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第10話 血、半分紗伊那

 突然の女の悲鳴。

 眠りから覚めて、とりあえず声の聞こえた方へと走ってゆく。

 平衡感覚を失ったまま、何度か白い壁にぶつかりながらも、慌てて階段を駆けると、ヒナが佇んでいた。

 床に五個の卵をぶちまけた状態で。

 

「何、してるの?」


「あ、や、折角の休みだし、優菜をゆっくり寝かしてあげようと思って」


 ヒナは申し訳なさそうに、しゃがんでぶちまけた卵をすくいながら、困り果てていた。

 優菜は寝癖でピンピンはねた頭を掻きながら、一つ欠伸をして、最後に腹をかきながらヒナに提案した。


「外でも行く? 朝飯たべに」


「え?」


「折角だし、家族水入らずにしてやろう。顔洗って支度してくる」


「うん!」


 ヒナは卵をゴミ箱にそのままほりこむと、適当に汚れた床を拭く。

 それから、脱ぎ散らかしてあった姉の白のセーターと黒いパンツを借りて、その上から通学用の紺のダッフルコートと、優真の桃色のマフラーを身につけ、優菜の進行具合を確認することなく玄関へと向かった。


 休みの朝は陽が高く昇っても、人通りもまばらだった。

 通勤の人間も、通学の人間もいない。

 犬の散歩をする人がいたり、夜通し遊んでやっと帰ってきた若者がいるくらいだ。

 犬を散歩させている近所のおばさんを見て優菜は声をあげた。


「あれ? 先生見た?」


 優菜は昨日から「ワンコ先生」を見てないことを思い出して、辺りを確かめる。


(まだ飼い犬の登録もしてないから、大丈夫かな。もし捕まって処分されてたら!)


 檻の中で悲しそうな顔をしているワンコ先生を思い浮かべると、切ない気分になって、どうにかしようとしたが、隣のヒナは相変わらずだった。


「ああ、先生は仲間と交信してくるって出て行ったきり。そういえば、帰ってこないね。迷子かな?」


「え? 仲間と交信?」


 優菜の頭に真っ先に浮かんだのはただの遠吠え。

 どこかの犬が吠えると、縄張り意識か、本当に交信してるのかどこからともなく数種類聞こえてくる、犬の遠吠え。


(ワンコ先生、なにやってんだよ、どんな情報得てくるつもり!)


「ちょっと遠いところまで行くから心配しないでって」


「でもさあ」


「大丈夫。先生、喋れるから。住所は何回も声に出して覚えてたよ?」




 早朝からやっているパン屋に入って、朝食を取ることにした。

 焼きたてパンの香りとコーヒーの香り。

 店の中はもう数人の先客がいて、いつもよりもゆっくりと時間の流れる朝を思い思い楽しんでいた。

 新聞を眺めていたり、読書をしていたり。


 優菜たちはトレーを持って窓際の席に向かい合って座った。

 トレーの上には優菜の選んだミックスサンドとヒナの選んだクリームパンと、メロンパン、そして二つのオレンジジュース。


「優真も嬉しそうだったね。昨日は義理兄さんから離れたくないみたいだったし。やっぱり親子っていいね」


「ヒナって父さんと母さんのこと覚えてる?」


 自分の取り分をさっさと確保するヒナはその質問に手を止めて顔を上げる。

 どこか困ったように眉間に皺を寄せて。


「覚えてないよ。だって、優菜のことだって覚えてなかったんだもん。一緒におなかの中にいたのにね」


「そうだな。でも、今は一緒にいる。違和感なく、一緒にいる」


「ん、お姉ちゃんもいるし、優真もいる。充分!」


 ヒナは少し笑みを浮かべてパンをもぐもぐと口に入れはじめる。

 大きなクリームパンからは、ずっしりとしたクリームがあふれ出ていた。


(双子だけど、俺、朝から、そんなに食べたら胸焼けする)


 そんなどうでもいいことを考えながら、優菜はオレンジジュースを飲み込んでから覚悟を決めた。

 ごく少数の限られた人しか知らない、自分の秘密を声に出す覚悟を。


「あのな、優真も知らないことだから、聞くだけ聞いてあとは胸にしまって欲しいんだけど」


「え? 何?」


「俺達の血、半分紗伊那だから」


「あ、そうなんだ」


 あっけないヒナの言葉に優菜は力が抜けた。

 これは優菜にとっての秘密事項だった。


 北晋国と紗伊那は仲が悪いから、混血だと知られればお前は両国の人間から苛められるぞと、父、藤堂優太郎が優子と優菜に耳が痛くなるほど毎日教え込んできた。

 幼い優菜は、その父の言葉に恐怖を覚え、その言葉を鵜呑みにしたまま秘密として隠し続けてきた。


 確かに、状態が悪化した今、紗伊那の血が入ってるなどと知られれば、人柄など関係なしに非国民と罵られるかもしれない。

 これから生きていくうえで、ただその理由だけで変なレッテルを貼られ、苦境にたたされるかもしれないのだ。

 だから優菜は姉とともに、隠して生きてきた。

 双子のヒナにも混血は当てはまるはずだったから、一緒に危機感を持とうとしたのだが、全くもってヒナには興味のない話だった。


「母さんが紗伊那の人間だったんだ。駆け落ちして父さんと結婚したらしいよ。二十違う父さんと」


「二十、そりゃあ、すごいね、お父さん、それ初婚?」


「ああ、うん。らしいよ」


「へえ、二十かあ、ちょっと想像つかないなあ」


 ヒナの関心は完全にそこにシフトしていた。

 そしてクリームパンの最後の一口を口に入れて、外に目をやる。

 

 外は一面の雪。

 それが朝日に輝き黄金になっていた。

 優菜はただ外を見つめるヒナを見ていた。


 完全な美少女だと思う。

 肌もそこいらの女子より白いし、長い睫に、小さな鼻に、真っ赤な唇。

 そして捕らえて放さない大きな瞳。


(可愛すぎる、うちの妹)


 優菜はもだえながらただオレンジジュースをすすっていた。


「綺麗だね、優菜」


「え?」


 先ほどまで外へと意識が向いていたヒナの関心はもう優菜へと変わっていた。


「優菜の顔。すごく肌、綺麗だし、少し垂れた目が可愛くて、髪の毛も少し長くて、制服着てなきゃ、男の子なのか、女の子か分からないところがすごい」


「それ、ほめてる?」


「うん! もちろん! 優菜は優しくて綺麗で、自慢の弟なんだから」


「お兄ちゃんだ!」


「あ、そう」


「流すな~」


         * 


「帰ったんだ、義兄さん」


「うん、忙しいらしくてね」


 優菜とヒナが一時間ばかりパン屋で時間を潰して帰ると、姉がぼんやりリビングでコーヒーを飲んでいた。

 そんな姉の隣にヒナは座った。

 そして心配そうに姉を見上げる。


「お姉ちゃん、元気ない?」


「ちょっと張り切りすぎたんだよ。ひさしぶりの旦那だったからね。優真だって、昨日遅くまで起きてたから、まだ寝てるしね」


 優子はコーヒーを机に置くと、隣で大きな瞳で見上げている妹に微笑んだ。


「そうだ、ヒナ、あげるものがあるんだ」


「何?」


 すると優子は机の上に置かれていた三十センチ四方の木箱を開ける。

 そこには古びたノート、手紙、小箱などがきっちりと収納されていた。

 どうやら優子にとっての大事なものが入っているようだった。

 優子はそこから皮袋を取り出すと、開けて細い銀色の指輪を取り出した。


「これね、私がお母さんから貰ったの。お母さんはお母さんのお母さん、つまり私達のおばあちゃんから貰ったらしいんだけど。ヒナ、あんたがつけて」


「何で? お姉ちゃんは?」


「私は好きな人からもらったものがあるから、いいんだよ」


 優子は細い目をさらに細くして、青い小箱の中に入ったリングを見せて、そして一度薬指につけて笑った。


「もう、指にはいらなくなったけどね」


 指輪は優子の第二間接から先には進まなくなっていたが、それでも優子は嬉しそうにその指輪を暫く指につけて、やがて諦めたように外し、青い箱に戻した。


 ヒナはその隣でさっそく中指に今姉から貰ったばかりのプラチナのリングをはめてみた。

 小さいわけでもなく、大きいわけでもなく、ぴったりはまったことに目を輝かせる。


「ありがとう、大切にするね」


「それはきっとヒナのお守りになる。ちゃんと付けとくんだよ」


「うん」

 

「良かったな、ヒナ! さてと、俺もコーヒーのもうかな」


 優菜がキッチンへ向かったのを見て優子はヒナの頭を撫でた。


「ねえ、ヒナ。あんた恋したことある?」


「さあ、わかんない」


「そうか。わかんないか。私はね。あの旦那の前に大きな失恋をしたんだ。私はこの人が運命の人だと思って尽くして尽くして尽くしまくったんだ。この私がだよ? でもね、向こうにとって、運命でもなんでもない、ただ都合のいい女だったんだよ」


「都合のいい女?」


「そう。本当に辛かった、あの時は。それから、父さんの弟子だった今の旦那と結婚することにした。今は、うん、そう、あの人と愛してる」


「一度辛い恋をしても、お姉ちゃんは幸せになれたんだね? だったら良かった」


「ヒナは素敵な恋をしなさい」


「え? 私?」


「そう、外見だけじゃなく、内面もいっぱい磨いて、沢山恋しなさい」


 優子はきょとんとした顔をするヒナの頬に自分の頬を合わせた。

 するとその温かさにヒナの頬は緩んでゆく。


「うん、わかった。私、絶対いい女になるね」


こんばんは~^^


いつもご覧頂いてありがとうございますww

今回はちょっとした優菜の秘密と、そして姉の宝ものをお届けいたしました。


次回からは、空気が一変します。(予言!?)


それでは、次回もお会いできますように。

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