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第46章:ねえ、帰りたくない

第四十六章:ねえ、帰りたくない



何度も、何度も私は彼に天国へと連れていかれた。

全身の力が抜けて、もう何ひとつ動かせない。


その時、隆平さんがそっと私の頭を撫でた。

優しく愛おしげに。

まるで、飼い猫を撫でるご主人様のように。


――もしかしたら前世で私は猫で、この人はご主人様だったのかもしれないな。


そんなふうに、ぼんやりと思いながら私は大人しく撫でられていた。


ずっと胸の中で渦を巻いていた言葉が、ふと唇からこぼれ落ちた。


「もしも、私がナッチで、歳も若くて……今、隆平さんと過ごしてたら、どうしたかった?」


少しの沈黙のあとで、隆平さんがぽつりと答えた。


「うーん……僕の子を産んでほしかったかな……」


その言葉が胸にチクッと突き刺さる。


「……」


「桜の身体を考えたら、無理させられないからね」


その声は、あまりにも優しくて、泣きそうになるくらいだった。


ちゃんと私のことを思って、言葉を選んでくれているのが分かったから。


だから、私も強がらずに、本音を捻り出した。


「今の医学はすごいから。こんな身体でも、出産してる人はたくさんいるよ」


――そう。

私は、この優しい人の子どもを産みたいと思っていた。


彼の声も、目も、心も、すべてを愛していたから。


この人の遺伝子を、世界に残したいと本気で思った。


今なお、生理は来る。月の祈りのように、赤く、静かに。


ある晩、どうしても確かめたくなって布団の中で検索を繰り返した。


「高齢出産」

――すると、私より年上で母になった女性たちの記事が、いくつも見つかった。


隆平さんは、私の言葉に少し驚いたような顔をした。

その反応が、少しくすぐったくて――私は続けた。


「隆平さんみたいに、心の綺麗な人……私、人生で初めて会ったんだよ」


それは嘘のない、本音だった。

誰にでも言える言葉じゃない。だからこそ、今伝えたかった。


すると隆平さんは、真顔のままでぽつりと一言。


「我、人間不信ぞ」


……まさかの武士みたいな口調。

そのギャップに、思わず吹き出してしまった。


「もう駄目だ…今日は、隆平さんから離れたくない…!」


声が震えていた。

気づかれないようにしていたけど、本当はもう限界だった。


あの家には夫がいる。けれど――

言葉を交わすことも少なくなり、気持ちはずっとすれ違ったまま。


あの場所に戻れば、また心がどこかへ閉じこもってしまいそうで怖かった。


泣きそうになりながらそう伝えると、隆平さんは一瞬だけ戸惑ったように目を伏せた。


でもすぐに、私の手をそっと包み込んで、うなずいてくれた。


「……わかったよ。今日は、一緒にいよう」


その声が心の奥まで染み渡って、

私はただ、黙って彼の胸に顔を埋めた。私の涙が彼のシャツにじんわりと滲んでいく。


でも彼は、何も言わずにそのまま抱きしめてくれた。

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