織田軍評定にて 時代の変革者達
祝宴の日から数日後、一行は岐阜城の広間に集められていた。
「これより、先の野村での合戦の論功行賞、並びに評定を執り行う」
広間には五十人程が集まり、信長とそれに近しい家臣数人が
上座側に座る。信長の前には巨大な近畿地方の地図が置かれていた。
桜木義兄弟と幸生、織彦は広間の下座入り口付近に座していた。
『なんでこんな隅っこなんだよ』
幸生が愚痴る。それに答えたのは景正だった。
『ウチは最近三好から離反したから、立場が低いんだよ』
『けどそのお陰でこうやって話しやすいの便利だね』
織彦も小声で前向きな感想を言う。侑虎は静かに上座を見詰める。
「まずは先日の首実検に基づく論功行賞だ」
信長が立ち上がる。
家臣一同が身構えた。
『おい、景正。くびじっけんってなんだ?』
幸生は小声で尋ねる。信長に啖呵を切ってから、彼は本名呼びをするようになっていた。
『首実検ってのは、合戦で己が討ち取った首級を将に確認して褒美を貰うんだ』
『ほう、業績に応じたボーナスか』
幸生が自分の知識で当てはめていると、信長が式を進めていた。
「それでは一番の手柄からだ。おい、猿!」
「ははっ」
信長に呼ばれ、上座に座る一人の男が威勢良く返事をした。
「貴様は先の合戦に前後し、横山城の降伏に貢献した。
よってあの城の城番を命じる。
家臣達がどよめき立つ。
『木下殿が?』
『墨俣城に続き二城目とな?』
『馬鹿な、足軽上がりの分際で』
ヒソヒソとした声が幸生達の耳に入ってくる。
「どうだ、猿。引き受けられるか」
そんな陰口が聞こえているのかは不明だが、信長は猿と呼ぶ男木下に問う。聞かれた男は深く頭を下げて何やら考えていたが、ガバっと頭をあげ、主君を見上げる。
「この猿、小谷城攻めの要たる横山城城番という大役、謹んで引き受けまする」
信長が黙って頷く。だがそれだけでは終わらなかった。
「しかしながら……」
「ん?どうした?」
幸生の目には、木下の額には汗が浮かんでいるように見えた。
『あの男、まさかぶっこむ気か?』
「しかしながら、この猿、自由に采配を振るう城と配下をいただければ、更なる活躍をもって、殿の大願『天下布武』成就に貢献して見せましょう」
一気に捲し立てる木下。信長が何か返答しようとするが、それより先に家臣の一人が立ち上がる。
「厚かましいですぞ木下殿」
「その通り、殿からの褒賞に更にねだる等面の皮が厚すぎる」
「そもそも何故足軽出のそなたが席座の順を無視して上座におるのか」
下座の家臣達から口々に罵声が飛ぶ。
「静粛に!」
雷が落ちたかのような一喝に広間は静まり返る。声を上げたのは上座に座る切れ長の目付きの男だった。
「首実検は殿より褒美を授かる場。妬み嫉妬で騒ぎ立てるのは筋違いでは?」
「明智殿、しかし……」
最初に非難し立ち上がった男が尚も弁明しようとするが、明智は彼を睨み黙らせ、信長に向き直る。
「詮議を荒らすのは論外。とはいえ物事には格式、筋道があるのも道理……若き家臣達に納得させるためにも、何故同じ戦で活躍され、重臣である柴田殿を差し置き、木下殿を寵愛されるのか、ご説明願えますか?」
聞かれた信長は、騒ぎをもろともせず、耳の穴を掃除し、指で吹いていた。
「お前は相変わらずかったいのう、キンカ頭」
盛り上がらせようとしたテンションに水を差され、心底面倒臭そうに家臣達を見直す信長。
「まあいい、最近は同盟やら寝返りやらで織田に入ったばかりの連中も多い。一つ教えるのも一興よな」
片ひざを立て座り直す。
「まず始めに言っておく。格式だの血筋だの、んなもんは朝廷と幕府への表向きだけ気にしとけ。俺の配下でいる位置はそんなもん糞にも劣る!」
戦国の常識から外れた考えにあっけにとられる家臣達。かつて尾張の大うつけと言われた男は、尚も持論をぶち上げる。
「俺が評価するのは二つ。優秀な奴か、面白い奴かだ。優秀ならば裏切り者だろうが素性の分からん奴だろうが取り立てる。面白けりゃ異国の宗教家だろうが未来人だろうが招き入れる」
「み、未来……?」
聞き慣れない単語に戸惑う者もいるが、主君の言葉を遮るわけには行かない。
「そして猿は気が利き優秀だ。今回の働きに褒美をやって何が悪い?」
誰も何も言えなかった。
「ふん、では話を戻すか。猿よ、もっと成り上がりたいと申したな」
「へ?あ、某は……」
「今更取り繕うな、顔に書いてあるわ。良いか、貴様が浅井朝倉どちらかの首をとれば、この岐阜に貴様の城を築いてやる」
「ま、誠ですか!?」
「二言はない」
信長は再度、家臣一同をみやる。
「貴様らもだ。首級を挙げれば城だろうが領地だろうがくれてやる。敵の情報をもたらすなら腹に何を抱えてようが構わん。俺の役にたって見せろ!」
「「ははっ!」」
尊敬するもの、利用しようと企むもの、恐怖に屈したもの。それら全てが従い、一人の男にひれ伏していた。幸生はその様を表す現代語を知っていた。
「カリスマ……か」
と、側で跪く侑虎が幸生にあることを囁く。幸生はニヤリと笑うと頷いた。
その後は物言いもなく、つつがなく論功行賞が進行する。
徳川方で活躍した7武将への褒賞に始まり、一番槍、一番太刀、突き槍等々……大将を落としていないので領地は得られなかったが、それぞれが金銭、武器や高価な茶器を与えられていく。そして……
「桜木星士郎」
侑虎が呼ばれた。
「貴様は太刀打ちでだな」
太刀打ち、即ち飛び道具に頼らず敵を太刀で倒す功名である。
「陣に奇襲を受け、馬を失いながらも切り返していたな。足軽五人、足軽大将一人か。俺としては槍のほうが好みだがまあいい」
信長は値踏みするような目で侑虎をみた。
「まずは貴様に茶会への参加を許可する。その上で馬か金銭か茶器をと考えているが、どうだ?」
国獲りが加熱したこの時代、領地こそが最大の恩賞ではあったが、限りある日本の国土では与えられる領地には限界があった。そこで信長は新たな社会的・経済的ステータスとして茶器や茶会をブランド化し、恩賞として配っていた。
「有り難きお誘いながら、某は先の戦で新たな馬を拾いました。また、国人に過ぎぬ某に茶会への参加許可など、身に余る光栄であり、この上で更に茶器を欲しがる等は出来ませぬ」
「では金銭か?」
信長が問う。侑虎はチラリと幸生を見て頷いた。
「いえ、どうせであれば、その金銭と同額分の種子島を頂戴したく存じます」
「ほう?」
信長が興味深そうに眉を上げる。
「貴様の軍には鉄砲衆は居なかったはずだが?」
その問いに答えたのは侑虎ではない。
「俺が新しく作るんだよ」
幸生が名乗りを挙げていた。
「何者だ貴様は!」
突如会話に参加した青年に、家臣達が咎める。
「俺か?桜木家の、居候?」
自分自身でも良く分からないため、首をかしげながら答える幸生。数人の家臣は激怒する。
「何を戯けたことを!桜木の家臣ならば主の顔に泥を塗るのか!?」
「よい!そいつの物言いは俺が許す」
まさかの信長の発言に、再びざわつき出す織田軍。
「そいつは先の合戦後に星士郎の領地に迷い込んだ未来人らしくてな。先日俺が客人としてもてなしたのだ」
あまりの突拍子もない説明に静まり返る。その沈黙を破ったのは木下だ。
「ほぉ~、流石は殿。古今東西様々な者達を従えるその器量、流石で御座いますな。昨年は伴天連の宣教師、今年は未来人とは、いやはやこの猿、殿の元に仕えてからと言うもの、退屈とは無縁で御座います」
相手を間違えれば皮肉にもなりかねない世辞だが、信長は機嫌を良くしたようだった。
「そうだろう、そうだろう。だがな猿、こいつはただの見世物じゃない。未来の軍略を知るそうだ。そうだな、河津幸生とやら」
「ああ!アンタの三段撃ちを超える、塹壕戦のやり方を教えてやる!」
それが、侑虎が幸生達と打ち合わせた妙案であった。そしてここから、歴史がうねりを挙げて変革を始めていく。
『長篠の戦の嘘? 信長は三段撃ちなどしていなかった ~』
とある山の、とある寺の中にて……
「ゲームやマンガが溢れる」部屋の中で、一人の青年がスマホを眺めていた。この時代には存在しない、迷彩服を着た20過ぎの青年は、スマホの記事をスワイプしてメガネをくいっとあげにやつく。そこに一人の女性が部屋に入ってくる。
「加藤さん、もうすぐ浅井様達が来るようですよ。……あら?」
17、8であろうか。やはりこの時代には存在しない黒のセーラー服を着た少女は、品のある佇まいで加藤青年に語りかける。
「スマホばかり見て……、モバイルバッテリーの無駄遣いは後々苦労しませんか?」
「沼田さん、これ見てよ」
加藤は沼田と呼ぶ少女に己のスマホを見せる。
「あら、これは……」
「信長の三段撃ちを否定する論文や資料が一斉に出てきた」
「どういうことでしょう?」
少女の問いに、青年は邪悪な笑みを浮かべる。
「どうやら織田にも僕らと同じ奴がやってきたみたいだね」
その言葉に沼田も微笑み返す。
「まあ、それは楽しみですわ」
「そうだね、これで面白くなってきた」
元亀元年7月、時間転移者達による新しい日本史が始まろうとしていた。
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