【無言スタイル】
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・【無言スタイル】
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ナイスミドルなお客さんが入ってきた。
見たことの無い客だから、きっと噂を聞きつけてやって来た人だ。
そう、変態の噂を……。
「へいらっしゃぃ!」
オヤッサンが威勢良く叫んだ。
基本的に接客はオヤッサンが行ない、僕は調理作業をサポートする。
その時、僕はできる限り何も発さない。
昔は言葉を発してツッコんでいた時期もあったが、今はもう、少なくても仕事中は何も関わらないことにしている。
関わっても得しないし、むしろ損するくらいだから。
お客さんがメニュー表を見ているので、僕もちょっとメニュー表をこの時に初めて覗き込んで見た。
何でメニュー表を見るのが”初めて”かと言うと、オヤッサンは毎日メニュー表を変えるからだ。
毎日新しいメニューを考えるのではない。
メニュー表を変えるのだ。
しかも何故かオヤッサンは僕が事前にメニュー表を確認しようとすると「サプライズだから嫌!」と言って隠すのだ。
いや同じ店員側には教えといてくれよ。
ほら、案の定、クソみたいなメニュー表だ。
メニュー表は写真で、オヤッサンが裸で仰向けに寝ていて、その体の上に寿司が乗っていて、股間の部分だけ寿司ではなくて、戦車の模型が乗っていた。
しかしその特殊なメニュー表には一切ツッコまないお客さん。
いやツッコめよ……女体盛りを意識したそのメニュー表は何なんだよ、とか、股間の部分は戦車といういらんユーモアがキモイとかあるだろ。
お客さんは普通にメニュー表を指差しながら、
「この右胸に乗っている寿司は何かな?」
「マグロに薄いえんがわを重ねた寿司でぃ!」
「じゃあそれで」
「てやんでぃ! 上等だぁぃ!」
オヤッサンが自分の右胸を軽く触ってから、寿司を握り始めた。
何を連動させているんだよ、さっきから。
衛生面をちょっとダウンさせて何なんだよ。
オヤッサンが寿司を握っていると、お客さんが口を開いた。
「この店は長いんですか?」
「チンコの話かい?」
何で長いでチンコになるんだよ、店って言ってるだろ。
あとオマエのチンコは短いだろ。
「いえ、お店の開業からの日数です」
お客さんが何事にも動じず、冷静にツッコミを入れると、オヤッサンはハハッと快活に笑ってから、
「まあビールをたくさん飲むからなんだけども、夜は五回くらい起きますわっ」
「それはチンコの話ですね、そうじゃなくてお店を開業してどのくらいですか?」
ハッキリとチンコの話をツッコむのも、どうかと思うけども。
これから寿司を食べるのに。
まあいいや、おかしいのは明らかにオヤッサンのほうだから。
オヤッサンはニヤリと笑ってから、お店を開業してどのくらいに対して、こう答えた。
「戦車の模型」
「ですからチンコの話ではなくて」
「最初に作った戦車の模型が朽ち果てるくらいやってるでぃ!」
「あぁ、そうなんですか、模型が朽ち果てるくらいってすごいですね」
何だよ、その答え。
スッと言え、とか思っていると、オヤッサンはこんなことを言った。
「戦車の模型に毎日酢飯のぶっかけしてたからかなぁ?」
「なるほど、酸が含んでいると朽ち果てやすくなりますからね」
とお客さんが頷いたところで、オヤッサンは叫んだ。
「てやんでぃ!」
ちょっとした間。
お客さんは少々戸惑いながら、
「……今の”てやんでぃ”は何ですか?」
「発作でぃ!」
「大丈夫ですか、病院に行かなくて大丈夫ですか?」
「じゃあ一回全部出し切っていいかぃ?」
何だよ、出し切るって。
出し切ってもすぐ産むだろ。
しかしお客さんは妙にナイスミドルで、落ち着いてこう言った。
「はい、どうぞ、全ての”てやんでぃ”を出し切って下さい」
「でやんでぃ! べらんめぇぃ! でらべっぴん! 毎日読んでます!」
でらべっぴん……僕は良く知らないけども、昔のエロ本の名前らしい。
それを毎日読んでいること、それを大きなことで言うって……端的にバカかよ!
そんなオヤッサンに対して、お客さんの沈着さは留まることを知らず、
「……出し切りましたか?」
と聞き、オヤッサンは何故かちょっとヘロヘロになりながら、
「おぅぅ……キャンタマがスッカラカランよぉ……」
まるで精子を出し切ったかのようなアクションを取っていた。
もう最悪だな、この寿司屋の大将。
でもあまりツッコまないところから察するに、やっぱりこのお客さんもどこか変な人なんだな。
「なら良かったです」
と普通に会話している。
するとオヤッサンがニッコリと微笑み、
「お客さん、口開けて」
「何でしょうか……まあ、あーん」
と言いながら口を開いたお客さんに、オヤッサンは手を伸ばし、
「へぃ、おまち」
口の中に直接寿司を入れたオヤッサン。
お客さんは目を閉じて咀嚼し始めた。
それをじぃっと見ているオヤッサン。
お客さんが
「うまい……」
と感嘆の息を漏らした。
そう、うまいのだ。
確かにオヤッサンの握る寿司は妙にうまいのだ。
手に変な液体がついていそうなのに、うまいのだ。
むしろオヤッサンの変な液体って、うまいのか?
とか思いながらオヤッサンのことを見ていると、オヤッサンは目を閉じているお客さんをじっと見つつ、どんどん顔を近付け、キスしてバッと元の定位置に戻った。
いや! キスした!
お客さんはパッと目を開けて、手で口を覆いながら、
「……えっ、今……」
と言うと、オヤッサンは頬を赤らめた。
お客さんがおそるおそる、
「何、寿司、でしたか……?」
と聞くと、オヤッサンはポツリと呟くように一言。
「……男の酢飯スペシャル」
「えっ……?」
意を決したような表情をしたオヤッサンは、顔を紅潮させ、何故かプンスカ怒りながら、
「男の酢飯スペシャルって言ってるんだでぃ!」
そう言われたお客さんは顔を真っ赤にし、そのお客さんの反応を見て、ゆっくり前屈みになったオヤッサン。
お客さんは震えながら、
「オヤッ、サ、ン……」
と言うと、オヤッサンは前屈みになりながら、まるで滝川クリステルのように、
「お・あ・が・り・よっ、おもてなしー」
不思議な沈黙。
でもその沈黙が心地良くって、みたいな顔を浮かべるお客さんとオヤッサン。
いや何がぁっ!
そしてその一貫を食べただけで店を出て行ったお客さん。
でもお客さんの表情は晴れ晴れとしていて。
何なんだよ、この世界観。
ずっと知らない世界観だよ。
慣れないんだよ、やっぱり慣れないんだよ。
そんなオヤッサンとの生活に、今度は高梨さんって人?
いぃやぁ! 慣れないわぁっ!