第五話 逆襲
爆発によって大きな被害を受けた守備隊。
隊長不在の中、ゴブリンの急襲にどう対応するか。
一の門は先の大爆発で倒壊、二の門もその防御効果を失っている。付近に配備されていた兵員の多くは怪我を負い、命を落とす危険のある者もいる。居住部への最後の回廊、三の門は辛うじて機能しているがゴブリンの猛攻により戦闘は直接刃を交える距離にまで接近していた。
出撃して不在の隊長に代わり、指揮を執るのは副官のジスコーネ。彼は事前に策定していた通り二の門付近で迎撃するつもりであったらしいが、こうなっては是非もなし、自身も弓を取って前線を支援していた。
勿論指示をおざなりにする事は無いが、状況は非常に困難を極める物である。
爆風によって隊員に大きな被害を被り、動ける者の数は自身も含め僅か六人ほど。他は一命を取り留めたが予断を許さぬ状態である。無論、戦闘ができる状態では無い。
そして彼らに代わってゴブリンの侵入を食い止めてくれているのが避難してきた農村の住民。避難民に助けられる軍隊とは、一体どうして存在することが許されようかという事だが面子はもう破れかかっていたので大したことは無かった。皆が自己の生存、或いは仲間、家族の生存のため、その非常に野性的な判断の元戦っている。
幸い殺された住民、隊員はまだ聞いていないが時間の問題だ。子供や年寄りにも弩の装填作業や投石、即席投擲機による火炎瓶の発射作業など、通常なら非戦闘員となるはずの者まで動員しているがまるで数が足りない。成人は皆武器を取っていることは言うまでもない。
「おいマゴ。この状況をどう見る?」
ジスコーネは傍らに置いている隊員に問う。名前はマゴ。彼はとある家の出身というが誰も信用していない。それもそのはず、家は神話に根差した存在だからだ。しかしこの世界には同じように神話の代から伝わる家系が存在している。であるならばなぜ信用されないのか。
答えはその神に由来する。それは神学者の間でも非難の対象であり、仮に名乗ったとしても何の利点も無いからだ。
「そうですね。今攻撃を仕掛けている奴は、恐らく先走っているのでしょう。統制が取れていない。休息を取らせる間もなく逆襲に出ることが吉、その間に体制を立て直しましょう」
「うん。いい案だ。しかし逆襲に出ると言ってもこちらは少々押されつつある。まず状況を安定させたいのだが」
「で、したら私が道を開きます。今門に取り付いている集団に切り込みをかけるので隊員を集めて私の後に続かせてください」
マゴに剣の覚えがあるといった話は聞いたことが無い。一体どんな考えが?
「一体どんな策が?」
「ここに牛馬の糞を運ぶ時、使った馬車がありますよね?それに火をつけて突っ込ませましょう」
なるほど。これまでに火炎瓶を投げるなどはしていたがイマイチ火力が不足していた。確かに馬車なら搭載量、重量、安定性共に瓶の比では無い。が。
「操縦は?」
燃え盛る馬車を確実に命中させるためには集団に限界まで近づいて着火、燃え盛るその場から脱出できるものはそういない。当たった際の衝撃で横転しようものなら逃げ出すことは不可能だろう。
それに加えて馬の替えはもうない。小屋の二頭とも披露しきっておりとても動ける状態では無い。
「荒事は出来ないですが操縦については自身があるんですよ」
「坂道、下るだけなので馬は必要ありません」
篝火は小さく震えている。それでも我々を確かに照らしていた。
ジスコーネは何か行動を起こさなければジリ貧、文字通り全滅することを理解していた。
指揮官、代理だが。隊長としての仕事は隊員を適切に配置し、そして保護する事だ。言うならば部隊の長という者は配下を殺さないことが任務である。であるが、統制されていないが理性的な戦いと、整然としているが狂ったそれの違いは死者を出すことを厭わないと云う点で大きな違いがある。
そしてこの戦いは明らかに後者だ。考えたくも無いが住民の保護の為に目の前の存在を殺すことが果たして許されるのか?そして......この献身を無下に扱うことは許されるのか?彼は自分の言っている意味を十分に理解している。少なくともその眼には何の冗長性も、希死概念も感じ取ることができなかった。
「......お前はどちらがいい?」
「......なんの事ですか?」
ジスコーネは俯きその顔の様子を伺い知ることはできない。マゴの表情は肩透かしを食らったようなものだ。立てかけてあった松明が倒れる。
隊長代理はそれを拾い上げる。
「お前はそれを自分の意志とするか、命令されたこととするか、どちらを望む?」
「私は私です。強制されることなんて今まで、そしてこの後にも存在しないでしょう」
目は真っすぐジスコーネを、若しくはその先にある闇が広がる空を見つめていたのかもしれない。
「そうか」
隊長代理は拾い上げたそれを掲げる。松明は弱々しいがその炎で天を焦がさんとしていた。
まったく無力である星々はそれを前に姿を暗まし、風が高地を撫でる。
長い深呼吸。
「マゴ!お前に馬車と倉庫の油壷の管理を一時的に移譲する!」
それは必要なだけの声量をもって、粛々と伝えられた。
彼は振り向き、馬車のある納屋と倉庫の方に足を向けた。
「死体での帰還は許さんぞ!」
ジスコーネの焦点はどこか遠くに在った。まるでこれまでの出来事を振り返っている様に。
「勿論その気は毛頭ありません!今度酒でも飲みましょう!副官」
彼は下戸だったはずだ。噓の付けない彼らしい言動だ。
「ああ......酒は苦手だが......多少なら悪くないだろう、考えておいてやる!」
彼は一度足を止め向き直り、手を振ったかと思うと姿はすでに消えていた。ジスコーネは弓を取り直し矢を番える。指は仄かに濡れていた。
いくら拭こうとも湿ったままである。それは目から滴り落ちる物の仕業らしい。
◇ ◇ ◇
堰を切ったように、切ったのは馬車を繋ぎとめていた縄だったが。油を満載した貨車は、直前に開放された門から出撃。少し遅れて戦闘員が十名ほど続いた。この十名は隊員すべてと避難民から選抜されたものだ。総じて武術に心得があり互角以上に戦えるであろう。
しかし任務は二の門付近まで敵を押し戻すこと。そこを前線として防戦を続け、頃合いを見て反撃。敵に出血を強いることまでが一連の計画だ。攻撃は優勢以上を期さなければいけない。
「オラァオラァ!轢かれたい奴は前に出な!あの世に送ってやんよ!」
彼の操る馬なしの馬車に速度は無いがその重量を考えて、下敷きになって無事なものなど存在し得ないだろう。
「それにしてもお前、人相変わりすぎじゃね?」
荷台に乗っている坊主頭が疑問を抱く。彼の左手にはトーチがあり、右手は得物の柄を握っていた。
「あぁ?変わってなんかいねーよ!バカも休み休み言え!」
「いるよねー。乗り物とかに乗ると人格変わっちゃう奴」
「だからいつも通りってんだろ!」
マゴの目は大きく見開かれているが、瞳は極端に収縮している。焦燥に駆られた光に惑わされ正常な判断ができない様子でもあった。
「ともかく、少なからず生きる術を考えとけよ。俺はお前の安全に脱出させることが任務なんだからな」
「オラァ!突っ込むぞ!歯ぁ食いしばれ!」
「おおー。早い早い」
発声が終了するよりも早く、馬車はゴブリンの群れに突っ込んだ。幾らかは避けることに成功したらしいが半数以上が車輪の下を潜った。動くことは無いだろう。
衝撃を受けたゴブリンの集団だが、目の前の手柄、その荷台の操縦手を見つけて残骸との距離を縮めている。
「おーい。マゴ。生きてるか?動けなきゃ死ぬぞ」
返事はない。そのはず、車体は完全に横転していて、それもトップスピードで走行していたのだ。当然、どこか怪我をしているのだろう。返事ができないほどの物なのか、もしくは怪我に留まらず......
「おい、マゴ!マゴ!」
彼は燃える馬車を背にマゴを見つけた。微弱ながらも息をしているようだ。生きている。
だが、周りの彼らも生きていた。多少ガタイのいい者がよろめきながら立ち上がり、何らかの指示を出している。答えて、敵は槍をこちらに向ける。
「これは大変厳しい」
坊主頭はマゴをそっと、水面を撫でるようにして足元に寝かせ、腰に下げてある鞘からスラリと剣を引き抜いた。
先ず。最初に動いたのは彼の後ろの者が槍を突き出した。それに呼応するようにもう一人、右横から得物を迫らせた。彼は体を捻って躱し、背後からの攻撃に一つ、反撃をする。柄を思いっきり叩かれたのでそれは折れてしまったらしい。
そして彼が確認したのは自らへの攻撃だけでなく、麓の方から駆け上がってくる隊長とギスコの姿を発見したのだ。それより早くここまで到達するであろうゴブリンの一団も。彼らと今ここにいる者たち、合わせて三十名くらいだろうか。三人で相手をすることは難しいだろう。
再び刃が迫る。首あたりへの斬撃はしゃがんで回避し、腹を狙ってきた突きは捲いて武器を奪う。取り落とした小刀はすかさず拾い投擲に使った。命中し一人倒れる。その間にも棍棒や槍、矢などを避け、隙を見て細かく突きを放つ。彼らは剣を振るい、坊主頭は自らのそれで受ける。
刹那、後頭部に衝撃を感じ前へ突っ伏した。体の自由は既に奪われていた。目の前に霞がかかり始める。それは腕を振り上げ......彼は目を瞑ったが、上がった手が落ちてくることは無い。
マゴは酷い火傷を負っていたが手に剣を縛り付けてその場所に立っていた。その切っ先は赤黒く濡れている。
「マゴ!お前は酷い火傷だ!動かない方がいい!」
「貴方はそもそも動けないでしょう!」
後ろに振り向きつつ、斧を持っていた奴を切りつけよろめかせる。
「俺を誰だと思ってる!」
右の脅威を蹴り飛ばし、手前の敵には斬撃を浴びせ、真後ろに向かっては蹴りを食らわせる。坊主頭は立ち上がろうと何度と試みるがその命令は足に伝わっていない。そんな状態の彼がここで生きていられるのは体を動かせる重傷者が彼を保護しているからだ。
「俺はマゴ!この名において、ここでは誰も死なせない!」
彼の体は白光に包まれた。
◇ ◇ ◇
彼は十体余りを退けたが、それからが遠かった。あまりに被害が大きかったゴブリンたちは距離を取るようにして、槍の代わりに石と矢を降らせる。マゴはそのうち数本を受け、肩にも受けたので腕の自由を失ってしまったらしい。
動きが鈍った彼は段々と劣勢になった。膝には擦過傷、頬には切り傷、多数の打撲に、骨折が何箇所か。一人のゴブリンが意を決して接近しその刃を頸部に迫らせる。
この負傷に際してもマゴは斬撃を剣で受け流し、蹴りで敵を遠ざける。しかし、それまでだ。息も絶え絶え、肩で呼吸をし、疲労困憊、まともに動かない体に鞭を打ち続けたが余力は尽きた。今や打物を地にたて、それを杖として立つことがやっとだ。
それでもなお取り巻きは近づかない。男の迫りくる覇気に怯んでしまったらしい。彼らも自己の防衛のために戦っていると勘違いするほどにマゴは奮戦を続けていたが、そうで無くなった以上、ゴブリンは自分から戦火を交えなければいけなくなったからためだ。
息一つでも油断を見せてはならない。その瞼は凍り付き、足は固まってしまった。指を開くことは不可能だろう。場は馬車からもたらされた火に包まれているが、彼らはまるで氷原で戦っているらしい。
事態はいつも、意識の外から起こるものだ。
あるゴブリンの体は何者かによって貫かれた。背後から心臓を狙った一撃。骨に阻まれていないことを見るに相手は基本がなっているのだろう。
「ジスコーネ!指揮はどうしたんですか!」
男は答える。
「ああ、心配いらない!ここから出す!」
マゴを囲んでいる者たちは、逆に彼の仲間に囲まれていることに気づいた。その動揺はすぐに静まり返る。彼らが倒れた為だ。隊員たちの得物は炎の光を受け、鈍く、そして赤く照っていた。
「ジスコーネ!ここに拠点を動かすんだな!」
マゴは副長と相対していたが、声の主を探すために背後に目をやる。
そこにはハスドルとギスコがいた。
「隊長!どうしてここに?」
「ああ、地下通路を使おうと思ったんだが爆発で壊れていてな。生きていたのが二の門の前辺りまででそこからは登ってきた」
「マナ切れだってんのに歩くもんだから疲れたなぁ。お前、酒持ってっか?」
ジスコーネもマゴも隊員は全て彼らの行方を心配していたが、ギスコのこの発言の様子だと大した怪我は負っていないらしい。勿論見れば分かることだが、中々帰還しないまま、爆発、敵襲があって心配せずにはいられなかった。そして酒飲みの発言には和まされ......
「え?マナ?」
「そう。俺、魔法使えるんだぜ?すごいだろ?」
魔法とは修練を積まないと使えないものだ。一般人がとりあえず形として習得するのに六年、高等魔法を覚えるのには九年は必要である。勿論才覚に恵まれた者や、精霊に認められたものなら話は別だが。
「隊長は知っていたのか?」
ジスコーネはそう尋ねたが彼は横に首を振っている。様子を汲み取ると首から下げていた二つの水筒の内一つをギスコめがけて放る。
「ありがとな」
それを受け取ると、早速蓋を開け中身を口へ流し込んでいた。彼の喉が鳴る。
「ッ!うめぇ!体に染み渡るぜ!」
「それ、水だぞ?」
「いいや酒だ。もっと言うなら麦酒だ。お前はどっちの水筒にこれを入れていた?」
ハッとして手元の水筒を改める。大きく見開かれた眼には確かに「水」とあり、彼のそれは「酒」だろう。しかし渡す前に確認していたはずだ。これ以上酔われたら戦力に成らなくなると。そう思ってだ。
「高等魔法だよ。相手の認識をすこーしだけ変える魔法。大丈夫もう解いたし、お前が被った被害はビールだけだ。良かったな!」
ジスコーネは肩を落とす。ハスドルとマゴは互いを見合わせて大変に呆れていた。
「......ともかく、その魔法は奴らには使えないのか?」
「術師は他人に自らの魔法を決して教えたりはしねえが、酒と仲間だって事実に免じて教えてやる」
辺りはその間だけ、火の弾ける音以外に騒ぎは消えた。
隊員たちは事も忘れてひたすら、次の言葉を待っている。
「......無理、だ」
「散々溜めておいてそれですか......」
「そりゃそうだろ。認識系は相手の意識を見ながらやんだから、複数やったら脳が焼き切れちまう」
「そして本題はこっち。多分その馬車だな。それの火を見たゴブリンたちが優勢とみて大規模な攻勢に来ている。ほとんど全部だ。策はあるか?」
意表突かれた副長は多少早口になったまま話し始めた。
「先ほどの爆発で一時は三の門まで押し込まれましたが、馬車で突破口を開き当初の予定通りここで防衛したいと」
「了解。農村の住民たちは?」
「もうすぐでこちらに。敵方が崖を登ってくることは結局無かったため、彼らに任せています」
隊長の目は端に寄り、それは数多もの松明を遠くに映していた。敵の数は林で半分ほど削れたので残りは三百弱。ここに来てやっと互角に持ち込めたのだ。
彼は炎上する荷台を背にして訓示を行う。誰も聞いてなくたっていい。これは彼に対する役目もあるのだから。
「遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ!我はウガルト高地守備隊長、名はハスドルバル・バルカ!私は諸君らに命ずる!ここを守りウガルトに報いることを命ずる!ここを生き抜いて安寧と秩序の中に生きることを命ずる!己の信じる物の為に戦い続くことを命ずる!死線の先に、苦戦の先にある未来のため、希望を抱くことを命令する!......最後まで抵抗し、攻撃し、生存することを望む!各員、戦闘配置に着け!」
短い準備の後、馬車の火は消され、マゴと坊主頭は居住区へと住民の手によって運ばれた。星々はどうやら興味を持ったらしく空に舞い戻る。今度の彼らは守備隊に何をするのだろうか。何もしない。彼らはどこまでも輝いているだけだ。しかし、流星を降らせることはできたらしい。
それにはどのくらいの者が気づいていたのだろうか。今や彼らは自分の務めを果たすために二の門の跡地へと迫った。自らの生存の為、そしてその先にある何かの為。例え戦乱でも、天災でも、それが運命だったとしても、抗い、その先にある何かの為。彼らは決して止まらない。
そして、両軍は衝突した。
ウガルト高地の死闘を閲覧して頂きありがとうございます。
評価など、励みになりますのでよろしくお願いいたします。
さて、今回は四千文字を超えてしまいました。読みにくかったら......すいません。
物語の方は隊長が帰還しました!ギスコが魔法を使えてよかったですね。
因みにギスコの髭は部隊の中でも立派だと噂されているらしいですよ。
ハンノは居住区でぐっすりです。
次回最終回。どうぞよろしくお願いします!




