邂逅~桜木 景正との出会い
田園風景と茅葺屋根の粗末な家がまばらに並ぶ闇夜の中、夏の虫の鳴き声に混じり突如歓喜の声が響き渡る。
「凄いよ幸生、異世界転生だ、なろう系だよ!」
「だぁーっ!うっせぇよ!ただでさえ訳わかんねぇ状況なのに更にわかんねぇこと言うんじゃねぇ!」
河津幸生はヘルメットを脱ぎたまらず叫び返す。開襟した水色シャツに黒ジャケット、バイト帰りの格好の青年は変なテンションの親友をジト目で睨む。
「お前、ここがどこだかわかんのか?」
辺りを見回すがヘルメットを脱いだからといって景色が変わるわけではない。都内で駅を目指してバイクを走らせていたはずが、突然舗装していない道と田畑、茅葺屋根の民家だらけの場所に迷い込んでいた。道を間違えて田舎に来たとしても、こんな時代劇でも見ない程のボロ小屋などそうそうないだろう。
「判らないよ。でもさ……」
幸生の問いに答えたのは星原 織彦だ。努めて冷静に振る舞おうとするが明らかに興奮した様子で親友に捲し立てる。
「バイクで走ってていきなり知らない場所に出て、電波も通じないんだろ。『なろう系』って呼ばれる小説で流行ってる異世界転生みたいじゃん」
「じゃんって……ただの小説の話かよ馬鹿馬鹿しい。大体転生っつっても俺ら何も変わってねぇよ」
「そりゃそうだね、じゃあ異世界転移ものだ」
「いやもうどうでも良いって……」
よくわからないところに拘る織彦に嘆息する。オタクという生き物は幸生とは違う感性に生きている。
「まあ、ここがどこかとかはその辺の家の人に聞きゃあ……ん?」
暗闇に目を凝らす幸生。
「どうしたの?」
「いや、今誰か居た気がする。ちょっと聞いてみるか」
バイクを押し一軒の家の裏に回るが人がいた形跡はない。
「見間違いじゃないの?」
頭が冷えてきた織彦が指摘する。また家人に尋ねてみようと引戸を叩くが返事はなく、内側からつっかえ棒を嵌めているのか開かなかった。
「もう何軒か回ってみるか」
付近の家数件を廻るが似たような状況だった。離れた集落を探そうと田んぼが両側に並ぶ道を行こうとすると、
「……?」
田んぼの並ぶ畦道の先に二、三人の人影がいる。
「ああ、良かった。すいませーん!僕ら道に迷ってしまったんですが……」
織彦が手を振り近付こうとする。
「っ!待て、織彦っ!」
人影の手に何かが握られているのが見え慌てて引き留める。念のためバイクのキーを差しておく。空に雲がかかっていたのか、次第に月明かりが差し込み周囲を照らしていく。二人の前に現れたのは鎌や竹槍を持った3人程の男達だった。
「おい!おみゃーらどこの軍だ!」
7、8m程の距離で、3人の内草刈り鎌を持った真ん中の男が叫ぶ。月明かりに照らされた彼らの身なりは着物というよりは汚れすぎてボロ布と表現するレベルだ。
「何処の具足だ?南蛮人か?身ぐるみおいてけ!」
幸生には訛りの酷さも相まって言っていることの意味はよく判らなかったが、男達が凶器をこちらに向け近付いてくるだけで友好的ではないとだけは直感する。
「乗れ!」
左手で隣に立つ織彦を後ろに引き寄せ、右手はキーを回した後バイクの前照灯をつける。突然の明かりに目が眩んだか、或いは慣れない光に驚いたか、相手は悲鳴を上げ、凶器を持ったまま両手で目を庇う。
幸生は相手が怯んだを見るや即座にエンジンをかけ、後ろに織彦が乗るのと同時にバイクを回頭させUターンする。
「ヤバいよ幸生。あの人ら何?」
自分の腹にしがみつきながら織彦が震えた声で叫ぶ。
「知らん!だが強盗とかそんな気がした……ってやべっ!」
幸生は叫び急停車した。目の前は山の急斜面、左は家屋、右は水を張り稲も伸びてきた水田だ。
『来た道戻ったつもりがミスった!』
後ろを見ると暗闇の中小さな人影が近付いてくる。50m程離れたところから男達が走ってくる。こちらを見逃すつもりはないらしい。
「来てるよ!早く降りて逃げよう!」
早くも降りて織彦が提案してくる。確かに今この場に限ればバイクを捨てて斜面を走って登るのが賢明だ。しかしそれはこの場所で足を失うことになる。幸生が逡巡する間にも男達は追い掛けてくる。そこに……
ーカラランー
夜の暗闇の中金属音が聞こえた。その次の瞬間、
「「「あいたっ!」」」
男達が次々に悲鳴を上げる。武器を落とし立ち止まってその場に踞る。
「桜木の者ぞ!貴様ら武器を置き神妙にしろ!」
突然新たな声が幸生らと男達の間から響き渡る。足音もなく、30代程の着物を着た男が立っていた。3人組の方は慌てて足を引きずりながら、武器を置いて逃げ出していく。
「ふむ……、さて、そちらのお二人、怪我はないか?」
3人組が闇に消えたのを見届けてから、その男は幸生達に近付いてきた。
「はい、あ、ありがとうございます」
織彦が例を言う。幸生は彼に合わせて頭を軽く下げた後、男のことを観察した。身長は175cm程、中肉中背だが歩く時の姿勢は良く、体幹は相当鍛えられているようだ。服装は質素な着物だが先程の三人よりも綺麗だった。顔なども髭は剃られている等整っており、端正かつ鋭い眼光が印象に残った。
「助けてくれて正直有り難いが……あんた、何者なんだ?」
幸生は礼をしつつも警戒心はなくさない。相手が一人ならば、いざとなればバイクで轢くことも念頭に入れておく。
「ふむ、それはこちらが聞きたいところなんだがな」
「あ、あの、僕ら道に迷ってしまいまして、ここがどこだか全く判らないんです」
織彦は名乗りはしないが事情は説明する。嘘は言っては居ない。男は幸生と織彦、バイクをそれぞれ見やり数秒程思案した。
「なるほど、とりあえずお二人には話を聞きたいことがある。こちらに来て……」
「おーい!弥吉ぃ!」
急に背後から大声が響き、幸生と織彦は慌てて振り向く。先程まで話していた男はため息をついていた。
「いたいたってまぶしっ!?なんだこれ?」
崖上から一人の若い声が近付いてくると、身軽な足取りで斜面を駆け降りてくる。
「弥吉、言ってた野盗ってこいつらか?」
若者、いや、少年と呼べるような年齢の男は最初の男に聞いてくる。身なりは3人組や弥吉と呼ばれた男よりはるかに豪華だ。
「あのねぇ景坊様。俺報告するから待っててくださいと御伝えしましたよね。何故あなた様がこちらにくるのです?御身に何かあれば星士郎様に何と申し訳すれば良いのですか?」
弥吉と呼ばれた男が呆れたように説教?するが少年は気にしてないようだった。
「もう元服したんだから景太郎だ。無礼だぞ。それよりお前達、なんで野盗なんてしたんだ?」
「はあ?盗みなんてしてねぇぞ!」
突然見知らぬ少年に泥棒扱いされ幸生はイラっとする。弥吉も同様のようで頭をかきむしる。
「あーあー、もう……、そうやって話をややこしくするからあんたはいつまで経っても『景坊』なんですよ。良いですか?この二人は野盗3人組に追い掛けられていました。落武者狩り崩れのそいつらには毒ビシ踏ませたから自首しないなら明日までに野垂れ死にます。んでこっちの二人は道に迷ったと言い風体から何から奇妙だから、居館に連れていって貴方様と星士郎様に御目通しする手筈だったんです!」
「弥吉、お前こんな村の中で重要なことをベラベラ喋るのは草として失格だと思うぞ」
「アンタが言わせたんでしょうが!」
何やら勝手に盛り上がっている。とりあえず二人が主従らしいのと、自分達がどういう扱いなのは理解した幸生は話を切り出すことにした。
「あのさ、盛り上がってるところ悪いんだけと、そろそろ自己紹介でもしていいか?」
その言葉に二人はピタリと喧騒を止め向き直る。弥吉は咳払いをした。
「すまない」
「いや良いんだ。俺らがアンタらから見て怪しいのはまあ分かる。俺は河津 幸生。こっちは星原 織彦」
織彦が合わせて会釈する。
「俺達は夜このバイクを走らせて駅に向かってたんだが、気付いたらこの村に来ていた。織彦に言わせるなら世界か時代が違うんだそうだ」
「言っている意味は良く判らんけど……」
少年が此方に話し掛ける。
「幸生と織彦だな。名前は覚えたぞ。俺は桜木 景太郎。こっちは弥吉だ」
少年はにこやかに笑いかける。
「それじゃここじゃ話しにくいし、場所を移すか。城と居館どっちにしようか?」
「は?」
おかしな単語を聞き耳を疑う。織彦も同じだったようで慌てて聞き返した。
「え?城?城ってもしかして、景太郎……様って……」
「うん、うちは国人上がりの大名だぞ」
唖然とする二人と頭を抱える一人を見ながら、桜木 景太郎 景正は爽やかな笑みを浮かべていた。
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