第27話 その時、私は優菜のこと忘れない?
はなからワンコ先生がただのバイトに行かせるわけがないと思っていた。
何か裏がある。
もしや裏社会で何かさせられるのか。
異国の船に乗せられて売られてしまうのか、はたまた臓器売買でもさせられるのか。
そういうことは杞憂に終ったが、ただのバイトではないと優菜はすぐに気付かされた。
働いた先はただの田舎の倉庫ではない。
紗伊那国、最大の商社、東和商会の倉庫だった。
そして一番戦場に近いこの倉庫には基本、武器や食料が山積みされていた。
そこでは戦争に関する情報が憶測ながらも流れているし、かなりの量の物販が北へと送られてゆくのも自分の目でみることができる。
国境から見たあの十万の兵士を養える満足ゆく供給が滞りなく行われていた。
(補給が絶えるなんてこと、今のこの国にあるのかな)
永久凍土の北晋国とは違い、ここは肥沃な大地が沢山ある。
戦う土壌が全く違うのだ。
「北晋国王はいつになったら気付くのかな」
優菜は木箱を持って、今日北へと送られる物資の棚へ運んだ。
はじめは女の子と間違えられ、簡単な梱包など任された優菜だったが、男だと宣言すると掌を返すようにこっちへと派遣された。
ただこの荷物の上げ下ろしの尋常ならぬ回数は、充分トレーニングになりそうだった。
倉庫で働き初めて二週間。
倉庫にはこの有事のために、新たに短期に雇われた人間達でごったがえしていた。
それでも時間に間に合わないこともある。
仕事はヒナとは別な場所なために、帰りは倉庫の前に設けられた地元の人用の直売店で待ち合わせていた。
今日もまた少しだけ先に優菜より仕事を先に終えたヒナは本屋で時間を潰していた。
読んでいるのは、先日のこの国の内乱をうまく漫画化したものらしく、表紙にはいかにも女の子のすきそうな線の細い絵が描かれていた。
「お待たせ。それ面白い?」
「うん、面白いよ」
「どこが?」
「これね、だって姫様恋してるんだもん」
ヒナの読んでるページには頬を赤く染める少女のイラストがあって、隣には偉くかっこいい騎士もかかれていた。
(そういや、死んだ姫も年頃だったんだもんな。でも、隣国の王子との結婚話があったって、義理兄さんいってたし)
でも、騎士第一のこの国の民目線でいけば、姫が騎士と恋をしていると思ったほうが受けるのかもしれない。
ヒナはどうやら、それを買おうと思い立ったようでさっさと行ってしまった。
優菜は待ってる間、ヒナが買いにいった本を手にとって見る。
数枚めくっただけで確かにひきつけるように書かれていた。
ただ男の自分から見れば、気障な奴らがいっぱいいるように思えて、結局すぐに手を放してしまった。
そしてその隣の『騎士団長大解剖』という本の方が気になった。
ヒナは桂にはその話題に触れず、家に帰ると稽古をして、夜寝る前にじっくり眺めていた。
優菜も同じ部屋で買った本を読んでいた。
ワンコ兄さんはヒナの本を一目見るや否や、ヒナの背中に転がってヒナの頭の上に顎を置き、一緒に読んでいるようだった。
「姫様は暗黒騎士団長と恋をしてたのかな」
「この話の中ではな」
ワンコ兄さんは本を閉じたヒナから降りると、ヒナの隣に寝転んで白い腹を見せた。
腹を撫でろといわんばかりに。
ヒナは撫でてやりながら、声をかける。
「姫様は隣の国の王子さまと結婚するんじゃなかったの?」
「それは誰かの流した噂だよ。姫様はもともと騎士団長六人と結婚する予定だった。自分で誰かを選んでね」
優菜は自分の持っている騎士団長の本へと目を落とす。
顔は分からないけれど、大解剖というだけあって、それぞれの人間のことが事細かに書かれていた。
出身や、年齢。
そして今までの公式な経歴。
そこに掲載されたものはやはり目を見張るものだった。
この国の武闘大会では皆、上位者であるし、教会騎士団長は昨年の優勝者。
貴族のボンもいれば、バイト先の東和商会の息子というのもいる。
「へえ、六人から好きな人が選べるのか、で、姫様は誰を選んだの?」
ヒナが目を輝かせて尋ねる。
けれどワンコ兄さんは静かに首を振った。
「さあな」
(なんか、兄さん、知ってるっぽいけど)
「ただこれを暗黒騎士団長がみたら、ものすごく謙虚に喜ぶだろうがな」
「姫様かあ、なんか、死んじゃったと思うと、かわいそうだよね」
「確かに、そう思うと。俺達と同じ年だったんだもんな」
どこか遠い存在だったけれど、同じ年で、恋もしただろうし、きっとこれからのことを考えたりしてたんだろうと思うと、妙に哀れむ気持ちが沸き起こった。
「ああ、きっと普通の女の子のように色々なことに興味をもっていたさ」
*
「一緒に寝ていい?」
ヒナが枕を持ってきたとき、もう優菜の答えはなかった。
「寝てるよ。よっぽど疲れているんだろう。まあ、仕方ないか、朝から働いて夕方からは稽古だからな」
ワンコ兄さんの言葉にヒナは頷いて優菜の布団に潜ってゆく。
「ねえ、先生、私、優菜と出会うまで、何してたの?」
するとたっぷりのクッションの上で丸まっていた黒い犬は目をあけることもなく言葉を返した。
「君は頑張って生きていたんだ」
「お姫様ぐらい? それとも全然、おいつかない?」
「君は君らしく生きてたんだ」
どこまでいってもヒナの求めるような答えはでてこなかった。
具体的な何かが示されることもなく、ただ曖昧な答えが続いてゆく。
「ねえ、じゃあ、どうして、忘れたの?」
「忘れなきゃ、生きていけなかったからね」
「いつか、思い出せる?」
「ああ、思い出せる」
「その時、私は優菜のこと忘れない?」
「ああ」
するとヒナは笑った。
「良かった。何があっても優菜のことは忘れたくない。一緒に学校にかよったことも、一緒に特訓したことも、一緒にご飯つくったことも、何も忘れたくない。だって、私、優菜と一緒に生きてるんだもん」
「そうだな。今回は、絶対忘れさせないよ」
ワンコ先生の含みのある言葉にヒナは不安を覚えて優菜にしがみついて目を閉じた。
こんばんは。
ヒナが手にした漫画、紗伊那の姫と暗黒騎士団長の恋。
書いてみたかったような、お話です。
もし、現実そうなっていたら、姫様は今頃どこで何をしていたのかな・・・。