第22話 私群れる気なんて
「何だ、あんたも見たくなった?」
「縁さん」
桂は反射的に顔を反らした。
そしてこんなところへこなければ良かったとも思った。
ワンコ兄さんに姫の心が分かると教えられた場所には先客がいたからだ。
それは同じ、里出身の女性だった。
兄が全て奪いとった女性だった。
一瞬逃げようとした桂だったが、足を止め、躊躇いがちに振り返る。
罵られても、殴られてもどうしても見たいものがあったから。
恐る恐る隣に立つと、女は綺麗な二重を細めて桂に笑いかけた。
「まだ、全景は見えないんだ。でも、幸せな気持ちなんだよね」
先にいた女は長身の体を木の柵に預けて、嬉しそうに石工たちの手によって少しずつ浮かび上がる絵を眺めていた。
桂もただじっと眺めてみる。
石の真ん中に浮かび上がった真ん中の美しい女性が一目で美珠姫だと分かった。
反乱を起こし、兄を討伐した強い志を持ったこの国の跡取り。
そしてそれを取り囲む騎士団長達。
彼らはこの国の英雄であり、討伐された兄は悪者だった。
けれど悪者であるはずの、竜騎士たちがその石版には存在した。
今まさに、一人の石工が竜騎士を彫り上げていた。
どの騎士よりも小さいけれど、竜をつれてはっきりと書かれていた。
先客は髪をかき上げて、じっと嬉しそうにそれを見つめている。
桂もただ眺めていた。
裏切り者の竜騎士がそこに描かれていることにどうしようもなく、心が動かされた。
排除されたはずの自分たちが認められているような気がしたから。
暫く無言で眺めていた二人の前に、大きな図を持った少女がやってきて正面から構図と彫り上げられているものとを確認する。
完璧なものを作り上げるために。
「あの、それ」
桂は珍しく自分から声をかけていた。
「それが、原画?」
すると短い髪の少女は振り返って笑顔を見せた。
「はい!」
「少し、見せてもらってもいいかな。もうこの国を離れるんだ」
「あ、そうなんですか。本当なら完成した後、見ていただきたいのですが、どうぞ」
少女の開けた図を眺めていると隣に縁がやってくる。
二人とも暫く言葉を出せず、ただじっと眺めていた。
絵に描かれた民の声を聞こうとしている姫の姿を。
縁という二十代半ばの女性が、ため息混じりにポツリと呟いた。
「こんなすごいのができるんだね。楽しみじゃないか」
「あの、美珠様が本当に自分のご意思で竜騎士を入れてくださったんですか?」
桂が確かめるように尋ねると、少女はしっかりと頷いた。
「はい。いつか、また復活する竜騎士を入れるようにと。美珠様も私も、空を舞う竜騎士をすごく楽しみにしているってお話をしていたんです」
「裕犀さん、ちょっと確認お願いします!」
呼び出されて少女は、桂達に一礼して去っていった。
「美珠様……か」
縁は満足そうにもう名を呼んだ。
一族は滅ぼされたけれど、姫の気持ちは痛いほど伝わってきた。
けれど縁はすぐに頭を切り替えて桂に顔を向ける。
「ねえ、桂、あんた今までどうしてたんだい? 心配してたんだよ?」
「そんな口先だけの言葉要らないです。せいせいしたんでしょ? だって、私の兄のせいで、縁さんは旦那さんもお兄ちゃんも、弟も、子供だって死んじゃったんだ」
「そうだよ。竜桧のせいで、皆死んだ」
「だったら」
「でも、それが桂に何の関係があるの?」
縁という女性にきつく見られて小さくなってゆく。
「だって、私とあの人は一緒に育ったから」
「桂、もういいから、一回戻っておいで。ね。皆には私から話つけるから。だってフレイを連れてじゃいけるところなんて限られてるでしょ?」
「戻れる訳ない! 私だけはあの村にかえっちゃいけない!」
走ってゆく桂を見て、縁はどうしたものかと髪をかき上げた。
*
「ほう! 飛竜かなつかしいのう!」
ワンコ兄さんと桂が優菜達と合流すると、すでに庭ではバーベキューが始まっていた。
香ばしい肉の香りが漂う。
赤竜フレイはその匂いにつられて、巨体を揺らしながら、嬉しそうにバーベキューの輪の中へと入っていった。
「ほら、桂! ワンコ兄さん!」
ヒナが二人に走り寄って、ジャガイモを差し出す。
ほくほくと茹で上がったジャガイモから湯気が出ていた。
「ワンコ兄さん、彼女どうだった? 会えた?」
「ああ、会えたよ」
少し辛そうに微笑むワンコ兄さんにヒナは笑いかける。
「会えてよかったね」
と。
するとワンコ兄さんは大きく頷いて、尻尾を振ってジャガイモを口に入れた。
「ほら、桂もおたべよう!」
「私群れる気なんて!」
そんな桂の手を取ってヒナは肉の前につれてくると皿を持たせた。
「お肉はたくさんおじいちゃんが用意してくれたんだよ? 一杯たべようね」
「ほらよ」
トングを持っていた優菜はそんな桂の皿に肉を入れた。
「はい、桂。フォーク」
小さな優真も桂に微笑みかける。
悪意のない笑顔に囲まれて、桂は一粒涙を落とした。
「どうしたの? 桂?」
そんな桂をヒナが揺さぶると、桂はぶっきらぼうに返した。
「煙が目に入っただけだよ! ほら、優菜、肉が焦げてる。ちゃんとやりな」
「はいよ。ほら、フレイ!」
フレイは大きな口をあけて、肉を待っていた。
「さてと、明日からここで特訓をするか」
口に程よい焼き加減の肉を入れながら、遠目で若者達の様子を見ていたワンコ先生が突然、声を出した。
「え? ここで?」
優菜が慌てて、聞き返す。
(こんななんもないところで? まさかジャガイモ掘りが修行とか?)
「こんな最適な場所はないだろう。なんたって、筋肉大好き、元光騎士団長、光悦様がいらっしゃるんだから」
(そんな奴、どこに?)
「お、ワンコ先生、よく知ってるな」
(えー? じいちゃんのこと? 騎士団長だったの? じいちゃん! 俺初耳、ってか先生、何でそこまでリサーチ済み?)
「おじいちゃん、すごい!」
ヒナの声におじいちゃんは力瘤を見せて張り切っていた。
*
「一緒に寝ていい?」
月明かりの下、優菜は布団に転がって姉のことを思い浮かべていた。
そこへ枕を持って現われたのはヒナ。
優菜の部屋にはすでに眠りについた犬が二匹いた。
優菜はそんな二匹を起こさないように、小さな小さな声で問いかける。
「優真と桂は?」
「優真はおじいちゃんと寝ちゃって、桂は考えごとするって出て行っちゃった」
答えを聞く前からすでに布団に侵入してくるヒナ。
「やっぱり、優菜の布団暖かい」
外気温が変わったせいで薄着になった体が密着する。
ヒナの体の柔らかさに改めて驚かされた。
双子とはいえ、自分とは全く違う、体のつくり。
「優菜ってじつは筋肉質なんだね」
(何か、めちゃくちゃドキドキしてるんですけど。こいつは妹、こいつは妹)
けれど頭の中で、
『お兄ちゃん、お兄ちゃんだあいすき』
そんな言葉がぐるぐるぐるぐる回転し始める。
(俺も大好きだー!)
妄想にそう返し、一生懸命目を閉じる。
するとぺたとヒナの掌が頬についた。
そして次の瞬間、唇が触れた。
(な、何? 今、ヒナキスした? 俺にキスした?)
慌てて、目を開くと、眠りに落ちたヒナのオデコがずっと唇に当たっていた。
(な、なんて妄想を! 落ち着け、俺! 頑張れ俺)
「この『卑猥な妄想するキモオタお兄』め」
(ば、ばれてる!)
胸に突き刺さる先生の言葉に優菜は結局良く眠ることはできなかった。