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第14話 国境へ

「国境へ?」


「うん、先生の話だとこれから紗伊那へ入らなきゃいけない。その侵入経路の確認と向こうの戦力を見ておきたいから」


 優菜は地図を眺めていた。

 その地図は先生に姉が持たせた唐草模様の風呂敷からでてきたものだった。

 風呂敷の中には現金や、携帯食料、軽くて、必要なものが詰め込まれていた。

 姉は全てを理解していたのだ。

 そう思うと優菜はどうしてもやり切れなくなってしまったが、ここでへこたれるわけには行かなかった。

 まだ守るものがある。

 ヒナと優真がいる。

 

「しかし、これほど険しい道を行くのか? ヒナはともかく、優真がいるのに」


 優菜と一緒に先生は地図を読みながら、前足に黒い子供用の手袋をはめ問いかけた。


(指足りてないよ! 先生! それ!)


 優菜は横目で早速突っ込みつつも、表では平静を装った。


「うん、見つかっちゃいけないんだ」


「何に?」


 ヒナの問いには優菜は答えなかった。

 するとヒナもそれ以上は聞かず、優菜に大丈夫だよという笑みを作ってみせた。

 ヒナなりに優菜の扱い方をもう心得ているらしい。

 そして余裕を持った瞳で、まだ瞳がぬれたままの優真の顔を覗き込んだ。


「分かった、頑張ろう。ね、優真」


「お父さんに会いたい」


 けれど優真は首を振ってその場に座り込んでしまう。

 それは誰が聞いても最もな意見だった。


「王都に行けばお父さんいるんでしょ? もしかしたら、もうこっちに来てくれてるのかもしれない。だったら行きたくない!」


「お父さんに会うのはもっと先だ。今は俺達が生き残ることを考える。相手より一手遅れたら取り返しのつかないことになる。優真もヒナが死ぬのも、俺が死ぬのも嫌だろう?」


「先生が死んじゃうのも嫌」


 優真のその言葉に先生は口を持ち上げて、指の部分を完全に余らせた前足で何度も撫でた。

 いいこ、いいこ、と。

 すると優真は照れたように笑った。


「よし、じゃあ行こう! 紗伊那かあ、どんな国かな」


 すこし和んだ空気にヒナは努めて明るく声をかけた。

 今からはじまる過酷な旅を跳ね飛ばすかのように。

 不安を跳ね飛ばすように。

 優菜にもそんなヒナの気持ちは痛いほど伝わってきた。

 だからこそ、声を張り上げた。


「俺、紗伊那名物、羊の香草焼き食べたい! 優真はどうする?」


「優真はね、優真は! 紗伊那でいっぱい文房具買うの!」


「よし、私は女をいっぱい侍らすぞ!」


 先生は尻尾を振りながら先を歩き出した。


(そ、それ、すごく見てみたい!)

 


 歩き出して一時間、優菜は女子供、そして犬をつれて歩くには本当に過酷な道を選択してしまったと少し後悔した。

 誰も踏みしめたことのない雪道は体が沈み、予想以上に体力を消耗させた。

 

「優真、大丈夫か?」


 手を差し出すと、勝気な優真もしがみつきながら必死に雪を踏みしめる。

 いつも生意気ばかり言う生意気な優真は、一言も文句を言わずただ必死に足を前に運ばせてゆく。

 辛くても声をあげたくないのか、それとも泣き言を言った途端にこんなところに置いていかれるのを怖がってか。


(ごめんな、優真。今なら戻って、誰か知り合いに優真を託して)


 優菜に迷いが生じたとき、ヒナが白い息を吐きながら、優真の背中を押した。

 しっかりと支えるように。

 それは優菜のほんの少し傾いた心も修正してくれた。


「優真、偉いね。絶対私より根性あるよ」


「だな、なんかちょっと見直したかも」


 すると優真は自慢げに笑って二人に声をかけた。


「私だって、もう子供じゃないのよ! さ、早く行こう!」


 まだたった七歳の子供の言葉に優菜は力を貰って、後ろのヒナにも笑いかけた。

 ヒナも笑っていた。


「行こう、ヒナ」


「うん」



 どれだけ歩いたのか、先頭を歩いていた先生がピタリと足を止めた。

 そして首を動かし、雪の中に鼻を入れる。


「優菜、掘れ」


「え?」


「埋まってる。死んでいたら昼食にしてやろう」


(な、何が埋まってるんですか?)


 優菜は言われるまま、ただ黒い手袋をはめた手で掘った。

 ヒナと優真も隣にしゃがんで掘り始める。

 新雪は柔らかく掘り返すのには苦痛はなかった。

 まず、見えたのは紫色の風呂敷だった。


「え? 風呂敷? お金でも入ってるのか?」


「やったあ、お金、お金!」


 ヒナが嬉しそうに風呂敷を掴むと、それは重みがあった。


「わ、重いよ。金貨でもざくざくでてくるのかな」

 

(金貨、金貨、金貨)


 期待に満ちた眼差しで、さらに三人は掘り進めた。

 けれど風呂敷の下から見えたのは、


「毛?」


 雪の中にあるのは茶色の毛の塊。


「気持ち悪いよ」


 優真は自分達が掘っているのは動物の死体だと判断してそこで手を止めた。

 一方、ヒナと優菜は先生のお許しがあるまで、嫌々ながら掘り進めた。

 そして


「ワンコだ」


 そこに横たわっていたのは茶色の雑種だった。

 

「行き倒れたか。全く」


 ワンコ先生は手袋で顔を何発か叩いて、反応がないことを知ると辺りを素早く見回した。


「仕方ない。今日はもう、休もう。どこかに小屋を見つけて、こいつを一刻も早く暖めてやらねば。急ぐぞ」


 優菜は雪に埋もれて冷たくなってしまった犬を抱き上げると、地図ではもう目前まで迫っているはずの集落へと足を進めた。


        *       


 黒い淵どりのある瞳が微かに開いた。

 看病を買ってでた優真がそれに気がついて嬉しそうに声を上げる。


「ワンコ先生、目を開けたよ」


 その声とともにワンコ先生が暖炉からのっそり立ち上がり、茶色の犬の前に座った。


「行き倒れるとは、大概だな。お前は」


 優菜とヒナは後ろで、やせっぽっちのこの犬を眺めていた。

 ワンコ先生とは違い、あばら骨まで浮き出た犬は毛にもつやがなく、随分貧相に見えた。

 それでも、優菜はこの犬に特殊技能を求めていた。


(喋るのか、この犬っころも喋るのか?)


 優菜はドキドキしながら様子を窺う。

 ヒナも身を乗り出していた。

 すると茶色の犬は起き上がり一度体をぶるぶると振ると、そのまま正座した。


(正座―! きたー!)


「お師匠様、助けてくださってありがとうございます!」


(やっぱり、喋ったー!)


「可愛い!」


 ヒナが後ろから声を上げると、茶色の芝犬はヒナを見て顔を緩める。

 心から安心したように。


「ああ、助けてくださったんですね。良かった、貴方も無事で」


「え? 何が? 私のこと知ってるの?」


 旧知の友のような口調に、ヒナが不審そうに問い返すと茶色の犬は面食らったように静止し、ゆっくりと傍に立つ黒い犬へと目を向ける。


「またよからぬことしてますね。お師匠様」


「この子はヒナだ。あそこの可愛い女の子にしか見えない優菜の双子の……」


「妹!」


「姉!」


「だ」


 訳知り顔のワンコ先生の顔に茶色の犬は一瞬と遠い目をして、何かの感情を押し殺すように目を閉じた。

 その時間は暫く続いた。


「で、先生、そのワンちゃんは、お友達?」


 茶色の犬を窺う優真の言葉にどうみても笑顔にしか見えない表情でワンコ先生は笑うような遠吠えを繰り返した。


「友達? 違う、これは弟子だ。いつまで経っても師匠を超えられぬ、不出来な、な」


「はい、どうぞ。飲める?」


 ヒナが暖めたミルクをカップに入れて差し出すと茶色の犬は、ありがとう、というように頷いて肉球のついた両手で受け取り、そのまま黒い縁取りのある口に運んでゆく。


「お前も暇だろう、付き合え、茶色のワンコ」


「事情を説明してください」


(ってか、犬なのに、何で喋れるのか説明して!)


 優菜のドキドキとは裏腹にワンコ先生はクローゼットを空けて、そこに茶色の犬を招く。


「企業秘密もある。ここで話をしよう」


(そこで?)


 すると茶色の犬も素直に入ってしまった。

 残された三人は我先にと近寄ってクローゼットに耳をつける。

 けれど中から聞こえたのは犬語だった。


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