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第34話 それが、あんたの見つけた本当の幸せかい?

「どうしたの?」


 優菜の最大最強の味方ヒナは朝からぼんやりと木の下に座っていた。

 そんなヒナを優真とフレイが、困ったように眺めていた。


「ヒナったら、おかしなことばっかり言うのよ」


「おかしなこと?」


「ヒナに聞いてみてよ。私自分で言うのは嫌!」


 優真はどこか怯えたように、優菜を顎で使った。

 優菜は何が起こったのか見当もつかぬまま、肩を落とすヒナへと近寄ってゆく。


「なあ、ヒナ? どうかした?」


 暫くヒナからの答えはなかった。

 顔を覗くと、蒼白な顔で唇を戦慄かせている。

 尋常ではない様子が伝わってくる。


「どうした、ヒナ。なあ」


(この前のキスのこと、色々考えてるのかな。そりゃ、考えるよな。俺達双子だし。ちゃんと話したほうがやっぱりいいよな)


 優菜が結論を下そうとしたときだった。

 ヒナは涙を浮かべて、優菜に激しく訴えてきた。


「昨日、お化けみたの! 後ろに立ってたの! 女の人が!」


「お化け? ここで?」


「そう!」


 ヒナは何度も何度も首を振って、優菜に抱きついた。


(お化けって、あんた、いくつだよ)


「お化け、嫌!」


 ヒナから聞かされていたのだろう、優真もまた首を振ってフレイにしがみつく。

 フレイは羽で優真を包んでやりながら、桂へと顔を向けた。

 一方、桂は頭を掻きながら怯えるヒナへと困惑の目を向けた。

 

「この村で、そんなの聞いたことないけどね」


「で、どんな感じだった?」


 とりあえず優菜は聞いてやることにした。

 きっと見間違いだよと言うには、あまりにもヒナが怯えていたから。


(もしかしたら、昔見た何かを突然思い出したのかもしれない)


 するとヒナは優菜にさらに強くしがみついて首を振る。


「嫌、思い出したくない。女の人がわけのわかんないこと言って墓場につれていくの! 気持ち悪い! 今日は優菜と絶対寝る」


(そりゃあ、例え夢の中の出来事でも、お墓の中は気持ち悪いな)


 優菜は腕の中にいる妹の背中を何度も優しく叩いてやりながら頼れる兄としての自分を演出してみることにした。


「分かった。ヒナ、今日一緒にねような」


「絶対よ! 絶対だから!」


 そして安請け合いしたその夜、優菜もお化けを見る羽目になった。


 


「今日は偉く可愛いオトモダチをつれてるんだねえ」


 女性の形の良い唇がそう動いた。

 ヒナではない女性の唇だった。

 優菜はぼんやりその唇を眺めていた。

 指一本動かすにも重くてだるかったが、体を反転させようと思えば容易く頭と足が逆になる。

 地面に立っているのか、宙に浮いているのか、大体どこか地面なのかも分からない。

 自分は眠っているのか、それともこれは現なのか。


 ただ、まどろみながら、優菜は言葉を聞いていた。

 ふと、優菜の目の前に女が現われる。

 長い艶やかな黒髪に、切れ長の漆黒の瞳。赤い唇。

 年齢は自分達とはそうは変わらないような気もするし、ひどく年老いているような気もする。

 そしてその顔が歪むように、意地悪く微笑んだ。


「それが、あんたの見つけた本当の幸せかい?」


(こいつ、何いってる?)


 優菜はどれだけからだが重くても必死に手を伸ばし、ヒナの手を探り、そしてほっそりした手を見つけると、お互いを確認するかのように、しっかりと繋いだ。

 女はその繋がれた手を見て、また薄く笑う。


「別に、構いやしないさ、あんたがどんな人生を生きようと。どうでもいいんだから」


「だったら、人の夢にでてこないでよ!」


 大声で反論したヒナは、すぐに優菜の背中に隠れた。


(お、俺を盾にするな!) 


 女は鼻で笑うと、優菜へと手を差し伸べた。


「でも、まあ、折角だ。あんたたちの幸せな未来、見せてあげようか」


 その声とともに周りが白に包まれて、笑い声が聞こえた。

 突然、目の前に広がる青空とジャガイモ畑。

 そして見慣れた汚れた白い建物。


「ここは……紗伊那?」


「おじいちゃんの家だあ」


 足はちゃんと地面についていた。

 ヒナと顔を見合わせて、なれたはずの家へと続く道へと歩いてゆくと、陽のあたる縁側には成長した優菜とヒナとそして二人の間に子供が座っていた。


(俺達、結婚してる? あの子供、もしかして俺達の子供? 男の子? 目、クリクリしててめちゃ可愛いじゃん!)


 その後ろには大人っぽくなった優真や桂もいた。


(何だ、皆いるじゃないか。皆で仲良く暮らしてる)


 けれど安心した途端、またまわりが白くなった。


 今度は草原だった。

 地平線まで続く大地。

 けれど空は雲に覆われ、今にもとてつもない雷雨がきそうなほど、黒ずみ渦巻いていた。

 そしてその空と大地の合間にあるのは、背の高い緑の草の合間にのぞくおびただしい数の墓。

 

「またお墓? 気持ち悪いよ、優菜」


「なんだよ、この墓の数!」


 ヒナの体を抱き寄せながら、足元の墓の文字を読んでみる。


「国友、ここに眠る。享年十六。可哀想に、同い年か。こっちは国緒、享年十六歳。やっぱ同じ年? ん、これは違う。何だ? 年齢も皆バラバラだな。でも、皆名前に国がついてる」


 優菜はこの墓の意味を知るために、ヒナの手を引いて歩いた。

 そして他よりも大きな墓の前で足を止めた。


「あれ、これは違う。名前に国がついてない。暗黒騎士団長暗守、ここに眠る、享年二十八歳」


「国だけじゃないよ、この辺色々な名前があるね。でも、国のついた人、すごく多いけど。あ、あっちにも大きなお墓、発見!」


 先ほどまで怖がっていたヒナは、優菜という供ができて心強くなったのか、ぐんぐん優菜の手を引いて歩いてゆく。

 二人は墓の前まで来て、そして足を止めた。

 その墓にもしっかり名前が掘ってあった。


「国王騎士団長国明ここに眠る。享年二十二歳」


(ちょっと、待て)


 優菜の頭の中で何かがフルスロットルで回り始める。

 

(かなりの数の国王騎士。そして国王騎士団長、暗黒騎士団長)


 どこかで目にして、口にだした覚えがあった。

 記憶を遡る。

 祖父の家に行く前、桂と出会う前。 

 それは国境で見たものだった。


「まさか」


 優菜は墓石を丹念に読んでみる。

 名前年齢、その他に書かれていること、それは死んだ日。

 その夥しい数の墓には皆、同じ日付が刻まれていた。


(明後日……死ぬのか。皆)


 見渡す限りの墓、コノ墓に眠るものたちは、皆その日に死んでしまうというのか。


 また景色が変わった。

 今度は光の差す穏やかな場所だった。

 そこには腕のない初老の男と、中年の女性。

 二人の周りには小さな子供が二人いて、子供達は声をあげて積み木であそんでいた。


(誰だ、これ)


 初老の男はどこか風格のある人間だし、女も芯のありそうな目をしていた。

 優菜は彼らが誰か知ろうと、目を動かす。

 そして、優菜の目は彼らの後ろに掲げられたものに、釘付けになった。


「まてよ! これ!」


 部屋にはってあったのは巨大な地図だった。


「何だ……これ」


「優菜?」


 ヒナも慌てて取り残されまいと、寄ってくる。

 その地図は大きく変貌を遂げていた。

 紗伊那は大陸最大の国のはずだった。

 けれど、その面積は、自分の知る範囲の半分以下。


 北晋国との国境は随分南下していたし、南も削られ、西もない。

 紗伊那の隣にあったはずの小国、秦奈国という国はすでに消滅し、北晋国となっていた。

 北晋国が紗伊那へ侵攻し、勢力をのばし、紗伊那の南では自治区がいくつか独立しているようだった。


「紗伊那が大陸一の国じゃなくなってる?」


 そうヒナが優菜に問いかけたとき、そしてまた回りが白くなった。

 

 何もない空間で女が薄ら笑いを浮かべて立っていた。

 優菜は睨みつけるように女を見る。

 美しいけれど、邪気さえ感じさせる妖艶な女だった。

 女は赤い唇で再びヒナへと言葉をつむぐ。


「どうだい、幸せな未来」


「これのどこが! 明後日あれだけの人数が死ぬんだろ! どこが幸せなんだ」


 優菜が女の言葉に承服しかね、かっとなって叫ぶと女は笑った。


「ワタシにとっては紗伊那なんてなくなればいいからね」


 そして女はヒナへと視線を移し、そのまま手を左手へと落とす。

 白い傷一つないヒナの掌へと。


「あの黒い魔法使いはあんたの想いまで消してしまったのかね。あんた私を忘れないように手の傷は残したままだっただろ?」


 女が口の端を持ち上げると、ヒナは左手を押さえる。


「ヒナ!」


「痛い、すっごい痛い!」


 白い掌が徐々に引きつった肌へと変わって行く。


「お前、何してるんだ!」


「言ったろ? あの黒い魔法使いに消されたこの子の想いを戻してやってるんだよ」


 ヒナは喘ぐように呼吸をしていた。

 もう一度優菜が目をやると、ヒナの左の手には火傷のような引きつった痕ができていた。


「ヒナ」


「もう大丈夫。ちょっと、痛かったけど」


 冷や汗を浮かべながら笑うヒナが健気で、どうしても守りたくて、優菜は相手に殴りかかった。

 すると女は笑みを浮かべて、風とともに消えていった。

 また赤い唇だけを残して。


「あんたが自分を取り戻さなければ、これが未来だよ。まあ、悪くはないか。優しい夫と可愛い子供に恵まれてさ。ワタシは優しい夫、すぐに失ったからねえ。そんな人生ありかもね」


 ふっと目を開ける。

 まだ夜は完全に明けてはいなかった。

 隣には手を繋いで、ぼんやり目を開けたヒナ。

 そのヒナは左手を目の前へと持ってきて眺めていた。

 優菜もその手に視線を送る。

 そこには何の痕もない、いつものヒナの白いほっそりした手だった。


(同じ夢を見てたのか?)


 ヒナはそのまま、体を押し付けてきた。

 優菜も無意識のうちにヒナを抱きしめた。


(気持ち悪い夢だった)


 おバケというわけではないけれど、妙に心の奥に残る夢。

 目が覚めても忘れられない夢だった。


「明後日」


 するとヒナも頷いた。


「明後日」


「傾国の魔女め、まだ残留思念として残っていたか」


(先生、そこにいたんすかー!)


 ワンコ先生は優菜の腹の上から、飛び降りると昇ってくる太陽を眺めた。


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