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天才美少女の自殺を幾度か止めていたら、惚れられ支配されそうになってる件  作者: 時雨白
一章 友達作り 7節 甘茶の攻防戦
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第九十八話 膝枕

「お風呂、すでに用意してあるから早く入りなさい。荷物はそこに置いて私が片付けておくから」


「あ、了解です」


 家に帰ってすぐ、春野は僕に風呂に入るように有無を言わさない雰囲気を纏って命令してくる。


 これに対して僕が何かできる訳でもなく、命令に忠実に応える兵士のような返事をしてしまう。


「今日は何かあったのかな」


 今までの春野と少しだけ違う感じがあって、僕は少し疑問に思いながら風呂場に向かう。


「あれ……僕が買ったものじゃない入浴剤が使われている。それに更衣室もそうだったけど、落ち着くようないい匂いがする」


 僕は出来るだけ春野が明るくなれるように色々な事をしている。


 その一つとして僕は一日の疲れをいやすこの時をより良くするために入浴剤などを買ってきていた。


 少しでも春野が楽しめるように50種類入りのものを僕は買って、春野から「馬鹿じゃないの」と怒られながらも、勿体ないからと渋々使っていた。


 しかしながら、今回使われている入浴剤は僕が買ってきた50種類の入浴剤にはないものだった。


(僕の記憶が間違っていなければ、これに春野が買ってきたもの。それにこの匂い、眠たくなるような落ち着いた気分にさせてくれる)


 漂っている匂いも恐らく春野が用意してくれたものだろう。


 僕は入浴剤しか思いつかなかったが、春野はそれにプラスアルファで浸かっていない時までいい気持ちになれるようにしてくれている。


「なんだか負けた気分になるな」


 生活をより良くするために頑張っているが、その為に相手にこうも簡単に上を見せられると中々に悔しいところがある。


 さらに頑張らないといけないなと思うが、それ以上に押し寄せる気持ちがあった。


「ああああーー、めっちゃ気持ちいい」


 流石、春野が考えて選んだものというか、滅茶苦茶効き目がいい。


 とても疲れていたこともあって、その効果はけた違いに上がっていた。


(なにこれ、滅茶苦茶最高、ヤバイ、こんな世界があるなんてすごすぎる)


 体が軽くなっていくのが分かる。


 頭がふわふわしてくる。


(はあーー、やらないといけないことがあるのに、その気力が失われていくな)


 何もしたくないと思う気持ちに支配されそうになってしまう。


(マズイな、早く出ないと)


 このままだと緩み切ってしまう。


 素の自分を見せるわけにはいけないのだ。


 そうして、僕はお風呂から出る。


 そして、リビングに向かう。


 リビングでは春野が食事の準備をしていた。


「どうだった」


 こちらを一瞬見た後、また調理に集中しながら春野は聞いてくる。


「とても良かったよ。ありがとう」


「そう。あと少しでご飯の準備ができるけど、今すぐ食べる?」


「そうだね。すぐに食べることにするよ」


「なら、ソファーに座って少し待ってて」


 そういうことで、料理が出来上がるまで僕はソファーに座って窓から見える夜景を見ながら考え事をする。


(今日の春野、なんだか優しいな)


 探しに来てくれたこともそうだが、風呂でもあそこまでするのは初めてである。


 いつもは家政婦と言った淡々と仕事のようにする側面が強かったところがある。


 どこか冷たさを感じるといった感じだ。


 しかしながら、今日の春野は温かみがあるような気がする。


 だからだろうか、家族のような温かみを感じる。


(ワガママな自分が出そうになっちゃうな)


 どうしようもなく弱い自分が、甘えようとする自分が前に出ようとなる。


 僕はそれを一生懸命に止める。


 それをしたらどうしようもなくダメになる気がする。それをしてしまったら、きっと僕は後悔する。


 この甘い蜜がどうしようもなく罠に感じる。


 そんな感じで、僕の中で葛藤をしていると後ろから肩を触られる。


「ご飯、出来たわよ。一緒に食べましょう。」


 優しくにこやかに微笑むその姿に、なんとも言えない気持ちが湧いてくる。


 その気持ちがうまく処理できずに少しだけ動くことが出来ずにいると、春野は僕の手をとって立ち上がらせる。


「早く行きましょう。ご飯が冷めてしまうわ」


 そうして強引に春野は僕を連れていく。


 僕は大した抵抗もできなかった。


 用意されていた料理は、疲れている僕を考慮してか、炊き込みご飯とスープといったシンプルかつサッパリしたものだった。


「美味しい」


 春野の料理は、単純な腕前自体も非常に高いのだが、何よりも振る舞う相手に気遣ったものを作るのが非常にうまい。


 今回のやつも同じで、疲れていて重いものをあまり食べたくない僕が、気軽に食べやすいように、見た目は白といった出来るだけ薄い色になっている。


 そして、味の方も最初はサッパリとして口に運びやすく、そのあといい感じの濃厚な味が出て、満足感を与えるようになっている。


(ご飯は鯛を違っているのかな。いい感じに風味が引き出されているし、スープもさりげなく入れている肉がしっかりと味を出していて満足感を与えてくれる)


「食べやすいように作ったのだけど、どうだったかしら」


「とても食べやすかったよ!サッパリとしていながら、しっかりと食べていると感じさせる味付けもとても良かった」


「ふふ、そこまでいってくれて嬉しいわ」


 ささやかに微笑む春野の姿に、ほんの一瞬だけ見惚れてしまう。


 いつもは冷静な表情をしているギャップもあり、破壊力が非常に高い。


「ご馳走様でした」


 春野の美味しい料理を食べた僕は、いつも通り食器を洗おうとするが、「待って」と春野に止められる。


「疲れているのだから、椿君はゆっくりと休みなさい。今日の家事は私の方でしておくから」


「そういっても、少しぐらいできるよ」


「ダメです。休みなさい」


「いや、でも」


「休みなさい」


「はい、わかりました」


 春野の圧に屈した僕は、大人しくソファーに座ってゆっくりする。


(何がどうなっているんだ?)


 僕は春野の積極的な姿勢に困惑する。


 今日の春野はいつもよりも二歩三歩ぐらい距離が近い。


 お陰でこちらはいい感じに振り回されている。


(何かやらかしたか?)


 もしかしたら、赤菜さんの件がバレたのだろうか。


 僕は、赤菜さんの方は春野に何も教えていない。


 いちいち話題にだして、自殺をするなよと冷たい楔で春野を締め付けたくないからだ。


 勿論、聞かれればある程度答えるつもりでもある。しかし、春野は一切そのことについて聞いてはこない。


 それについて信用しているから聞かないのか僕には分からない。


 とにかく、現状、分からないことが起きているのは確実だ。


 僕は春野の態度をどう受け取ればいいのか、判断がつかなかった。


(やはり疲れているな。冷静に物事が判断できなくなってきている)


 万全な状態であったのならば、判断がつかないにしろ何かしらの手段を考えつくことぐらいは出来たはずだ。


 しかし、今の僕にはそんな考えすら出てこない。


(とにかく、今日のところはいつものように春野の付き添った後は寝て休むか)


 取り敢えず、今日すべきことをまとめた時だった。


 家事が終わったのか、春野は僕の隣に座ってきた。


 いつもは外を見るように僕から離れたところにある椅子に座り、僕が何かしない限りは外を見続ける春野が、今日に限って何も言われることなく隣に座った。


「私がこんなに近づいてくることが、不思議?」


 隣に座った春野は僕が一番気にしていたことをストレートに言ってきた。


「・・・・・・まあ、驚いているし、不思議に思っているよ」


 言い逃れはできなかった。


 僕には真正面から受け止めることしかできない。


「私がこんなことをしているのは、そういう気分だったから」


「気分?」


「そう、気分よ。椿君は私の邪魔はしてくるし、好き勝手やるけど、どれもこれも最大限、私を気遣って行動している。 


 そんな椿君に対して、私は何もしていない。それが何となく嫌な気分になったからしているだけ。


 まあ、椿君が疲れているのもあったけど」


「あはは」


 その言葉に僕は苦笑いすることしかできなかった。


 つまるところ、気遣いすぎられて気まずかったから、動いたということだ。


(やはり、少しは自分のためだけの時間を作るべきかもしれないな)


 春野の言葉を聞いて、僕はそう思った。


「今後は、春野が気軽に過ごせるように改善していくよ」


「その必要はないわ。不器用な椿君がそんなことをしてもより面倒になるだけだから」


(随分とストレートにいうやん。人の心をもっと労われーー!僕、泣きそうだぞーー!)


 口に出して言ったら、さらに弄ばれそうだったので心の中で抗議しておく。


「だから、椿君は何もしなくてもいい。私が勝手にやるから」


 春野がそう言うのと同時に僕の頭を掴んでそのまま自分の膝の上に置いた。


「こ、こ、こ、これわ?」


「膝枕だけど」


 春野は淡々と言った。


 それに対して、僕は極度の混乱に陥っていた。


(あ、何でそんなに冷静なの!?と言うか、急に膝枕、どうして、意味がわからない、どう言うこと!てか、何これ柔らかくて気持ちいい、やばいやばいやばい)


 僕の理性がゴリゴリと削れていく。


 春野の凶行に僕はなすすべもなかった。


(何がどうなってるの・・・・・・)


 感情の処理が追いつかなくなり、ショートする。


 そんな僕に、トドメを刺すかのように優しく頭を撫ではじめる。


「サラサラ、しっかりと手入れしているのね」


「ちょ・・・・・・と」


 頭が真っ白だ。


 それと撫でるのとてもうまい。


 とても落ち着く。


(やばい、眠くなってきた)


「ゆっくり休んでいいのよ」


 春野は優しく語りかけてくる。


 三徹と極度の疲労に、春野の温かい介抱も加わり、気持ちとは逆に意識がだんだん遠くなっていく。


(ダメだ・・・・・・抗いきれない・・・・・・)


バフされまくった眠気の前に、どんな感情も塗りつぶされる。


「おやすみなさい」


 春野の労わるような優しい声を最後に僕は意識を落とした。

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