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【もしも福島が100人のオヤッサン村だったら。分かってる、何も分からないって】

・【もしも福島が100人のオヤッサン村だったら。分かってる、何も分からないって】


 案の定、一睡もできなかった。

 夜、高梨さんが僕に何かしてくることも無かった。

 それが少しだけ残念に思えてしまう僕は本当にダメだと思う。

 まあ幸い、今日は寿司屋が休みの日だから二度寝、三度寝上等だ、と思っていると、オヤッサンに叩き起こされた。

 歯磨きしていると、高梨さんも歯磨きをし始めた。

 歯ブラシもらったんだと思いながら高梨さんのほうを見ると、服が変わっていることに気付いた。

 僕も高梨さんも歯磨きを終え、服の話をすると、

「トランクの中に入っていた」

 という話だった。

 僕と高梨さんは一階に降りると、オヤッサンがもう朝食の準備をしていた。

 基本的に飯は寿司である。それと魚の捨てる部分で作った、あら汁。

「はい、オヤッサンの汁だよぉ、たんとお舐めぇい」

 何かキモイ言い方をするが、いつものことなのであまり気にしない。慣れって恐ろしい。

 基本的に魚の捨てる部分で作っているのだが、何故かイカだけは新鮮な切り身をあら汁に入れている。

 一度「何で? 寿司で使うじゃん」と聞いたことがあるが、それに対しては「そっちのほうがオヤッサンの汁の香りに近いでぇい」と、かなり嫌な回答が返ってきた。

 で、主食は寿司、勿論オヤッサンが早朝に丹精込めて握った寿司四貫。寿司酢の酢飯。いや普通の白米で全然良い。

 でもオヤッサンのちゃぶ台の前には寿司が無い。

「オヤッサン、寿司が無いけどもダイエット?」

 眠い目をこすりながらそう聞くと、オヤッサンは

「これからやるでぇい」

 と言って立ち上がった。

 何をするか気になったので、僕も立ち上がり、オヤッサンのあとをついていくと、なんと寿司四貫をザルに入れて、流し台に置き、上から温めていたやかんのお湯で洗い出したのだ。

「今日は特に寿司が苦手な日で、お湯で洗って食うでぇい」

 いや!

「じゃあ寿司にしなければいい! 普通に白米でいいって!」

「でもアイデンティティを発さないといけないでぇい」

「発さなくていいよ! 全然消えない! 寿司握らないくらいでオヤッサンのアイデンティティは消えないよ!」

「そう言ってくれるのは博史だけなんでぇい」

 そう言いながら瞳から清い涙を一筋流した。

 いやこんなことで泣かないでほしいけども。

 結局、オヤッサンは米がボロボロにほどけ、寿司ネタも若干火の通った寿司の成れの果てを、寿司を乗せる下駄の上に置いて、ベロベロ舐めていた。

 いやせめて箸で掻きこめ、と思ったけども、もうそこをツッコむことは止めた。疲れた。眠い。

 高梨さんのほうを見ると、また無邪気な女子のようにニコニコしていた。

 何だか最初に出会った時よりも表情筋が緩くなったように見える。

 どこか張りつめた表情をしていたが、今は頬が柔らかくなって、何だかポッテリとしている。

 勿論太っているという意味ではなくて、触ったらもちもちして気持ち良さそうだなぁ……って! 触ったらって何っ?

 こういうキモイこと考えるようになったら、成れの果てであるオヤッサンになってしまう! ダメダメ!

「どうしたの? 博史」

 そう言いながらこっちを見た高梨さん。

 なんとか高梨さんに悟られないように、平常心を見せつけようと、

「なんでもないよ!」

 と言ったけども、普通に声が上ずっていた。

 すると高梨さんは柔和に笑いながら、

「エッチしたかったらいつでもするからね」

 と言った。

 いやもう見透かされた? いや見透かされたのか? どっちなんだ? 僕はエッチがしたいのか?

 いやいや! 違う! 僕は真面目な青年だ! すぐにするようなヤツとは違うんだ!

 でも何だこの自分の感じ! いっそのことしちゃえば楽になるのか! いや! 僕は真面目に生きる!

 オヤッサンを見てそう強く思ったんだ!

 と思ったタイミングでオヤッサンがこんなことを言い出した。

「で、今日は休みの日なんだけども、起こしたのは他でもない、この話をするためでぇい」

 何だろう、改まって。

 高梨さんが必要な道具をみんなで買いに行くみたいな話かな、と思っていると、

「もしも福島が100人のオヤッサン村だったら、どうするでぇい?」

 ……もしも福島が100人のオヤッサン村だったら、どうするでぇい?

 合ってるか、合ってたのか僕の耳、いや分かんないな、自信が無いな、聞いてみるか。

「もしも福島が100人のオヤッサン村だったら、どうするでぇい? ……って、言った?」

「もしも福島が100人のオヤッサン村だったら、どうするでぇい? ……って、言ったでぇい」

 もしも福島が100人のオヤッサン村だったら、どうするでぇい? か……地球が100人の村ならっていうような本が昔あったな、それを今、ボキャぶっているのか? いやでも普通ならば100人のオヤッサンじゃないか? いやそれも普通じゃないけども、いやいや100人のオヤッサンならもうそれはもうただただオヤッサンだ、何も話すようなことは無いじゃないか、これは『もしも福島が100人のオヤッサン村だったら、どうするでぇい?』だ。だから、えっと……。

「何も話すようなことはねぇよ!」

 俺は自分の眠気が吹き飛ぶようなデカい声で叫んだ。

 それに対して何故か嬉しそうに拍手する高梨さん。

 いや切れ味を喜ぶな、別にいいけども。

 オヤッサンは何か感慨深そうに頷いていた。

 何なんだよ、それで合っているのかよ、このツッコミ聞きたくて言ったのかよ。

 結局朝ご飯はこんな感じで終了した。いやどんな感じ?

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