第三話 迎撃
防御陣地を構築する守備隊は斥候を発見した。
情報を持ち帰らせるまいと、迎撃に二人の兵隊と新人が一人上がる。
「にしてもハンノが馬に乗れるとは知らなかったぞ」
ハスドルは声色を曇らせる。隊員の能力を把握することが隊長の仕事であるのに対し、ハンノはそうさせてくれなかったのだ。それには少し思うところもあったのだろう。彼に言わせれば「面倒事が多くなる」となるようだ。
「信用はしてますよ。よろしくお願いします、隊長」
追い風が吹く。春のよどみもどこかへ飛んで行き、月も出ていないのに視界が明晰になる。彼にいいめぐりあわせがあったようだ。戦友と呼ぶことになるそれと。
「また酒が飲めるといいが」
ギスコは口を閉じるのも忘れて隊長を見ていた。その口元の角度は目にしたことが少なかったのだ。彼は専ら留守を得意としており、砦のジスコーネと共にいる方が多かった。
「あれですぜ。奴さんらは」
地平線に影が浮かぶ。闇から浮上したそれは光る得物を共にしており、星明りを受けて淡く、鈍く色づくそれは魔法が込められていることを示していた。彼らにそこまでの腕を持つ鍛冶屋がいるのか、或いは魔法使いがいることが予想できる。
「ギスコは好きな時にかかっていって構わない。ハンノは傍で待機だ!」
「おうよ!班長!」
ところどころに畑のある草原をかけながらその影は遠ざかる。この時ハスドルは普通なら致命的なミスを犯していた。この闇夜になると敵味方の識別がつかないのだ。普通なら非常にまずいことになるだろう。普通なら。彼が隊員の戦闘面で知らなかったことなどハンノのそれくらいだ。
「行くぞハンノ!右から行く!」
二騎は大きく膨らみ、到達点はその集団へ。昼間ならすでに顔まで見える距離なのだが、手にしているものがやっと判明した。槍だ。予想通りだ。それでも正面から突っ込むと手痛い反撃を食らうだろう。加えて狼もいるので側面には回らせてくれない。
確かに、一匹につき二人は必要な狼を倒すことなど普通は、取り分け近接攻撃では困難だろう。
「隊長!投擲の合図を!」
本来は軽装歩兵や突撃の直前にしたりするものだが、二人の手元には短めの槍があった。自らの主たるそれとは別にだ。しかし命中は期待できない。
それでよかったのだ。
主な目的は槍衾を解くこと。前方のそれは乱れが出た。なかなかに強い結束を持って誰一人逃げようとはしなかったがこの槍は戦端が極端に重く作られている。盾で受け止めたとしてそれは体重を持って行ったのだ。残るは狼、これをやり過ごせばゴブリンの首が二つ飛ぶことになる。
その肝心な狼だが何やら膝を曲げ伏せている。怖気ついた......わけではなく彼らを待っていたのだ。牙がむき出しにされ唾液が垂れる。その一瞬だった。目はハンノをとらえていた。その牙も。彼の馬は傷を負い、騎乗主が地面に投げ出される。
「ハンノ!捕まれ!」
地面に背を向けて飛んでいたハンノに隊長は手を差し出す。手は十割届くだろう。しかし、目の前には槍の切っ先が迫っていた。恐らく隊長格であろう者が構えたそれは、先ほどの地平線に見えたものだ。込められた術など知る由もない。攻撃魔法である場合、隊長とハンノの生還は絶望的なものになる。
「風切」
白く、鈍く光るそれは途端に緑色を帯び魔力を集め出した。その間は如何程あったのだろう。検討も付かないが、ただ確実なのは彼の視界が光で、自らを死に追いやらんとする光で満たされた。
死。それは隊長によって久方振りとなる言葉であったらしい。
ハスドルの目が閉じられた。彼には家も故郷もない。ただ仕事と酒に生きているものだった。彼はまごうことなき雑兵だったが、前の戦争をなまじっか生き残ったために戦友を得ることになり、それからというものの以前のような無茶はせず、友とのある約束の内に生きるようになったのだ。
戦後、ジスコーネの家に尋ねた彼だが彼の家はそこそこ良い家柄だった。とある農村にある丘の上。武家屋敷の様に周りには石壁が張り巡らされている。彼は客室に通され、程なくして茶まで頂いた様だ。ご丁寧に蜂蜜までついていた。こんなに高級なモン、オレに味なんかわからねぇよ、と言ってみたが目の前の男は普通のことだした。
それならどうして兵隊なんかやっているのさ、と聞いたところ「三男で次ぐべきものもなく、職にあぶれてしまって」と帰ってくる。お前は文字が書けるだろう、とも言ったのだが「だったら兵隊の方がいい」そう返した。加えて、
「俺なんか生きてたってしょうがない。今迄無為に過ごして来た結果だ」
これに嫌気がさしたのか、ハスドルは作法という物を忘れていた。自分が気づく間もなく。
彼がそれに気づいたのは細かくに砕けた磁椀が日光を浴び、反射した光が眩く踊っている時だった。
「命を無駄にすんじゃねえ!もっとほかの理由があんだろ!嘘つくんじゃねえよ!」
それまで彼は『死』というものについてあまり考えたことがない。言葉を発した後で初めて、つい前まで目の前に転がっていたそれの重みを感じた。彼らはなぜ死なねばならなかったのか。
「最もだよ」
ジスコーネは確かにそう言った。目の奥には何かがあった。反抗だ。その時彼は三男の崇高か、と言われたら分からないが気づいた。その遺志に。
「死ぬのはごめんだ。君もだろ?」
痛い。痛い言葉。自分が無謀を重ねた結果築かれた山のことを忘れることは一生をかけてもできないだろう。カップの破片を取り除き、湧いたそれを眺めた。脈打つたび流れるそれを。
「.......まさかこのために?」
その男は力なく首を横に振る。「まさか」
「ありがとう。戦友。気を付けるが......その......仕事だからな」
太陽を覆っていた雲が夥しい数の風によって切れ、開け放った窓から不意に、光が差し込んできた。
「こちらも同じだ。仕事だ。それでも」
「諦めるんじゃねえぞ」
目が再び開かれる。その光はまだ二人を覆ってはいない。出来ることがどれほどあるのか。残された時間も知らぬままに思考を続ける。
今自分の手元にあるのは、右腕にぶら下がっているハンノ、左手で握った手綱、腰には幾らか小石が入れられている。剣までは遠く、手を離す訳にも行かない。石は投げられるかも知れないが馬を足で操る必要性から試した事は無い。
熟練の兵士という物は自然に答えを出していることがある。いや、それがほとんどだ。生き延びることには訳が必ずあり、彼の場合も同じらしい。
もともと体重は右腕によって崩れている。本当なら立て直さなければいけないが、今回はそれ以外方法がない。そしてその行動をとればその眩さからも逃れられるのだ。
彼は上体をハンノの方に傾け、下半身を馬からほどいた。彼は浮遊感と頭に風が掠った事を確認する。もう一人は再び馬から転落、全身打撲は避けられないが致命的では無い。
二人を捉えきれなかった魔法の刃は遥か上空へと飛んで行き、やがて視界から消えた。淡く光っていた穂先は元の落ち着きを取り戻し、使用者は大変に驚いたらしい。必殺の一撃を外したことを。そして逃れた奴の判断の速さに。
通常落馬しようものなら大ケガ必至である。にも拘わらず彼らは自ら飛び降りた、もとい落ちたのだ。周りのゴブリンは驚いて落ちたものだと思い嬉々として槍を構えたがこの戦士は違う。彼の目が穂先を捉えていたことを知っていた。そして一度は状況を受け入れたが、すぐさま反抗、生存の可能性を模索したことを理解していた。
実はこのゴブリン、魔法道具、通称『マジックウェポン』を実践で使ったことは初めてである。訓練の時間が余り取れず、その魔法の使用回数にも制限があるため、とあることを知らなかったらしい。
魔法とはエネルギー、例えば生命エネルギーや魔素、マナと呼ばれる魔法エネルギーに実体を持たせて投射するものであり、物を飛ばすからには反動も付き物だ。そのため術師は全方向に力を飛ばすか、指向した方向とは真逆、或いは複数の方向に術を放つかしていた。
しかし今回の場合は本人は魔法について熟知しておらず、単に槍を地面に突き立てて反動を殺していた。こうすると柄は見るも無残な姿になってしまうが槍という武器の性質上、肝要な穂先が無事なら十分。彼はそう考えていたが、厄介なことがもう一つ、爆風が使用者付近を襲うことである。これは高等呪文でないのならさしたる問題ではないが、その反動がハンノとハスドルの落下による衝撃を和らげたことは不幸なことだった。
無論、相手方がそれを狙ったことは知らないようであるが。
ゴブリンたちは確かに落ちて起き上がるのに苦労している二人を捉えた。折の爆風により視界は悪化しており、その全員の注意は二人に、過度に向けられている。
きわめて小規模な戦場の霧から魔物が現れたのは突然だった。もともとこの闇夜である。その影は瞬く間に狼を吹き飛ばし、通過時には雲海が馬の風に千切られた。星はギスコに目を向けていた。今、全ての視界の中で最も高い位置に存在していたために見間違えたのであろうが。
「ギスコ!そいつは魔法武器を持っている!」
重要事項のはずだったのだろう。ハスドルも気が動転しているようだった。単に、頭を打ったから的確な答えが導けていなかっただけなのかもしれないが。
「見れば分かるとよ!」
ギスコは旋回し二人の元へ向かう。彼の駆る相棒は鼻をフンスと鳴らし自らの足を信じて全速力を出していた。しかし足ではどうにもならない、距離というものがゴブリンたちに味方していた。すでにハンノの首元には短剣が向けられていたし、それより多少、剣に詳しい者も先ほどからゴブリンの隊長と鍔迫り合いに興じていた。その背中には槍が向けられている。
「――水切!」
投射されたそれは二体のゴブリンを切り裂いた。真っ二つに。それを目にした隊長格も思わず隙を作ってしまったらしい。競り合いは守備隊に軍配が上がった。ハンノはゴブリンの血をまともに被ってしまった。自らと同じ赤い血を。
―――
新人は動けなかった。残る二体は最後の道連れにと、彼に刃を振るうが届かず、酒飲みと隊長に切り伏せられた。その騎兵用のサーベルは赤黒く、まだ乾いていないそれが伝っていたが、彼らは血を飛ばした後に、ハスドルへ向けて手を伸ばした。
「大丈夫か?ハンノ」
「あんちゃん、生きててよかったな」
彼に二人はどのように見えたのだろうか。瞳は小さくなり小刻みに震えていた。指は震戦を伴っている。足は痙攣。声帯はいうことを聞かないようだ。首元は小さく切れて出血。鼻水を垂らし、チュニックの股は濡れている。
ただ、頬は、赤を帯びていた。
「ええ......本当に」
ハスドルとギスコ、言うなら兵隊は気づいていない振りをした。目の前にいるモノが何であったか確信を持てなかったのだ。
「......にしてもギスコ。お前が魔法を使えるなんて......」
ハンノと言い、ギスコと言い、彼にも思うところがあるようだ。
苦言というよりは、呆れである。
「班長さん。あそこが二十人で足りていたと思ってんのか?」
魔法使いは笑っていたはずだった。途端に静寂が地を覆い、彼は地平線を指差す。
「見ろ。迎撃は半分失敗だな」
情報を持ち帰らせないことと、林への細工がばれないようにすることが今回の目的だったが、一点を指すその先には狼が一頭、辛うじて見えた。
「追うか?」
ハスドルは水筒、その中身はこれまた隠し持っていた蒸留酒を傷口に振りかける。
あたりには甘く、特徴的な香りが広がった。
「とんでもねぇ。あっしは勘弁ですぜ」
ギスコは水筒を取り出し、物の一瞬で飲み干す。まるで腐っていたパンを間違って食べてしまった後のように。
「同じく」
ハンノは首から垂れる血を手で拭い、傷に唾を付けていた。どちらが目的なのかは知る由もない。
「じゃあ戻ろう。俺の馬は――」
そこには無残な四つ足の胴が転がっている。かつての友。彼もここに倒れたことを隊長は知った。星は数を増やし瞬いている。観測者が一人しかいなければ確かめようもないが。
「......ハンノ。乗せてくれ」
ハスドルたちは砦に戻り、汚れていない服に着替えた。彼らは一ピントのビールをもって労われ、馬には心臓が慣れるまでの散歩と麦酒入りの水が振舞われる。厩戸は多少広くなってしまったらしい。
人々は束の間の休息を挟み、そして作業に復帰。この時戦闘糧食として干し肉が三切れ、塩少々、ビール半ピントが配られる。柵は普段使いに不便なほどに入り組み、堀は深く、鋭く掘られていた。こんな工事をやっているものだから、騒音により避難してきた子供たちがすっかり起きてしまったが、彼らは見張りを手伝うことしかさせてもらえなかったらしい。それも再び夢の世界へ戻る子も出始め、そういう子は建物の中に寝かされていた。
星は瞬いていた。太陽を引っ張ってきたり、月を昇らせて時間を知らせるようなことはしてくれなかった。その結果人々は時間不良に陥ってしまったらしい。いつもこの時間は寝ていて朝になれば鶏が起こしてくれるものだが、鶏は真夜中に夜明けを教えてくれず、結果的に永遠ともとれる時を不安とともに過ごすことになる。
作業開始からしばらく。見張りが再び叫んだ。
「ウガルト高地の死闘」を閲覧頂きありがとうございます。
コメントやアドバイスなどが励みになりますのでよろしくお願いします。
さて、今回は初の戦闘シーンです。中々に難しいですね。
何かコツというものをつかめるまでは苦労しそうです。
あと三話程で解決すると思いますので、それでは、また。




