の姿形はどういうものなんだ?」
「私も直接聞いた話だが、とにかくこう、頭の上に耳があって、鼻が突き出していて、牙があるそうだ。そして背中に羽を生やして、空を自在に飛べるらしい。人語を理解し、その笑い声を聞いたものは皆、気を失ってしまうという」
光東は内心信じられずにいたが、それを表に出さず穏やかな表情を浮かべた。
「わかった。今度それを見つけたら二人で倒そう。そうすれば、この国は少しよい方向に動き出すかもしれんからな。さ、仕事に戻ろう」
肩を抱きしめるように立ち上がり二人が部屋を出ようとしたとき、扉口に立っていたのは顔色の悪い中年男だった。
「遜頌、今の話聞いてたのか」
二人の騎士団長は自分の剣に手を置いて、相手が不審な動きを一つでもすれば、斬りつける心つもりでいた。
けれど、相手はふらつきながら、それでも目に意思を宿して二人に縋った。
「あの黒い悪魔、いつか完膚なきまでにボコボコにしてくれる人間の出現を望みますが、今はその時ではないようだ。黒い悪魔からの命令です。北へいけるようにしておいて下さい」
聖斗と光東は思わず顔を見合わせる。
すると遜頌は溜息をひとつついた。
「あの悪魔のせいで私の信頼は地に落ちました。やっとここまで戻せたというのに、あの黒い悪魔め。あの悪魔、北で何かを企んでいます。出撃の準備だけはしておいて下さい。まあ、こんな命令私の権限にはありませんが……」
聖斗と光東は今は全く想像できない黒い悪魔という存在に暫く苦しめられることになりそうだ、と覚悟することにした。
皆様、お久しぶりでございます。
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本当にありがとうございました。
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これからもよろしくお付き合い下さい。
さて、やっと紗伊那の騎士団長、全員出せました。
しかし、この黒い悪魔って・・・