第1話 はじめまして、私の片割れ
こんにちは そして はじめまして あかつき つばさ です。
新しい章、開始です。
今回の『姫君』は今まで「読んだことないよ」という方にもご理解いただけ、かつ楽しんでいただけるものにするつもりです。
もちろん『姫君の婿捜し~リターンズ~』黒の章以降の話になりますので、今までガッツリお読みいただいている方には、今回もお付き合いいただければ幸いです。よろしくお願いいたします^^
「あの子が私の双子なの? 本当に? ねえったらねえ、本当に? 先生」
「そうだ。話せば本当に本当に長~い話だが、とりあえず、君の双子として最適な健康的な少年だ」
壁から覗く縦に並んだ黒い四つの瞳は通りを挟んだ向こうを歩いてゆく三人を捕らえていた。
そして『双子として最適』という妙な言い回しにをされた少年はその三人の真ん中に位置する黒髪の少年だった。
左右を挟む二人と比べて特別身長が高いわけでもなく、特別太いわけでもなく、この辺ではごくごくありふれた黒地に金ボタンの学生服に身を包んだ高校生。
彼らはどんな話で盛り上がっているのか、大声で笑いながら通りを進んでゆく。
「へえ、なんか思ってたよりも細いかも。あの子、男なんだよね? まるで女の子みたい。可愛い」
確かにその少年は他の二人と比べて、顔の作りはやや女性的であった。
ほんの少し垂れた黒い大きな瞳に、肉付きのよい白い頬。
そして少しだけ伸びた黒髪。
顔を中心に考えると、男性用の学生服は合わないように見えたが、骨格は男としてできあがりつつあるのか、違和感なく学生服を着こなしている。
「正真正銘、男だよ。けれど君と双子なんだ。可愛くないとね」
「そっか、納得。じゃあ、行って来るね、先生」
「ああ、ぶちかましておいで」
先生という成人男性の声に頷くように二つの瞳が爛々と輝いて、建物の陰から文字通り飛び出した。
残った先生の二つの目はただその背中を見送っていた。
「頑張りなさい。君の未来は彼が握ってる」
*
高校からの帰り道、いつもの三人組で、きっと数分後にはどうでもよくなる学校の先生の悪口や口真似をして歩いていると、突然何かが前に飛び出してきた。
猛然と駆け寄ってきたそれに激突しそうになった一番左の少年が小さく悲鳴らしきものをあげて一歩下がり、真ん中の少年は肩を揺らして反射的に右へと避けて、軽く右の少年にぶつかる。
今まで散々笑い声をあげていた少年三人は突如として隊列を乱されて、不快そうにすぐにそれに非難の目を向けた。
けれどそんな三人の瞳はすぐに緩まる。
自分達をかき乱した犯人はこのへんじゃあ、お目にかかれない美少女だったからだ。
積もった雪が陽の光を反射して、少女をまぶしく照らし出す。
艶やかな長い黒髪が風に弾み、波打ち、大きな丸くて黒い瞳が輝いていた。
「な、何だ? いきなり」
右隣の山ちゃんが声を上げると少女の大きな瞳が右へとむく。
「すげえ、学校にこんな子いたっけ? めちゃ可愛い」
左のあべっちの声にまた少女の目が左へと向き、やがて正面にいる少年と目があった。
少年はその大きな瞳にひるんで、一歩下がった。
(な、何だよ、こいつ)
すると少女は何かを確かめるように一度頷いて、少年へと手を差し伸べた。
「な、何?」
「はじめまして、私の片割れ」
「はあ?」
同時に仲良し三人組から出た言葉だった。
(片割れ? なんだそりゃあ?)
きっと心の中で叫んだ言葉も一緒だっただろう。
好きとか、いつも見てるとか、付き合って下さいとか、
そんな甘い言葉がくると想像して高まった気持ちが急速に冷めてゆく。
そしてそんな甘い妄想をしてしまったことにものすごく恥ずかしくなって、真ん中の少年から出た声は必然的に怒鳴り声に近くなった。
「な、なんだよ、お前!」
「あれ? 知らないの? 私、ずっと会えるの楽しみにしてたのに」
「だから、何が!」
真ん中の少年はもう無意識に大声で言葉を返していた。
照れではなく、からかわれていると感じて沸き起こる怒りで顔を赤くして。
「私達、双子でしょ?」
(はあ?)
「マジか?」
「嘘、優ちんて双子?」
双子といわれれば、必ずそうするように、サイドの二人が目を見開いて二人の顔を見比べる。
驚きのあまり目と口を開けたまま呆然と立ち尽くす黒い学ランの男子高校生と、突然現われた絶世の美女とも言うべき意味の分からない少女とを。
(はあ? 双子? なんだよ、父さん、母さん、何で言ってくれなかったんだよ! 姉ちゃんも知ってたのかよ、いや、待て! そんなこと聞いたこともないぞ。騙されるな俺、しっかりしろ俺!)
散々考えて、落ち着くために深呼吸してから無理やり少女に冷たい視線を送った。
「何、何の冗談? やめろよな、そういうの」
その言葉に少女は怒るわけでも、更に詰め寄るわけでもなく、妙にしょんぼりした顔をして俯いた。
「わ、泣いちゃうよ? 優ちん」
「おい、優ちん、どうすんの?」
「って言われても……」
(ど、どうしたら)
すると少女は俯いたまままた、男子生徒三人に背を向けすごすごと歩いていった。
「いいのか? 優ちん」
「優ちん、本当に知らないの?」
山ちゃんとあべっちの質問に、あえて大声で答えた。
少女に聞こえるように。
「あんな奴、全然しらねえ」
けれど気になってじっと目で追いかけると少女は高く積もった雪の影へときえた。
(悪いこと、したかな。事情くらい聞いてあげればよかったかな)
胸に罪悪感を抱えたまま見ていると、ひょっこり積もった雪の向こうからまた顔が出た。
妙に恨みがましい目つきをしていた。
(めっちゃ、見られてるし)
「優ちん、本当に双子じゃないの?」
あべっちの最終確認のような言葉を無視して少年は歩き出す。
けれど暫くして足を止めて振り返るとまた少女と目が合う。
まるで捨て犬のような目をした少女と。
(何なんだよ。一体……、でも、帰ったら姉ちゃんに聞いてみるか)
見ないように顔を前に戻すと、奇妙な気持ちを持ったまま家へと向かった。
*
「ただ今」
「お帰り、優菜」
家の扉を開けて、荷物を持って廊下を歩いているとコーヒーを飲みながら顔を出したのは開業医をする一〇こ上の姉、優子だった。
もともと軍医をしていた姉は両親が死んだとき、遺産として残された少し広めの家を改築し一階で診察をするようになった。
今や、自分たちが暮らす、北晋国御陵町のかかりつけ医として、老若男女に信頼される、バリバリ精力的に仕事をする一家の大黒柱だ。
「今日の夕飯何?」
優菜はおかしな少女との不思議な出逢いの後、立ち寄ったスーパーの食材の入った袋を掲げて、姉に見せた。
「今日寒かったから、鍋」
「何鍋?」
「もつ鍋、あ、姉ちゃん聞きたいことあるんだ」
「あ、ごめん、今、人、来てるから。あとでね。あと、それ少し多めに作っといて」
「来てる人も一緒食べるってこと? 了解。何人?」
「二人」
「あいよ」
優菜は住居部分のある二階へと上がり、鞄と買い物袋を食卓に置いた。
そして思い返してみる。
(双子か。まあ、ちょっと可愛い子だったかな)
「優菜、帰ったの?」
姿を見せたのは姪っ子、優真だった。
現在七歳、生意気盛りの二つぐくりがトレードマークの姪は母である優子に似ず、アーモンド型の目をしている。
そのすこしつりあがった目が食材を捕らえた。
そして顔をしかめる。
「お鍋、嫌~い」
「なら、お前作れよ」
すると姪っ子は優菜を睨みつけて、そして思い出したようにニヤリと笑った。
その悪い笑顔に優菜は眉間に深く皺を刻み込んで言葉を返す。
お前のわがままなんかきかねえという顔をして。
「何だよ」
「優菜って双子だったんだね」
「は?」
すると姪っ子の後ろからさっき帰り道でであった絶世の美女が妙に自慢げな顔をして現われた。
(ええええ! あんた、もう、うちにいたの?)