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国人領主 桜木家にて

 夜明けが近づいてきたのか、暗い夜空が青みがかってくる中、4人の男達が夜道を一列になって歩いていた。前から二番目、この時代にはありえないバイクを押して歩く幸生は前方の少年に話しかける。

「なあアンタ、景太郎つったか?」

暗がりの中、松明を持って先頭を歩く少年は振り返りにこやかに応える。

「うん。俺は桜木景太郎だな。お前は河津幸生、後ろのは星原織彦だったな。どうした?」

「いや、変なことを聞くようで悪いんだがよ。俺達は多分この時代の人間じゃない。今が何時で、ここが何処だか教えちゃくれないか?」

景太郎はははっと笑う。

「さっきの未来から来たとかいう与太話か。面白いことを言うな。今は元亀元年水無月二十八日だ。ここは桜木(ウチ)の領内で、近江と山城の国境にある。分かったか?」

「織彦、お前なんか分かった?」

歴史の授業を赤点超えで済ませていた幸生には意味不明な単語の羅列にしか聞こえない。マルチなオタクの親友に委ねるしかなかった。

「とりあえず水無月だから6月で……、ここがざっと滋賀県の京都の間位の場所だってのは分かる」

スマホのカンニングに頼れず、織彦も記憶を辿りながら応える。

「元亀ってのが思い出せそうで出てこないんだよなあ、やっぱり西暦で覚えちゃってるから」

あっ、と何かを閃いて織彦は手を打つ。

「そうだ、景太郎君……いや様?今室町幕府ってありますか?」

「室町?足利家のことか?義輝様が討たれて今は義昭様の時代だぞ」

「なるほど、感謝します」

得心がいったとばかりに頷く織彦。幸生は彼に尋ねる。

「おい、お前ばっか納得してんじゃねぇよ。俺にも教えろ」

織彦は幸生の耳元で小声で話す。

「うっかり彼らが敵対したら怖いから小さくね。えっとね、大体今は室町時代と安土桃山時代の境目だね。足利義昭は最後の将軍で、信長に追放されるんだよ」

「あ、信長は分かる。信長、秀吉、家康で天下取るんだっけ?」

「いや信長は本能寺の変で死ぬから天下は取れてない。太閤秀吉と江戸幕府の家康は天下人だけど」

「なあなあ、二人だけで話すなよ。お前達未来のこと分かるんなら今日の野村での合戦の結果とか分かるのか?」

景太郎がにやにやしながら聞いてくる。

「野村……ごめん、知らない」

織彦が首を振る。

「ホラな、冗談が過ぎるって。どうせどっかの南蛮からの渡来人だろうけど変な嘘つくなよな。表立って敵対しなきゃ義兄上も弾正忠殿も打ち首とかにはしないって。新しいもの大好きな方だし」

すっかり嘘つき扱いをされ幸生は一瞬ムッとする。

「あのなぁ、嘘つき扱いされてもこちとら本当に……」

「止めときなよ幸生。色々未来の話して事態こんがらがったら不味いって」

「へいへい」

「……」

織彦に諌められ渋々引き下がる幸生。殿(しんがり)を務める弥吉が静かに聞いているが二人は気付かない。景太郎は気にせず話を続ける。

「まあその「馬行(バイク)」とかいう道具とか変な格好とか、面白そうな話聞けそうだから今夜はウチに泊まれよ。どのみち義兄上に伺わないといけないしな。良いよな、弥吉」

「はい」

「よし、決まり。もうすぐうちの屋敷だ。急ごうぜ」

四人は明け方に近付く空の下、早歩きで進んでいった。


「でかいな」

幸生は素直に呟いた。空が白み、もうじき夜が明けようかという時間帯、4人は大きな門の前に立っていた。高さ2mはある白壁が一辺30mは続いている。

「本当に戦国大名なんだな、お前んち」

「まあ国衆の成り上がりだけどな。やっぱ守護大名様の方が凄いよ」

「さっきも聞いた気がするけどよ、なんだそれ?」

幸生の疑問に応えたのは織彦だ。

「守護大名は朝廷から正式に与えられた役職の人達が戦国大名になったんだ。僕らの感覚だと都道府県知事みたいなもんかな。国衆とか国人領主っていうのは、民間だけどその地域をまとめあげてる大企業の社長さんみたいなもの」

僕学者じゃないから正確じゃないかもだけど、と付け加える。

「大体分かった。つまり都道府県知事や市町村長、大企業が国取りしてるんだな。愉快な状況じゃねぇか」

 この時代、朝廷や幕府の権威が失墜しているため、本来各地の守護を任されていた大名達が独自の思惑で領土拡大をはかり、日本中で戦乱が巻き起こっていた。

「にしても遅いなあ。おーい!俺だ、帰ったぞ!」

少年は口に手を当てるとあらん限りの声を上げる。

「……っ!景太郎様!只今!」

一拍置いて門の向こうで慌ただしい音がしたかと思うと、門は内開きで開いていく。夜明けの薄明かりの中、屋敷へと続く石畳が門から伸びていた。門を空けた二人の門番は目を必死に見開き整列していた。片方が口を開く。

「お帰りなさいませ、お出掛けになられているとはつゆ知らず、対応が遅れましたこと、誠に申し訳なく存じます。」

「遅れたっつうか、寝てただろ」

景太郎の言葉にギクリと背が伸びる門番達。 

「義兄上にやったら打ち首だぜ。気を付けろよ」

「はっ!」

「あと、この二人は俺の客人だから」

「承知いたしました。」

「二人?」

織彦が疑問に思い周囲を見渡す。

「あれ、弥吉さんは?」

最後尾から歩いてきたはずの弥吉がいなかった。

「あ~、家に帰ったんでしょ。あいつはほら、地侍だから」

景太郎が頭をかきながら言う。地侍とは半農、半武士なものを指す。

「それより早く入ろう。どうせお前達行くあてないんだろ」

「……悪りぃな。暫く世話になるよ」

幸生達は少年の厚意に素直に甘えることにした。


 屋敷に上がると、現代に伝わる古民家といった造りであった。庭には倉庫や武道場があり、居館は平造りながら部屋数は多く、数人の女中達が慌ただしく朝食の準備をしていた。

幸生と織彦は座敷で暫く待たされていた。

「待たせたな、もうすぐ朝餉(あさげ)だ。遠慮せず食えよ」

運ばれてきたのは茶碗山盛りの玄米と葱と豆腐の味噌汁、炊いた蕪だった。幸生達が礼を言いいそいそと食べていると、座敷の襖が勢いよく開いた。

「まあ景正、貴方また夜に出歩いて!」

現れたのは紅く美しい着物を纏った女性だった。

「おはよう姉上。今日はこちらだったんだね」

「星士郎様が凱旋なさると聞き参ったのです。それよりこの者達は一体?」

女性は幸生達の顔と身なりを怪訝そうに窺った。現代とは化粧の嗜好が異なるが、素顔の顔立ちは整い美人の部類であり、年も自分達に近いだろうと幸生は思った。また、目鼻のパーツがどことなく景太郎と似た印象を受けた。その少年は、食事の手を止め、慌てて美女と二人の間に入った。

「紹介します。この二人は河津幸生と星原織彦。昨夜ウチの領に迷い込んだどっかの渡来人で、俺の友人」

「どこかって……」

美女は呆れて唖然とする。景太郎は構わず話を進める。

「んでこの人は俺の姉上で芹。前は芹姫って言われてたけど、義兄の星士郎と婚儀を結んだから今は琵琶の君とか呼ばれてるよ」

「琵琶の君?楽器のか?」

幸生の質問に景太郎は無邪気に笑う。

「いやあ、琵琶湖城のだよ。最近はそっちにいることが多かったんだよ」

「じゃあ今は……芹様?景太郎様からお世話になっております、織彦と申します」

「は、はぁ……どうも」

とりあえず挨拶する織彦に合わせる芹。挨拶の作法が違うのかぎこちない。

「弟からも紹介にあった通り、桜木の当主星士郎の妻芹で御座います。この者が招いたということであれば本日はごゆるりと」

深々と頭を下げられ、思わず幸生達も釣られて頭を下げる。

「ただ、先程は渡来人と申されましたが今後はどうなさるおつもりですか?」

「姉上、その点なんだけどさ」

景太郎が芹の耳元に手を当て小声で話す。

「とりあえず俺の客人としてもてなして、兄上に処遇を仰いで良いかな?今日帰ってくるんでしょ」

「まあ、そんな勝手をして。星士郎様に厳しく言われても知りませんよ」

小声でそう言い一瞬景太郎を睨み付けるが、すぐに柔らかな笑顔で幸生達を見やる。

「当主の星士郎については本日夕刻には戻るかと思います。それまではごゆりとお過ごしください」

芹は頭を下げると退出していった。

 姉が居なくなるのを確認すると、景太郎はにこやかに二人に告げる。

「よし、これでようやくのんびりできるな!飯を食って風呂に入ろう!それから俺に二人の話を聞かせてくれ!」


 それから、幸生と織彦は景太郎プロデュースの戦国体験ツアーを楽しむことになった。

「汗かいて疲れたろ。風呂入ってる間にお前達の着物洗っといてやるからゆっくりしてけ」

「おう、ありがとな。ジャケットはそのままで良いからシャツと肌着だけたのむわ……ってなんじゃこれ。風呂とか聞いてたがサウナじゃねぇか?」

「ああ、戦国時代は蒸し風呂が多かったらしいね」

「ふーん、まあサウナ好きだから良いけどよ」


「ふぅ、整ったぜ。ん?この着物は……」

「あっ、ウチにある古い着物だぞ。しっかり洗ってるから安心しろ。お前達の着物は夕刻には乾く予定だ」

「ああ、それは助かる。ただよ……」

「ん?どうした幸生、寸法が合わないか?」

「いや……褌って、どう着けるんだ?」


「ここが練兵場だ。足軽達もたまに呼んで訓練させてるぞ」

「うわー、凄い。本物の槍だ、僕始めて見た。うわっ、重っ」

「慣れてねぇのに刃物持つなよ織彦。危ないだろ」

「槍や太刀が重いなら苦無(くない)なんてどうだ?簡単に持てるし扱いやすいぞ。ほら、俺の」

「お、これは俺も漫画で見たことある。けど景太郎、お前なんで忍者修行なんてしてんだ?お前領主の家の子だろ?」

「だって格好いいじゃん、忍」

「……そっか」


「そういやよ、お前さっき姉さんに違う名前で呼ばれてなかったか?」

「景正か。俺の本名だぞ」

「は?じゃあ景太郎って何だよ」

「通り名とか仮名って奴じゃないかな?昔の人は本名を知られると呪われたりなんなりされるから、よほど親しい人とか家族間でなきゃ本名呼びは失礼なんだよ。仮の名前である仮名か、役職で呼ぶんだ」

「ああ、個人情報保護のハンドルネーム的なやつか。こんな時代からあったんだな」

「幸生達にも通り名あるのか?」

「まあな」

「教えてくれよ」

「ゲームで使ってる僕のハンドルネームなら、『星弁慶』たね」

「おお、星原の星に義経記の僧兵の名か。格好いいな。幸生はなんだ?」

「……『ゲロゲロ』だよ」

「っははは!なんだそれは、蛙か?」

「うるせー、俺らの時代じゃかっこよさとか求められて無いんだよ」


 屋敷を散策してバカ騒ぎしたあと、三人はしばし談笑していた。

「面白いなあ、お前達の話」

胡座をかいて景太郎は笑う。相変わらず幸生達の現代のことは法螺噺と考えているようだった。と、女中の一人が景太郎に耳打ちする。

「よし、夕餉まで少しあるな。義兄上が来たら挨拶してもらうから、それまで二人は暫くゆっくりしとけよ」

 少年の厚意に甘え、二人は仮眠を取ることにした。敷かれた布団に寝転びながら幸生は様々なことに思案を巡らせる。

「なあ、織彦。お前スマホは生きてるか?」

幸生は自分のスマホを開く。バッテリー残量は91%、電波受信状況を示すアンテナは0本のままだ。

「充電させてもらったから電池はあるけど、ネットは無理だね。GPSも働かない」

どうやらあちらも同じ状況らしい。

「電波通じたら気付けるよう通知音マックスにして、使わないようにしとこうぜ」

何が原因かは判らないが、ここが過去の日本であることは流石の幸生も認めざるを得なかった。

「あとはこれからどうすっかだな。桜木(ここ)に厄介になり続けるのもな……」

「家事とか雑用手伝うなら多少は長居させてもらえるんじゃない?」

織彦は既に長期戦の構えだ。或いは現代に帰ることは諦めているかもしれない。

「家事とかしてここにかかりきりだと帰る手段見つけられるのかねぇ。そういやお前小説で似たようなこと流行ってるとか言ってなかったか?」

「ああ、『なろう系』のこと?人生で上手く行かなかったり不幸な事故で死んだ人とかが、神様の導きで転生したりするんだよ。んでチート能力とか貰って大活躍とかするの」

「人生に満足はしてなかったが、俺別に不幸な事故にあったわけじゃないし何も能力とか貰ってないが?」

「やっぱリアルは小説みたいには行かないよねぇ」

嘆息する織彦。もっとも何故か戦国時代に来てしまうという非日常な不幸だけは起きているのだが。

「能力云々は知らんが、何かしら俺らの武器がないと立ち回りも出来ないな」

「武器って、マシンガンとかが持ち込めてるわけじゃあるまいし……」

「んじゃあ情報とかどうだ、未来の話を売り込んだら割と欲しがる奴いるんじゃね?」

「いきなり未来人ですなんて言っても景太郎くん、いや、景正くん?みたいに信じて貰えないでしょ」

「そうだなぁ、どうしたもんか……」

 二人はその後も話し合ったが、不毛な議論に疲れいつしか眠りについていた。

 天井裏から話を聞く者の存在に気付かぬまま……。


「二人とも、起きろ、もうすぐ義兄上が帰るらしいぞ」

襖が開けられ、景太郎が大声で二人を叩き起こす。徹夜の疲れから思いの外熟睡してしまったようで、幸生は欠伸を噛み殺しながら布団から這い出る。

「ふぁ……夕方か、寝過ぎたな。昼飯食いそびれた」

「ふぁ~お。この時代は一日2食らしいよ。朝餉と夕餉だったかな」

眼鏡をかけ大欠伸をしながら織彦が説明する。

「そうか。おい、景太郎。お前の兄貴が帰ったらどういう流れだ?」

「まずは義兄上による戦況の説明がある。その後で俺からお前達のことを話す。客として認めて貰えたら義兄上の風呂の後皆で夕餉だな」

景太郎の説明を受け考え込む。

「どうするのさ、幸生」

「……よし、洗濯物、もう乾いたよな?」

幸生は覚悟を決めて景太郎に尋ねた。


 同時刻、桜木邸の正門に一頭の馬を引いた一人の男が現れた。薄緑色の布地に黒漆が塗られた鉄製の胴丸や籠手で覆われた当世具足。同一デザインの兜の前立は金箔が塗られた八重山桜の家紋が刻まれていた。本来はきらびやかであろう鎧は至るところに泥や黒ずんだ血の跡がこびりついていた。腰には野太刀と脇差しを差し、精悍ながらも疲れを見せた顔つきで門番達をみやる。

 若干24才で現桜木家の当主を務めあげる、桜木星士郎侑虎(ゆうこう)であった。

「星士郎様のお帰りであらせられる。開門、開門」

一人の門番が大声で号令をかけると正門が開かれる。侑虎は門番に声をかけた。

「前の馬を戦場で喪った。こいつは代わりに討ち取った敵の馬をいただいてきた。大人しいがまだ懐いてはいないから気を付けてくれ」

門番に馬を預けると門を潜り居館の前まで歩く。玄関には女中家臣が並び、中央には芹が立ち出迎えていた。

「お帰りなさいませ。お怪我はありませんでしたか?」

微笑む彼女の目には涙が浮かんでいる。

「返り血は浴び馬を喪ったが俺は無傷だ。留守中は世話をかけたな」

侑虎は刀を鞘ごと抜き前に差し出すと、家臣の男どもは恭しく受領し手入れに入る。続いて女中達が彼の具足を脱がせにかかる。

「首級は3つだ。陣が破られ乱戦になった。あれほどの激しい戦は初めてだった」

「まあ、それは大変だったのですね。湯浴みと夕餉の準備は出来ております。はやく静養くださいませ」

「いや、忘れぬ内に論功行賞を行う。書き留めてくれ」

具足を脱いだ侑虎は屋敷に上がり、執務室に座りながら祐筆の男に指示をする。

「今回の戦に従軍したものには一律10貫文、加えて戦死した者には遺族に50貫文。また馬衆の田吾作は敵と相討ちとなった。天晴れな働きだ。100貫文と妻子の畑仕事の支障がないよう手当てをしてやれ。足軽頭の吾平は刀を喪ったらしいから、倉庫にある使わない太刀を一太刀やろう」

「まあ、そんなに?」

芹が口に手を当て驚く。大盤振る舞いだ。

「禅正忠殿は乱取りを禁じられている。手厚く褒美をやらんと部下の不満を招き、一揆が起きかねないからな」

 戦において、武将は主君から褒美を貰うが、下級の兵は物資は全て持参又は現地調達。首級が無ければ得るものは何もないため付近の村から略奪や誘拐を行う「乱取り」が横行、農民側も敗者の兵を襲い、身ぐるみを剥いだり褒美を貰おうと首をとる「落武者狩り」が行われ、とかく治安が悪化しやすい時代だった。これを防ぐため、一部大名は戦時期を農業のスケジュールに合わせたり、兵に乱取りを禁じさせたりしていた。

「俺に対する論功行賞も後日岐阜城にて執り行われる。心配せずとも損はしない」

侑虎は妻を説得すると論功行賞や処手続きを進めた。と、

「義兄上、お帰りなさいませ」

少年が二人の男を連れ挨拶に来る。

「景正」

侑虎は嘆息する。

「遅い。いつも言っているだろう、当主の出迎えや挨拶は機を見て行えと」

「すみません、客人の着替えを手伝っていたもので……」

「口答えは無用だ」

淡々とした物言いだが冷たい怒気を孕んでいた。論功行賞を進めていた右筆達は神妙に頭を下げたまま、女中達は聞いていないふりをして家事に取り掛かっていた。

「勘違いするなよ、俺を敬えと言っているのではない。今の世において礼節を欠けば最悪打ち首、逆に主君に気に入られれば木下殿の様に取り立てられる。その重要性を説いているのだ」

「はい」

落ち込みぽりぽりと頭をかく景太郎。幸生には学校で教師に叱られる子供のように見えた。

「挙げ句遅れたのは客人のせいだと?お前は自分が招いた客人を俺に斬らせたいのか?」

ふと違和感を感じ幸生は声を上げようとするが、先に口を開いたのは芹だった。

「星士郎様、その辺になされた方が……風呂が冷めてしまいます」

「……そうだな、頭に血が上ったようだ。すまない」

侑虎は幸生達を見やった。

「その方らが景正の言う客人か?」

「はい。僕は星原織彦と申します。こちらは河津幸生。この度は景太郎様の厚意に甘えてしまい申し訳が……」

「よい。こちらが見苦しい様を見せたことを謝りたいぐらいだが、なにぶん戦帰りでな。これから風呂で血の匂いを落としてくるゆえ、細かい話はその後の夕餉の席でよいか?」

「は、はい」

織彦が深々と頭を下げ、幸生もそれに倣う。侑虎は二人の脇を通り去っていった。


 脱衣場で着物を全て脱ぎ、手拭い一つで侑虎は蒸し風呂に入る。石に柄杓で水を一掛けすると室内はたちまち白い蒸気に覆われる。

「弥吉」

「……はい」

浴室には侑虎一人だ。しかしそこに男の声がどこからともなく返ってくる。桜木軍の忍頭にして唯一の専業忍である弥吉だった。

「あれがお前が言っていた未来人を名乗る者達か?確かに傾奇者の風体をしていたな」

「は、景太郎様は南蛮人の法螺だと考えているようです。その上で奴らを気に入りもてなしておりました」

「して、実際のところは?」

「信じがたいことですが、あの者達の会話から実際にこの世に迷い込んだ未来人の可能性があります」

「左様か」

侑虎は冷静に聞きながら糠袋で汗をぬぐう。朝方、合戦からの帰りの道中で弥吉からの初報を受けた後、侑虎は弥吉に幸生達を監視するよう命じていた。報告は続く。

「奴らは南蛮の暦を用いておりましたが、それに従うと今より四百年程先の時代より来ていることになります。また、奴らが乗って来た馬行(バイク)なる鉄の馬やすまほなる多様な文字が浮かび上がる箱を所持しておりました。我が領にいる堺から来た職人に見せましたが、南蛮にもない代物とのことです」

「奴らの目的は?」

「奴ら自身がどうやって迷い込んだか判っていないようです。当面我が領で過ごしつつ、情報を売り立ち回ると」

「情報……か」

「はい、奴らの会話を盗み聞きした中では義昭様が足利最後の将軍、その後の天下の趨勢が信長、秀吉、家康と続くと……」

「……未来人を装う草の者というわけでもなさそうだな」

「はい、禅正忠様の死因も知っているようでした」

暫し報告を聞き考え込む侑虎だったが、ふと立ち上がり木桶で水を汲み体を洗い流す。

「いかがなさいますか?」

「よし」

手拭いで体を拭きながら侑虎は弥吉に告げた。

「あの者達を禅正忠殿に謁見させる。」


 河津幸生と星原織彦、二人の青年は知らず知らずの内に戦乱に巻き込まれようとしていた。


 御読了ありがとう御座いました。今後は2~3週間に一度更新致します。

 にわか知識のラノベではありますが、歴史物に不馴れな方向けに主人公を現代人、ガイド役に現代に理解があるオリジナル武将と慣らしてきましたが、いよいよ来週から歴史の有名人達が登場して物語が動き出します。

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