第13話 諦めない。だから、俺は戦う
「お母さん、どうして、ねえどうして一緒にいないの? 何で? 死んじゃったってどういうこと?」
「火事にね、巻き込まれちゃったんだ。優菜が助けに行ったけど、間に合わなかったんだよ」
「何で、何でお母さん!」
優真は目が覚めた時、目に映った灰になった町の意味が分からないようだった。
今、自分達が見ている景色はなんなのかと。
けれど高台から視線を動かしていると、学校や公園、遊び場がいつもと様子が違っていることを知った。
それ以外にも、あたりには避難してきた着の身着のままの、暗い顔をした住民がいたし、空気もまた焦げた匂いを運んでいることから、子供ながらにとんでもないことが起こったと気付いたのだろう。
怯えて母を求めて、泣き叫んだ。
事情がよくわからないヒナを責めて、家に帰ろうと駄々をこねた。
優菜が帰ってきたのは、そんなときだった。
そしてすぐに、泣き叫ぶ姪っ子に容赦ない一言をかけたのだ。
姉ちゃんは死んだと。
泣き叫んで暴れる優真の機嫌を取るのは目下、ヒナの役目だった。
優菜は冷たく一方的に姉が死んだという事実を告げてから、ずっとしゃがんだまま、喋ることがなかったからだ。
煤で汚れ、疲れきった顔で戻ってきて以来、ヒナもまだ会話はしていない。
ただ一晩で灰になった町を静かに、本当に静かに見下ろす優菜。
そんな優菜を責めつつ、泣き続ける優真。
ヒナも本当は泣きたかった。
やっと与えられた自分の居場所を、また失われたのだ。
温かい家も、笑い声も全て失って、何も分からない日々がやってくる。
今すぐにでもあの家にもどってまた皆で笑いたかった。
「お姉ちゃん」
ヒナが泣いてしまうと、ヒナを慰めるのは今度優真になった。
小さな手でずっとヒナの頭を撫でてくれる
「泣かないで、ねえヒナ、泣かないで?」
と自分だって涙をためた目で囁きながら。
「先生」
ただそんな三人を憂いた表情で見守っていた犬は、優菜の声に耳を向ける。
優菜はまだ燃え尽きた街に目を向けていた。
「俺が頑張れば、せめてヒナと優真は守りきれるかな」
優菜の傍を冷たい冷たい風が吹きぬける。
髪が少し風に揺れた。
「俺、死ぬ気でやるよ。これから、あの二人、守る為に。その為だったら、何でもやるから」
「優菜、お前は一人じゃないさ。私も手伝う」
「ありがとう先生」
振り返れず、ただ顔を落とした優菜の手を温かい手が包んだ。
優菜は涙が落ちた顔をぬぐうと、まっすぐ顔をあげた。
そこには涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったヒナがいた。
「私も頑張る、優菜を守るから」
「うん」
そして優菜は素直にヒナに頷いた。
(ヒナがいて、優真がいるからまだ、強くなれる)
優菜はその大切な温かい手を握り返すと、父の手紙を思い出した。
『夢を諦めるな』
「諦めない。だから、俺は戦う」
*
部屋の中を鉄靴の高い音が響く。
そしてその音に気がついた副官は報告書類から目を上げて立ち上がり、天幕へと足を踏み入れた男を恭しく迎えれた。
「暗黒騎士団長、御体はもうよろしいのですか?」
紗伊那の北方、北晋国の国境に現われた男は漆黒の鎧に全てを包んだ大男だった。
兜に付けられた面頬は以前こそ、彼の兜の下を読み取らせることができたが、今は完全に隠されてしまい、どんな表情も見せることはない。
全くの闇に包まれた、得体の知れない騎士。
そして挨拶もなしに、碧の鎧を来た国王騎士団長の前に立った。
けれどお互い言葉はない。
共に戦った仲間であっても、お互いの胸の中には相当なわだかまりがあったからだ。
そして暗黒騎士団長が何も言わずに、その場に座ると副官が団長に代わって尋ねた。
副官の顔には険悪な二人をどうにか取り持とうとする気もなく、愛想の悪い自分の上司の代わりに必要事項を聞き取ろうとしているだけだった。
「王都の様子はいかがでしょう」
「特段、変わったことはない」
「左様でございますか。魔法騎士団長は」
「意識はまだ戻らぬ。教皇は前騎士団長を探されているが、彼も見つからぬ。今は魔希がずっと看病をしてる」
副官はもう一月、生死の淵をさすらう騎士団長を思い浮かべて、息を吐いた。
「では、姫の護衛の方々は? 意識が戻られたとは聞いておりますが」
「ああ、相馬殿は両の目と両の耳がいまは使えず、姫の名を繰り返し呼ばれる。まだ現実を信じきれないらしい。珠利殿はここ一ヶ月、治療もろくにせず、まるで体を痛めつけるような稽古を繰り返している」
「無駄話をしにきたのか?」
軽蔑したような言葉だった。
その言葉を出したのは、まぎれもなく国王騎士団長。そして二人の顔を見ながらはき捨てた。
「戦う気がないのなら帰れ。邪魔だ」
「団長、なんということを! 王都の様子を聞くのも大切なこと」
「なら、お前が聞いておけ」
吐き捨てた国王騎士団長に対して、暗黒騎士団長がただ静かに声をかける。
「姫を失い、精神を崩壊させて一人よがりの孤独に浸るのは勝手だが、共に戦う人間にまでその迷惑な陰気な空気を押し付けないで欲しいものだ。士気に関わる」
「なら、お前がここの指揮官をすればいい。そうなれば、俺はあの国に入って姫の命を奪ったあの男を殺しに行く」
それだけ言い残して出て行ってしまったかつての仲間の姿に、暗黒騎士団長は怒りをおさえながら、振り返りもせず低い声で副官に問いかけた。
「あれも、精神が崩壊しつつあるな。ずっとあの調子か」
入団当時から団長を見守ってきた副官は悲しそうに視線を落とした。
「きっともう精神など崩壊されたのでしょうね。昔と同じ傲慢馬鹿騎士です。いえ、今は恨みに取り付かれている分性質が悪い。昔は傲慢の中にも、譲れない忠誠心があったのですが……本当にこれでは困るのですがね」
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北晋国の優菜、ヒナ。
そして紗伊那の騎士達。
彼らはどう、交差してゆくのか!?