第26話 美珠に返してやって
「焼き芋だ!」
おやつに並んでいた芋を少女達は一斉にほうばる。
その上で優菜があぶられていたということを知らずに。
「さてと、午後からは桂と優真も、訓練を開始するぞ」
「え? 本当に私も?」
芋を口に入れていた桂は嬉しそうな声を出しつつも、顔だけは嫌そうに装おうとしたのか眉間に皺を寄せた。
「お前も竜族なのだ、素質磨いてやろう」
「いいよ、私、本当にドジだし、できないし!」
「桂もしようよ、体、動かそ?」
「ねえ、桂、いっしょにしよ~」
ヒナと優真の声に桂はあらぬほうを見た。
「まあ、あんたたちがそこまで言うなら、やってやるよ。まあ、群れるのは嫌いなんだけどね!」
嬉しそうな桂がいた。
そんな隣でヒナと優菜は先生に顔を向けた。
自分達の昼の作業は何なのかと。
「で、俺達、何するの?」
「お前達はバイトの面接だ」
「はあ?」
「二人の名前で、もう申し込んでおいた。短期のバイトだ」
ヒナと優菜はそういえば先生の命令で、つい先日封筒を投函しに行ったことを思い出した。
白い封筒にはその書類が入っていたのだろう。
「大丈夫だ。紗伊那には学校もないから、そんなに出自に訊かれることはない。もし訊かれても、光悦様の孫だといえば、どうとでもなる」
(どうとでもって)
「で、どこに面接に行くの? この辺になにかあるの?」
ヒナは畑の向こうを見渡していたが、それらしい建物を見つけられず、ワンコ先生に顔をむけたが、当の先生はどこか楽しそうに首を振った。
「少し離れた倉庫だ。そこまでは毎日送り迎えをつけるさ」
「誰が?」
優菜が顔を向けた先生の視線の先には桂がいた。
桂は芋を食べていた手を止めて、思わず見返す。
「ほええ? 私? 飛竜に送り迎えをさせる気? どんなにお偉いさんだよ、あんたたち」
「まあ、そういうな。協力してやれ。フレイも空を飛ばしてやらなきゃだめだろう。総合的に考えてよい訓練だ」
「分かった」
案外あっさりと頷いた優菜に、ヒナの方が困惑した目を向けた。
しかし、すぐに楽しそうに目を細める。
「バイトって初めて!」
「まあ、兎に角、面接受かるところからだよな」
*
「何をしに来た」
「入っていい? 武器は何も持ってないよ」
「俺の頼みは聞いてくれなかったお前が、何だ?」
部屋の中から突きつけられる言葉に、北晋国からやってきた男は何も返さずさっと窓を飛び越え、部屋に侵入した。
部屋にいるのは王子と暗殺者。
けれどこの暗殺者の標的は今回この王子ではなかった。
「なんか思ってた以上に、殺風景な部屋だね。祥伽のことだからさ、まあ、殺風景だとは思ったんだけどさ。なんか壁に一枚ぐらい絵でも飾っておきなよ。金縁入ったやつ」
けれどそんな殺風景な部屋の王子の執務用の机の上には赤い箱が置かれていた。
それは王子の目の色と同じで、存在感を放っていた。
「美珠に送るつもりだったの? 何? これ」
「あいつの好きそうな髪飾り」
「そう」
黒髪に紅の瞳の祥伽という男は暗殺者を見ることもなくぶっきらぼうに言葉を返す。
そして、どこか苦しそうに声をあげた。
「何だ? 美珠に続いて、俺も殺しに来たのか?」
「嫌、そうじゃない。ただ話をしにきたんだ。凹んでると思ってさ」
かつてこの祥伽王子を狙った暗殺者、蕗伎は窓に寄りかかった。
そして祥伽をまっすぐ見つめる。
「紗伊那の後継、打診がきてるんだろ? 受けるの?」
「良く知ってるんだな。どこからそんな情報が流れてるんだ?」
「紗伊那からだよ。で?」
「来てる。俺を紗伊那の王の養子にと。うちのクソババアを介さず、兄貴と俺にだけ、内々に話を通してきた。あのクソババアに話しをしたら、広がるって思ってんだろ」
「美珠が死んだことが?」
蕗伎は静かな声で言葉を返す。
祥伽は言葉を飲み込むと、珍しく弱気な言葉を返した。
「ああ、そうだ。紗伊那からはお前が殺したと聞いてる。それは、本当か」
「そうだよ。俺が胸を貫いた」
淡々と述べられたその言葉に祥伽は堪えきれず、同じ背丈の蕗伎を突き飛ばし、壁に押し付けた。
「どうして! あいつは、あいつと俺はお前を友だと信じてたんだ!」
蕗伎はその手を振り解くと、また祥伽に強い目を見せた。
「悪いけど、今はその話をしてられない。祥伽、打診を受けろ。そうすれば北晋国は動く」
「動いてどうする。俺を殺すか」
「動けば、祥伽は殺さなくて済む」
祥伽はその言葉にただ蕗伎の首に掛かった友達の証を眺めていた。
蕗伎の首にもそれが掛かっていた。
そして蕗伎は首飾りをもう一個差し出した。
祥伽が選んで買った、紗伊那の姫のお気に入りの首飾りだった。
これを見つけたとき、目を輝かせていた少女にどうしても渡したくて買ったものを、今、その少女を殺した人間が持っていた。
「これは祥伽がもってて、美珠に返してやって」
「遺体にかけろってか」
蕗伎は何も言わず、部屋から飛び出た。
そんな背中に祥伽は声をかける。
「気はのらないが、友達の頼みだ、俺はちゃんと聞いてやる」
「ありがとう、祥伽」
蕗伎は振り返り微笑みながら、手をあげた。
そして一言。
「俺も今度は命を懸けて友を守るから」
「もう遅い」
祥伽は握りこむと、その拳に額をつけた。
生意気な、気の全く合わない女の笑顔が浮かんでくる。
好き放題自分に言って来る女。
けれど、もうその女と、言い合うこともできない。
川で取った魚を食べることもなければ、同じ馬車にのって景色をみながら色々なことを学んで行くこともできない。
祥伽は顔をあげて、部屋から飛び出た。
そして、隣の兄の部屋へとノックもせずに入った。
兄は一枚の書面の前で思案していた。
それは紗伊那から内々の通知。
「どうした?」
「まだ受ける気はない。でも紗伊那へ行こうと思う」
「また一人でか?」
「内密にはいく。けれど、今回はちゃんと供をつける。伯父上、伯母上と話をして、それで」
「姫の死を見てくるか」
祥伽は一度頷いた。
「分かった、行って来い。将軍を連れていけ。お前の教育係はあれしかいないから」
こんばんは。
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久しぶりに「紅の章」の二人が出てきました。
秦奈国の王子様と暗殺者。
一体、蕗伎は何を考えているのか!