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第六話 黎明

最終局面にして守備隊は再び困難に立ち向かう。

彼らは再び朝を迎える事ができるのか?

 そして両軍は激突した。ゴブリン方三百人弱、守備隊がおよそ百人ほど。装備や地形を考えておそらく互角。勝利を呼び込むのは指揮と士気だ。


「敵の数は三倍! 生き延びたくば一人十殺の気概で行け!」


 ジスコーネが激を飛ばす。彼は最前線の少し後ろ、木箱を積み上げた所から指示を出していた。


「今だッ!礫を投げ――」


 体がよろめく。次の瞬間、虚空に向かって太刀を浴びせたのだ。


「副長!」

「ああ、問題無い! 避けることなど朝飯前だ!」


 彼の足元には矢が何本も刺さっている。そのうち数本は彼が撃ち落としたものだろう。


「それより鍛冶屋が倒れた!パン屋は彼を運んでいけ、風呂の兄弟は前へ!」

「副長、俺にはちゃんとハミルカルって名前がぁ!」

「うるさい鍛冶屋! 歩けるなら自分で下がれ!」


 決して余裕があったとは言い難いが、死者が今だ出ていない程度には善戦していた。それは即席で構築した土の壁と乱杭のおかげだ。弓兵は遮蔽物に隠れ、移動速度の下がった敵を狙い撃ちにしている。


「ジスコーネのアスプラガスとでも呼ぼうか?」


 アスプラガスとは緑色の細長い野菜だ。似ている野菜であるアルポラガスと対比すると茎がより美味く、葉が不味い。


「ふざけないでくださいよ、副長! あれ見て! あれ!」

「え?どこだ?」

「あの狼の背中! 何か乗ってます!」


 確かに視覚の限界、狼が浮かび上がり背に何かを載せている。それは麻袋で覆われていて、奴は重そうにしていた。

 ジスコーネは頭の中で正体を探る。通常の物資なら麓に置くだけでいいだろう。と、なると恐らくあれはこちら、戦場で使用し、ゴブリンたちが携帯できないもの。


 その時、彼の脳裏に先の大爆発が浮かんだ。それの原因は恐らく粒状魔水晶。仮に狼がそれを載せて起爆した場合、前衛は壊滅、障害物も吹き飛ばされ、弓兵は非常に脆弱な状態になる。


「ギスコ!」


 彼が呼んだのはギスコだった。それは今休憩を取っている最中で、いつものようにビールを片手にしながら。しかし不思議なのは彼は一定以上酔わないことだ。何かストッパーがあるのだろうか?


「お前の認識変化の魔法で狼をどうにかできないか?」

「難しい。これは距離を出せねえし、何より魔力切れだ」


 ギスコでも無理となると別の方法を講じるしかない。持ち主を無力化しても別の奴が運んでくるだろう。あれの脅威を取り除く術なんて......


 光明が差す。あれは魔力に敏感で、魔力を送ることができれば誘爆させられるだろう。しかし魔力をただ放つだけでは効果がない。

 何故ならたいていの場合、魔力の影響を受けないように保護されているからだ。しかし、それが物理的な防御を伴っていることは少ない。というか、あれは麻袋だ。


「ハスドル!」

「どうした、ジスコーネ」


 彼はハスドルに声をかける。


「バリスタはあるか?」


 バリスタとは、簡単に言えば大きい弩のことだ。


「ああ、確か倉庫にあるが、何に使うんだ?」

「よし、持ってきてくれ! 紙も幾らか」

「何に使うか本当に分らんが...... 貸し一つだ!」


 隊長は副長に命令され、居住区の倉庫に向かう。彼は自分の得物が曲がってしまい、治していたところをジスコーネに見つかったのだ。


「弓兵、あの狼をくれぐれも近づけさせるなよ!」


 そう命令するが矢は悉く外れ、狼は重々しく走り接近してきた。ゴブリンも何か命令があるらしく、あれを援護するように動いている。

 度重なる彼らの突撃に対し弓矢も残りわずか、段々と弓兵は後ろに下がり、代わって槍や剣を持った者が増える。麻袋を抱えたそれは盾に守られながら最後の休憩を取り、いつ突っ込むかを考えている様に見えた。


 唯一の救いは、奴らが自爆という選択肢を取ることを考えづらいこと。


 今お互い刃を交えているのはどちらも相当な手練れだ。こちらがバリスタの到着を待つ間、虎の子の予備を投入した。が、相手の攻勢は弱まることを知らず、むしろ激化している。

 このことから考えるに彼らは精鋭であり、それを巻き添えにするとは考えづらい為だ。

 仮にそのような手段を取るならば彼らは一度、戦闘員たちを未熟なものに入れ替えてから行うだろう。


 そして相手が逃げる猶予があるならば、こちらにもその猶予はある。

 向こうが引いたタイミングでこちらも後方に退く。絶好の防衛拠点を失うわけだが、総崩れと比べれば十分許容できた。

 しかし追撃の被害は少なくないだろう。


 結局はハスドルの足に頼る他ないのだ......


 ふと、ある感情がジスコーネの腹の中で沸く。

 自分の行く末を他人に握られていることに対する物だ。


 前の戦。熾烈を極め、参加兵士のほとんどが死傷、行方不明になった『カラブリア決戦』の記憶。それが蘇ったらしい。

 彼の所属していた部隊は敵陣中深くで孤立し、救援を待つが...... 結局来ることは無い。次々と倒れ行く仲間、魔法の応酬が続き、最終的に『精霊召喚』を行う羽目になったのだ。


 これは通常、術師の魔素を依り代にするが、この場合は部隊の生命エネルギーで代用し、精霊を召喚する物。使った後は骨も残らない。

 彼らは迷子になっていたおかげで生還できたのだ。戦場で霧が出ていた為だった。ジスコーネはその時、世間知らずもいい所だが、目の前で人が死ぬことに対して何も思わない事は無い。


 彼らは彼らの意志で死に、俺は俺の知らないところで生き延びた。

 そんな思いをして、どうして自らの運命を預けられようか?


 ...... そう思っていた。かつては仲間という物を信用していなかったのかもしれない。


 しかし、今はどうだ? 本当に彼らを信用していなかったらハスドルを走らせなかっただろう。マゴを馬車に乗せたのはだれか? 奴は奴自身の意志で乗ったと言うが、少なくとも許可を出したのは誰だったか?


 自らの背中はよく知る他人に、自分の信頼する者に、戦友に預けた。 恥ずべきことは何も無い!


「おい、ジスコーネ! おい! しっかりしろ!」

 彼の視界は揺さぶられ、目の前には兵士が一人。紛れもないハスドルである。


「えっ、ああ。大丈夫だ」

「何に使うかわからんが......紙とバリスタだ」

 その巨大な弓は所々傷んでいるが使えないほどでは無い。


「もう一つ頼まれてくれるか」

「なんだ。聞かせてくれ」

「ギスコを呼んでくれ」

 話を聞いた彼は走り出す。何をするかは聞いてこなかった。


 かの狼はまだ動いていない。空を覆うような矢の雨におびえていたのか、はたまた歩兵が弓兵を圧倒することを待っていたのか。いずれにしても好都合だ。

 バリスタの弦を巻く。矢を番えて放つがそれは狼のはるか上、虚空に消えていった。命中こそしなかったがほとんど直射で良いことを確かめる。


 しばらくして酒飲みがやってくる。片手には水筒。中身は十中八九麦酒だろう。

「言われた通り来たぞ」

「おお、丁度いい所に。これを見てくれ」


 ジスコーネは手元の紙を見せた。

「ん? 魔法陣? そうしてお前さんが?」

「書くことはできる。お前の魔力をここに流し込めるか?」


 彼は顎に手を当てる。

「どのくらいだ?量による」

「ほんの僅か、おがくずに火をつける程度の物を」

「今後数時間は使い物にならなくなるが...... それでもいいか?」

「ああ」


 ギスコは紙を受け取ると何やら言葉を口ごもる。段々と彼の近くに小さな明かりが集まり、青く光っていて、それは彼が精霊召喚の時のような事、つまり生命エネルギーから魔法エネルギーを抽出している証であり、ギスコは多量の汗をかいていた。


「ギスコ! お前......」

「ああ、魔力、ちゃんと注入できだぜ」

 彼は続ける。

「こんな事初めてやったぜ。いままで魔力が本当に枯渇する事なんてほとんど無かったからな」

 魔法陣は若干の光を帯び、異様な空気を放っていた。


「ありがとうギスコ。これで万事解決だ」

「おうよ。俺は少し寝るぜ」

 彼はそう口にすると頭に手を当て、あろうことかここで眠り始めた。


 紙をもらったジスコーネはバリスタに取り付く。何やら工作をしていたらしい。矢にそれは括り付けられ、射手は狼......ではなくその荷物を狙う。引き金は静かに絞られ、弦の緊張が解かれた。


 発射されたそれは盾を打ち破り、麻袋は衝撃を受け止めて大きく変形する。

 紙は依り代にしていた弓矢によって破られた。麻袋は引き裂かれ、内容物が無防備になる。粒状魔晶石、爆発の元をほんの小さな魔力が襲ったらしい。


「皆! 伏せろ!」


 ◇ ◇ ◇


 やがて世界は無音になり、穏やかな風が吹く。視界は白い光に包まれ、それは春の陽気を思わせた。束の間、徐々に感覚が戻り始める。耳を劈くような轟音、巨大な壁と化した爆風が辺りを押し流した。


 呻きが場を支配するようになると、時間は再び動き始める。風をやり過ごした弓兵は再び矢を番え、戦士は武器を構える。そうでなかったものは皆等しく伏せているか、天を向いて失神しているか、或いは跡形も無くなったかだ。


 しかし、弓兵は唖然とする。そこに立っている者はほとんどいなかったのだ。残され、倒れている者も少ない。

 彼らは殿だったのだ。

 撤退を決めていたのは二の門付近、戦線が膠着してしばらくの時だった。


 彼らは最初の爆発の後、再編成をして再びここを攻め立てたが、その最中、敵は守備隊の援軍を察知する。ここでの戦いは増える被害に目標達成の望みが持てず、撤退を決意した後の出来事だったのだ。

 撤退は何回かに分けられ、成功していた。この闇の中だからこそ、気づかれずに撤退できたらしい。

 最も、仮に察知できていたとして追撃は出来なかっただろうが。


 戦いの場は負傷者の収容と被害の把握へと変わった。星々は黎明の空に溶け、空は紫色に染まる。そこには彼らを笑っていた者はおらず、消えゆく中で微笑むだけだった。

 ウガルト高地守備隊の戦いはここに終わった。隊員たちは希望と安堵に包まれる。

 払暁だ。

ウガルト高地の死闘を閲覧して頂きありがとうございます。

感想など、励みになりますのでよろしくお願いいたします。


さて、今回で最終回、幕引きです。守備隊は援軍の到着まで持ちこたえることができました!

重傷者は頭をぶん殴られた坊主頭だけですかね? スキンヘッドとした方がいいのでしょうか?

皆さんの応援もあって完結できました!今までありがとうございました!


追記: 誤字を修正しました。 ,,,,,,の部分です。

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