第九話 デートもどき
女性の身支度には時間がかかると聞いた事があるが、これは事実だった。
勝負のお陰で、外に服などを買いに行くことになったが、準備をすると言ってからもう既に一時間程度すぎている。
その時間を使い、今日何処に行くかを決めることができて良かったので、いい経験をしたともいえる。
「準備ができたわよ」
そう言って現れた春野、昨日僕が適当に買ってきたトレンチコートを上手く着こなし、今では先程まであった違和感など全く感じさせることなどなく、クールビューティーな女性といった感じだ。
「似合っているよ」
「ありがとう」
褒めたが、特にこれといった反応は出さず、軽くあしらわれる。
まあ、こういうことは慣れていないので当たって砕けろといった感じでやっていくしかない。
「それでどこに行くの?」
「電車で少し遠くの所に行こうと考えてる」
「そう、今日一日はあなたの意見に従うことにしたから任せるわ」
春野はそう言って、興味なさげに歩き始める。
僕もそれに続く。
少し遠くの場所に行くといって反感を買うと覚悟していたが、特に何か言われることが無かったため、少し動揺する。
一応、少し遠い所にしたのは、クラスメイトとのいざこざがあった可能性が考えられたため、もしも出会った場合に面倒な事が起こるのでは、と予測しそれを回避するためだ。
そうして、僕たちは電車に乗って、そこそこ離れた大型ショッピングモールに向かった。
道中は何もしゃべらず、互いに外の風景を見ていた。
(晴人にこういう時の対処法を聞いておくべきだったな)
何とも言えない空気に、僕は女性扱いが上手い晴人にそういったことを聞いておけばよかったと後悔する。
(興味がないと言って一蹴していたのはダメだったな、次あったら教えてもらおう)
そうして、僕たちは最寄り駅までたどり着く。
「これは私への仕打ちなのかしら?」
たどり着いて、ショッピングモールまで歩いている時、不機嫌そうな声で春野が言ってくる。
「いや、まあ……気分転換にいいと思ったんだけど……その、ごめん」
僕が連れて来たところは海が見える所のショッピングモールで冷たい風が春野を直撃する。コートを着ていると言っても、中身は夏用の服装。そこそこ堪えるらしい。
「これ、着てくれ」
「いらないわよ。それにもうそろそろ着くし」
「そうか」
殺伐とした感じで断られ心に罅が入るが、何とかそれを顔に出さないよう堪える。
外の景色は10月でも十分良かったのだが、やはりこのタイミングで来るのは間違いだったかも知れない。
しかしながら、クラスメイトに知られず、なんとなく楽しめて、それでいて程よい人混みといった感じの所はここしかなかった。
それに、ここは親がドライブ趣味なこともあり、何回か連れてこられており慣れているということもある。
そんなこんなで、大型ショッピングモールにたどり着く。
「ふーん。寒さ以外ならそこそこいい所ね」
「そう言ってもらえると助かるよ」
ここのショッピングモールは海の近くと言うこともあり、開放感のある作り、居て落ち着くような場所になっている。
また、二年前ぐらいに作られたこともあり、古臭い感じは一切なく、若者にも人気な作りになっている。
僕たちはショッピングモール内の衣料品売り場へと向かった。
(視線が多い)
向かう道中、多くの人からこちらを見られる。
その原因は言わずもがな、隣で何ともない顔をしながら歩いている天才美少女こと、春野愛佳だった。
容姿は言わずもがな、立ち居振る舞いも素晴らしく、自然と目立つようになっている。
春野が美しいからこそ、その隣の僕という冴えない存在はより一層、異物として目立ってしまう。
周りからは嫉妬や憤怒といった視線が送られてくる。
「居心地があまりよくなさそうな表情をしているけど大丈夫かしら?」
「大丈夫だ。心配してくれてありがとう」
どうやら、顔に出ていしまっていたらしい、僕は何ともないように振舞う。春野と一緒だという事で気後れしているなどと思われる訳にはいかない。
そんなこんな、色々ありながらも僕たちはどうにか衣服などが売られている場所までたどり着く。
「春野が欲しいもの買っていいよ」
「なら、何も買わない。元々欲しいとも言ってないから」
「……」
春野は冷たく突き放すように言った。
まあ、無理矢理連れ出したようなものだから、こちらは春野の意見に対して何も言えない。
(さて、どうしたものか)
ここで引き下がるのは論外だとして、自分で選ぶとしても不安があるし、上手く行く筈もない。
春野に似合う服装を買わせるのに何かいい方法がないかと悩むとき、店の店員がこちらをチラチラ見ていることに気が付く。
その店員からは隣の美しい子に色々と着させたいと言わんばかりの欲望が微かに見える。
(あれは使える)
僕はその店員まで向かい話しかける。
「すいません」
「はい、なんでしょうか」
店員はこちらが聞きに来ることを察していたのか、冷静に対応する。
「今、彼女に合う服を選ぶのに困っていて助けて頂けないでしょうか?」
店員は待っていましたと言わんばかりに目を輝かせる。
「任せてください!彼女さんの魅力が最も引き立つものを選びます!」
「あ、そこまで張り切らなくとも、日常生活用と遊びようを簡単に選んで頂ければ十分です。後、彼女とはそう言った関係ではないですよ」
春野をそこそこ引っ張ってくれそうだと思い選んだのだが、予想以上に暴走しそうなので、僕は慌てて、注文などを付ける。
「そうなのですか、互いに相手の事を気にしていたように感じられたので、それにあなた様もちょっと加工すれば悪役系のクールさがあって、お似合いだと思いますけど」
互いに気にし合っているのは、僕は春野を自殺から遠ざけるために、少しでも楽しませたいからであり、春野は僕への警戒心の為であり、彼女とか恋人とか、そんな都合のいい展開ではないため、店員の言葉には複雑な気分にさせられる。
「お似合いだと言っていただきうれしいですが、今は色々とありまして、そこら辺に関してはそっとして頂けると嬉しいです。」
一応、余計なことをしないように軽く釘を打っておくことにする。
「そうなんですね。出過ぎたことを言って申し訳ございません」
「いえいえ、気にしてないので大丈夫ですよ」
出過ぎた真似をしたと思ったのか、一気にテンションが下がる店員。このままのテンションで服選びを進められれば、つまらない作業的な業務になり、より良い結果は得られなくなってしまうだろう。
ここで必要なのは、やる気のない人を引っ張り出すぐらいの勢いと元気がある人だ。
やる気がないときには好きに連れ回せられるぐらいのほうが、何だかんだで楽しいのではないかと僕は考えているので、敢えて一言、店員のやる気を引き出すために付け加えるように言った。
「彼女は、奥手で感情を表に出しずらい人でどうしたらいいのか困っているんです。だから、先程のような感じで明るく連れまわすように服を選んで頂けないでしょうか?」
素直になれない彼女をどうにかしようとしている人みたいな感じで、先程店員が言った、クール系悪役が言いそうな口調と声色で店員に囁く。
「なるほど、そう言うことですか」
店員も、どうやらいい感じに勘違いしたようだ。口角が上がる。
「色々頼んで申し訳ございませんが、よろしくお願いできますか?」
「はい、任せてください。印象に残るような服選びをします」
そうして、店員は彼女の方に向かった。
「あちらのお客様から、服選びを手伝って欲しいと言われましたがよろしいでしょうか?」
「え、そうなの」
春野はこちらを訝しむような視線を送るが僕は、満面のスマイルで返す。
春野は今日については完全に受け身でいる姿勢をとっている。ならば、僕はそれを攻め潰す勢いでやっていこう。
どういった人物かを知る為にはこれぐらい荒れていた方が丁度いいと思うしな。
「分かったわ。お願いします」
「はい!では早速こちらに!」
春野は渋々といった感じで、店員の手を借りることにした。
許可は得た、言質は取った、と言わんばかりにその店員は、まさに水を得た魚の如く、春野の手を掴み、店舗内の奥深くへと引きずり込んでいく。
(元気のある店員だなー)
僕は自分で仕掛けておきながらも、人ごとのようにその様子を見届けた。