第5章 :真夜中だけの通話の恋
第五章 :真夜中だけの通話の恋
ナッチの配信が終わると、世界はふたたび静かになった。
リスナーたちが「おつナッチ」と手を振って去っていき、IRIAMの画面を閉じる。
「今日も、少しだけ話せる?」
discordにゆたんぽさんから届く一言。
それは桜にとって、何よりも嬉しい“合図”だった。
夜が深くなるほど世界は静かになって、その静けさの中に、彼の声だけが残る。
眠る前の一時間、あるいは二時間、
時には、朝日が差し込むまで――。
それはまるで秘密の魔法のようだった。
通話を繋ぐたび、彼はいつも静かだった。
けれどその沈黙はどこかあたたかくて、夜の冷たい空気にじんわりと染み込んでくる。
「ナッチさんの声、やっぱり好きだな」
彼はそんなふうに、時折ぽつりと本音をこぼした。
それは「魔女」の声じゃない。
配信を終えたあとの少し疲れて、でもどこか素直な“桜”の声。
そのままの彼女を、彼は静かに受け入れてくれていた。
話題は日によって違った。
小説の構想や、今日の配信の裏話、
とりとめのない日常のこと。
でも、どんな内容よりも大切だったのは
「ふたりだけの時間」がそこに存在することだった。
桜は眠る直前のその通話が、どれだけ自分の心を支えていたか、本当はうまく言葉にできなかった。
画面越しの【魔女】が、夜ごと、声だけの世界で、【アザラシ】に恋をしていた。
名前も顔も知らないはずの彼が、こんなにも近くに感じられたのは、夜の魔法がそうさせたのだろうか。
本当は魔法ではなく、ただ孤独だっただけかもしれない。
ふたりの恋は、いつもナッチの配信のあと、月の光に隠れてひっそりと始まっていた。