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第3話 お兄ちゃん

次の朝、

(寒い、痛い、狭い)

 苦しみながら目を開けると板の上で寝かされていた。

 一人用のベットの上にいるのは昨日できた双子の『妹』

ヒナだった。


ここ北晋国は国土の三分の一が永久凍土であり、冬以外の季節といえば、僅かな春が二月あるだけだった。

今はまだ冬真っ只中。


「寒い~、凍死させる気かよ!」


 凍えながら三階の自室から二階の台所へ降りると、すでにほこほこに暖まった部屋のソファの上でふんぞり返って黒い犬が新聞を読んでいた。


(あんた、何様―!)


 優菜は心の中で突っ込みながら鍋にお湯を沸かし、煮干を突っ込んだ。

 そして鮭を手早く並べて焼いてゆく。

 すると黒犬が興味深げに寄ってきた。


「君が家事をしてるのか?」


「ううん。分担だよ。料理は俺、掃除は姪っ子、姉ちゃんは洗濯、両親死んでからはそうしてるんだ」


「成る程、助け合って生きているわけだ。で、君、将来は何になるんだ?」


 そんな言葉に優菜は笑みを浮かべたまま軽く返した。


「別に、何にも考えてないよ」


「そうか。まあ、この国は学校の制度が整っているから、その中で見つけるのもいいだろうし」


「だろ? いつか見つけるよ」


 優菜は適当に笑うと、手早く味噌汁の具になるわかめを投げ込み、炊きたてご飯を混ぜた。


「あった! 一晩かかったよ」


 突然、前触れもなく髪をボサボサにした姉が服を片手に現われた。

 姉の手に握られている制服は、自分の通う学校の女子の制服だった。

 校章であるエンブレムのついたベージュのブレザーに黒のスカート。

 どうみたって同じ学校の女子が着ているものだった。


「姉ちゃん、まさか」


「今日からヒナも学校に通うからよろしくね」


「ちょっと待て!」


「だって、今まで連れ去られて辛い目にあってたんだ。学校ぐらい通わせて上げないとね。守るんだよ。あんたが守らずに誰が守る」


「頑張れ、お兄ちゃん」


 犬にもそういわれ、どんどんテンションが上がってゆく。


「お兄ちゃん」


「お兄ちゃん」


 一人と一匹はそれを見越したように何度も優菜に呼びかけた。


(お兄ちゃんかぁ)


 どんどん妄想は広がってゆく。

 二人で海辺を追いかけっこして、


『お兄ちゃん』


 そうヒナが恥ずかしそうに笑いかける。


(たまんねええええ)


 笑い始めた優菜を見て、優子は犬に顔を向けた。

 扱いやすいだろ?という顔で。



 眠そうに目をこすりながらおきてきたヒナは食卓について並べられた純和風な食事に目を輝かせた。


「おいしそう」


 優菜はそんなヒナにご飯をよそってやりながら、努めて平静に声をかけた。

 心の中の『お兄ちゃん』という妄想を隠すために。


「食え、食ったらさっさと学校にいくからな」


「学校?」


 けれどもう妄想は隠せなかった。


(こいつにちょっかいを手を出す輩は俺が成敗してくれる!)


「任せとけ、お兄ちゃんが守ってやるから」


「弟。ちょっと優菜聞いてる? 優菜は弟だよ?」


 ヒナの声はもう届いてはいなかった。



「よし、サイズぴったり」


 優子はヒナにブレザーを着せると満足げにはたいた。

 ヒナは姿見の前でグルグルと回って、そしてスカートに視線を落とす。


「足が寒い。お姉ちゃん、こんなに丈短くていいの?」


「いいの、いいの! 今の若いもんはこんなものよ」


「これ、かしてあげる。サラだから汚しちゃダメだよ」


 優真は自分のもっている紺のハイソックスを少し上目線で差し出した。

 ハイソックスにはさくらんぼの刺繍が入っていた。

 ヒナは嬉しそうに受け取ると、早速短いスカートにハイソックスを合わせてもう一度姿見の前に立った。


「おい、置いてくぞ!」


「あ、待って! 行ってきます!」


「お母さん、いってきまあす!」


「気をつけてね。優真~」


 そんな二人の傍を先に優真が真っ赤なランドセルを背負い、駆け足で飛び出してゆく。


「俺たちも行ってきます!」


 ヒナと優菜が扉を開けると一面の雪世界。


「寒い~」


「ほら、ヒナ!」


 優子はそんなヒナに紺のダッフルコートを手渡し、赤と紺のチェックのマフラーを巻いた。


「楽しんでおいで」


「うん、行ってきます。お姉ちゃん」


 手を振って娘と弟、妹を送り出した優子はそれから、ほっと一息ついてコーヒーを犬の前に置いた。

 学校へ向かう若者を窓から見送っていた犬は、それに気がつくと口を持ち上げて椅子に飛び上がり、ちょんと座ると、メーカーで作られたコーヒーの香りを黒い鼻でフンフンと嗅いだ。


「もう一人の弟は元気でやってるみたいね、安心した。ねえ、先生はその弟に雇われたのよね」


「ああ、そうだ」


「なら、私にも雇われてくれる?」


「内容次第だな」


 すると優子は熱いコーヒーを飲み込んで細い目でニコッと笑った。


「弟二人と妹と娘に手を貸してくれるかしら。助けてくれとはいわない。ただ降りかかるものを乗り超えるために力を少しだけ」


 すると犬はカップを握ってコーヒーを一口飲み込んだ。

 けれど犬には熱かったのかすぐ離してしまう。


「優菜君、実は何になりたかったんだ?」


「何に? さあ、医者とか、軍人とか色々いってたけど。きっと父を超えたいのよ」


「そうか。分かった君の依頼には応えよう。こちらも君に無理を言っている身だから」


「いいのよ、あのもう一人の弟の初めてのお願いは聞いてあげないとね。姉としての面子に関わるから」


こんばんは。

今日もアクセスありがとうございます。


先日ご指摘がありましたので、ちょっとご説明を

こちらの作品、『姫君の婿捜しリターンズ』黒の章のその後となります。

そのため、前作のネタバレ含みますので、『リターンズ』も今ちょうど読んでるという方はご注意下さい。


って、読んでいただけるだけですごくありがたいのに!

皆様に、感謝、感謝です。

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