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第12話 最強の姉さん

 優菜は家へと飛び込んだ。

 肩で息をしながら、靴も脱がず廊下を走る。

 生まれた時からずっと育ってきた家は出て行った時と同じように灯りがついていたし、温かさも出て行った時と同じだった。

 階段を駆け上がり、扉を開ける。

 そこにはいつものようにインスタントコーヒーを飲んでいる姉がいるはずだった。


 けれど優菜は目を見張った。

 そこにあったのは血の海だった。

 両親が死んでから、自分を育ててくれた何よりも頼りになる姉。

 そんな大好きな姉がそこに横たわっていた。

 胸を一突きされ、そこから一気に血が溢れたのかお気に入りの黄色のニットはもう深紅に染まり、濡れそぼっていた。


「う、う……そだ! 姉ちゃん! 姉ちゃん!」


 優菜は本能的に駆け寄ったが、誰かにきつく腕を掴まれた。

 狼狽した優菜の瞳とまっすぐ優菜を見る瞳がぶつかりあう。

 優菜は得体の知れないその存在に飛びのこうとした。が、相手の手は思いのほか強く優菜を掴んでいた。


「お前が!」


「違うよ。俺じゃない」


 優菜を掴んだ男は冷静に言葉をかけた。

 そして優菜から離れると優子の傍にしゃがみこむ。

 男は悲しそうな顔で、もう何をみることもない優子のほんの少しだけ開いていた目を永遠に閉じさせた。


「何で、姉ちゃんが! 姉ちゃんがこんなことに!」


「これも壮大な計画の一つというわけさ。本当は犯人を君は知ってるんだろう? なあ、君は優秀な」


「ウルサイ! ウルサイ! ウルサイ! 何でもいい! 姉ちゃんを返せ!」


 優菜がもうどうしようもない感情を爆発させ、拳を突き出すと、男はあっさりとかわした。

 そんなことが幾度も続いて、やがて男は興奮しきった優菜を押さえ込んだ。

 優菜の目の前にあるのはもう永遠の眠りについてしまった姉。

 まだ幼い娘を残して死んでしまった、大好きな姉。

 まるで現実をつき付けるようにされて、優菜は動けなくなってしまう。


 姉は、姉だけにはちゃんと恩返しをするつもりでいた。

 今まで色々苦労をかけてきたのだ。

 まだ二十を超えた辺りで両親を失ったにも関わらず、優菜を不自由なく育ててくれた。

 姉だって甘えたい時があったはずなのに。

 十個、年が違うこともあって、姉は母の役もこなしてくれていた。

 姉がいるから大丈夫だと思ったことが何度あっただろう。

 心の支えになってくれたことが何度あっただろう。

 自分が同等でいようとしても、そこには超えられない壁があり、いつも姉という人間を尊敬している自分がいた。

 そんな姉を助けられなかったのだ。

 一人でこんなところで死なせてしまった。


「う、わあああああああ!」


 叫び声をあげて、体をじたばたさせると、更に上から圧力がかけられた。


「強くなれ! 今の君の能力じゃ俺には勝てないよ。もちろん、あいつにも。もうすぐこの街は火に包まれる。優子さんの、姉さんの死の真相を隠すための業火に町が巻き込まれてしまう。それまでに思い出のものをもってゆくといいよ。せっかく戻ってきたんだ。あと三分あげよう。でも後三分でこの街と君とはおさらばだ」


「勝手なことを!」


「その時間しかあげられない。その三分の間に、君は優子さんとお別れをして、これから必要になると思うものを運び出すんだ。……ささやかだけど、君のもう一人の兄からのささやかなプレゼントだ」


 小さく小さく自嘲的に黒服の男は笑った。

 優菜には二人の兄がいる。

 一人は姉の夫、藤堂秀司。

 もう一人は姉の話にでてくる、会ったこともない兄だ。

 いい子なんだと自慢げに話す姉の隣で、どんな人間だろうと思い描いた兄。

 それが今ここにいる男だというのか。

 顔だって優子にも優菜にも似ていない。

 優しそうな二重の奥の光のない瞳。

 持ち上がったままの薄い唇。

 見た目はどこにでもいそうな好青年であるのに、見れば見るほど闇を感じずにはいられないどこか鬱のはいった表情。


「もう一人の? じゃあ、会ったことのない兄さん?」


「そう、俺は、君の兄貴だ」


 そう嬉しそうに宣言して、けれど男は悲しそうに首を振った。


「血なんか繋がってもいないけどね。家族がいない俺を唯一、抱きしめて笑ってくれたのも、俺の話を聞いて泣いてくれたのも優子さんだった。で、俺を家族に入れるって言ってくれた。本当にあの人は最強の姉さんだ。姉さんのお陰できっと俺は立っていられる。俺はこのまま立ち続けるよ。だから君も」


 それだけ言うと男は優子に背を向けて走っていった。


「待て!」


 追おうとした足を優菜は止める。

 追うよりもしなければいけないことがあった。

 あの男の話を信じるとした場合、

 あの男を追って時間を失うよりも、しなければいけないことがある。


「あと三分!」


 部屋にあったオレンジ色のリュックに手当たりしだい詰め込む。

 自分の部屋で机の上に無造作に置かれていた本。

 ヒナのペンに消しゴム。

 部屋を移って、両親の位牌に食料に写真。

 優真の成長の記録。

 昨晩見た姉の貴重品。

 

 意味が分からないものでも手あたりしだい詰め込んだ。

 まだ泣く余裕はなかった。

 そして最後に姉の嫁入り道具の中から封筒を抜き取った。

 中には現金が入っていた。

 それは一月分の生活費。

 当面、しのぐならなんとかなる金額だと思われた。


 そして詰め込み終えて、今まで暮らしてきた家を出るとき、優菜は姉へともう一度近寄った。

 何故か、化粧をきっちりとしていたが、どこか寂しそうな顔をしていた。


「姉さん、俺、戦うのかな」


 どこかからこげた匂いがする。


「姉さん、俺、逃げてたのかな。俺がちゃんと戦えば、姉さんは死ななかった?」


 涙が目から溢れてきた。

 親代わりであり、誰よりも自分を知ってくれていた姉。


「姉さん、ごめん!」


 優菜は火に包まれた家を出た。



         *



「なんだと? 街が火に包まれている?」


 藤堂秀司は久しぶりに妻と子と穏やかな時間をすごした後、戻ってきた王都の廊下でその知らせを聞いて、目を見開いたままたたずんでいた。


「妻は! 子供は! 弟は!」


 けれど伝令はとても悲しそうな顔をして静かに首を振る。


「昨夜の強風に煽られ多くの家が燃え、沢山の死人が出ました。現状全くわかりません」


 すると藤堂 秀司の部下達が次々に声を上げた。


「きっと『死神』の奴らです! 奴ら大佐をよく思ってはおりませんから」


「『死神』に意思はない。だったら王ということか! だが、何故王が!」


「大佐をよく思っていないからでしょう! あの王は藤堂優太郎の跡取りである大佐を恐れています! 誰よりも優秀な貴方のお力を」


「止せ、そんな風に言うな!」


 傷心の秀司がどれだけ気を張って止めても、

 王がこの国の英雄、藤堂優太郎の娘、息子を直属の暗殺機関を使って殺した。

 藤堂秀司という有能な大佐を潰したいがために。

 そんな噂は陽が高いうちに王都中に広がっていた。


こんばんは。


命を落とした優子。

そしてその隣にいた兄。


優菜たちがこれから戦ってゆくものは!

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