【高梨さんの欲しいモノ】
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・【幕間~オヤッサンの主観ビデオ(はぁと)~ 彼女】
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夜景を見ている時に彼女から、
「今、同じことを考えていたよね」
と言われた……今、オヤッサンが考えていたことは……。
“サドルを盗まれて、そこにデカいかっぱ巻きが刺さっていたら嫌だな”ということ……。
「うん、そうでぇい」
そう言ってオヤッサンは彼女の手を強く強く握ったのであった。
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・【高梨さんの欲しいモノ】
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朝ご飯のあとに僕が「高梨さんの欲しいモノを買いに行こう」と提案すると、すんなり受け入れられた。
オヤッサンは「男の酢飯心が全開でぇい!」と言ったので無視をして、高梨さんからは「気遣ってくれて有難う」と言われたので「どういたしまして」と共に会釈をした。
なんとなく僕と高梨さんの二人で買いに行くのかな、と思っていたが、普通にオヤッサンもついてきた。
「生魚ATMも必要でぇい!」
靴を履いていた僕と高梨さんを追いかけるように走ってきたオヤッサンが叫んだ。
いや
「普通に僕が溜めこんだお金で大丈夫だから、オヤッサンは家にいるといいよ」
「男の酢飯心が爆発してるでぇい! 白い粒々の暴発でぇい!」
「いやもう酢飯を白い粒々って、ちょっと精子状に言うな」
「オヤッサンもみんなで笑って泣きたいでぇい、青春甲子園でぇい、強豪の青春甲子園でぇい」
そう言いながら、僕の腕をつつくオヤッサン。
いやでも
「強豪の青春甲子園は笑う暇無いから、勝っても負けても泣くから」
「揚げ足取りはもういいでぇい! 高梨! オヤッサンがいてもいいでぇい!」
と高梨さんのほうにヘルプを求めたオヤッサン。
それに対して高梨さんは僕以上に、露骨で苦々しい、嫌な顔をした。
オヤッサンはその顔を見て一瞬、キンタマが無くなったくらいに驚いたが、すぐさま目を瞑り、
「今日は目を瞑って生活する日なんでぇい! 家で暴れまくるでぇい!」
と言いながら手足をバタバタし始めたので、僕はさすがにこれはもう可哀相だと思い、一緒に行くことを渋々承諾した。
高梨さんも僕が応じると、すぐに意を決した表情になり、
「博史とデートしたかったけども、仕方ないです」
と引退を決意した力士のような瞳になった。
三人で出掛けることにした僕たち、まあ出掛けると言っても商店街の中だけだし、たいしたことでも無いんだけども。
……本当にたいしたことじゃないよな、変なこと起きないよな、いやいや起きる起きるぅ、もうオヤッサンが何かやってるぅ。
「コロッケには寿司酢を掛けるでぇい!」
と言いながら、いつの間にか小脇に抱えていたタッパを開けて、隣のコロッケ屋さんで買ったコロッケをタッパに並々入った寿司酢に漬け込んでいた。
「いや掛けてない! 漬け込んでる! ダンクしてるよ!」
「スリーポイントのダンクでぇい」
「いや無いよ! そんなに腕の長い選手はいないよ!」
そう言い合っている最中も完全にコロッケを寿司酢に沈めている。
さらにタッパの蓋を締めて、シェイクし始めた。
「急にどうした!」
「寿司酢シェイク寿司でぇい、コロッケで試作しているんだでぇい」
「コロッケで寿司の試作はできないよ! あと寿司でやったらきっと中身ボロボロだから!」
とツッコんだところで高梨さんが僕の腕をぐっと掴んできた。
いや腕が柔らかくて芳醇な胸に当たっているとか思っていると、
「私のことも構って」
それに対してオヤッサンがニヤリと口角を上げるとハッキリこう言った。
「博史に構ってほしければ自分で奇行を繰り出すんだでぇい! それが必勝法でぇい!」
うわっ、オヤッサンの奇行って僕に構ってほしくてなの?
そこそこ重大な事実を知ってしまい、若干呆然としていると高梨さんがすぐさまコロッケを買って、アツアツのまま、首と顎で挟んで持ってこう言った。
「熱くて痛い」
いや!
「どういう奇行っ? いや奇行に”どういう”とか野暮だけども、いきたい方向が不明瞭だよ!」
そう言いながら僕は高梨さんからコロッケを取り上げると、
「アツゥ!」
全然めちゃくちゃ熱くて、コロッケを下に落としてしまった。
するとコロッケ屋の店主が、
「遊ぶまではいいけど落とすはダメ!」
とツッコんできた。
いや遊ぶはいいんだ、最終的に食べれば遊んでもいいんだ、と思っていると、すぐさまオヤッサンが、
「博史の好感度を上げるチャンス!」
と叫んだと思ったら、即土下座の体勢になって、コロッケ屋さんに向かって頭を下げた。
いや自分が代わりに謝れば好感度が上がるという発想なんだよ。
あとそれを無言でやるならまだしも、チャンスと叫んでからやるのなんだよ、もう絶対台無しじゃん。
そんなことを思いながら見ていると、オヤッサンは土下座しつつ、落としたコロッケを食べていた。
「ダメ土下座じゃん!」
ついツッコんでしまった。
いやもう土下座しながらコロッケ食べるのダメだろ、と思っていると、コロッケ屋さんはこう言った。
「いや謝りつつも食べる、オヤッサン、今日はウルトラCだな。博史くんも見習うように」
いやいや!
「見習いたくはないです! いやでも落としてすみませんでした!」
そう言ってちゃんと頭を下げた僕。
それに対してコロッケ屋さんは、
「まあ寿司屋の奇行は今日に始まったわけじゃないし、大丈夫だよ……ところで、そこの女性はどうしたんだい?」
コロッケ屋さんが小首を傾げながらそう言うと、オヤッサンが元気に答えた。
「拾ったでぇい!」
コロッケ屋さんはニコニコしながら細かくうんうん頷いていた。
いつも通りの奇行の範囲と思っているのかな、と考えながら見ていると突然コロッケ屋さんが大声で、
「いやダメだろ!」
と叫んだ。
いやそりゃそうだ、そりゃダメだよ、男性が男性を拾うのと、男性が女性を拾うのは意味合いが異なるよ。
ただオヤッサンは男性も女性もイケるほうだから、本当はそんな意味合いは意味を持たないんだけども。
でもさすがにコロッケ屋さんはそんなことを知らないだろうけども、と思っていると、コロッケ屋さんは深い溜息をついてから、
「まあオヤッサンの彼氏さんはまだしも彼女さんは嫉妬深いんだから、気を付けなよ」
あっ、オヤッサンの性事情、全然知られていた。
オヤッサンは立ち上がり、やたら満面の笑みで、親指を立てて、グッドマークを出した。
何がそんなに明るくグッドなんだよ、そんな文脈無かっただろ。
いやいやというか
「コロッケ屋さんでどこまで時間使う気ですか、高梨さんの欲しいモノを買いに行きましょう」
と僕が言うと、高梨さんが、
「じゃあ改めてコロッケが食べたい、二人で食べ合いっこしたい」
二人で食べ合いっこというのが、ちょっと恥ずかしいけども、まあいいかと思いながらコロッケを買おうとすると、オヤッサンがレジ前にスッと入って、
「オヤッサンが驕るでぇい、保護者の財力を見せつけるでぇい」
「もっと他の言い方無いんですか、何で最後に嫌な力強さをちょい足ししちゃうんですか」
「ソースもオヤッサンがちょい足ししてあげるでぇい」
と言いながら、いつの間にか鼻の穴に百円玉を入れていて、鼻息で百円玉をお金の受け皿に放ち、お金を払ったオヤッサン。
いやもうお金を触ったこと以上の消毒をコロッケ屋さんにさせるな、と心の中でツッコんでいると、先にコロッケを受け取ったオヤッサンが言った。
「ソースはヨダレと寿司酢、どっちがいいでぇい?」
「いやどっちもいらないですよ、普通にコロッケ屋さんの店先に置かれたソースがいいですよ、あっ、高梨さん、ソースを掛けて下さい」
と言いながら僕はオヤッサンからコロッケをぶんどって、高梨さんからソースを掛けてもらった。
その時にソースが一滴、地面に落ちたその時だった。
「博史の好感度を上げるチャンス!」
と叫んだと思ったら、即土下座の体勢になって、コロッケ屋さんに向かって頭を下げつつ、一滴のソースを舐めだした。
いや!
「ソースの一滴くらいでそれやられたら困るでしょ!」
とツッコむと、コロッケ屋さんも、
「それはさすがに困る」
それに対してオヤッサンはすぐさま立ち上がり、拳を握りながらこう叫んだ。
「小石食べ損!」
「小石食べて得することないからな、今回だってソースだけでいいって話だし、いやソースも舐めなくていいんだけども」
と言ったところで高梨さんが僕のコロッケを持っているほうの腕を両手で掴んで動かして、僕の口にコロッケを押し付けてきて、
「私のことも構って」
「いやついオヤッサ、モガガガっ……」
喋りだしたらさらに強く口に押しつけてきたので、モガガガってなってしまった。
いや
「喋っている時にコロッケ押しつけないでよ、高梨さん」
「やっと構ってくれた」
そう言って僕からコロッケを奪って、自分がちゃんとした最初の一口を食べた高梨さん。
でもすぐさま僕の口元にコロッケを持ってきて、
「はい、あーん」
と言って笑った高梨さん。
あーんと言いつつ、少し口を開けた高梨さんの少しおどけた表情があまりにも可愛くて、ドギマギしていると、オヤッサンが僕と高梨さんの間にあるコロッケ目掛けてダイビングヘッドしてきて、コロッケを口で掴んでそのまま丸飲みした。
「サメか!」
と威勢よくツッコんだものの、オヤッサンは動かない。
いやまあ受け身とか全然取らずに、アスファルトに腹を打っていたけども。顎も打っていたし。
気絶したのかなと思って、オヤッサンの顔を見に行くと、普通に白目を剥いて口から泡を吹いていた。
ヤバイ! と思ったけども、よくよく見ると、口からは泡ではなくて、酢飯を吹いていたので、じゃあ大丈夫だと思い、僕は高梨さんと一緒に本格的な買い物へ出掛けることにした。
歩き出す前にチラリとオヤッサンのほうを振り返った時、普通にまだ白目を剥いていたけども、まあいいだろう!
そして僕と高梨さんでデート感覚を楽しみ、そして八百屋で果物でも買おうという話になったその時だった。
「オヤッサンってどのくらい寝ていました?」
妙な敬語が聞こえたほうを見ると、オヤッサンが立っていた。
「あっ、目覚めたんですか?」
「ちょっとだけ三途の川を泳いだでぇい、温泉が湧いているほうの川だったでぇい」
「あの、川の水温と温泉が混じって生温かいですね、とか言う川だったんだ。いやそんなことはどうでもいいけども」
「何だかんだで博史と高梨はあまりモノを買っていないでぇい、やっぱり生魚ATMが必要だったんだでぇい」
とオヤッサンが何故か誇らしげにそう言うと、高梨さんが首を横に振って、
「二人でいるだけで楽しくて」
なんて嬉しいことを言ってくれるんだと思っていると、オヤッサンはそんな高梨さんの言葉をガン無視しながら、八百屋の桃を掴み、
「これを、肛門に押し込みたいでぇい……」
と呟くと、高梨さんが間髪入れずに、
「じゃあ押し込むために買いますか?」
と言った。
何だその急な静かなるハイテンション、と思っていると、高梨さんは僕に対してウィンクをした。
いや!
「合図送られても! 私も奇行しますよっていう合図送られても!」
「ちょっと博史、言わないでよ、隠れた合図だったのに」
そう言いながら頬を赤らめた高梨さん。
いや!
「全然高梨さんは奇行に走らなくていいから!」
「でも、博史って、奇行に走った時、一番構ってくれることが完全に今分かったから」
「いや今は特に、オヤッサンの桃肛門には何も触れていなかったでしょ!」
「でも、もう、心は行く気満々だった」
そう僕のほうをじっと見てきた高梨さん。
いやまあツッコむ気はあったけども、あったけども……まあいいか、確かに奇行へツッコむ時が一番デシベルが高いかもしれない。
だから
「じゃあ高梨さん、高梨さんが奇行に走ったらデカい声で、男女関係無くツッコむからね」
「手加減しないで」
ニッコリと微笑んだ高梨さん。
いや何かほっこりする日常モノみたいな空気感だけども、言っている言葉はマジでヤバイ。
そしてなんやかんやあって、桃を十個買って家に戻ってきた。
まあなんやかんやは無かったか、その後は無言で桃を買いまくって、無言で帰ってきたから。
「何で無言なんだ」とツッコんでも、無言を貫き、でも二人は何か考えているようで、ブツブツ口が動いていた。
いや怖いよ、嵐の前の静けさが過ぎるよ、こんな慣用句丸出しの状態ってあるんですね。