第九十三話 才能の有無
『友を傷つけ、赤菜友梨を絶望させ、春野愛佳を自殺に追い込んだ文化祭はどうでしたか?』
彼の言葉が私の中で繰り返される。
色んな感情があふれ出るが、その中でも衝撃的なことがあった。
「春野さんを自殺……」
「知らなかったのですね。春野愛佳さんは文化祭のあの日、飛び降り自殺を行いました。今は重体で病院にいますよ」
「ウソ……」
彼の言葉にさらなる罪悪感が私を襲う。
「あなたがどう感じているのかは知りませんが、客観的な結論を述べるならあなたたちの行為は人の命を奪うに達していたということです」
冷徹に放たれてその言葉は私の芯をはっきりと凍り付かせた。
「話が少しだけズレましたね。それで、今回の文化祭はどうでしたか?」
彼は改めて私に聞いてくる。
逃げたい気持ちが溢れてくる。
だけど、きっと逃げることは出来ないのだろう。
彼は私が逃げないように準備をしてきている。
最初に聞くときも逃げることなく話し合うように言っている。
何よりも私は限界だった。
「なかった……得たものなんて何もなかったよ……」
何もなかった。
それが私の本音だった。
そして、今まで止めてきたダムは決壊して、様々な感情が思いが出てくる。
「ある訳ないじゃん、あんなひどい文化祭で何か得られると思う?
そんなわけない。
失う事ばかりだったよ。
何事も上手くいかないし、何をやっても春野さんに敵わなかった!
失敗して、焦る私にみんなを心配させた。
心配させないように頑張ったけど、無理だった!
その結果、真美ちゃん達の手を穢せた!
もう何が何だか分からなくて、気が付けば真美ちゃん達と加わって苛めをしていて、みんなは私を守る為にやっていてくれたけど、私は、ただ逃げたかった。
私が必要だと思いたいところが欲しかった。
私は逃げるためにイジメてた、みんなは私の為に戦っていたのに!
そう、私は逃げるしかなかったなんだよ。
その為に、大勢の人に嘘をついて、智子も直樹にも!
そんな感じで酷いことを沢山やって、残った形ばかりだけで、辛くてたまらなかった!」
「凜奈ちゃん……」
思ったことを隠すことなく私は喋りつづける。
そんな私を彼は何と言わずただ、真面目に聞いていた。
「悪いことを沢山したと思ってる。
許されないことも沢山した、償わないといけないことを分かってる。
だけど、だけど、私は才能が憎いよ……」
悪いことは分かってる。
罪悪感が私を苦しめる。
様々なことがあった。
だけど、一つだけあの時に抱いた憎悪が消えなかった。
「万能の天才とか言われて、私が今まで一生懸命に積み上げてきたものを一瞬で奪われていくあの感覚、才能があるだけで奪われていくのがたまらなく憎かった!
あなたには分かるの!
積み上げてきたものを一瞬で奪われるあの辛さを!
私がどれだけ頑張っても、才能がある人はそれを一瞬で飛び越えていく!
理不尽だよ!
あんな理不尽、私は許せないよ
あんなのどうすれば良かったというの!
教えてよ!!!」
どれだけ、どれだけ頑張ってもたどり着く気がしなかった。
本気で頑張ったからこそわかる。
私は万能の天才春野愛佳には敵わないのだど。
私がどれだけ頑張って来てもそれを一瞬で覆すほどの才能の差があった。
言いたいことを全て言ったこともあり、力が抜けて頭が冷静になっていく。
私は懺悔するように座り込む。
「好きにしてください。
どんなことがあったとしても私は酷いことをした最低な人間です。
罰を与えてください。
春野さん達にしてきたことを償いたいです。」
どれだけ辛くても、どれだけ理不尽でも私はそれと同じぐらいの事を相手にしてしまった。
その結果、春野さんは自殺まで追い込み、赤菜さんの夢を壊した。
その罪は私の人生を持って償わないといけないことだ。
「ただ、真美ちゃん達を少しでもいいから許してほしいです。
彼女たちを止められなかったのは私です。」
私はそう彼に頼み込む。
真美ちゃん達の人生を私のせいで滅茶苦茶にしてほしくなかった。
「凜奈ちゃん!」
「それは違うよ!」
「同意」
それを聞いた真美ちゃん達は有り得ないといった風に私を見る。
「……」
そんな中、彼だけは沈黙していた。
「あなたの気持ちは分かりました。ただ、話を進め過ぎです」
そう言って彼はもとにあった椅子を黒板の方に持っていて座る。
「一つ、一つ答えていきましょう。
まず最初に、積み上げてきたものを一瞬で奪われる気持ちが分かるかどうかですが、分からない人の方が少ないですよ。」
「え……」
彼は冷たくそしてハッキリと私の言葉否定する。
「まず、あなたは持っている側の人です。
自分の事を振り返ってください。クラスの中心人物で、成績もよく、運動もできる。
親友もいてあの事件が起きるまで、あなたの人生は明らかに他の人よりも良かった。
勿論の事、いい人生を送れていたのはあなたの努力があったことは確かです。
ですが、才能があったのも間違いはないのです。
あなたはどれだけのことを考えたことがありますか。
どのように話せば、人と仲良くなれるのだろう。
どうすれば人が近づいてきてくれるんだろう。
どうすればみんなが笑顔でやっていけるのだろうか。
みんながいい印象を持たれる笑い方は、より効率よく記憶する方法。
計算がもう少し早くなるためにはどうすればいい。
もっと勉強が出来るようになるためにはどうすればいい。
適度な距離感とはなんなのか。
他にも上げればきりがありません。
あなたはここまでの事を考えたことはありますか。」
「それは……」
大雑把なことは考えたことはある。
だけど、大抵は頑張ればどうにかなっていた。
だからこそ、そこまで細かいことは考えたことはなかった。
深く考える必要なんてなかったのだ。
「深くまで考えるなんてしてこなかったですよね。
なんとなくで出来ることだから。
しかしながら、それはあなたが才能を持っていたからです。
世の中にはそれが出来ない人がいる。
あなたが何となくできたで済ませたものが分からない人いる。
そんな人たちはその何となくをどのような原理、考えなのか必死に考えるのです。
だからこそ、才能がない頑張った人たちは深くまで考えを巡らしていく。
深く考える必要がなくやっていけたと言うことは、それはあなたに才能があったからです。
クラスの中心人物になるために、どのようなことをするべきか、何が必要なのか、その為に意識して行動してきましたか。」
「……」
私は彼の言葉に応えらえない。
必要なものは何となくわかる。
しかしながら、それを意識してやったことはそこまでない。
だって、意識しなくても出来るから。
「あなたは春野さんの才能を見て、初めて絶望したようですが、世の中にはそれよりも小さなことでも出来ない人が沢山います。
その人たちは出来る人たちを見て、辛い思いを味わっています。
気持ちが分からないなんて人はほとんどいませんよ。
そして、あなた達より持っていない人はその絶望を受け入れて前に進んでいるんです。
才能について考えることは構いませんが、才能に囚われることはやめておいた方がいいですよ。」
冷たく言われたその言葉は、私の中にあった憎しみを一瞬に凍り付かせた。
それほどまで、彼の言葉には力があった。
「二つ目に、どうすれば良かったですが。
信じればよかったんですよ。
あなたが足りない才能を時間を掛けて努力をして賄い積み上げてきたものを信じればよかった。」
「積み上げて来たもの……?」
私には分からなかった。
何を信じればいいのだと。
そして彼は言った。
「今回の文化祭で言うなら、人に寄り添うその力と信頼です」
「……」
一瞬何を言っているのか私には分からなかった。
「何を言っているの……、それは春野さんが奪っていったものだよ。
私以上に、多くの人に頼られて、尊敬されて、信頼されていった!
だから私は、私は追い込まれていったんだよ」
これは紛れもない事実で、私がその力で劣っていることの証明だった。
「あなたこそ分かっていない。人に寄り添うことが、信頼されることがどれ程難しいことで、外側だけの才能なんかで、一瞬で得ることが出来ない。」
彼は力強く、その言葉を否定する。
「ウソだよ!そんなの嘘だよ!
だって、だって、みんな、みんな春野さんの方を頼って、信頼して、智子も、そして直樹も春野さんの方を頼っていた!」
私は一生懸命に否定する。
有り得る訳がない。
そんなことないのだ。
「冷静になって考えてください。
今回の文化祭の責任者は春野さんになっていた。
ならば必然的に、春野さんの仕事量は増えます。
仕事量が増えると言うことはそれだけ頼られることが増えるという事。
あなたからみんなが少しだけ離れるのは必然だったですよ」
「それでなんだと言いたいの!
そのまま次も奪われていくだけじゃん!」
根本的な所では違う。
このまま、彼女が動き続ければ私以上にみんなの信用を勝ち取っていくのは確実だ。
「あなたの信頼は一ミリも揺らいでいないし、あなたが女子のリーダーに選ばれたのも今まであなたが人に寄り添ってきたこと、そして信頼があったからです。
信頼はただ助ければできる訳ではありません。
才能があってなんでも出来るだけでは決して積み上がらない。
信頼とは心に訴えりものであり、表面上の事では訴えることは出来ないし、見ることも出来ない。」
「なら、どこで分かるのよ!」
「今ですよ。
信頼する人が困っている時、辛いとき、動ける人物!
その人のために自分を犠牲に出来ると迷いなく行動できる人がどれだけいるかです。
春野愛佳にはそんな人はいましたか?」
「……」
彼の言葉にここ最近のクラスの様子が頭によぎる。
学校に来ないことに赤菜さんだけしか、必死に心配していなかった。
「春野さんは、才能はあるかもしれない。
だけど、才能がある分だけ、みんなから距離が離れるんです。
あなたが知っているでしょう。本格的に関わる機会があるまで、彼女は、春野愛佳は赤菜さんだけしか親しく話せる相手はいなかった。
それは才能の壁があったから。
才能があるのはいい事だらけではありません。
才能があるだけで、多くの人が嫉妬したり距離を置く。
それだけではない、才能と言う眼鏡をとうして見られてしまう。
春野愛佳は一人で何でもできる代わりに、誰よりも一人にさせられる。
だからこそ、春野さんは人の寄り添い方が分からない。
だから、必死に考えて失敗している」
「……」
彼の言葉は心の底からのもので、力強い意志を感じられ否定が出来なかった。
「……だけど、私が信頼されているなんて」
「されているじゃないですか、そこに三人いるじゃないですか」
そうして、私は真美ちゃん達を見る。
(私は信頼をされていたの……)
「その三人だけじゃありません、あなたのために動いてくれる人は多く居るんですよ」
「ウソ……」
「ウソではありません。
それを今から証明しましょう。
入ってきていいですよ」
彼のその声に教室のドアが開かれる。
「智子……直樹……」
教室から入ってきたのは私の一番の親友の智子と一番大切な人である直樹だった。