第3章 :初配信
第三章 :初配信
初配信の時、沢山のリスナー仲間が来て励ましてくれた。
優しいコメントが画面いっぱいに流れていたのに。
桜は緊張で頭が真っ白で、声も震えてうまく喋れなかった。
そんな時だった。
彼がふと「じゃあ、インタビューしていい?」って言ってきた。
好きな呪文、ハマってるお菓子、この世界に来た理由――
一問一答みたいなやりとりの中で
桜は少しずつ、いつものリスナーとして、コメントしたりしていた時の“ナッチ”を取り戻していった。
まるで、それが当たり前のことみたいに。
ただ自然に助けてくれた。
その日をきっかけに、彼は毎日ナッチの配信を聞きに来てくれるようになった。
いつもと変わらない口調で、でもどこかあたたかい言葉を落としていった。
見つけるだけで、安心して笑えた。
配信が終わると、いつも彼からメッセージが届いた。
「今日も楽しかったね」
「ナッチの声、安心するよ」
「魔女らしさ増してきたね」
そんな何気ない一言が、桜にとってはお守りのようだった。
彼の言葉があれば、明日もまた“ナッチ”になれる気がした。
それからも、ふたりのやりとりは日課のようになった。
「おはようございます」と「おやすみなさい」
が自然に交わされるようになり、ちょっとした出来事を、日記のように送り合うようになった。
ゆたんぽさんは、いつも丁寧だった。
言葉を選ぶように、でもまっすぐに気持ちを返してくれる。
そして、ふいに送られてくる小説の断片――
魔女とリスナーたちの物語は、少しずつ、彼自身の影を映すようになっていった。
ある晩、桜はふとひとつの問いを彼に送ってみた。
「ねえ、魔女ってどうしていつも丘の上にいるの?」
数分の間が空いた後、返信が届いた。
「たぶん…誰かを待ってるんだと思う」
「自分でも、そう書いてて初めて気づいたんだけど」
画面の中の彼は、いつも少しだけ寂しそうだった。
桜は、“魔女”の姿のままでは伝えられない想いが胸の奥で、静かにふくらんでいくのを感じていた。
だけど――言えなかった。
本当の自分は、若くもなくて、魔女みたいに歩くこともできなくて、むしろ
彼のような人にとって、桜は“助けられる側”だった。
彼にとって、ナッチは“優しくて元気な魔女”でいるべきだった。
夜になると不安がふとよぎる。
『いつか全部バレたら、きっと嫌われる』
『それでも、もう少しだけ、このままでいたい』
魔法みたいな時間が、少しずつ現実に近づいていくのが怖かった。
夫も桜の配信に来ていた。
リスナーのふりをして、優しいコメントをしていた。
応援してるよ、頑張ってるね――
そんな言葉を並べながら、桜の一挙一動を監視していた。
誰と何を話したか、なぜ笑ったのか細かく覚えていた。
そして後日馬鹿にしたような事を言って笑った。
その優しさは、見せかけだった。
配信中の夫は「良い人」に見えた。
でも桜は知っていた。
あれは演技だ。
あれは【檻】だった。
画面の向こうでは「ナッチ」が笑っていたけれど、その配信部屋の外には別の現実があった。
夫は、いつだってゲームの画面の中。
仕事から帰るとすぐスマホを手に夜中まで何かと戦っている。
桜の声も、言葉も、もう届かない。
食事の時間もずれ、会話はなくなり、
いつの間にか桜は「話しかけてはいけない存在」になっていた。
寂しいと口にしたことはあった。
でも返ってきたのは「また始まった」の一言だけ。
その瞬間、心が少し、死んだ気がした。