岐阜城にて~魔王となる男との出会い
時代考証があやふやな部分がありますが、徐々に架空戦記化しますので多めに見ていただければと思います。
侑虎が凱旋した翌日、一人の使者が書状を持ち桜木家を訪れた。
「我が殿、弾正忠様からの文を持って参上致しました」
使者は領主の間に通され、侑虎と謁見する。
「長旅御苦労であった。ごゆるりと静養なされよ」
郵便等無いこの時代、書状を届ける使者は外交官の役割を持ち、敵味方問わず丁重にもてなすのが流儀だった。
「折角の御心遣い、無碍にするのは誠に心苦しいながら、某、明日には出立する身なれば」
使者は断りを入れた。
「随分急ぎの様ですな?」
「子細は殿の文を読まれてからお話致します」
使者は折り畳まれた書状を手渡す。
目下の者に向けた折紙の文を広げ、侑虎はしばし目を通す。
「戦功功労を10日後に延期、併せてその日に軍評定の実施の為、各将は岐阜城に参集……成る程、弾正忠殿は早くも次の戦を御所望か」
「先の野村での合戦、我が軍の勝利なれど、未だ浅井朝倉両名の首が健在ですので」
「これから稲刈りの時期だぞ……、いや、それがそちらの強みか」
侑虎は使者をみやる。中世において、国力は石高に比例する。故に戦も農作業の間隙を縫って計画されていた。ある戦国大名の台頭までは……。
「はい。我が軍は城下町にて一定の兵を常備させております。とは言え全ての家臣に浸透しているわけではありませぬ。貴殿のように近年傘下に加わった勢力ならば尚更でしょう」
使者はやや緊張した面持ちで話す。裏切り、寝返りが横行したこの時代、寝返り家臣に加わった勢力の扱いはデリケートだった。厚遇すれば古参からの不満を招く。しかし軽んじれば再び離反される。最悪なのは、そもそもが敵と内通し寝返ったふりをしていたスパイである場合だ。
『俺も試されているというわけか』
侑虎は自嘲する。喧嘩別れはしたが、元は三好に仕えていた家系である。三好三人衆と激しく敵対する弾正忠からしたら信用しきれないといったところだろう。
「……承知した。某が参集致す。返事を書くのでしばし待たれよ」
祐筆を呼び返答を書かせる。その最中、侑虎はふと思い付く。
「此度の召集だが、某以外にも三名ほど殿への謁見を所望するがよろしいか」
「はっ、失礼ながら、その御三名とは?」
いぶかしむ使者に侑虎は笑う。
「何、某の義弟と、未来人と名乗る珍妙な奴の友人よ」
3日後の昼下がり、10人程の並びで琵琶湖沿いを歩く一団がいた。馬3頭、内二人は騎乗し、残る馬は荷物を運ぶ。その後方、この時代には有り得ないバイクを押して歩く青年、河津幸生が呻く。
「暑ぅ、今本当に6月か?未来より地球温暖化進んでんじゃねぇの?」
「でも、皆今は水無月だって言ってたから、間違いないと思う」
幸生の横で汗だくになりながら答えたのは星原織彦だ。
「てか皆歩くスピード速すぎません?僕ちょっとヤバイんだけど……」
運動不足のオタクには武士の競歩速度は拷問に近いのだろう。汗だけではなく顔色も青くなっている。
「お前まだ良い方だろ。俺なんてバイク押してんだぞ」
「その馬行って駿馬並に速いんだろ、走らせたらどうだ?」
馬上から無邪気に提案するのは桜木家嫡男の桜木景太郎景正である。幸生は面倒臭そうに答える。
「こいつは燃料に限りがあんだよ。多分この時代じゃ給油も出来ねぇ」
幸生のオフロードバイクの燃料タンク容量は約14リッター、
燃費は全てがオフロードなこの時代では1リッター当たり30㎞といったところだろう。残りの容量からみて、300㎞走ればガス欠する。
「ははっ、けったいな見た目だけで大したこと無いな。俺の栗ぶちはその辺の草を食えば十里は走り続けるぞ」
「はいはい」
少年の自慢話を適当に受け流す。隣の織彦はゼイゼイと肩で息をしながらもう一人の騎馬乗りに尋ねた。
「あの、星士郎様、その……「だんじょうのちゅう」様のところまであとどれくらいかかるのですか?」
侑虎は横目で未来人達をちらりと見る。彼らには詳細は伝えず、ただ弾正忠様に謁見させるから一緒に来いとだけ伝えていた。
「今殿は岐阜城に居を構えておられる。あと二十里程だろう」
「岐阜城?」
織彦は暑さと疲労で思考力が低下した頭で思い出そうとする。岐阜城とは誰の城だったか、いや、それよりも20里と言ったか?
「1里って4㎞だから……あと80㎞も歩くの!?嘘でしょ」
中世~近世における人間の歩く距離は一日で30㎞程と言われており、里という単位も半刻(1時間)に4㎞位歩くから基準となったという説もある。現代人には酷な話である。
「マジか、朝から歩きづめだから片道100㎞はあるのか」
幸生も驚く。
「てか往復200㎞はいよいよしんどいな」
「お前達、馬に乗ったことはないのか?」
侑虎は尋ねた。
「俺らの時代で馬乗るのは競馬の……馬の競争で賭博する奴ら位だな」
「そうか。では帰ったら馬を覚えてもらうか」
騎乗は後ろに乗るにもコツがいる。今侑虎が乗っている馬は先の合戦で手に入れて躾中である。素人を乗せるには危険すぎる。
「ははは、じゃあ俺が教えてやるよ。見てろよ、栗ぶち!」
景正が自慢げに馬を走らせる。
「義兄上ぇ!このまま先の長命寺まで行って泊まりの話着けてきます!」
「野盗には気を付けろよ!」
侑虎の助言が聞こえたかは不明なまま、義弟は駆けていった。その後ろでは……
「あ~そうか、この時代まだ旅籠とか普及してないのかぁ」
「んだよ織彦、これ以上まだだりぃのあんのか?」
「うん、多分お寺は寝床貸してくれるだけだから、料理とか自分で作んないといけない」
「マジかよ!温泉旅館入りてぇよチクショウ!」
『こ奴ら……景正と馬が合うのも分かる気がするな』
訳の判らない愚痴を言い合う未来人達と、元服しても幼さの抜けない義弟。甘ちゃん具合では大差無いと、侑虎は人知れずため息を付いていた。
更に3日後の夕刻、一行はようやく開けた城下町に来ていた。
「あ~やっと文明らしい場所に来たわ」
「た、助かった……」
疲れきった幸生達安堵する。特に織彦はなれない長旅で両足筋肉痛、足の裏は肉刺だらけで、木の棒を削った杖をついて歩く有り様だった。
街の入り口に立つ門番に侑虎が何やら話すとすぐに出迎えがやってくる。
「遠路遥々御足労頂き誠に感謝致します。桜木星士郎殿」
「織田弾正忠殿は何処におられるか?軍評定に先立ちお伝えしたいことがあるのだが」
「御案内致します。山麓の居館まで後少々ありますが、お連れの方々はよろしいか?」
侑虎が後ろを見る。
「うっは♪山の上に城がある。やっぱ弾正忠様にもなるとすげーな」
「へ?今織田って言いました?もしかして……」
「はあ!?こっから山登るだと!ふざけんな!流石にバイクで行くわ!乗れ織彦」
「ちょっ、待って、あ!岐阜城!ああああ!」
観光のごとくはしゃぐ義弟と相変わらず訳の判らない調子で馬行を運転し始める未来人どもを見て溜め息をつく。
「皆力が有り余っているようだ。すぐに案内してくれ」
一行は城下町を抜け金華山を登る。山頂の天守閣を目指すのかと思われたが、山麓の居館に案内された。
馬とバイクからそれぞれ降りて建物をみる。谷に挟まれ全てを俯瞰できるわけではないが、3階建てと4階建ての館が組合わさり、谷からは滝が流れ、館を繋ぐ橋の下を川が流れるという豪華な造りだ。
「あっちのいかにもな城じゃないんだな」
「天守閣は殿の居館にして戦の拠点にございます。山を登らせるのは申し訳無いということで、客人のもてなしはこちらの居館で行っておりまする」
幸生の疑問に答える案内人は、従者達を宿泊部屋に、幸生、織彦、侑虎、景正の四人を客間に案内した。
屋敷の中は外以上に豪華絢爛としていた。美しく着飾った女中達が忙しなく食事を運び、広い座敷に御膳を準備する。
侑虎は恭しく席に着き、残る三人も彼に倣った。
「と、どうしよう……僕、この時代の作法とか知らないよ」
酷くオドオドとした態度で織彦が言う。謁見のためにこの時代に来た時のオタクファッションに着替えていることも合わさり、酷く情けない。
「俺だって知らねぇけどよ。こっちは客人の立場だぜ?ビビる必要なんざないだろ」
そういう幸生も紺のジャケットにスラックス、薄い水色のワイシャツと、現代コーデであった。こちらは堂々と胡座をかいておりさながら極道の若頭のような貫禄すらある。
「大体お前この城に来てからなんか変だぞ、さっきなんか騒いでたよな」
「そりゃ怖いよ、幸生は何ともないの?」
「何を怖がれば良いんだよ?」
「だって岐阜城城主と言えば……」
織彦が言いかけたところで、上座の襖が勢い良く開く。
「おぅ!遅うなってすまなんだな!遠路はるばるよくぞ来たな、桜木星士郎殿」
現れたのは派手で上等な着物を着た30代程の男だった。良く通る高めの声で威勢良く語りかける。
侑虎は恭しく一礼すると口上を述べ始めた。
「織田弾正忠殿にあられましては先の戦より御健勝で何よりで御座いまする。この度この桜木星士郎侑虎、義弟の桜木景太郎景正、及びその友人で未来人を名乗る二名を殿の御目にかけたく思い、馳せ参じました」
景正以下3名も倣い例をする。上座の男は片膝を立てて座ると女中達に目配せをする。
「あぁ、そう畏まるな。これは客人へのもてなしだ。無礼講で構わん。形式はまったやりとりは戦評定ですればいい」
女中達が杯に酒を注いでくる。男はいち早く酒を飲み干すと侑虎達にも勧めてくる。
「はっ、有り難く頂戴致しまする」
侑虎に続き3人も酒を口に入れる。
「さて!食事がてら話とするか!未来人と申したか?」
男が幸生と織彦に目を向ける。
「かの者達は先の野村での合戦の日の宵に、我が領内で義弟が見付けたものです」
「そこからは某がお話致します」
景正が義兄から引き継ぐ。
「二人は彼らが馬行と呼ぶ鉄の馬に乗り領内の村を彷徨い、野盗に襲われており……」
「ああ、其方の説明はよい。本人に聞きたい」
「しかし弾正忠様……」
「くどい!餓鬼の説明を長々と聞くつもりはないわ!」
侑虎の言葉を遮り男は声を荒げる。景正、織彦はビクリと怯える。
『こいつは……』
幸生は眉をひそめた。
「二人ともこの場におるのだ。本人から話させればよかろう。南蛮人でもなし、日の本の言葉が話せないわけではないのだろう?」
男は織彦に目を向けた。
「おう!そこの!女子の生首の絵を着飾るとは随分な趣味だな!名はなんという?」
「へ!?ぼ、僕ですか?え、えと、星原織彦と申します。こ、この服のキャラは…えと……か、飾りです」
萌えキャラの顔イラストを生首呼ばわりされて戸惑う織彦。中世と現代では価値観が違う。
「織彦か、良い名だな。さて、未来から来たと申したな。
この俺のことはどれだけ知ってる?」
男が面白そうに聞いてくる。織彦は目を泳がせていた。
『どうしよう?未来のこと言って良いの?』
「えと、織田の……だ、弾正忠様は、僕らの歴史の教科書でも大人気の戦国大名として載っています。劇やフィクション、えと、読物にもたくさん出てきます」
出来るだけ歴史に影響がなく、相手をヨイショする言い方をしたつもりだが、男はつまらなそうだった。
「なるほどな。ではこれからはどうなるか分かるか?この俺の『天下布武』がどうなったのか、それを言うてみよ」
口調は優しいが謎の圧を感じる。織彦は背筋から冷や汗が吹き出たのを自覚した。
「そ、それは……」
「どうした?まさか言えないとは言うまいな。お前達が未来から来たと申すから祝宴を開いたのだが」
男が立ち上がる。その場の空気が一瞬で凍り付く。
「殿!事情が……」
慌てて弁明に入ろうとした侑虎だか、その声は遮られた。
「あ~、織彦は恥ずかしがり屋なんすよ」
わざと大きな声を出しながら幸生は立ち上がる。
「貴様は……」
「俺の名前は河津幸生。本名ですよ。一つ確認したいんだが……」
男の言葉を遮り話を続ける。こちらが会話のペースを握らなければ不味い。幸生の直感がそう告げていた。
「俺らの時代には大衆に素性を隠して話す以外に名前を隠す風習はない。歴史の偉人は皆本名で呼んでる。アンタは……」
幸生は男を、天下布武を口にした男を正面から見据えた。
「織田信長なんだよな?」
「お前!弾正忠様に無礼だぞ!」
景正がビックリしてくってかかる。配膳や酌をしていた女中達も驚き口を押さえている。
「くくく、なるほど」
ただ一人、男だけが笑っていた。
「フロイトと同じことを言う。貴様今この国に生きる人間ではないな。如何にも、俺は正四位下弾正大弼、平朝臣織田三郎信長よ。信長だろうが貴様の好きに呼べ」
「じゃ、お言葉に甘えさせて貰うぜ、信長様」
幸生もニヤリと笑う。どうせ時代と文化が違うのだ。うろ覚えの怪しい礼節よりも本心の方が気楽だ。
『生半可な対応は逆効果だろうしな』
横目で親友を見る。信長の圧を受けて今だ放心状態のようだ。自分が会話を持たせるしかない。
「して、幸生とやら。改めてお前に問うが、未来で俺について何を知る?俺に何が言える?」
こちら同様遠慮は無用とばかりに信長は核心に触れてくる。未来から来た自分達から情報を引き出し、天下取りに活かすつもりか。
『さてどうするかな』
笑みを浮かべたまま幸生は高速で思考を巡らせる。この時代で電気や機械に関する技術等を伝承できるほど自分には経験はなく、歴史の知識も友人には及ばない。義務教育やニュースの範囲で言えるとすれば……
「俺は大して歴史に興味はないから、あんたの生涯はそこまで詳しくない」
正直に話す。信長は目を細める。
「だが、俺でも分かる範囲で言うなら、あんたの代名詞といやぁ、『三段撃ち』だな」
「何?」
ぴくりと信長が片眉を上げる。
「ちょっと、幸生!多分この時代は『長篠の戦い』より前だよ」
小声で震えながら織彦が引き留める。
「おうそうか、都合がいいな」
幸生は笑って答える。
「俺は詳しくは知らないが、信長様、あんたは武田の騎馬隊を鉄砲の三段撃ちで打ち破るんだ。しかし俺から言わせればもっと効率的な戦い片がある」
「……」
信長は再び座り暫し考え込む。
「……どうだ?興味あるかい?聞きたいなら飯食いながらにしようぜ。せっかくの宴だろ?」
詐欺師まがいの情報教材セミナーを開いている気分になりながら、幸生は全力でプレゼンする。
「くくく」
はじめは全員が何か分からなかった。
「くくくく」
次第に信長が笑っているのだと気付く。
「くはははははは!」
後に第六天魔王として名を馳せる男は甲高い笑い声を座敷中に響き渡らせる。
「幸生、お前面白いなぁ!よしよし!俺にその考えとやらを教えてくれ」
先ほどまでとはうって変わって上機嫌になる信長。
「ほれ、お前達も食うぞ」
幸生は内心ホッとしながらも、話す内容を考えていた。
その晩、散々幸生の持論と未来蘊蓄で盛り上がった祝宴は終わり、幸生と織彦は布団についていた。
「……幸生、起きてる?」
「おう」
硬い枕が合わず腕を枕に天井を見ながら幸生は答える。
「さっきはありがとう。信長だって思って勝手に舞い上がっちゃった。割りと気がいいおっさんだったね」
宴会に入ってからは信長自ら余興に舞を踊る等確かに愉快なものだった。社会経験の無い織彦にはそう感じられたのだろう。幸生はため息をついた。
「お前気付かなかったのかよ。俺や星士郎がちょいちょい空気読まなかったらヤバかったぞ」
「ヤバかったって?」
織。彦はキョトンとしている。宴会前の緊張をもう忘れているようだ。
「信長なりに気を使ったり楽しませようとはしてるさ。けどそれに合わせない輩には苛烈にキレる。まあこの時代なら殺されるんじゃないかな」
「そんな……」
馬鹿なと言いかけて織彦は言葉をつまらせる。信長を言い表す句を思い出したのだ。
「……鳴かぬなら 殺してしまえ 不如帰」
「なんだそれ?まあともかくあれだ。信長は俺の最初に働いてたブラック企業の上司みたいな奴だった。合理的で傲慢で革新家。斬新で有能な奴はガンガン褒めるが頭の固い奴はパワハラを受ける」
「教科書で読む織田軍もそんな感じだね」
二人はこれからのことを考える。幸生が咄嗟にぶちあげはしたが、未来の情報を活用して立ち回ろうというのは事前に考えていたことだ。
「織田軍と言えばさ……」
幸生はふと思った疑問を口にする。
「星士郎や景太郎達ってゲームにも居ないのか?」
「うん、桜木なんて武将は聞いたことがないよ」
「なんでだろうな。信長に逢えるような奴なのに」
「多分記録が残らないようなことがあったのかも」
「そうか……」
戦国の世、理由はいくらでも考えられる。世話になり続けて情が湧きつつあるのは自覚していたが、二人はそれ以上は考えないように眠りについた。
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