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第35話 止められるんだった、止めて

『分かってないでしょう? 俺がどれだけ心配したか。命尽き果てるまであなたを守ると誓った自分が、貴方が危ないときにいられない。それがどれだけ辛いことか』


 これは、そう国境から帰ってきた日の出来事だ。

 緊迫していた秦奈国の脅威が去り国境から帰ってきた日。


 じっとできない、お節介な姫は肩に頭をおいて、いつものように笑顔を見せてくれていた。

 その笑顔を見ているだけで幸せだったけれど、想いをちゃんと伝えておかないとまた勝手にどこかへ行ってしまう。

 そう思ってわざと怖い顔を姫に作った。


『貴方がいない世界で俺は生きていても仕方ないんです。俺が死力を尽くして戦って戦って戦い抜いて死んでからです、貴方に死がやってくるのは』


『一緒がいいわ』


 いたずらっ子のように微笑んだ姫にさらに言葉をかぶせようとすると、姫は唇を合わせてきた。

 そして離れた唇で囁いた。


『死ぬのは貴方がもう剣すら握れなくなって、私も貴方の顔すら見れなくなってからでいいの。珠以が剣を握れる間は生きていたいもの』


『美珠様』


『ね?』


 自分はその言葉に完全に敗北し、微笑む姫の髪に触れ、頬に触れた。


『ええ、そうですね。貴方と同じ時に息が止まればいい。貴方とともに次の世界へ行けるのならこれほど嬉しいことはありません』


 目を開けると日が昇りはじめていた。

 珍しく眠れたのだ。

 幾日ぶりのことだろう。


 彼女を失って、すぐ国境行きを志願しここへ来た。

 かつてともに戦った仲間という存在も、もう自分には足かせになるだけだったし、新しく出来た家族というものにも全く何の愛着も湧かなかった。

 たった一つ自分に遺されたのは、最愛の人が幼い頃、母親から貰ったと大切にしていた人形。

 

 散々自分が傷つけて、そして命を落とした最愛の人。

 その人が愛した国を守ることが自分に残された使命だった。

 どれだけの血を流しても、この国を守る。

 どれだけの地を蹂躙しても、この国を守る。

 それしかもう自分の生には残されていなかった。

 そして北晋国を滅ぼせば、自分も姫の傍へと旅立つ。

 きっと彼女の両親は自分が同じ墓に入ることは許してくれないだろうが、それでも墓などなくてもいい。

 彼女の眠る傍らにただありたかった。


「早く、死にたい。あなたの元へ行きたい」


 天幕の中から聞こえた微かな最高指揮官の声に副官は静かな顔をしていた。

 全く耳にはいらないかのように。

 そして振り返り、目の前にある五十万の兵士達へと視線を送る。

 彼らは国を守るため、ここへやってきた。

 家族を残して、国を守る為に。


「あなたはいつまでたっても傲慢馬鹿騎士だ。いつまでも死んだ女のことばかり考えて、全くもってくだらない」


 そう吐き捨てて、天幕の前から去っていった。


       *


「寝た気がしないよ~」


 目が覚めた後、ヒナは布団の上でだらだらと転がっていた。

 けれど優菜は確認したいことがいくつもあった。


(きっと、先生は全部分かってる)


 優菜は桂の家をでて、崖の淵でワンコ兄さんと話している先生の隣に座った。

 そして優菜を見上げたワンコ先生と目を合わせる。

 先生は珍しく至極まじめな顔をしているように見えた。

 聞ける。

 そんな雰囲気だった。

 

「少し、教えてもらえますか?」


「ふむ、構わんよ」


 先生は兄さんにも目を向け頷くと、まるで躾を受けている犬のようにちょんと座った。


「先生も夢を見たんでしょ?」


「ああ、見た。むしろヒナの夢を、あの女の思念を引きずり出してお前にも見せた」


「で、あの夢、どういうことか、俺なりに解釈したんですけど、もし間違ってたら教えてください」


「ああ、そうしよう」


 ワンコ兄さんもどうやら夢のことは聞いているようだった。

 優菜を黒い目でしっかりと見つめながら茶色の尻尾を振った。


「あの夢は、おそらく十年後の紗伊那国なんですよね。俺はヒナと結婚して皆と暮らしてる。平和に」


「ああ、そうだった」


 優菜は棒切れを持って地面に簡単な紗伊那の地図を書いた。


「でも、紗伊那の国土は半分になってしまってる。北晋国に北と西を奪われ、何とか治めている南の自治区も独立させられて。そして……その夢の日付の十年前の明後日、北に詰めている紗伊那軍、騎士全員死ぬ」


 ワンコ兄さんが息を呑むのが分かった。

 けれどワンコ先生は静かに優菜の声に耳を傾けていた。


「この現実世界で、明後日、紗伊那の五十万の兵士が死んで、北の国境が北晋に落ちると同時に、南の自治区にいる活動家達が動き始めることになるんでしょ? 活動家達はもしかしたら、姫が死んだことをもう『誰か』から聞いてるかもしれないな。

 残っている騎士や兵を回したとしても、北と南の進行を同時に止めることは不可能だ。紗伊那は、北に国の主力部隊を集めてる。それが全滅したんだから。その後は、紗伊那は敗戦を繰り返し、面積は王都から半径三百キロずつに減ってしまう」


「そんな……この紗伊那が」


 兄さんはそれだけ呟いて声を失った。

 地面に書かれていた紗伊那は、もうもとの紗伊那ではなかった。

 見たこともない小さな国だった。


「明後日、北に展開する騎士、兵併せて五十万が死んでしまう。それはとてつもない数だ。しかし、五十万を一気に殺す方法など私はきいたことがない。魔法か。それとも武力か。五十万人が死ぬとなるとこの国は悲しみに包まれてしまう。娘の死からも立ち直れぬ教皇では、民の心など救えるわけがない」


 ワンコ先生もそのまま考え込んでしまった。

 するとヒナがだれながら、優菜の背中に乗ってきた。


「眠い、ちゃんと寝たい~」


「ヒナ、俺達今大事な話してて」


「ってかさあ、その五十万人死ぬこと確定してるの? 明後日なんでしょ? まだ生きてるんでしょ? あのお墓に入る予定の人達。止められるんだった、止めて、死なせなかったらいいじゃん」


(お墓に入る予定って。なんて言い方。でも、そうだ、あれ、夢の中の出来事だ。まだ食い止められるかもしれない!)


 優菜はその言葉に深く頷いて、地面に書かれた負の紗伊那を両手で消した。


「そうだな。五十万の兵士が死ぬんだ。単純な白兵戦でこんなことは起こりえない。一日にそれだけ殺せる何かを北晋に持っている。それさえ分かれば、こんな未来起こらない」


「あの」


 とても小さな声で兄さんが声を上げた。

 まるで会議にでた新人のような控えめな声だった。


「このことを北にいる騎士団長達に知らせはどうだろう。あの二人もとても優秀だ。知恵を併せれば」


(確かに、あらかじめ何かあると予測して対処すれば、犠牲者は減る。でも、犬連れの俺たちが行って話なんてきいてくれるのか?)


 顎に手を当てて黙って考える優菜と対照的なヒナはワンコ兄さんの前にしゃがんで、ワンコ兄さんの手を取って肉球を押した。


「でも、いきなり行って聞いてくれるのかな?」


 肉球を触られるのがいやなのか、兄さんは手を離すと、さりげなく自分の耳の裏側を掻いた。

 ヒナはそれを見て、ワンコ兄さんの耳の裏に手を伸ばす。


「あの二人は我が友だ。きっと、聞いてくれる。それにヒナがいれば少し、話は早くなるかもしれない」


(我が友って、ワンコ兄さん、犬だろ? 一体この師匠といい、兄さんといい、最近のワンコ事情ってどうなってんだ!)


「私? 私で役にたてるんなら何でもするよ?」


 ヒナは兄さんの耳の裏やら、首筋を掻きながら、困惑の目を向けた。

 先生も妬ましげに耳の裏を掻いて欲しそうにしているのを見て優菜もまた先生へと手を伸ばす。

 先生は弟子に理解してもらえて嬉しそうに優菜へと目を向けると軽く微笑んだ。


(そういえば、あの女もヒナのこと、言ってた。自分を取り戻さなければって。それはヒナの記憶にない過去のことなのか)


「ヒナを巻き込んで、危なくないの?」


 優菜の言葉に反応したのはワンコ先生だった。

 自分の気持ちいい場所へと自分で移動しながら、やがて優菜へと腹を見せるように転がり、仰向けになったまま、周りの者達に尊大に声をかけた。


「そうだな。なら、大して強くないワンコ、お前はフレイに乗って、優菜、ヒナを連れて国境へゆけ。私は紗伊那の王都に少し、顔を出してくる」


(顔って、犬が紗伊那のどこに顔だすのさ!)


 優菜が目の前にいる黒犬に恐れ慄いていると、ヒナが後ろを向いて声を潜めた。


「その間。優真はどうするの?」


 すると先生は訳知り顔で、にやついた。


「悪い虫と仲良くしている」




「卵、動いてるよ」


「もうすぐ孵るんだよ、な、姉ちゃん」


 自分の飛竜に食事を与えている縁の前で優真と昂が期待に胸を膨らませて卵を眺めていた。

 二人の目の前にあるのは真夜中、たった二人きりで取りに行って得た真っ白い卵。

 昂は優真の助けを断り、自分の体の半分はある卵を急斜面にもめげず。一人で持ち帰ったのだ。


「早く、早く、俺の飛竜」


「優真の飛竜にするんだから」


「はあ?」


 そういいながら子供二人で藁の上に転がって嬉しそうに眺めていた。

 優菜はそんな二人によってゆくと作った笑みを浮かべた。

 優真に不安を抱かせないように。

 子供二人は優菜を見上げ、お前かよというどうでもよさ気な顔をつくるとまた卵へと向いた。


(少しは俺にも興味持てよ! お前ら)


「なあ、優真」


「ん?」


「俺達、ちょっと行くところができた」


「もう、ここから出て行くの?」


 卵に向いていた優真の顔が、不安げに優菜へと向けられる。

 おじいちゃんの家も、ここも、一息つけば去らなければいけない日々。

 それが優真にとって、どれだけ負担になるかは優菜にも分かる。

 けれど割り切ろうとしている優真の隣には、それをよしとしない人間がいた。


「ちょっとまてよ! これは二人でとりにいったんだ! 孵るまで待てよ!」


 昂が顔を真っ赤にして怒鳴りつけてくる。

 優真が何か言い返そうとしたときだった。

 優菜はそんな二人の頭を撫でた。


「うん、それが優真の大事な仕事だ。この卵の世話をする。それが優真の仕事だろ?」


「うん。だけど」


「こんな経験、殆どないだろうし。優真、しっかり勉強するんだぞ」


「うん。でも……皆、すぐかえる?」


「帰るよ。すぐに」


 優菜が笑みを浮かべて、もう一度頭を撫でると、優真は昂と顔を見合わせて、嬉しそうな表情を浮かべた。


「じゃあ、仕方ないから私、ここでお勤めしてる」


「頑張れよ」


 ヒナは後ろからひょっこり顔を出すと、そんな優真と昂にチュッパを渡した。


「いいなあ、私も飛竜、うらやましい」


「ヒナもちゃんと乗せてあげるからね」


「うん! 楽しみにしてるね。じゃあ、行ってくるね!」


こんばんは。

アクセス、そしてお気に入り登録、本当にありがとうございます。


どっぷり紗伊那と交わりはじめました。

この先、優菜とヒナはどうなるか。

そして読者様からtwitterにて別人というお言葉を頂いた国明。

彼は生き残れるのか!

お楽しみに!


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