第一話 日没
拙い文ではありますがご承知ください。
都市国家ウガルトはグリシャ系の貴族が治める都市国家だ。もともとはグリシャ帝国という大きな帝国の一員であったが帝国崩壊後、ガラス工芸の街として繁栄している。
付近には農場を複数持っていて、その中で異色を放つのはウガルト高地にある物である。高地と言っても小高い丘の様な物だが平地が周りに広がる此処ら一体では重要な軍事拠点でもあった。特産のレンズを用いた望遠鏡なども設置され、そこには守備兵が二十名ほど警備していたのである。
「隊長。本日の報告書になります」
「どうも」
警備分隊、その副長であるジスコーネが隊長のハスドルに書類を手渡す。彼は珍しく文字が書ける人物であったが書類を残すと言うことは一守備隊としては異例のことと言える。しかし、ここは天文台も兼ねており学者が利用することもあって文字記録が残されている場所でもあった。いつからか天文記録に軍事的な日報も付属していったのだろう。その気があれば三十年は遡れるらしい。
「ふむ。ご苦労。全くお前には助けられてばかりだよ」
ハスドルは彼を重用しており、また前回の大戦争、「パラティーナ戦争」の戦友でもある。その戦いは参加した兵士の三分の二が死傷、行方不明になると言う激戦であり、その分戦友との結びつきはより強固になり、それは戦争から十年が経つ今でもそうであった。
「ところで隊長。最近不穏な動きだ」
「なんだ?」
ジスコーネは頭の中に保存していたものを切り出す。
「付近のゴブリンの部族が狼族との関係を強めておりまして、その......」
「日報には書いたか?」
「はい、先ほど出発した使いには持たせました」
これはまずい。最悪の場合奴らは今日にも攻撃してくるだろう。
関係を強めるとあるがその先にあるものは恐らく何か軍事的なものに違いない。特に、ゴブリンがあの部族であった場合。
狼族、つまり平狼族は少なくともEランク程度の脅威だ。さらに五頭ほどの群れになるとC-ともなる。
一般的な装備、練度の兵士が二人一組でEランクの魔物と互角とすると後者の場合に対処するためには二十人は必要だ。無論それを想定しての人数だが。
しかしそれは平狼族の場合だ。奴らは平地に住む故「平」と呼ばれている。同じく森にすむ奴らを「森」狼族、その中でも牙が発達した者を「牙」狼族と呼ぶ。そして問題は危険度が大きく変わることだ。
平狼族はEランク。森狼族は少し体が大きくなるのでDランク。実際はD-程度だろう。牙狼族ともなると全金属の鎧を一噛みで引き千切ってくるのでD+、いや個人的にはC-ともしたい。
狼の方でもこれくらい、ゴブリンを含めると脅威度が大いに高まる。少なくとも警備隊の人数をもう少し増やすことが必要。
彼の頭と経験が比較的に正確な答えを導いた。
四倍だ。四倍は欲しい。
「んで、平狼族だよな?」
「はい。狼の方は。ゴブリンの方は、その...」
この付近にはゴブランド族、ゴブフリー族、ゴブレディ族が集落を作っている。彼らは「ゴングル家」という系譜であり、昔存在したというゴブリン王国の二代目指導者、「アリオス=ゴングル」を祖に持っているらしい。部族ごとに脅威度が異なりこの三部族の中だとゴブレディ族が最も危険だ。
その理由はゴブリンロードの存在があるためであり、そしてウガルトと敵対しているから。パラティーナ戦争においても彼らはしばしば城壁外の農村を掠奪し、被害というのは全ての村の八分の七に及んだという。
そんなわけで戦争中、討伐隊が送られたがゴブレディと同盟していた北方帝国のAランク魔導士「アナスターシャ・カーゴリア」の手により全滅した。討伐隊にはB-ランクの指揮官が二名従軍していただけであり彼女への対抗策とは成りえなかったのだ。
その後パラティーナ戦争の終結に伴って停戦することとなったが彼らの姿勢は依然敵対的なものである。
もし攻撃されるようであればゴブリンのどの部族かで都市の対応が決まるが、ゴブレディである場合、前回と同程度の討伐隊を送らねばならず、また、戦局を有利に進めるためにこの要衝、ウガルト高地に対するゴブリンたちの奇襲攻撃をもって戦端が開かれる可能性が高いのだ。
つまり、平狼族との関係を改善してるのはゴブレディ族である可能性が最も高く、そうしていた場合、そ最も危険なのである。
「......ゴブレディ族です」
やはりだ。分かりきっていたことだったが、僅かな望みが絶たれた。
頼みの綱、蜘蛛の糸が切れた音が聞こえた。少なくとも彼らには。
ひょっとして部族はゴブランドかゴブフリーであり、関係改善は彼ら自身の身を守るための内容だ、ということを期待して祈るようにして聞いていたハスドルの望みは絶たれ、守備隊の運命は使いから情報を受け取った都市からの援軍と敵軍に委ねられることを彼は知った。勿論、ジスコーネも。
なぜか。兵力の増強を待てばいい。そして、待つに時間が無かったためだ。
今日は新月ということで奇襲をかけるのには十分すぎる条件であり、後はゴブランド族の決断によりこの高地できわめて優勢な敵と対峙することになるか、そうでないかが決まることを理解していたからだ。
そして奴らは今日という機会を失えばこの高地を奪取するのに大きな犠牲を払うことになる。そんなことはわかっているはずだ。で、あるからに今日だ。
「守備隊全体に戦闘配備を告げろ。休息は変わり番にさせて寝かせるにしても仮眠程度にしておけ。後は...そうだな。作れる武器はなんでも作れ。油を詰めた器でも木を尖らせたでも作らせろ。配備するラインは二個目の門だ。あそこなら小で大を制することができる。そう...命令しよう」
そう発すると彼は酒を手に取り一口含む。
まるで回想するようにハスドルは情報が入ってきたタイミングを疑った。
ここから日報を届ける使いが立つのは日没の少し前。馬で一日の十二分の一、一刻をかけて運ばれる。仮にそれが兵力の増強を求めるものなら、その知らせが届いて軍を派遣するのには道のりだけで四刻かかる。編成のため一刻かけたとして日没から五刻。夜明けまで一刻といったところで援軍が到着し、戦列を敷き始める日の出にはここは落とせると見たのだろう。
隠し通したゴブリンたちの策略、策謀、知略、思慮深さ。それがハスドルには苛立たしく思えた。無理もない。それによって先手を取られたのだ。今情報が来たのは隠す必要が無くなったからで......
そう考えながら喉が落ちる。驚くほど味がしなかった。支給される安いエールの素朴な味、失礼に言うならすごく苦く、酷い味も分からなくなっていた。ここまで緊張したのは......
「ハハハ......味がしませんね」
ジスコーネも同じだった。あのパラティーナ戦争の行く末を決した「カラブリア決戦」以来だ。
「ば、馬鹿者!早く、命令を!」
「もう命じましたよ。皆血相を変えて油の壷や牛馬の糞を取りに行ってます」
こいつが生き残れた理由もわかる。常に冷静、緊張関係なく最善の策をとれるからだ。
「ああ、そうか。そうか」
◇ ◇ ◇
彼はしばらくして隠し持っていた蒸留酒を気付け薬としてコップ一杯の十六分の一、一シギドを二十名、一人は出かけているので十九名に配り、残りはこの夜を超えたら飲むことに決めた。
松明が陽炎のように揺れるが風は吹いていない。夜間、深夜の気味の悪い静寂。野犬の声一つしないのが恐怖を煽った。動いているものは守備隊と星々だけだ。
彼らは空からウガルト高地を見下ろしていた。上空での生活に慣れたおかげで兵士たちのしていることの意味が分からなかったのかもしれない。可笑しく見えたのかもしれない。瞬きながら話していた。見ていた。憐憫をこちらに向け、心の底では嘲笑、軽蔑、笑っていた。
しかし土竜に鳥の気持ちはわからないと言うが逆も然り、彼らは静かな反抗として天に弓を引いていた。運命という飛来物から生存、防御、身を守るために。生き残るために。単に仕事や酒のためだったのかもしれないが。
いずれにせよ、星は瞬いているだけだ。
「ウガルト高地の死闘」を閲覧して頂きありがとうございます。
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さて、今回は戦闘前の緊張感や彼らのおかれている状態について描写しました。
彼らは無事日の目を見ることができるのでしょうか?次回へ続きます!
次回があれば、ですが。