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トナカイ痴女とミニスカサンタ男

作者: こじぽん

僕は男が嫌いだ。

力強い筋肉も、女性に対する性欲の深さも、毛深い体毛も、すべてが嫌いだ。

特に男同士でする下ネタやゲス話なんかには反吐が出る。

僕は男が嫌いだ。僕自身も含めて。



12月24日。

世の中がクリスマスムードで浮かれている中、僕も密かに浮かれていた。

ついにやったのだ。

この数年間ずっとやりたいと思っても実行できずにいた行為。そう、ミニスカサンタで街を歩くということに!

衝動的に衣装を買い、試しに家で着てみたら思った以上に良くて、それからはもう止まらなかった。

全力でメイクをして、ウィッグをかぶった僕はどこからどう見ても女の子にしか見えないだろう。

僕は上機嫌なままスマホを取り出す。

そして、街中に建てられた大きなクリスマスツリーを背景に自撮りを行った。


「うーん、上アングルの方がかわいく撮れてるけど、ツリーが映らないからなぁ…」

「あの……、すみません、手伝ってほしいことがあるんですけどいいですか?」

「わっ!」


突然、カメラのフレームにトナカイの恰好をした女性が現れた。

端正な顔だちに茶髪のロングヘア。

控え見に言っても超かわいい…。

顔から胸へと視線が移り、次に腰回りを眺める。

なんてエロい体つき…。

って、またやってしまった。だから男っていうやつは…。


「あ、あの……」

「ごめんなさい、それで、手伝ってほしいことって?」

「私を抱いてくれませんか?」

「え?」


あまりにも突拍子もない発言に耳を疑った。


「できれば、トナカイの私をサンタとしてむちゃくちゃにする感じがいいんですけど…」

「いえ、私は…」

「じゃあ、ホテル行きましょっか」

「待て待て待て!!」


無理やり腕をつかまれて連れていかれそうになる。


「ど、どうしてぼ、私に声を?」

「ふふふ、誤魔化さないでください。あなたが男の娘だってことはとっくに見抜いてます」

「……っ」

「男の骨格には男以上に詳しい自信がありますから、すぐにわかるんですよ。もう何人の男ともヤってきてますから」

「失礼ながら痴女ですか?」

「はい、痴女です。そういうあなたも変態ですよね?」

「ち、違う!僕はそんなんじゃない!!」

「わお」


思った以上に声が出てしまい、周りの注目を浴びてしまう。

まずい、今の完全に男の声だった…。せっかく完璧に仕上げてきたのに、これじゃあ女装した男だってすぐにばれてしまう…。


「少し場所を移動しましょうか」

「え、ちょっと……」


そうして、クリスマスツリーから離れて連れてこられた場所は……。

ラブホテルの前だった。


「さ、行きましょうか」

「い、行きませんよ!なんなんですからさっきから!!」

「あら、結構性的な目で見られている自信はあったんですけど、何がいけないんですか?」

「僕は、他の男ととはちが…くはないかもしれないけど、一緒になりたくないんだよ」

「なるほど、とりあえず一発ヤりません?」

「お、お断りします!!」


全然話を聞いてくれないトナカイ痴女を振り切るために全力でその場を離れる。

やっぱり女装なんてするんじゃなかった。あんな変態と同類扱いされるなんて…。


「待ってください!待たないとこの場で全裸になりますよ!」

「あんた無敵かよ!」


やむおえず足を止めて痴女のもとへ戻った。


「あんたではなく『さちぽん』とお呼びください。わかりました、それじゃあベッドインまでの長い前戯。もといデートから始めましょうか」

「デートを前戯って言うな」

「ちなみに、もし断ればあなたが女装している変態だと言いふらします」

「脅迫かよ」

「はい。それに私と一緒にいたほうが貴方にとってもいいじゃないですか?」

「僕はそうは思わないけど」

「一人で女装して過ごすクリスマスより、二人で女子会をして過ごすクリスマスの方が楽しくないですか?」

「女子会……」


それは、なんとも魅力的な言葉だった。

僕が男であるせいで参加できなかった行事。

パジャマパーティーや、スイーツ食べ歩き、タコパなど、女子会にも様々な種類があるが、女子同士で過ごすクリスマスは中でも特別な憧れがあった。

どのみち、この痴女から逃げられそうにないし、せっかく勇気を出して女装だってしたんだ。こうなったら腹をくくって楽しむのもありか……。


「わかった。女子会だな。それなら一緒してやる」

「ふふふ、ありがとうございます。あと、全然関係ないですけど、私口でするのが得意ですよ」

「無理にでも下ネタぶっこむな。女子会ならもっとかわいい話題を提供しろよ」

「女子会こそディープな下ネタを話すものだと思うんですけどね」

「やめてくれ、女子への憧れも消えたら僕はいったいどこへ向かえばいいのかわからなくなる」

「ま、とりあえず映えスポットに行きましょか。馬鹿みたいにカップルがいると思いますけど、せっかくのクリスマスですから」


ちょいちょい口が悪い痴女、自称さちぽんさんに連れられて、クリスマスマーケットへやってきた。

ぶらぶらと店を回りながら面白そうなものを探す。


「あ、ここの店で売ってるお酒はアルコール度数が高いので、酔わすのに最適ですよ。私飲みましょうか?」

「黙ってれば可愛いんだから、少しは黙ったらどうなんだ?」

「急に口説かれたので濡れました。責任取ってホテルまで連れて行ってください」

「会話するだけで疲れるな……。あ、そんなことよりこれ見てよ!サンタ人形が行進してる!かわいいなぁ」

「ふふ、可愛いものが好きなんて本当に女の子みたいですね」

「だったら楽だったんだけどね。可愛いものが好きで、女の子の洋服に憧れても僕は男なんだよ。普通に女性に興奮するし、トランスジェンダーっていうわけでもない。ただの出来損ないの男なんだ」


この変態と同類ではないと説明したくて、つい長々と自分のことを語ってしまった…。

なんて反省していると、予想外の返答が返ってきた。


「なにそれさいっこうじゃないですか!!」


ずいとさちぽんさんが距離を詰めてくる。


「な、なんだよ急に」

「実は私、そういう子をずっと求めてたんですよね!ほら、私って肉食系じゃないですか?」

「だろうな」

「でも、男性って私が誘うとすぐころっといく人ばかりで…、恥じらいがないというか、反応がつまらないというか…。だから、反応が否定的だけど女性はちゃんと好きっていう初心な男性をいじめたいとずっと思っていたんです!」

「それ、思ってても絶対僕に言わないほうがよかったと思うよ?」

「私、嘘をつくのが苦手なんです。貴方もそうでしょ?だから誤魔化すをこと辞めて憧れの女装をしてるんじゃないですか?」

「一緒にされるのはなんか嫌だなぁ」

「ふふ、相変わらず初心ですね。最高です。さぁて、もっといろいろな場所を回りましょうか。そしてもっと貴方のことを教えてください!」

「や、やめろ!腕を組むな!胸を押し付けな!はぁはぁするな!」


さちぽんさんに連れられてイルミネーションを見に行ったり、スイーツを食べたりしてクリスマスを満喫した。

今はスイーツを食べすぎたため、散歩して街の景色を眺めながら腹ごなしをしている。


「それにしても、すごい食べてましたね」

「限定メニューって言われたら全部食べたくなっちゃって…、特典に可愛いぬいぐるみも貰えたし」

「それはよかったでちゅね。じゃあ、いっぱい食べた分運動しましょうか」

「その続きはもう聞かなくてもわかるようになってきたよ」

「それほどまでに仲良しになれたということですね」

「物は言いようだな。でも……、楽しかったよ。さちぽんさんには気を遣わなくていいから楽だったし」

「雑に扱われて興奮しました」

「はいはい」


根は変態だけど、なんだかんだ楽しい人ではあるんだよな。

そんなことを思いながら歩いていると、突然、男の集団に声をかけられた。


「お前、さちぽんだな…?」

「はい、なんでしょう?」

「知り合い、なの…?」


いつの間にか男たちに囲まれていた。

むさくるしい、群れていれば自分も強いと勘違いしている、声がでかい、とにかく気に入らない。

僕は中でも嫌いな男たちだ。


「覚えてないとはいわせねーぞ!俺たちは全員お前に騙されたんだ!」

「はて?どちら様でしょう?」

「くそっ!舐めやがって!俺に気が合うような言動しまくっておいて、まさかこれだけ多くの男と寝てたなんてな!」

「そうだ!俺たちの心をもてあそびやがって!キモいんだよ!」


ああ、なるほど。

要するにあれこれ手を出しまくった結果、修羅場っているというわけか。

なら、自業自得だな。


「あ、思い出しました。全員エッチが下手な印象の薄い人たちばかりだったので忘れてましたよ」

「こいつぅ……」

「お、おい。あんまり煽らないほうがいいじゃないか?」

「でも、私嘘をつくのは苦手ですから」

「なめてんじゃねーぞ!」


男の一人が手を上げた。

僕はその行き先を眺め、脅しではないことを確認してから拳を受け止める。


「なっ!」

「男が群れて女性を集団リンチなんてダサいんじゃないの?」

「はぁ?てめえこいつの友達か?今なら見逃してやるからさっさと失せろ」

「いえ、この方は私が一目惚れした男性ですよ」

「は!?男!?女装ってことかよ!」

「ほんと、嘘つくの苦手なんすね……」


なんだか、だんだんとイライラしてきた。

さちぽんさんにじゃなく、目の前の男たちに。

このまま終われば楽しい思い出でクリスマスが終わっていたというのに。

そう思ったら、悪態をつかずにはいられなかった。

というより、最初からずっと思っていたことがあり、突っ込まずにはいられなかったというのもある。


「だいたい、弄ばれたとかいいますけど、この女はどこからどう見ても痴女じゃないですか。期待するほうが馬鹿でしょ?」

「てめぇ…調子に乗ってんじゃねえぞ!」


次から次へと男たちが僕に向かって殴りかかる。

こうなったらもうお互いに無傷というわけにはいかないだろう。

だったらせめて、一瞬で終わらせる。


ほんと……こいつらさえいなければ、僕は女の子のままでいられたのに。


「がはっ」


僕は最初に殴りかかってきた男の頭をわしづかみにし、振り回した。

とっさに距離をとろうとする他の男たちを逃がさず、蹴りをお見舞いする。


「おえっ……」


一発蹴るだけで口から胃液のようなものを吐き出す男たち。

果敢にも殴りかかってくる相手もいたが、空いているもう片方の拳で殴り返してやった。

そして最後に、最初につかんだ男を遠くに投げ飛ばして全員の鎮圧が完了した。


「はぁ、はぁ……」

「……」


さちぽんさんの方をみるとぽかんと口を開けて呆けていた。

頭がぼぅとする。

暴力をふるったことで興奮し、目の前の女をめちゃくちゃに犯したい衝動に駆られる。

あの女の胸を触りたい、尻を撫でたい、匂いを嗅ぎたい、服をすべてはぎとりたい、僕だけのものにしたい。

衝動的にさちぽんさんの肩をがしっとつかむ。

ビクンと体の震えが伝わってきた。

この震えは。

恐怖の感情だろうか。


「がはっ…はぁ、はぁ……」


寸前で理性を取り戻した僕は慌ててさちぽんさんから体を離して駈け出した。


「あ、ちょっと…!」


さちぽんさんの声が聞こえたけれど、振り向く勇気はない。

例え、この場で全裸になられようとも僕はこの場から離れる覚悟だった。



僕は男が嫌いだ。

力強い筋肉も、女性に対する性欲の深さも、毛深い体毛も、すべてが嫌いだ。

特に男同士でする下ネタやゲス話なんかには反吐が出る。

僕は男が嫌いだ。僕自身も含めて。


心が落ち着くまで走り続けると静かな住宅街に出た。

この付近は一部の一軒家がイルミネーションの飾りつけをしているくらいで、クリスマスの雰囲気はほとんどなくなっている。


「寒……」


つい先ほどまで走っていたものの、立ち止まって見るとミニスカの弊害を感じた。

さっきまではさちぽんさんがくっついてたからあまりわからなかったけど、この衣装って結構寒かったんだな……。


「帰るか……」


一人つぶやいて、住宅街を歩く。

駅の方向はわからないけど、元来た道を戻れば大丈夫だろう。

スマホで地図を見ればすぐなのはわかっていたが、スマホを取り出す気力はなかった。


昔から僕は人よりも多くの男性ホルモンを有している自覚があった。

性の目覚めも早かったし、筋肉も人一倍ついた。

でも、可愛いものや女の子の服が大好きで、次第に女の子に憧れるようになって……。

けど、結局ダメだった。僕はどこまでいっても男だ。僕の嫌いな。


「あ、やっと戻ってきました」

「え?」


聞き覚えのある声を聞いて顔をあげると、トナカイ衣装のさちぽんさんがいた。

周りを見渡すと、どうやら先ほどの現場付近に戻ってきていたらしい。


「ずっと待っていたんですか…?」

「ええ。全裸になっても戻ってこなかったのでずいぶん焦りましたけど、戻ってきてくれてよかったです」

「ぜ、全裸!?でも服装は変わってないですよね」

「トナカイの下は全裸ですよ」


そう言ってにこりと微笑んだ。狂気の笑顔だ。


「私、さっきの貴方を見てもう一目惚れから、百目惚れしちゃったんですよ。だから、私を抱いて責任を取ってください」

「さっきのって…怖くはなかったんですか…?あんな暴力ふるって、性欲もまっすぐ向けられて…」

「ふふふ、あははは」

「な、どうして笑うんですか?」

「だって、忘れてるかもしれませんが、貴方の恰好はミニスカサンタですからね。怖いというか面白かったくらいですよ」

「いや、それは逆に怖いんじゃ……」

「個性があっていいじゃないですか。私はそんな貴方に百目惚れしたんです」

「……物は言いようですね」


不思議と心がすっと軽くなったのを感じる。

でも、同時にさっきの男たちの存在を思い出す。ひょっとして僕も騙されているんだろうか。

いや、この人の場合、騙しているという自覚さえなさそうだな。

嘘をつくのは苦手だから。


「さてと、それじゃそろそろベッドインと行きましょうか。そして私と恋人になってください」

「なんか要求が増えてませんかね?」

「嘘をつくのは苦手なんです。これが私の本心ですよ」

「はぁ……、ベッドインも恋人もお断りですけど、連絡先の交換だけならいいですよ」

「なるほど、これが焦らしプレイですね」


下ネタをスルーしつつ連絡先を交換する。


「田中幸子…、それがさちぽんさんの本名だったんですね」

「そ、その地味な名前で呼ぶのはやめてください!!コンプレックスなんです!!」

「わ、初めてさちぽんさんの慌てた姿を見た気がする」

「それだけは、禁句ですから」

「ふーん、個性があっていいと思うけどな」


クリスマス色の煌びやかな街中を二人並んで歩く。

相変わらずくっついてくるさちぽんさんだったが、お互いの寒さを誤魔化すためなら仕方ないことにように思えた。

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