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第41話 明日まで

 朝、腕に絡みつくように寝ているヒナを置いて布団を出て、天幕から這い出すと、朝日が優しく降り注いでいた。

 少し寒いけれど、気持ちのよい朝だった。

 凝り固まった体をストレッチをして伸ばして、その辺の騎士や兵士達と並んで、顔を洗う。

 優菜は昨日はじめて訪れた場所で、いつものように朝を過ごしていた。


「明日まで」


 優菜がどこにいようが、何をしてようが、朝は必ずやってくる。

 そしてもう一度、この朝日が昇る頃、どうにかしないと消えてしまうここの人々の命。

 優菜は目の前に広がる巨大な河川に目をやって、そのまま北晋国の国境の門へと目をやる。


 それから息を吐いて、冷たい雪の上に座ると、その辺に落ちていた木の棒を拾った。

 昔から「書くこと」が優菜にとってはもっともよい整理方法だった。


 巨大な川にかけられた一本の橋。

 それが国境を越える唯一の方法だ。

 けれどその橋の上には両国の国境の門があり、固く閉じられていた。

 もし、そこに多数の兵士が渡るのなら、こっちでもすぐに目視で確認でき、筒抜けになるはずだ。


 優菜は深呼吸をするとまず、真っ白な雪の上に今、目で見えるものを書いてみた。


「左手と右手にあるのは巨大な山。けど、そこにつもった雪が何かの拍子に、雪崩となっても、これでここにいる万の人が飲み込まれることはないし……。前にある川、ここを超えようとすると、川の深さに足を取られ、冷たさに体温を奪われる。自殺行為だ」


 再び、目を素早く走らせて、辺りを見回してもそのほか、地形で特筆すべきものは見つからなかった。

 優菜は棒を放り投げて、空を見上げた。


「じゃあ何だ? 内通者を忍び込ませて毒でも盛るか? 魔法で川ごと凍らせて一気に攻めてくるか?」


 青く晴れた空をぼんやり眺めていると、後ろで雪を踏みしめる音が聞こえた。


「おはよう、眠れたか?」


 知らない声に慌てて体を戻すと、後ろに立っていたのは異様な存在感を放つ、でかい黒い騎士だった。


「あ、えっと」


 彼は団長なのか、それとも暗黒騎士の一人なのか、未だ判別つかない優菜にすぐ相手は名乗ってくれた。


「暗黒騎士団長暗守だ。もう少ししたら朝食だ。妹さんたちと来るといい」


「ありがとうございます」


 優菜の元気のよい返事を聞いて、一度頷き背を向けたものの、その場でしばらく足を止めていた。

 彼の視線の先には眠そうに目をこすりながら歩いてくるヒナがいた。

 ヒナは眠そうな目を上げると目の前にいた騎士を見つけて、駆け寄った。


「あ、あの。あなたが暗黒騎士団長でしょ?」


「ああ、そうだ」


 相手の声音がどこか優しいのは優菜にも分かることだった。

 ヒナは目を輝かせて、優菜に何度かウインクという古典的な合図してきた。

 優菜はヒナが何を言おうとしているのか分からず、ただただぽかんとしているとヒナは、舌打ちして、相手を見上げた。

 どこかわざとらしい悲しげな表情を作って。


「折角、お似合いの二人だったのにね」


(まさか、ヒナ!)


 優菜はすぐにヒナの持っていた漫画を思い出した。


(きっとヒナは今、漫画で読んだ姫様の恋人だった暗黒騎士団長に会えてものすごく嬉しいんだ。でも、あからさまにそれを表に出せなくて、悼んでるふりしてる。悪い奴だな、こいつ)


「どういうことかな?」


 暗守は理解できないようで、首をかしげていたが、ヒナはその大きな背中をポンポンと叩いて、もう一度頷いた。


「あとで持っていくね。辛いかもしれないけど、私、読んでいてすごく貴方のことも、お姫様のことも好きになれたから、貴方にも読んで欲しいな」


(この空気を読まない馬鹿め!)


 優菜はヒナを彼から引き離すと、暗守にわざとらしい笑みを浮かべた。


「すいません。妹がおかしなこと言って!」


「いいや、しかし、妹さんの話は」


「いいえ、いいんです」


 優菜は暗守の背中を見送ると、ヒナを隣に座らせた。


「折角、あの暗黒騎士団長と話してたのに! 空気読んでよね」


「空気読むのはお前だろ?」


「それに! 何で声かけてくれなかったの? 起きたら優菜がいないなんて半狂乱になるじゃない」


「あ、ごめん」


 捜させてしまったことを素直に詫びると、ヒナは笑みを浮かべて一つ伸びをする。


「また、寒いところにきちゃったね」


「そうだな」


 するとヒナは体を優菜に寄せた。


「へへへ」


「何?」


「くっつきたかったの」


 どちらともなく、手を握って北晋国へと目を向ける。

 白い山に黒いとげのような木々たち。


「桂に会う前はさ、向こうの山からこっち見てたんだよね」


「そうだった。あっちから、この国の様子見て驚かされたんだった。さっきの暗黒騎士なんて、怖いの一言だったからな」


 もう随分前の話のような気がするが、まだ一月ほど前の話。

 ヒナと双子になって、まだ二月に満たないのだ。

 そして二月を迎えるまでにヒナは双子でなくなるのだろう。

 けれどヒナはそんなことも知らず、優菜と手を繋いで、ただ思い出して笑っていた。


「で、あの山の雪の中に兄さんが埋まっててさ」


 優菜はあえて何も考えないように、ヒナの話に乗った。


「あれはびっくりしたな。何時間ぐらい埋まってたんだろうな? ワンコ兄さん死にかけてたもんな」


「そうそう、先生も少し心配そうだったもんね。あの先生が!」


 優菜は突然、頭の奥で何かが猛烈な勢いで這い上がっている事に気づいた。

 こちらに押し寄せてくるのは何かが緻密に書きこまれた大量の紙、父の声、上皇の毅然とした態度だった。

 それらが竜巻のようなものすごい勢いで優菜の頭の中を占領してゆく。

 突然、優菜は唇を開けたまま立ち上がった。


「それだ!」


 立ち上がった瞬間、竜巻は優菜の脳内で、形として出来上がっていた。


「え? ね、ちょっと、どこ行くの?」



 優菜はとにかく、国王騎士団長の天幕へと踏み込んだ。

 数人の国王騎士が取り押さえようとしたが、優菜の足の方が速かった。

 けれど後ろのヒナは押さえられ、上半身をぐるぐる動かしながら中の様子を窺っていた。


「ああ、もう朝食取ったのかい?」


 そこにいたのは副団長、国廣で彼はなにやら難しそうな書類を眺めていたが、優菜はそんな彼に目を止めることもなく、机の上に広げられていた、目当てのものに駆け寄った。

 それは紗伊那の国土と北晋の一部の記載された巨大な地図で、優菜にとってはそれは目的を遂行するためには最適な地図だった。

 それをサッと奪うと、副官の声すらも無視して走り出す。


「ちょっと借ります!」


「あ、おい! 君!」


 そして今度は、他の飛竜と距離を置くように、フレイの世話をしていた桂に声をかけた。


「飛んでくれ!」


「え? 今?」


「今だ! 飛んでくれ!」


 すると何とかヒナが追いついてきて、優菜の裾をやっとの思いで掴んだ。


「待って、私も行くってば!」


 けれど桂はまだ状況が飲み込めてなかった。


「行くってどこに? 北晋国?」


 すると優菜は深く頷いた。


「そう、北晋国の空だ」



 フレイは兎に角、優菜の指定する雲よりもはるか高いところにまで頑張って羽ばたいた。


 一方、優菜は地図と地面を見比べ、地図の精度を確認すると納得がいったように頷いた。


「この地図、見事だな。細かいところまで完璧だ」


 そしてその空の高いところから見える紗伊那軍の配置と北晋軍の配置を地図に丁寧に記してゆく。

 けれどそれだけだった。


「もういいよ、おりて」


「何だよ。一体、フレイ、もっと飛びたかったよな」

 

 桂とフレイの不満足そうな声に悪かったと軽く笑って、フレイの背中から飛び降りるとワンコ兄さんが待っていた。


「何か、分かったのかね」


 優菜は頷くと再び国王騎士団長の天幕へと入った。

 そこには副官に呼び戻されたのであろう、団長国明と暗守が待っていて、勝手な行動をとり、地図を持ち去った優菜を責めるような目で見ていた。


(しまった、ヒナの悪い癖がうつったか)


 優菜はとにかく地図を無断で持ち出したことを詫びると、早速作業に取り掛かることにした。


「長い物差しありますか?」


 優菜は聞いてから自分のそばにそれを見つけると、この地に展開する紗伊那軍の右端と左端に直線を引いた。

 紗伊那軍は広い平野に見渡す限りの兵を集めて陣を敷いているように見えたが、地図でみると右と左、つまり東西を山脈に囲まれており、その隙間を人で敷き詰めるように、展開していた。

 左右の山脈は険しく、敵の急襲は避けられる。

 けれど紗伊那としても、動きは限られる。

 これでは基本前進、最悪後退しかできない。

 それでも、空から急襲できる竜騎士がいたためになんの問題もなかったのだろう。


 優菜は直線の次に、地図に式を書いた。

 熱量や角度、いろいろな数字が記されてゆく。

 書くのは巨大な地図でなくてもよかったのだが、それしか今書くものがなかったからだ。


「数字嫌い」


 ヒナが隣で悲鳴を上げる。

 優菜は信じられないほど早く計算を解きながら、それでも囲む人々のために口を動かした。


「北晋国にいた時、聞いたことがあります。紗伊那の脅威を取り除くための防衛システムを構築中だって。でも、父さんに言わせるとあまりにも開発費にお金が掛かって、とうてい今の国家予算じゃできるものではないって。だから研究に膨大な時間と労力を要したんですが、上皇様は計画を中止なさいました。でも……あの王様は作ったんだ。父さんと上皇様が退位した後に。国費なんか考えることもなく」


「防衛システムとは?」


 ワンコ兄さんの言葉に優菜はまるでその時の膨大な資料の一枚一枚をめくるようにしながら、頭の中で記憶を呼び起こした。


「『紗伊那から北晋国を守るため』に計画された超大型の兵器です。とんでもない熱量の魔法の光線を放出するんです。するとそれを浴びた人はその高熱で灰にもならず蒸発してしまう」


「そんなの!」


 ヒナも唇を震わせて地図に目を落とす。

 優菜は手を動かしながら、自分の出した結論に頷いた。


「きっと、それがきっと北晋国のどこかにあるはずなんです。少し、計算をします。時間は掛かりますが五十万人を一気に殺す一番の可能性があるものはこのシステムとしか考えられません」


 見守る人々の前で、圧倒的な速度で計算は行われてゆく。

 すぐに紙がなくなり、慌ててヒナがそのあたりにあった会議用の資料を勝手に足した。

 優菜は計算してゆく上で、計算に無理があることに気がついた。


「この角度、この向きで射出したとして、紗伊那の五十万人を殺したら、北晋国にだって被害はでるはずだ」


 地図の上で紗伊那軍の左翼と右翼から伸ばした線が交差するには、北晋軍の一部も含まれてしまっていた。


「犠牲覚悟で放出するのか? 思い切ったことするな。すいません! 北晋国の布陣の様子を教えてもらえますか?」


 すると暗守がもう一枚極秘の地図を開いた。

 今度は北晋軍の動きだけを把握した簡素な地図だったが、優菜には充分満足できるものだった。


「やっぱり」


 そう言って優菜はその簡素な地図にかかれた内容を、精巧で巨大な地図に書き込んだ。


「向こうの大将は経験豊富な南方方面の将軍です。王の従兄弟で、王の腰ぎんちゃくの鼻持ちならないおっさんです。ちなみに現在、向こうは王の天幕が建設中です。きっと、近いうち、女性にしか興味のない王が戦場だというのに、信じられないほどの愛妾をつれて来るのでしょう。そしてここにやってくる」


 優菜は最後に丸印をつけて息を吐いた。

 そこには数分前まで存在した図形としての姿を失い、書き込まれまくった汚い地図があった。

 優菜はそれを眺めながら、紗伊那軍の西と東に存在する山脈の間に展開する紗伊那軍を囲った線を指でなぞった。

 そこには見事な逆さの扇形が出来上がり、その中には紗伊那軍と最後に書いた北晋国王の居場所を示す丸印、すべてが存在していた。

 

「この扇形、ここが今回の射出により被害を受ける場所です。防衛システムはシステムを中心に放射状、つまり、三六〇度の攻撃が可能です。それを今回は紗伊那のこの部分だけに照準を合わせた攻撃だったとして角度は二十七度、おそらくシステムがあると考えられるのはこの地点」


 優菜が次に指を置いたのは二本の線の交わる場所だった。

 防衛システムというものがあり、それが本当に起動するのであれば、巻き込まれる人々を全て収めたはじまりの点。

 中心だった。


「ここは、北晋国で三番目に高い山です。きっとシステムはこの山にある」


「では飛竜に見に行かせて、できれば壊すか」


 ワンコ兄さんの言葉に優菜は首を振った。


「いいえ、今はきっと見えない。地中に潜っているはずです。今まで北晋の民にも、上皇様にも隠せたのはその姿が見えなかったから、向こうは、明日それを初めてつかってくることになるでしょう。紗伊那軍を全滅させる、その目的のために」


 優菜はペンを置いてそこに座った。


「一時的に退却するか、人が蒸発するというものなら」


 暗守の言葉に国明は頷く。


「しかし、それでは根本的な解決にはならぬだろう。ただ国境を明け渡してしまうだけだ」


 優菜は司令官達の推測を打ち払うかのように、強い言葉自分の意見を述べた。


「いえ、向こうは撃ってきます。撃たなきゃならないんです」


 優菜の言葉に隣に立っていたヒナが首をかしげた。

 優菜は立ち上がると、川の向うに広がる北晋軍に目をやった。


「撃つんです。のこのこやってくる北晋王を殺すために」


こんばんは!


ヒナ、あんた暗守さんに何を言ってるの?

立場分かってる?


と言いたくなる、今日この頃。


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