第二話 戦争目的
――1632年11月23日午後5時 王都シュラインブルク 国会議事堂内閣議室――
「…………、以上が本日の戦果です。我々の事前の作戦通り、戦争は進んでおります。まったく順調な推移です」
戦争勃発に伴い急遽参集された連合王国軍統合参謀本部参謀総長――たっぷりと白髭を蓄えた精悍なじいさん――が、これまでの作戦の進捗を自信たっぷりに報告した。
本日午前七時、国内に向けて、あるいは全世界に向けて放送された首相、即ち俺の宣戦布告演説とともに、およそ二百万人に及ぶ連合王国軍は遂に行動を開始し、我が国と同じ大陸のはるか西方に位置しながらも、同大陸の全てを支配せんとする共産主義国家、パトリア社会主義人民共和国の軍隊――正確に言えば、この国家を支配するパトリア共産党の私兵組織、党の軍隊――である人民解放軍が進駐を開始せんとした、我が国の西の隣国であるルスティクム共和国に一気に雪崩れ込み、あるいは解放軍の一部を包囲し、あるいはこれを撃退するとともに、パトリア社会主義人民共和国領であり、ルスティクム共和国と細い海を隔てた北にあるフリグノイ地方南部にも上陸を敢行し、橋頭保を構築し始めたのだった。
ここまでは事前に計画された作戦通りに進行しており、取り立てて作戦に遅れもなく、まったく順調に進んでいるのであった。
この調子ならば、一か月と経たずにルスティクム共和国全土を掌握し、次の目標であるプロスペラ共和国――ルスティクム共和国の西側の隣国で、その西にパトリア社会主義人民共和国がある――の解放にも移れるだろうと思われた。
「大変結構! まったく上々の戦果ではないか! 我々の軍隊の精強さが完全に証明されたな!」
と、副首相が参謀総長に負けないくらい自信たっぷりな言葉が続く。確かに、ここまでは全く問題のない推移であり、人民解放軍の抵抗はほとんど怖れるに足りないもののように思われた。
「参謀本部は、このまま所定の作戦どおりに進行することが肝要であり、最良であるものと思料します」
「結構、結構! まったくそのとおりだ! このままの調子で頼むぞ! ああ、一応念のため今後の進捗についても確認をしておこうか!」
副首相がありがたいことにそんなことを言った。
「承知いたしました。
まず、先ほど述べたとおり、既に人民共和国領南フリグノイ地方においては、北方軍集団の第九軍、第十二軍が既に揚陸を完了し、沿岸部の赤色海軍基地の制圧が完了次第、内陸部に進攻し、彼らの政治犯収容所のほか、要所を解放する予定です。
また、共和国内にも既に陸軍は進駐を開始しており、先遣隊は北岸よりプロスペラ共和国国境まで進撃を続け、国境地帯を抑えることになります。国境地帯の制圧に成功すれば、ルスティクム共和国内の敵部隊は半包囲下に置かれますから、あとは地道にその包囲網を狭め、これを粉砕することができるでしょう。
その後はプロスペラ共和国への進攻を行うのか否かというところでしょうが、参謀本部は既に複数の計画案を策定しておりますので、政府の議論の従い我々としては行動を行うこととなりましょう」
「よろしい!」
副首相がとても満足そうに顎髭を撫でつけながら言った。
すると、財務大臣が明らかに水を差すように、
「確かに素晴らしい推移ですな。願わくば、このまま何事もなく終わってほしいものです。いや、可能な限り早くね」
などと割って入ってきた。副首相がすぐに不機嫌そうな声で応える。
「全くもってそのとおりですな。貴方の仰せのとおりこの作戦はまったく何事もなく終わることでしょう。大臣が心配すべきことは何もない!」
「はは、であればどんなに良いことかと思いますが、そうにもいきませんので一言発言の機会を頂きたい。
本作戦における予算については、もう今更議論することはしません。もうこれは決まったことですし、財務省もその点についてちゃぶ台をひっくり返すようなことはしません。ですが、当該予算の元となる増発された戦時国債の販売、こちらの進捗が全くよろしくありません。本作戦が従前の規模のまま進行する場合、早ければ本年中にも、また遅くとも来年中頃には財政は崩壊する可能性が極めて高くなるとの試算もございます」
財務大臣は、立て板に水という表現がこれ以上合う場面などないかのようにすらすらと言った。
「また、これは国家経済省の所管分野でありますから、本来私において口を出すべき内容ではないことは十分承知をしておりますが、事実上の戦時体制に移行しつつあるために食糧生産をはじめとする民生品生産への影響も懸念があります。この点も年内中は見極めねばなりませんが、何らかの対応を取らなければ、物価高が進行し、国民生活にも打撃を与えることになるでしょう」
副首相が不満げな顔で何か言おうとするのを制し、俺はつとめて冷静に口を挟んだ。
「いや、財務大臣、貴重な指摘をありがとう。貴方のおっしゃるところはまさにそのとおりだと思う。私の所管事項についても、特に補足すべき点はないものだ」
俺はいったん言葉を区切り、少し考えるそぶりを見せつつ、そして意を決するように言った。
「政府は、この戦争に向けてあらゆる準備を行ってきた。しかしながら、この戦争の勝利の定義を見誤るならば、また最終的勝利の達成に向けた道程を違えるのならば、そうした準備もまた全て水泡に帰することになるだろう。我々はこれまで、勝利の定義とその道程についてもまた議論を尽くしてきた。しかしながら、この戦争の行く末、帰趨については、いくつかの乗り越えるべき変数を確定させない限り、絶対的なものとして我々の前に顕われることはないだろう。我々はこの戦争の姿について慎重かつ冷静に観察しつつ指導を続けなければならない。そういったことは、諸大臣方において、重々承知しておいていただきたい」
そう言って、俺はすぐに副首相に目配せをした。
副首相は若干良く分からないような表情を浮かべつつも、閣議を終える旨を述べた。
閣議の後、俺は自身の執務室に戻る。
(恐らくこうした形での始まりは、我々にとっても敵にとっても予想外のものであっただろう)
そのうえで、この戦争をどのように位置づけるべきか、その点を顧慮せずにだらだらと戦いを続けることは決してあってはならないことだ。
必ず戦いの落としどころを見つけて、それを目指して粛々と戦争を遂行しなければならないのである。
(さもなくば、我々と彼らはお互いにお互いを滅ぼし尽くすまで戦い続け、そして両国とも全ての国力を使い果たして滅び去ることとなるだろう)
現状としては、開戦の際の演説の際に述べた三つの目的の達成、すなわち、一つ目として我が国の西の隣国であるルスティクム共和国における我が国に友好的な自由民主主義国家の存立維持、二つ目としてルスティクム共和国の西隣のプロスペラ「人民」共和国――現在はパトリアの傀儡国家となっている――の粉砕及び正当かつ我が国に友好的な自由民主主義国家の再構築、二つ目の目的の副次的目的として、ルスティクム共和国とプロスペラ共和国を再度元々の連邦国家として復活させること、三つ目としてルスティクム、プロスペラ両国の多数の民主派政治家をパトリアの監禁下から取り戻すことが、この戦争の目的となっていた。
このうち三つ目については、既にフリグノイ地方への上陸と各収容所の制圧がほとんど完了し、我々が目的としていた民主派政治家、要するに我が国のためにも働いてくれると期待される両共和国の政治家の身柄を確保することに成功しており、両共和国での軍事的成功の暁には、首尾よく政治権力の移譲ができるだろうと見込まれていた。そして、一つ目についても、人民解放軍によるルスティクム共和国への侵入がまだ十個師団、十万人程度にとどまっていたため、百二十個師団、二百万人以上の連合王国陸軍によって容易にそれらを粉砕できるだろうことが見込まれていた。
(問題は二つ目だな)
プロスペラ共和国内には、現在人民共和国の支配下に置かれた少数の共和国軍のほか、人民解放軍が推定百六十~百八十個師団程度、すなわちルスティクム共和国へ進攻した連合王国軍と同等程度の規模の軍部隊が駐留しているとみられており、これらの殲滅若しくは排除は相当の困難があるものと思われていた。
当該部隊の大多数はプロスペラ、ルスティクム国境に配置されており、一部はルスティクム共和国内へ侵入し、取り残されつつある解放軍の援護を行わんとしているとの情報もあった。
間もなくルスティクム共和国を制圧した我が軍が彼らと接敵することになろうが、その戦闘は相当長期にわたる可能性も十分にあった。
(うまくこれらを粉砕できれば良いが、やはりそうできなかった場合のことも考えておくべきだろう)
統合参謀本部によれば、解放軍の相当数が国境沿いに配置されており、いずれの突破も現状容易ではないとのことであった。
国境南部、スモクイ地方の要塞地帯を突破するとなれば、想像もできない弾薬と人的資源、さらに時間を要することとなるだろうと思われるし、北部の山峡地帯と荒野部の突破もまた、容易ではなかろうとのことであった。
いずこかを突破できれば、連合王国軍の誇る機甲師団及び機械化部隊が出血を広げてくれるだろうが、いずれも戦車運用には難のある地形であり、慎重な行動が求められるのだろう。
(最悪の場合、二つ目の目標はあきらめざるを得ないか。ルスティクム共和国の解放だけでもこの戦争の意義は十分にあるだろう)
俺はため息をつきながら片肘をついた。
三週間もかかってしまいました。。
あと我ながらなんか分かりにくい気がしますね。。
次は早めに、分かりやすくを心掛けることにします(>_<)