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プロローグ

「今日こそ、今日こそ話しかけるわよ」


 廊下の向こう側から歩いてくる彼の姿を眺めて、私は思わずため息を零した。


 騎士服に包まれた逞しい体。少し癖のある黒髪が、開け放たれた窓から吹き込む風になびいている。乱れた髪をかきあげながら、切れ長の瞳を窓の外に移す彼。


「はぁぁ……今日も眼福です……」


 と、いけない、いけない。見惚れている間にどんどんこちらに近づいてくる。緩んだ唇を引き締めて、私はひょいと壁に顔を引っ込めた。ふう、と息を整える。


 作戦はこうだ。ここから飛び出して出会い頭にぶつかるという、恋愛の王道シチュエーション。ベタではあるが、二人の出会いとしては完璧だ。

 コツコツと彼の足音が近づいてくる。よーし、行くぞー。


「三……二……一……今よ!」

 

 勢いよく飛び出したものの、ぶつかる直前で彼が消えた。


「えっ、嘘!?」


 どうやら躱されてしまったらしい。どうして!? タイミングはバッチリだったはずよ! 

 それにしても、なんて素早い身のこなしなの。彼ったらカッコいいだけじゃなく、運動神経もいいのね。さすが騎士様、最高だわ!


 ぶつかったはずみに、あわよくば押し倒してハプイングキスなんて思っていたのに、当てが外れた。私がダイブしたのは彼の胸元ではなく、廊下の床板。それも思いっきり顔面から。


 ……おでこが痛い。それに膝も。


 今私は、廊下のど真ん中で大の字に寝そべっている。ここまで盛大に転んでしまうと、次のモーションに迷ってしまうところだ。でもこれはこれでアリなシチュエーション。もしかしたらこの姿を憐れに思ったあの人が私に手を差し伸べて――。


「大丈夫ですか」

「さあ、僕の手を掴んで。立ち上がれますか」

「かわいそうに、怪我はないかい」


 いろんな声が聞こえるが、全部目当ての声じゃない。あの人は、あの人はどこ!?

 むくりと顔上げると、むらがる男たちの向こうに彼の黒髪がチラリと見えた。だがそれは、すぐに見えなくなってしまう。


 ――ああ、行ってしまった。


「……チッ」

「ち?」

「いえ、別に。ご心配おかけしました」


 こうなったら長居は無用。

 男たちの手を振り払うように立ち上がると、その場をダッシュで走り去る。


 今日もまたダメだった――。


 ああ、痛い。頭も痛いが胸も痛い。

 待ちに待った学園生活が始まって早一ヵ月、連敗記録を更新中のこの有様。

 せっかく憧れのゲームのヒロインに転生したっていうのに、推し(・・)に話しかけることもできないなんて、こんなのあんまりです神様!


***


 私、桜田美海(さくらだみなみ)が生前最後に見たものは、目の前に迫る真っ白な大きな光だった。


 それはトラックのヘッドライトだったのかもしれないし、酸欠の脳が見せたまぼろしだったのかもしれない。

 いずれにせよ確かなのは、その記憶を最後に桜田美海としての人生が終わりを告げたということだ。

 高校の部活帰りでのことだった。


 気がつくと、真っ暗な何もない世界に私は立っていた。

 眼の前には先程私を包み込んだ、まん丸い光が揺れている。ふわふわ、ふわふわ。


「なにこれ」


 試しにつついてみるか。

 光にひとさし指を突っ込んでみる。うん、熱くはない。


「くすぐったいから、やめなさい」


 頭の中に声が響く。

 え、誰の声。もしかしてこれが喋ってるの? 確かめるために更に指を突っ込むと、再び声が頭に響いた。


「あ、ちょ、もうやめ……やめなさいと言っています。神様をつつくものではありません」

「神様」


 え、じゃあなに、私は死んじゃったわけ!?


「つまり、ここは死後の世界?」

「まぁ、そんなものです」

「そんなものです……って、死因は、死因はなんなの!?」


 こう言ってはなんだけど、バレー部でしごき抜かれたこの身体はかなり丈夫にできている。家族が全員インフルエンザで倒れても、私一人はピンピンしているほどの頑丈さである。事故にあっても受け身くらいは取れる自信だってある。そんな健康優良児の私が、どうして死んでしまったの!?


「死因はその……えーとですね……教えるので、今すぐその手を離しなさい。さすがに目がまわります」


 言われて仕方なく、神様をわしづかんでいた手を離す。というかこの光、ちゃんと核があったのね。


「申し訳ありません、私の手違いです」

「手違い」


 神様でも手違いすることってあるんだね……。


「手違いなら、元の世界に帰れるんだよね?」

「それは無理です」

「どうして!」

「あなたの体は、すでに荼毘にふされています」

「灰になっちゃったの!? 嘘でしょ!?」


 私は膝から崩れ落ちた。

 私がこんな世界に放り出されているうちに、肉体のほうはとっくに死んでしまっていたらしい。


「そんな……まだみんなとお別れもしていないのに……家族にももう会えないの?」

「人生とは突然終わりを告げるものです。自分の死をしらぬまま彷徨う人もいるほどに」

「手違いで殺しておいてよく言うわ」


 涙目で睨みつけてやると、神様はエヘンと咳払いする。


「人聞きの悪い。しかし、貴女が寿命を残し不慮の事故で亡くなったのは事実です。この私に責任があります。貴女には新しい生をさずけましょう」

「生まれ変われるの!?」

「ええ。ただし、地球(ここ)ではない世界に」

「どうして!?」


 嘘でしょ!?


「どうせ生まれ変わるなら、今すぐ日本に生まれ変わらせてよ! すぐすぐすぐ!」


 詰め寄ると、丸い光は困惑したように揺らめいた。


「どうしてそこまであの地にこだわるのです。他のものたちは喜んで別な世界に旅立ちましたよ」


 他のものたちって、さすがに手違いしすぎでしょ。おっちょこちょいか。

 いや、そんなことより転生先よ。私は絶対、元いた世界に帰りたい。


「だって、もうすぐ放課後エターナルの新章が開放されるんだよ!」


 放課後エターナル。それは架空の学園都市ジブリールを舞台に、癒し系幼馴染、スパダリ王太子、ワイルドな先輩騎士など、個性豊かなヒーロー達と共に学園生活を送る巷で大人気のゲームアプリだ。ジャンルはいわゆる恋愛アドベンチャー。


「嫌だぁぁ……私まだ、心の底から愛する推しとアドベンチャーしてないのにぃぃ」


 花の高校生であるというのに、部活動に打ち込むあまり恋愛とは程遠い生活を送ってきた。そんな私に唯一潤いをくれたのがゲーム。コートで白球を追いかけながら、一目惚れした推しの出番を今か今かと待つこと三年。今度こそ、今度こそ、今度こそ彼が出てくる(はず)なのに!

 こんなのってあんまりだ!!

 ひれ伏して泣く私の上に、神様の慈愛に満ちた声が降り注ぐ。


「心残りはそれですか。でしたら」


 暗闇に光が満ちて、私は再び白い輝きに包まれる。


「貴女の愛する推し? ……のいる世界へと導きましょう」


 ふと顔を上げ、一瞬、情報を整理する。

 推しのいる世界?

 今、推しのいる世界って言ったよね?


「え、え、ホントに!? それって、あのジブリール!? もしかして私、推しと会えちゃうの!?」

「もちろんです」


 ああ神よ……!

 神は確かにここにいた!


「その世界で、貴女はきっと愛される。だからお行きなさい。桜田南海、今度こそ天寿をまっとうされますように」


 手違いで殺しておいてよく言う……。



 

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