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第40話 なのに……なんで、他人なんだよ!

「優菜、地図はいるかね?」


 犬の姿に戻ったワンコ兄さんが筒を背中に縛り付けて走ってきた。


「いや、いいよ。ここの地形は全部頭に入ってる」


「優秀だな、お前は。近いうちに起こるであろう紗伊那と北晋国の戦闘を予測して地図でも眺めてたんだろう?」


「地図を眺めるのは嫌いじゃないからね」


 優菜は否定もせずかがり火の下にただ座っていた。

 音を立てて薪が崩れ、火の粉が落ちる。

 それをきっかけに優菜は隣にいる茶色の犬へと目を移してみた。

 つぶらな黒い瞳が優菜を見上げていた。


「ねえ、兄さん、一つ教えて欲しいんだ。ってゆうか、答えて欲しい」


「来るだろうと、思っていた」


「俺と、ヒナは双子じゃないの?」


 大して強くないワンコ兄さんには躊躇いなどなかった。

 ただ静かに事実を述べてくれた。


「ああ、違う。まったくの他人だ。育った空気も、国も何もかも違う赤の他人だ」


「ヒナは……」


 聞こうとしてやめた。

 聞いたらヒナがとても遠くなるような気がしたから。


(ヒナは俺の妹じゃなくて、他人)


 最近できた、人生の分岐点を一緒に過ごした最強の妹。


(他人かよ)


 予測していたけれど、認められてしまうとあまりにもショックで、首を振って俯いた。

 優菜にとって、ヒナは本当に気持ちを分かってくれる半身だったし、何よりも守りたい家族だった。

 それが、その大切な妹がただの赤の他人というのか。

 この自分の気持ちは全て作りもので、本当は存在しない想いだったというのか。


「先生も兄さんも、姉ちゃんも残酷なことするね」


(今更、この気持ちどうすればいいんだよ。全部嘘だったのかよ。学校に通った時、料理した時、特訓した時、ずっとヒナが傍にいてくれた。誰よりも俺の気持ちを分かってくれて、本当に半身にすぐなれた。でも、それは俺の勘違いで、結局は赤の他人)


「優菜」


「聞きたくないよ。もう何も。あんたら、俺を戦争の道具にでもするつもりで、ヒナを使った訳? 騎士団長ってのは人の心まで弄ぶんだ。最低だね」


「優菜、ねえ、ねえ!」


ワンコ兄さんを拒否すると、今度は誰かが背中に乗ってきた。

重みと優しい匂いですぐに分かる、さっきまで半身だと思い込んでいた女の子。


「優菜、ね、何か閃いた?」


(なれなれしくすんなよ。他人だろ?)


「わ、なんか優菜、怒ってる? どうしたの~? まぁたお稽古でできないことでもあったの?」


(ウルサイ! 知ったような口きくなよ! 他人のくせに!)


 背中に乗ったヒナを退けようと手を掴むと、ヒナは握り返してきた。


(触るなよ! お前は他人なんだよ!)


 突き放そうとしたけれど、出来なかった。

 先生の稽古で思うような成果を出せなくて、苦しんでるときに傍にいてくれたのはヒナだった。

 お姉ちゃんが死んで、呆然としているとき、自分を守ると誓ってくれたのはヒナだった。

 出会った時間は短いけれど、誰よりも心が通じたのはヒナだった。


(なのに……なんで、他人なんだよ!)


 するとヒナ立ち上がり、優菜の手を引いた。

 特上の笑顔を浮かべて。


「そうだ、優菜。フレイにでも乗せてもらおうか」




「はあ、空の散歩って気持ちいいね」


「だろう」


 桂の自慢げな声が返ってくる。

 桂も優菜が不機嫌なことはわかっていたが、あえて何も言わず、空の散歩に付き合ってくれたようだった。


「ほら、ここには私達しかいないよ、言ってみなよ! 優菜」


(ヒナは双子じゃないって知ったら、どうするんだろう。俺のことなんか、さっさと捨てて、本来の場所に戻っていくんだろうか)


 本来の場所。

 優菜にはもうそれがどこか分かっている。

 紗伊那には欠けた大きな歯車がある。

 それが見つかれば、国が完全に動き出すのだ。

 そして、その歯車はヒナに間違いない。

 分かってて、ワンコ先生もワンコ兄さんもヒナを連れまわしていたのだ。

 何かの目的を持って。


(俺はどうしたらいい。優真をつれて、俺はどうなるんだろう。おじいちゃんの所で暮らすのか? 夢では俺とヒナは結婚して、子供もいた。でもそれはヒナが自分を取り戻さなかった場合の未来。でも、もう俺達は動き出してしまった。あの未来はもうやってこない)


「もう、優菜って本当に考えこむタイプだから面倒くさい! 私みたいに考えてすぐ動けばいいのに!」


 ヒナの苛ついた声が聞こえてくる。


(いや、ヒナは思いついたら即行動だろ? どこで考えてるんだよ? 考えてるところ見せてみろよ!)


 しかし、これ以上隠しておくわけにはいかなかった。

 自分が黙っていても、いつかあの二匹の犬のどちらかがあっさり喋ってしまうのだろうから。


「なあ、俺と双子じゃなかったらどうする?」


 すると今まで元気溌剌だった、ヒナは口を閉じて、おそるおそる優菜の表情を窺った。

 もしかしたら、ヒナも何か感づいていたのかもしれない。

 ずっとそう思ってたのかもしれない。

 その上で元気よく振舞っていたのかもしれない。


「私達が家族じゃないってこと?」


 問いかけたヒナの声は震えていた。

 優菜は顔を反らして、ヒナの顔をあえて見ないようにしていた。

 二人の間に重苦しい空気が流れる。

 眼下に広がる景色は山ばかりで、気を紛らわせるものはなにもない。

 一秒が長く長く感じた。

 

 けれどそんな空気吹き飛ばすかのように笑ったのは桂だった。


「あのさあ、血が繋がってないと家族じゃないってことは、私もフレイも家族じゃないってこと?」


(そうだった!)


 桂に気を遣ったわけでもなく、優菜は静かに首を振る。


(桂だって、家族だ。出会ってまだ日は浅いけど、俺達は家族になるって決めた。桂だって、それを信じてくれてるから、俺達一緒にいられるんだ。俺、見えてなかった)


「血なんか繋がってなくたって家族は、家族だよ。だって、桂の居場所は俺達の傍なんだから。ごめん、俺、混乱してた。ヒナが本当はなんでも、俺達は家族だ。俺が言いたかったのは、双子じゃないってことなんだ」


 するとヒナは嬉しそうに笑って何度も何度も頷いた。

 そして優菜へと詰め寄ってくる。


「優菜、私のこと好き?」


「うん、大好きだよ。気持ちは、双子の時と、全く変わらないよ」


 優菜は迷うことなくそう頷いた。


「なら、いいよ。ね、私たちって本当に血が繋がってないんだよね?」


 妙なウキウキしたヒナ。


(何だ? 偉く嬉しそうだな)


「きっと全く繋がってないと思う」


 するとヒナは突然立ち上がって、両手を固く組んで目を輝かせた。


「なら、私と優菜は結婚できるってことだよね」


「え?」


(何、それ?)


 優菜はポカンと空を仰いで、飛び上がるヒナを見るしかできなかった。


「だって、双子だったら、結婚できないもん。毎日お祈りした甲斐あったなあ」


「ヒナ、毎晩どこ行くのかと思ってたら、そんなことしてたの?」

 

 呆れたような桂の声にヒナは大きく頷いた。


「うん! あの気持ち悪い幽霊見ることにはなったけど、こういう結果がまってるなら全然アリだよね?」


(こいつ……俺、散々悩んでたのに)


 それからヒナは優菜に抱きついた。


「双子でも、双子じゃなくても優菜が大好き」


(なんか……やっぱり、ヒナはヒナなんだな)


 心がじぃんとして、思わず頭を撫でると、ヒナすこし体を浮かしてそして優菜に口付けた。

 冷たい潤った唇が優菜の乾いた唇に軽く触れた。


「双子じゃなくなると、こういうことしても後ろめたくないし。前したときなんて、優菜、固まっちゃうし、しなきゃよかった~、双子のままでいたほうが良かった~、って本当に悩んでたんだから」


「か、固まってねえし!」


「お姉さんにはお見通しなんです~」


 唇に手を当てて、余裕を見せるヒナ。

 その向うで桂は顔を赤らめながら、手綱を握っていた。


「ちょっと! 私、いるよ」


「だって、嬉しいんだもん! ね、優菜、恋人なんだし、今日から一緒に寝ようね」


 ヒナの微笑がどこか小悪魔に見えた。


(こいつ、本当に……。俺、絶対、こいつに勝てない)


「あれ? 優菜? どうしたの?」


 フレイの上で倒れこむように、寝転んだ優菜をヒナは慌てて起こそうとしたが、優菜は放心状態でそこにいた。



      *

  

 

 赤、黒、緑、様々な配線が施された掌大の装置を、黒服が丁寧に一つ一つクッションで巻きながらジュラルミンケースに収納してゆく。


 そしてパチンというケースを閉める小気味のよい音とともに立ち上がると上官と目が合った。


「おそいよ~愚図。お前最後~、まあ、お前実践久しぶりだもんね。さあて皆~、武器持ったね?」


 どこかなめた様な上官の質問に誰一人答えることはないけれど、そこにいる数十人の黒服の者達の肩からは一様に五十センチ四方のジュラルミンケースが提げられていた。


「じゃあ、行こうか。姿を見られたら、見た奴は必ず殺すように。んで、あとは軍が何をしようとしても機能しなくなるまで、思いっきり潰すこと。いいね、自分たちの命なんて関係なく、潰すこと最優先だ」


 死をも操られたような言葉に、反論の声も逃げ出す音もなく、黒尽くめの者達は暗い部屋から出てゆく。

 それから部屋に一人残った上官はジュラルミンケースではなく、剣を帯びた。

 持ち上げた瞳には殺意が溢れていた。


「あいつ来るかな。あいつだけは俺が殺したいんだよね」


 黒服の上官、「死神」という部隊の部隊長、蕗伎は口の端を持ち上げると、獣の牙のような首飾りに触れて、北晋国、紗伊那、秦奈国、三国の書かれた地図をただ眺めていた。


こんばんは!

だんだん、謎が解けてきています。


そして、感想を下さった方、新たにお気に入り登録をしてくださった方、

ありがとうございます。


今後もお付き合い下さいませ!


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