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陸軍モノ

豆の砲声ー九七式豆自走砲ー

作者: 仲村千夏

 敵の火点が、丘の中腹に陣を構えている。


 三十口径の機関銃、二丁。遮蔽壕に陣取ったそれは、我が小隊が小道を通過するたびに火線を浴びせかけ、じわじわとこちらの動きを封じてきた。


「くそ、あれを黙らせないと進めねえぞ……」


 壕の手前で伏せた兵士たちは、誰もが身をすくめ、銃口を向けることすらままならない。擲弾筒も届かず、砲兵の支援は……まだ後方。


 だが。


「呼んである。火力支援だ」


 分隊長が無線機を背負った兵士に合図すると、やがて――。


「う、動いてる……あれ、何だ?」


 森の影から姿を見せたのは、まるで子供の玩具のような小さな戦車だった。


 砲塔はない。代わりに、車体の背に短い砲身が突き出している。ごく浅く角度がつけられ、まるで「背中に大砲を縛り付けた小動物」のような出で立ちだった。


 それが――ゴトリ、ゴトリ、と不安定な足取りで坂を登っていく。


「砲、あれ……九二式歩兵砲だ。まさか……」


「そう。豆自走砲だ」


 正式名称、九七式豆自走砲甲型。


 極小の装軌車に、歩兵砲を背負わせたという、火力支援の極小形態。戦車の代わりにもなれず、重砲の代役にもなりきれず、試作止まりとなっていた幻の車輌。


 今この戦場で、最初で最後の出番を迎えていた。


「照準、よし……弾装填!」


 操縦手の背中に貼り付くように砲手が叫び、七〇ミリ榴弾が滑り込まされる。


 狙うは、丘の中腹に構える重機関銃陣地――。


「撃て!」


 ――ドン!


 砲声が木霊する。同時に、軽すぎる車体が後ろに跳ねた。


 豆自走砲は、後輪を浮かせながら二メートルほど跳び、着地すると、またよたよたと体勢を立て直す。


 しかし、砲弾は正確に飛び、敵の壕の手前で炸裂した。


「あと一発! 次、行け!」


 再装填。再発射。


 今度は壕の内部に直撃し、乾いた爆発音が地を揺らす。敵の火点が沈黙した。


「前進!」


 歩兵たちが立ち上がり、再び小道を駆け上がる。


 豆自走砲は彼らの後ろをちょこちょこと追いかけ、途中で車載機銃をばら撒きながら、まるで囮のように突っ込んでいった。


「突撃支援までやるとは……あの豆野郎、本気かよ」


 誰かが笑いながら呟いた。


 だが豆自走砲は、どこか誇らしげに走っていた。まるで、自分が戦場の主役であるとでも言うように。


   * * *


 戦闘は終わった。


 丘は制圧され、敵は退却。わが分隊は軽傷者二名、死者なし。


 その一方で、豆自走砲は――。


「……止まってるぞ。撃たれたのか?」


 丘の裏側、小さな水たまりの脇で、豆自走砲は止まっていた。


 装甲に弾痕はないが、走行輪の一部が外れ、エンジン音もしない。


「冷却水が切れたんだろうな。登坂がきつすぎた。装甲車用エンジンなんて積んでるから……」


 工兵が肩をすくめて言う。


「でも、あの火点を潰したのは、あいつだ」


「……そうだな」


 豆自走砲の車体に、一人の兵士がそっと手を添える。


「よくやった。もう、動かんでもいい」


 誰かが呟いた。


 返事はなかったが、風が吹き抜けた時、豆自走砲の砲身がわずかに揺れたように見えた。


 それが、誇らしい一礼のように思えた。


   * * *


 後日――。


 あの戦場で使われた豆自走砲は、「初実戦で任務完遂、機動不能」と記録され、以後の量産は中止となった。


 だがその記録には、小さな注釈が残っている。


 ――本車ハ、歩兵火力支援ノ用途ニ於イテ、有効ニシテ勇敢ナリシヲ記ス。


 つまり。


「このちっぽけな戦車は、戦った。立派に、戦った」と。

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― 新着の感想 ―
ドイツの1号15cm自走榴弾砲の映像を観た事がありますが、アレも発砲の際派手に滑っていました。 市街戦では頼りになったそうですが、確かにアレでは直接照準でしか使えそうにありません。 車格、重要ですね。
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